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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する

老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ拾伍

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温度がわかれば話は早かった。「手抜き」温度になった湯に麦芽を入れ、コトコトと煮ていく。

火の調整、そして温度管理は喜兵寿が、そして攪拌はつるが行い、直は鍋の中の様子を注意深く見守っていた。狭い台所には麦芽の懐かしい香りが広がり、直は思わず目を細める。

もとの世界では、毎日このにおいの中にいた。あいつら元気でやっているかな?醸造所で問題は起きていないかな?ほんの少しだけ寂しさが込み上げてきたものの、すぐに外からの大声でかき消される。

「なんだか変わったにおいがするじゃねえか!もうびいる造りははじまったのか?!」

どしどしと足音を立てて幸民が入ってくる。手にはひょうたん徳利を持っており、絶好調に酔っぱらい&虎モードだった。

「一口飲ませてみろよ。あ、絶対に小西だけには飲ませるなよ。絶対にだからな」

幸民の後ろからは「やれやれ」といった様子の小西。でもその表情は堺で出会った時よりも、なんだか楽しそうに見えた。
糖化が完了したら、温度をあげて酵素の働きを止める。そうして出来上がったものをろ過すれば、麦汁の完成だ。

濾過布で濾した液体を、直は湯飲みに分けた。少し暗い、黄土色。湯のみの中に入っているので正確な色はわからないが、いつも造っていたものに似たものができたはずだ。

「これがびいるの基になるものか」

喜兵寿は目をキラキラと輝かせ、湯のみをのぞき込む。つるも「わたしの作った麦芽……」と嬉しそうに立ち上る湯気を吸いこんでいる。

「では。いただきます」

5人は視線を合わせると、一斉に湯のみに口をつけた。

本来麦汁とは甘い液体だ。麦のジュースとも言われる程、ずっしりとした甘みを持つ。しかし口に含んだ液体は、いやな渋みが前面にあった。

「?!」

直は慌てて湯のみを傾ける。すると先ほどはわからなかった混濁が目に飛び込んでくる。

「ろ過に失敗した……のか?!それとも糖化自体がうまくいかなかったのか?」

なんにせよ、口にした液体は直が知っている麦汁とはほど遠いものだった。

「うん……まあ、こんな味?なのか?」

「びいるとは本当にうまいのか?こんなものから酒が出来るとは到底思えんのだが」

「……渋柿のほうがマシかもしれんな」

直以外の4人も苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「申し訳ない!これ失敗だ。もう一回やってみよう」

直は再び鍋に水を張った。最初からうまくいくはずがないのだ。使っている道具も、温度管理も、麦芽のつくりかただっていつもと違う。失敗して当たり前というものだ。

しかし何度やっても結果は同じだった。いままで出たことのない「渋み」が麦汁の中を占拠してくるのだ。
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