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第一章 | 傾奇ブルワー、江戸に飛ぶ

傾奇ブルワー、江戸に飛ぶ 其ノ肆

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泥酔して起きたらゴミ捨て場だったことはある。
植込みの中で眠っていたり、知らない女とホテルにいたこともある。

記憶は気軽に飛ぶタイプだから、途中のことをまったく覚えていないなんてことはざらにあるわけだけれども……

「起きたら違う世界にいたなんてことあるかーーーい!」

なおは5本目の熱燗を徳利ごと煽ると「おかわり!」と叫んだ。
周囲からは「いいぞ、いいぞ」と歓声が上がる。

喜兵寿たちのはなしによれば、ここは将軍様のおひざ元にある、堀に面した「下の町」。

近くには「墨田川」が流れているといっていたから、やはりなおが飲んでいた墨田ブルーイングからは遠く離れておらず、別世界にいるとしか考えられなかった。

「んー、まさかこんなことが起こるなんてなあ……」

なおが腕組みしながら唸っていると、喜兵寿が熱燗と一緒に小さな小鉢を持ってきた。

「これ、食ってみろ」

中に入っていたのは子芋の煮っころがしで、甘辛く煮詰められた香ばしいいい香りが鼻先をくすぐる。
先ほどビールを「毒」扱いしたことを悔いているからだろうか。
喜兵寿はなんやかんやと世話を焼いてくれていた。

「お、うまそう!」

なおは子芋を大きな口で頬張った。
子芋の皮はパリっと香ばしく、噛んだ瞬間に中からほろほろとやわらかい芋が崩れる。

間髪入れずに熱燗を飲み下すと、双方のあまみが助長されるように喉奥いっぱいに広がった。

「やっぱうまいな!なんか喜兵寿のつくったもん食べると緩むわ」

なおは大きく息つく。

「新作ビールは無事リリースしたばかりだし、仕込みは昨日ひと段落着いたところだし……あれ、ひょっとして急いで帰らなくてもいい感じか?」

思い返せば、ここのところ働きすぎていた気もする。

初めて自分のレシピでビールを造るという大事なタイミングだったから全く苦には感じなかったが、長らく休暇というものをとっていない。

「知らない町に、知らない文化。あ、なんかこれって海外旅行みたいだな?」

もしもこれがタイムスリップなのだとしたら、そう滅多にできるもんじゃない。

どうやら美味いものはたくさんあるみたいだし、この時代のいろんな酒を飲んでみるのもいいかもしれない。
元来旅行好きのなおは一気にわくわくが湧いてくるのを感じた。

「よっしゃ、そうと決まったら俄然楽しくなってきたぞ!まずは飲むか!」

なおは隣の男の男に向かっておちょこを持ち上げた。

「よろしくな!乾杯!」

「は?なんだそれ?」

男はぽかんとおちょこを見つめる。

「ひょっとして乾杯知らないのか??ん~まああれだ。一緒に楽しく飲もうぜ、ってことことだ。こうやって持ち上げて、おちょこ同士をぶつけんだよ」

なおが説明すると、「ぶつけるのか?!」「ほお、おもしろそうだな」「おい皆でやろうぜ」と男たちが次々とおちょこを持ち上げた。

「それじゃあ!みんなよろしくな~!乾杯!!!」

なおの掛け声で男たちは一斉に立ち上がり、「かんぱい!」と言いながらものすごい勢いでおちょこ同士をぶつけ始めた。がちゃんがちゃんと鈍い音が鳴り、中には勢い余って拳をぶつけあっている男もいる。

「あはははは!なんだそりゃ」

その様子を見ながらなおは腹を抱えて笑った。

「ちょっと!!!あんたたちいい加減にしなさい!」

つるの叫ぶ声を聞きながら、なおは再び「乾杯!」と叫んだ。
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