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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ伍

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「出島ってふらっと行ける場所じゃないのか…!」

なおが驚いて声をあげる。歴史なんて所詮学生時代に少し齧った程度。そもそも記憶すること自体が苦手なのだ。赤点ギリギリで、いつもどうにか逃げ切っていたことを思い出す。

「出島はお上も統治できていない地だからな。あの場所に行ける日本人は遊女くらいだ」

「はあ、なるほどなあ。でもさ、島には行けないとしても近くに行ったらなんかあるとかないかな?」

「ビール」というものが一般的に知られていない世界で、せっかく見えかかった光なのだ。出島というキーワードを簡単には諦めたくなく、なおは食い下がる。

「なんか、とはなんだ?」
「うーん。なんかってさ、なんか例えばさ、海外の船が来ている場所だろうから、その近くにビールのことを知ってたりする人がいたり、こっそりホップ売ってくれる人がいたりしないかな、ってことだよ」

ロールプレイングゲームだって、街で聞き込みをすることで次のステージにつながるヒントがあるものだ。行ってみないとわからないこともある。

「なお、気持ちはわからなくはないが、出島まで少なくとも一か月はかかるのだぞ?行って戻ってくるのに二か月。そこで絶対にほっぷとらやが手に入ればいいが、もしなかったとしたら……」

喜兵寿が二本指を立てた状態で、自分の首を斬る仕草をした。

「俺たちに残された時間は三か月。残り1か月でまた1からほっぷを探すのは無理があるだろ」

喜兵寿の言葉を聞いて、なおは目をまんまるくした。

「出島まで1カ月もかかるのか。ってか、まさか歩きで行くのか?!」

「逆に歩き以外に何があるというんだ」

「……たしかに」

そうだ、この時代には新幹線や飛行機があるはずもない。ただただ目的地を目指してひた歩くのだ。

出島になかったら、とりあえず北海道あたりにでも行ってみるのはどうか、と思っていたなおだったが、その考えも一気に砕かれた。行くまでも大変だし、あの広大な地で小さなホップを見つけるなんて至難の業だ。

うーん、と考え込んでいると、状況を把握できていない幸民があからさまにイライラとしだした。

「おいお前ら。人に相談すんならまずは状況を説明すべきだろう。俺はてめえの知らねえ話をまわりがぐちぐちしてることが大っ嫌いなんだよ!」
煙管の煙を大きく吐き出しながら、大きな目をぎょろりと動かす。飲んでいない時は伏せがちなのに、酒を飲むことでその目は威圧的な光を持つ。

「先生のおっしゃるとおりです。では少々お時間をいただいて」

喜兵寿はなおと顔を見合わせると、今までの経緯を一から話し出した。
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