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第四章|泥酔蘭学者、ホップを知る

泥酔蘭学者、ホップを知る 其ノ壱

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ビールを造ると決めた夜。つるは久しぶりに酒を口にした。

「はあ……おいしい」

熱燗を口に運び、しみじみとため息をつく。絶妙に火入れされた日本酒は、血管を通って身体の隅々まで流れていく。

「よく考えたら、お酒飲むの下の町に来てすぐ以来かも」

そういいながら、つるは徳利に手を伸ばした。

「つるはいつも酒を提供する側だからな。本当は誰よりも酒飲みなのに……ありがとうな」

喜兵寿はつるより早く徳利を持ち上げると、おちょこに並々と注いだ。

今日、柳やは臨時休業。つるも含め、皆でビールを造るための決起集会を行うことになったのだ。

「へえ、いつも全然飲まないから酒とか好きじゃないと思ってた」

なおが言うと、つるはひょいとおちょこを開けた。

「酒蔵の娘が酒を嫌いなわけないでしょう。飲んだら潰れて寝る誰かさんとは違って、醜態を晒すこともないですし」

その言葉に喜兵寿と夏は笑い声を立てる。

「つるちゃんはお酒強いんだねえ。すごいなあ。わたし弱くって……はあ、もう酔っぱらってきちゃった」

夏はおちょこを両手で持ったまま、隣に座る喜兵寿の方に身体を傾けた。あわよくば寄りかかろうとしているのだろう。

しかし「酔った」と言っている割には顔色一つ変わってはいないし、その飲み方はどう見ても酒好きのそれだった。

「それで、これからどうやって酒を造っていけばいい?」

飲み始めて少し経った頃、喜兵寿が口を開いた。手に持っていた煙管を置いて、すっと背筋を正す。その真剣な目をみて、なおもおちょこを机に置いた。

「んー。まずはビールに必要な原料集めだな。麦は手に入ったから、あとはホップと酵母を探す必要がある」

「ほっぷ、こうぼ、とは一体どのようなものなんだ?」

「ホップはビールに苦みをつけるのに必要な植物の名前。そうだな、ちょうどこんくらいの大きさで、松かさに似た形をしてるんだけど……やっぱ見たことないよな?」

なおはホップの大きさを示すために親指を立てる。それを凝視しながら、3人は「知らないなあ」と首をひねった。

「そうだよなあ。ちょんまげのこの時代にカタカナ植物だもんな」

確固たる証拠はないが、ここは恐らく江戸時代後半の東京。朧げな記憶ではあるが、野生のホップは北海道で明治以降に発見されたはずだから、ここの住民がホップのことを知らないのも無理もない。

「そのほっぷがないと、びいるは出来ないの?」

つるの言葉に、なおは「うーん」と宙を仰いだ。

「結論からいえば、なくてもできるっちゃできる。昔の『グルートビール』と呼ばれるビールは、薬草とかを使って香りづけをしていた訳だしな」

なおはかつて飲んだグルートビールの味わいを思い出す。タイムやローズマリーを使ったそれは確かにおいしかったが、なおが得意とする「苦味や香り」を際立たせたビールとは異なるものだった。

「でもやっぱりホップを使うのと使わないのじゃ、苦味の出方が全然違うんだよ」

なおは少し考えた後いった。
「できることなら、俺はホップを使ってビールを造りたい」

なおが言うと、「じゃあどうにかして探そう」と喜兵寿は大きく頷いた。
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