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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ漆
しおりを挟む「熱くないのか!?」
「そりゃあ、まあ熱いが……手の感覚より信じられるものなど、ないだろ?」
喜兵寿によれば、煮ている酒に手を差し入れ、釜の鍔(つば)のあたりで三回まわしても熱さを感じない温度は「薄火(うすび)」、手を入れ5つ数える前に我慢できなくなる温度を「手抜き」と呼ぶのだという。
つまり何秒手を入れていられるかで、温度を把握するというのだ。
「まじかよ。なんつーか、我慢大会だな」
半分引きながら直がいうも、喜兵寿は「酒造りなんて、そういうもんだろ」と飄々と答えた。
「まあ、いいや。温度管理は喜兵寿の手に任せるとして……あとはろ過するためのものが必要だな。ろ過で伝わるか??ほら、酒も途中で濾すだろ。どうやってんだ?」
「こす?」
喜兵寿は首を捻っていたが、「ああ!ひょっとして酒粕と酒を分ける『搾り』のことか?」と膝を打った。
「びいるも日本酒と同じく搾りをするのか。であれば、濾過布が必要だが……まあこれも酒蔵で借りられるだろ」
「おっけ。発酵は酒樽を使わせてもらうとして、そうしたら後はミリングだな」
ビール造りの最初の工程であるミリング。麦芽に含まれるでんぷんを抽出しやすくするために粉々に砕く作業なのだが、この時代の何で代用すればいいのかさっぱり見当もつかなかった。
「なあ喜兵寿、この麦芽を粉々にしたいんだけど、なにかいいものはあるか?」
「粉々に、か」
喜兵寿は麦芽を口に含むと、ガリガリと噛み砕く。
「結構な硬さがあるな。砕くと言えばすり鉢だが……この量をすりつぶすとなると、すりこ木が先にやられちまいそうだ」
「すり鉢かぁ。すり鉢ってあれだろ?トロロとか作るやつ。そりゃあめちゃくちゃ時間かかるだろ。他になんかないか?」
「そうだな……」
喜兵寿はしばらく考え込んでいたが、「そうだ!」と声をあげた。
「薬研(やげん)はどうだ?!あれならある程度の量を一気に砕ける」
「やげん?」
「そうだよ、生薬や漢方の薬種を砕く道具。以前幸民先生の家に行ったときにあっただろ」
「そうだったっけ……?」
直は必死で記憶を辿るも、本が多かったなあ~くらいで何一つ思い出せなかった。
「わかんねえけど、とにかくおっちゃんのとこに行けばいいってことだな。そうと決まったら早速行こうぜ」
「本来ならきちんと約束をしてからお伺いすべきだが……急ぎ幸民先生に相談したいこともあるしな。無礼を承知で行ってみるか」
二人が店を出ようとすると、戸の外に小西が立っていた。「下の町の商人たちにあいさつ回りをしてから合流する」といって別行動をしていたが、それが終わったのだろう。
「お、にっしー。いいとこに来たな!俺らいまから幸民のおっちゃんとこに行ってくる」
「幸民だと?それはひょっとして川本幸民のことか?」
小西の表情がサッと硬くなったのを、喜兵寿は見逃さなかった。しかし直は一向に気にせず続ける。
「そうそう!にっしーよく知ってんね。ビール造るためにはおっちゃんの持ってる道具が必要らしくてさ。にっしーも一緒に行こうぜ」
「……同行しよう」
こうして喜兵寿と直、そして小西は幸民のところへ向かったのであった。
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