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第三章 | 酒問屋の看板娘、異端児になる

酒問屋の看板娘、異端児になる 其ノ漆

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夏について歩いていくと、ものの5分もしないうちに大量の野菜を背負った喜兵寿の姿が見えた。なおと夏に気づくと、大きく笑って手を振ってくる。

「うっわ。まじでいた」

驚くなおに、「当たり前でしょう」とでも言わんばかりに夏が笑顔を向けてくる。

「二人揃ってどうした?珍しいな」

なおと夏は喜兵寿の下へと駆け寄る。

「喜兵寿、店に来た男につるが連れていかれた。つるは『兄ちゃん』って呼んでたけど、誰だあれ?!」

なおの言葉を聞くと、喜兵寿の笑顔が消えた。眉間に皺を寄せると、「なぜ今」と小さく呟く。その目は先ほどとはうって変わって鋭い光を帯びていた。

「なお、つるたちがどちらに行ったか覚えているか?」

「おう」

「……追うぞ」

そういって走りだそうとする喜兵寿を、夏が呼び止めた。

「きっちゃん、荷物置いて行って。わたしお店まで運んでおくから」

「いや、こんなにたくさんの野菜、さすがに夏1人では無理だ」
背中の大きな籠には大根やら南瓜がどっさりと入っており、両手のふろしきにも人参やら芋などが入っている。体躯のいい喜兵寿でさえ、ふうふうと汗をかきながら運んできたのだ。華奢な夏に持てるとは到底思えなかった。

「ふふ。大丈夫。わたしきっちゃんのためならなんでも出来ちゃうんだから!」

夏はトトトっと小走りに駆け寄ると、喜兵寿の背中の籠をひょいっと持ち上げ、背負った。

「ね、大丈夫でしょ?一刻も早く行ってあげて。渡しの船に乗らないうちに」

喜兵寿は一瞬迷ったような表情をしたが、「すまん、恩に着る」というと両手の風呂敷を夏に渡した。

「行くぞ、なお!」

なにがなんだかわからないが、やはり大変な事態らしい。駆け出す喜兵寿の後を追って、なおも走り出した。

――

どのくらい走っただろうか。息はあがり、いい加減へたりこみそうになった頃、下の町のはずれで、喜兵寿となおはつるを見つけた。もう手はひかれてはいないが、つるは俯きながら男の後をついて行っている。

「源蔵にい!」

喜兵寿が大きな声で叫ぶと、源蔵と呼ばれた男はあからさまに険しい顔をして立ち止まった。

「喜兵寿か。何の用だ?」

圧倒的な威圧感。眼光の強さや、その立ち姿はこちらを委縮させるような凄みがある。

「なぜつるを連れていくのですか!約束の日にはまだ猶予があるはずです」

「ふん、たかだか数か月の話だろう?今帰ろうと何が変わるもんでもなかろう。酒を上納しに下の町に来てみれば、チャラチャラとわけのわからん男とつるんでおる。本来ならもう嫁に行って子を産んでいてもおかしくない年だぞ?『結婚するならもっと世界を見てからにしたい』などと大それたことをぬかして出て行って、その結果がこれじゃないか。一体なにを見たかったんだか。要は遊びたかっただけだろう!」

源蔵は吐き捨てるように言う。喜兵寿はつるのもとに駆け寄ると、源蔵から守るように立ちふさがった。

「違います!つるは柳やのために立派に働いてくれている。一部だけを見て勝手なことを言わないでください!」

「たしかに柳やは酒の出もいい。しかし噂によれば、ろくでもない傾奇者のたまり場になっているそうじゃないか。そんなところで立派に働いたからといって、嫁いで子を成すということに何の得になる?ならんだろ!俺はな、死んだ父上からお前たちのことを頼まれたんだ。お前たちのことを思って言っているんだ」

「……たしかに店の客はおかしな奴らばかりです。でも、柳やの、我が家の酒を愛してくれている人たちです!どうして大事な客をそのように言えるのでしょう。飲み手がいなければ酒なんてただの水だ。わたしとつるは、柳やの酒を多くの人に楽しんでもらえるよう、自分たちにできる最大限のことをしているつもりです!」

喜兵寿がぎりりと歯ぎしりをするのを見て、源蔵は吐き捨てるように怒鳴った。

「説教のつもりか!?酒のひとつも造れない出来損ないのくせに、偉そうなことばかり言うな!」

その言葉に、つるが叫んだ。

「お兄ちゃんのこと悪くいわないで!」

目には涙をいっぱいにためて、でもキッとまっすぐに源蔵を見ている。

「お兄ちゃんのことを悪くいわないで。お兄ちゃんは誰よりも柳やのお酒のことを思って働いてる。お酒が造れないからってなんなの?!お酒が造れることがそんなに偉いの?」

「……つる、やめなさい」
喜兵寿が止めようとするも、つるはそれを振り切って叫び続ける。

「わたしだって本当はお酒が造りたかった!女に生まれていなかったら、って何回も何回も思った。なぜ女だからって嫁いで、子供を産まなきゃならないの?わたしだって、わたしだって柳やの杜氏として働きたかった!お酒を造りたかった!!!」

崩れ落ちるようにして、わんわんと泣きだすつるの周りには、いつの間にか遠巻きに人だかりが出来ていた。ひそひそとこちらを見ながら何かを話しているのが聞こえてくる。

源蔵はそれを見て舌打ちすると、

「いつまでふざけたことばかり言っている!いい加減頭を冷やせ!いいか、あと三か月だからな。あと三か月したら荷をまとめて自分で戻ってこい」

そういって喜兵寿とつるを睨みつけると、「馬鹿馬鹿しい!」と足早に立ち去っていった。
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