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第五章 | 樽廻船の女船長、商人の町へ行く
樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ弐拾漆
しおりを挟む「お兄さんたちかっこええからおまけしといたで」
店員から手渡されたくるみ餅は、少し深めの陶器に入っていた。のぞけば、もっちりつややかなお餅の上に、うぐいす餡がたっぷりとかかっている。
「こりゃあ美味そうだな!でもこれ胡桃じゃないよな?餅の中に胡桃でも入っているのか?」
不思議そうに眺めるなおを見て、店員さんは嬉しそうに笑った。
「あら、くるみ餅ははじめて食べるん?これはお餅の中に餡がくるまれとるから、くるみ餅。堺自慢の味やで」
「なるほどな!じゃあさ、このうぐいす餡に使われているのって……」
キラキラとした目で店員に質問をしつづけるなおをおいて、喜兵寿とねねはくるみ餅片手に軒先の長椅子へと腰かけた。
「あの調子じゃしばらく帰ってこないだろ。先に食べよう」
太陽の光が柔らかく降り注ぐ中、ふたりはくるみ餅を食べ始めた。餅は固すぎず柔らかすぎず、噛みしめた瞬間に「これが食べたかったんだ!」と思わせるような絶妙な歯ざわりだった。そしてうぐいす餡と、餅の中に入った餡の絶妙な甘さ。それは脳に直接響き、身体中がびりびりと痺れた。
「砂糖とは、甘みとは、かくも甘美なものなのか」舌の上に広がる濃厚な余韻を確かめつつ、喜兵寿はふうっとため息をついた。見れば横でねねも幸せそうに餅を頬張っている。喜兵寿と目が合うと、満面の笑みを浮かべた。
「船旅で疲れた身体に沁みるねえ」
ねねの言葉に喜兵寿は深く頷く。伊丹に住んでいた幼少期には数度食べたことはあったものの、下の町ではほぼ口にすることがなかった甘味。甘いものが身体にどれほどの力を与えてくれるかを実感し、改めて「薬」として高値で売買される理由がわかった気がした。
「このうぐいす餡に使われている豆もさぞかし上等なものなのだろうな。なめらかでコクがある。砂糖は入れられないとしても、芋か何かを代用して店で出せないだろうか……?」
喜兵寿がぶつぶつ言っていると、「おーい!喜兵寿」となおが駆け寄ってきた。
「あきちゃんにホップのありそうな場所聞いてきたぞ~」
「お前も遊んでないで、早くくるみ餅食べてみろ。ものすごくうまいぞ……ってあきちゃんって誰だ?」
「どうも~あきちゃんで~す」
なおの後ろから、先ほどの店員さんが飛び出してくる。
「くるみ餅なら食った。うまかったな!んで、あきちゃんってのは、この人。なんかいろいろ教えてくれるって」
「うちに出来ることならなんでも協力するで。ってかほんまに、なおちゃんっておもしろい人やね。一瞬で好きになってしもたわ」
「いやいや、あきちゃんの方が断然おもしろいから。ってか俺ら二人でコンビ組んだら漫才とかもいけちゃうんじゃね?」
「こんびってなんやねん。あれか?あの空飛んでる、あの鳥か?」
「そりゃトンビだっつーの」
喜兵寿とねねは目の前の状況に全くついていけず、ポカンと二人のやりとりを見ていた。まるで長年の連れのような親密さだ。この数分でどうやったらこんなにも仲良くなれるというのだろう。
「おい、2人とも反応薄くないか?ホップだよ、ホップの売ってる場所がわかるかもしれないんだぞ~」
「堺の町のことならうちに任してや。伊達に40年住んでへんわ」
「あきちゃんもしかして40歳なの?!え、全然見えないんだけど。俺より絶対年下だと思ってたよ」
「ふふふ。西の弥勒菩薩といったらうちのことよ」
「弥勒菩薩……ってなんだっけ?聞き覚えあるような、ないような……」
「ちょちょちょっと待て待て!」
延々と繰り広げられそうな二人の会話を、喜兵寿が止めに入る。
「ちょっと整理させてくれ。えっと……彼女があきちゃんで、そのあきちゃんがほっぷの売っている場所を教えてくれると」
「そうそう。別に整理するほどのことでもなくないか?」
「たしかほっぷは堺の商人町にあるかもしれない、ぐらいだったよな?それに幸民先生程の方でもほっぷのことは最初何を示すのかわからなかったはずだ。それをどうして『ほっぷ』と聞いてあきちゃんがすぐにわかるんだ?」
「なんでって言われてもなあ……なんでだったっけかなあ?」
あきちゃんはうーんと首を傾げる。
「せや、薬屋の旦那さん!彼がうちの常連さんやねん。んでこないだ珍しい薬草を手に入れたって自慢しててな。外の国ではえらいかわいい名前なんやで、って教えてくれてん。なんや、踊り出しそうな名前やなあって思って覚えとったん」
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