89 / 125
第七章 |老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する
老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ壱
しおりを挟む
「そんなわけがないだろう」
つるは口こそ悪いが、曲がったことは大嫌い。情に脆く、人のために涙を流すような女だ。そんな馬鹿正直な妹が罪を犯すなんて、どう考えても信じられなかった。
「それは何かの間違いだろ。新之亟、夢でも見たんじゃないか?」
喜兵寿は「あはは」と声を出して笑ったが、新之亟は量の手を地についたまま、首を振り続けている。
「……それに捕まったとしても、そんなすぐに打ち首になるわけがないだろう?」
話しながら、自分の声がだんだんと震えていくのがわかった。新之亟に嘘をついている様子はない。肩を震わせながら、時折嗚咽を漏らしているのだ。
「まさか……本当に打ち首に……?」
脳裏に、同心である村岡の狡猾そうな顔がふっと浮かんだ。
「はい。5日程前に捕まり、その翌日には打ち首に……」
新之亟は苦しそうに言葉を吐き出す。
この数週間で一体何があったというのだ。
喜兵寿は頭からさあっと血の気が引いていくのを感じた。体が小刻みに震え出し、そのまま船べりに座り込む。
「おい大丈夫か!喜兵寿!」
ふらつく喜兵寿に、直は急いで駆け寄った。
「……すまない」
喜兵寿の手は氷のように冷たかった。
「にっしー!ちょっと喜兵寿を頼む!」
直はそう叫ぶと、ひらりと船を飛び降りた。
「おい、あんた誰だか知らねえけど、その話本当なのか?!もっと詳しく教えてくれ」
新之亟の話によればこうだった。
5日程前の夕暮れ時。仕事終わりの新之亟が柳やに向かうと、道に人だかりができていた。
「おいおい、なんの騒ぎだい?」
もとより噂好きの新之亟だ。顔を突っ込み、近くにいたおじいに話しかける。
「いやワシもよくわかないんだが、どうやらこの店の娘がなにかしでかしたらしいな。同心を引き連れたお偉いさんが来ているようじゃ」
「は?この店って、ひょっとして柳やのことか?!」
新之亟は慌てて人ごみの中に割って入る。娘というのは、恐らくつるのことだろう。ぎゅうぎゅうと人を押しのけ進むと、真黒な羽織の男たちの背中が見えた。数十人はいるだろう。こんな大人数の同心が一挙にくるなんて……ただ事でない雰囲気に、心臓がバクバクと早くなる。
男たちの足元に、つるがうずくまっているのが見えた。額を地面につけ、必死で「何かの間違いです!」と叫んでいるのが聞こえる。
新之亟は助けに行かねば、と一歩踏み出そうとしたものの、次の瞬間には足が凍り付いて動けなくなってしまった。
刀が。何十本という刀がつるに向けられていたのだ。一歩動けば血が吹き出そうな距離で、つるに向かって冷たい光を放っている。
つるは口こそ悪いが、曲がったことは大嫌い。情に脆く、人のために涙を流すような女だ。そんな馬鹿正直な妹が罪を犯すなんて、どう考えても信じられなかった。
「それは何かの間違いだろ。新之亟、夢でも見たんじゃないか?」
喜兵寿は「あはは」と声を出して笑ったが、新之亟は量の手を地についたまま、首を振り続けている。
「……それに捕まったとしても、そんなすぐに打ち首になるわけがないだろう?」
話しながら、自分の声がだんだんと震えていくのがわかった。新之亟に嘘をついている様子はない。肩を震わせながら、時折嗚咽を漏らしているのだ。
「まさか……本当に打ち首に……?」
脳裏に、同心である村岡の狡猾そうな顔がふっと浮かんだ。
「はい。5日程前に捕まり、その翌日には打ち首に……」
新之亟は苦しそうに言葉を吐き出す。
この数週間で一体何があったというのだ。
喜兵寿は頭からさあっと血の気が引いていくのを感じた。体が小刻みに震え出し、そのまま船べりに座り込む。
「おい大丈夫か!喜兵寿!」
ふらつく喜兵寿に、直は急いで駆け寄った。
「……すまない」
喜兵寿の手は氷のように冷たかった。
「にっしー!ちょっと喜兵寿を頼む!」
直はそう叫ぶと、ひらりと船を飛び降りた。
「おい、あんた誰だか知らねえけど、その話本当なのか?!もっと詳しく教えてくれ」
新之亟の話によればこうだった。
5日程前の夕暮れ時。仕事終わりの新之亟が柳やに向かうと、道に人だかりができていた。
「おいおい、なんの騒ぎだい?」
もとより噂好きの新之亟だ。顔を突っ込み、近くにいたおじいに話しかける。
「いやワシもよくわかないんだが、どうやらこの店の娘がなにかしでかしたらしいな。同心を引き連れたお偉いさんが来ているようじゃ」
「は?この店って、ひょっとして柳やのことか?!」
新之亟は慌てて人ごみの中に割って入る。娘というのは、恐らくつるのことだろう。ぎゅうぎゅうと人を押しのけ進むと、真黒な羽織の男たちの背中が見えた。数十人はいるだろう。こんな大人数の同心が一挙にくるなんて……ただ事でない雰囲気に、心臓がバクバクと早くなる。
男たちの足元に、つるがうずくまっているのが見えた。額を地面につけ、必死で「何かの間違いです!」と叫んでいるのが聞こえる。
新之亟は助けに行かねば、と一歩踏み出そうとしたものの、次の瞬間には足が凍り付いて動けなくなってしまった。
刀が。何十本という刀がつるに向けられていたのだ。一歩動けば血が吹き出そうな距離で、つるに向かって冷たい光を放っている。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる