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第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する

老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ伍

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樽廻船は波を切って、順調に下の町へとたどり着いた。船旅で12日間。日が昇ってから沈むまで、毎日喜兵寿は船を漕ぎながら毎日つるのことを考え続けた。

身体は食事を受け付けず、口にするものといえば水か酒ばかり。皆は心配していたが、喜兵寿はだんだんと自分の思考が思考が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

怒りは青い炎に変わり、原動力として燃え続ける。喜兵寿は「これから自分がどうするべきか」「どうしたいか」を考え続けた。

「なあ、直」

下の町の港が見えた早朝。喜兵寿は直と共に甲板にいた。

「俺、村岡をびいるで打ち取ろうと思う」

東雲色の中、喜兵寿はまっすぐに直を見つめる。

「村岡を殺したところで、店は守れない。すぐに潰されるだけだ。俺は……つるが大切にしていたあの店だけでも守りたい」

無精ひげに、乱れた髪。喜兵寿はげっそりとやつれていたが、目には燃えるような決意があった。

「そうか」

直はにっこりと笑うと、喜兵寿の肩を組む。

「なんでも手伝うぜ~!ってか『びいるで打ち取る』ってなんだ?!詳しく聞かせてくれよ」

「村岡が黒船での宴に要求された酒、あれがびいるだったのではないかと思っている」

「……まじか!」

「新之亟が言っていただろう?『土色の、ぶくぶくと泡立つ酒』と。ぶくぶくと泡立つ酒など、お前の造ったびいる以外に見たことも聞いたこともない」

直は初めてビールを飲んだ際の、喜兵寿の反応を思い出す。そうか、まだこの時代に炭酸は存在しないのだった……だとすれば

「それはビールかもしれないな!」

喜兵寿は神妙な顔で頷く。

「つるはびいるを用意できなかった村岡の罪を被らされ、殺された。だったら奴が『ありもしない』と思っているびいるで、奴を打つ」

「やろうぜ!」

直が叫ぶ。

「びいるを用いてどのように村岡と闘うかは、幸民先生とも相談するつもりだ。直、びーる造りをよろしく頼む」

「任せとけって!最高のビールを造って、つるの仇をとろう」

直が手を差し出すと、喜兵寿はそれを強く握り返した。

「その話。ワシも混ぜてくれ。びいるを造るためにここまで来たんだ」
振り返ると、そこには小西がいた。二人と目が合うと、少しだけ微笑み頷く。

「わたしらも忘れてもらっちゃ困るよ」

ねねと、新川屋の乗組員たちもぞろぞろと現れる。

「一度同じ釜の飯を食ったら、仲間ってね。乗りかかった船だ。今度はそっちの船に乗せてもらうよ。酒は造れないけど、何かの力にはなれるだろ」

「みんな……」

気づけば、喜兵寿と直を取り囲むように、皆が揃っていた。

「よっしゃあ!皆でビール造るぞー」

日は昇り、だんだんと下の町が近づいてくる。「うおおおお!」と叫ぶ皆の声は、海を渡りどこまでも響いていくのであった。
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