魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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束縛型ヤンデレ・芝里タイチと、豪放磊落彼氏・蒼井ユウゴの場合

束縛型ヤンデレ・芝里タイチと、豪放磊落彼氏・蒼井ユウゴの場合②-1

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 チアキが、ノブユキとの遊園地デート(仮)を終えてから、そして闇の魔法使いとなってから、数週間の時が過ぎた。彼はいたってそれまでどおりの、平穏な日常を送っていた。
 ――なお、ボスからの呼び出しについては、言伝を聞いたケイが直後に想い人とセフレになるというわけのわからないハプニングにより伝えることをド忘れしていたため、チアキ自身もさっぱり知らない状況だ。
 第六感で、なんとなく『ボスに関わってはいけない』と感じている彼は、意図的にアジトである談話室に近寄らないようにしていた。近頃はジャネープが現れることもないためノブユキが魔法少女として駆り出されることなく、結果としてチアキも変身することがなかったので、闇の魔法使い云々からは少々遠ざかった日々が続いている。

 ちなみにケイとは、向こうが距離をグイグイ詰めてくるおかげで、今ではすっかり単なる友達になりつつある。今日も、寮の自室に彼を招いて、一緒に現代文の宿題をやりながら雑談をしていた。
「……なあ、阿神? さすがにおかしくないか。そろそろ、おれがヤンデリオに入って二週間以上も経つんだぞ。なのにあの日――先輩と遊園地行った日以来、おまえも、先生も、もちろんボスも街で暴れたりしてないとか……今までの欲望の竜ジャネープ事件の頻度からすると妙だと思うんだけど」
「いや、しゃーねえだろ~? ボスから待機命令出てんだから」
「はぁっ!? なにそれ、聞いてないぞ!?」
「あれ、言ってなかったっけ? ま、八雲は関係ねえじゃん、そもそも晶水センパイがいなきゃ変身しねーし、ジャネープ生むのも乗り気じゃねえみたいだし?」
 衝撃的な事実を告げたケイは、いつもどおりヘラヘラと笑っている。
 というのも、この突然の休暇は彼にとって渡りに船だったからだ。コウヤとのセフレ関係は未だに続いている。平日昼間は仕事がある(本当は学校だが)と伝えているので呼ばれることはないが、それ以外のときには急に呼び出されることも多い。いつコウヤが自分を求めて来てもいいようにと、暇さえあれば自室のモニターで盗撮&盗聴に勤しんでいるし、今のように自室を離れるときも、魔法を使って自分だけに聞こえるような盗聴をして常時コウヤの様子をチェックしていた。
 コウヤの狂信者まっしぐらな彼にとっては、他のどんなことよりも、彼のお願いが最優先事項だ。しかし、ボスの心象を損ねて闇の魔法を使えなくなったりすると、そもそもコウヤとの関係を続けられなくなってしまう。ジャネープというノルマに苦しめられないことを、降って湧いた幸運くらいに軽く捉えていた。
「ま、おまえは魔法少女……晶水センパイの変身したとこも見てえだろうし、つまんないのもわかるけどさ~」
「ち、ちがっ……! そもそも先輩が戦わなくてすむならそれでいいし!! ……じゃなくて、おまえらが、おれに隠れて先輩に酷いことしてるんじゃないかって心配なんだよ!!」
 ムッとした顔で言ったチアキに、ケイは、けらけらと軽薄そうな笑顔を返す。
「んなことやらねーし、やりたくねえよ! なあ八雲~、いいかげん心開いてくれよぉ。オレはダチとして、マジでおまえの恋路を応援してんだぜ? ……ボスとか先生は何考えてるかわかんねーけどさ」
「まあ、おまえはただのアホっぽいしそうかもしれないけど。……それにしたって、奇妙じゃないか? なんでボスは、急に待機命令なんて出したんだ……?」
「さあ? 考えたこともなかったなァ。オレらってバイトみたいなもんだし、上がなんの目的で~とか気にしなくても良くね?」
「おまえはホントお気楽だよな!? どう考えてもおかしいだろ、ジャネープを生み出すのがボスの目的のはずなのに……!!」
「んー、正確には、ジャネープを生み出して闇の力を強めることだろ? なんだっけ、ジャネープを暴れさせると闇のパワーが溜まって、ラスボス召喚? 的な?」
「なんでうろ覚えなんだよ……。闇の神だろ」
 チアキは、ヤンデリオの一員となったばかりに聞いた話を思い出す。たしか――ボスの目的は『闇の神』なる存在の復活で、そのために闇の魔法の力、その原動力である人々の欲望を集めるためにジャネープを生み出し暴れさせているのだったか。『溜まった欲望を開放してやる慈善事業のようなもの』とも説明していたが、それがどこまで信用していいものなのかはわからない。
「闇の力が弱まったら、多分、魔法も使えなくなるんだよな? なのになんで、おまえは何週間も待機させられてるんだ」
「さあ……? ボスにはボスの考えがあるんだろ、きっと。まあ、できるだけ早くたくさんジャネープ暴れさせたほうがいいって前に聞いた気もするけどさ……」
「ほら怪しい!! わざわざ力の供給を止めてまで、動きを制限した理由ってなんだ? そもそも、ボスが復活させようとしてる闇の神ってなんなんだ? 先輩が言うように……やっぱり、悪者なのはおれたちなんじゃ……、ッ、ぐ、ぁああ!?」
「ちょ、八雲ぉ!? 大丈夫か!?」
 チアキが思考に浸りだした途端、それを妨げるかのように、鋭い頭痛が襲い来る。うめき声をあげて倒れかけた彼の身体を、慌てて、ケイが抱き止める。
「どーしたんだよ!? 急にフラついて……えっと、保健室!? あ、今閉まってるのか、じゃあ病院!? 救急車!?」
「お、落ち着け阿神……。大丈夫、ただの頭痛だ。寝てたら治る。最近、よくあるんだよ……」
 弱々しい声でそう言って、チアキは、座っていたソファに体を横たえた。
「なぁ八雲、ほんとに大丈夫かよぉ……? 病院、行ったほうが良くね?」
「こないだ行ったよ。検査したけど異常なし、ストレスだろうって……」
「そっかあ……」
 ――彼の頭痛の原因は、ヤンデリオのボスたる闇の魔法使い・フレンジィにかけられた洗脳だ。チアキが命令に疑問を持たないように、もしもそうなりそうな時には、苦痛を与えて思考をシャットダウンさせるようにと設定されている。だからこそ、普通の人間には原因がわからないし、洗脳されている当事者の二人は魔法によるものかもという疑惑すら抱けないのだ。


 そんなことを知る由もないチアキは、体を横たえて休みながらも会話を続ける。
「……なあ、さっきの話だけどさ」
「うん?」
「待機命令の話。……おまえは何も知らないにしても、裏で、ボスとか先生がなにか企んでる可能性はないのか?」
「ん~……、たしかに先生は、オレらよりボスと仲良さそうだけど。なにか企んでたとしても、晶水センパイには関係ねえと思うぜ。ほら、オレたちってそういうとこあるだろ? 好きな人以外のヤツは興味ねえっつーか、どうでもいいっつーか……」
 素直すぎるその言い方に、チアキは僅かに呆れたものの、自分にも思い当たるフシがあったため苦笑する。
「そ、それは……、まあ、わからなくもないけど……」
「わざわざセンパイに構う暇なんかないって、自分の恋に忙しいんだから! ……あ、でもそっかあ……、先生はひょっとしてそっちか?」
「……ん? なにか、心当たりがあるのか?」
 チアキの問いかけに、ケイは、どこか苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「心当たりっつか、なんつーか……。八雲、遊園地で『魔法少女の仲間』に会ったんだろ? サファイアの力を使うってヤツ」
「あ、ああ……」
「アイツさ、先生の恋人らしいんだよ」
 ヤンデリオと敵対する、光の女神の陣営の魔法使い――『魔法戦士フェアリーサファイア』。その存在はケイも本当に軽くだが知っていた。
 ヤンデリオの側からすれば、彼は素性不明の謎の戦士であった。闇の魔法使いの前で堂々と変身し、ジャネープ相手に大立ち回りをすることが多い『魔法少女スイートクリスタル』ことノブユキと違い、サファイアは滅多に姿を表さない。しかも、姿を見せるときは必ず変身済みで、徹底的に素性を隠そうとしていた。
「オレも詳しくは知らねえ。先生は詳しく話そうとしないし、あの男が絡むと、マトモに話できるテンションじゃねーし。ただ、恋人同士だったのに派手に喧嘩して、敵対するようになったらしーんだよな。先生がオレらに内緒でなにか企むなら、あの、恋人の男についてだと思う」
「喧嘩って……。いや、たしかにあの人、そんな雰囲気だったような……なんか、先生と言い合ってたような気がするな。詳しい内容、あんまり思い出せないけど……」
「なんでも、こっちに姿とか声の記憶が残らないような魔法をかけてるらしいぜ。先生が言ってた。先生も光の連中相手には同じ魔法使ってるらしいけど……」
「あ……、だから、何度も戦ってる先輩が正体に気付いてないんだ」
 変身すると体型ごとすっかり変わってしまうチアキや、年齢が大きく成長した姿となるケイと違い、タイチの変身後の姿はかなり元の彼の面影が残っている。髪色と瞳の色が変化し、若干髪が伸びて、服装が変わるだけなのだ。チアキも、正体を言われてみればたしかにタイチだと気づける程度の変化だった。
 変身後の彼と何度も戦い、変身前の彼とは生徒と教師として関わることもあるノブユキがその素性に一切気づく様子がないのも、タイチが使っている魔法のおかげなのだろう。
「……じゃあ、阿神の推理だと、先生は恋人さんをどうにかするための準備をしていて、ボスはそれに力を貸してる。だからおれやおまえは待機しろって言われてる。そういうことか?」
「推理っつーほどちゃんと考えてねえけどな~。……ま、なんでも良くねーか? これって有給みたいなもんじゃん!」
「馬鹿。ほんと馬鹿。こんな凄い力を使ってるんだぞ、もう少し色々考えろよな」
「えーっ、でもさあ! 平和だからこそオレはゆーっくり盗撮できるし、おまえだって、晶水センパイと話す時間も増えていい感じになってるだろ!?」
「はぐっ!?」
 突然、ノブユキとの関係について触れられ、チアキは奇妙な声を上げていた。
 実際、彼が魔法少女だと知ってしまったことや、先日の遊園地デートなどをきっかけに、ノブユキの方から積極的に話しかけてくることが増えていたのだ。
 自身がヤンデリオの一員だと隠している後ろめたさは消えないものの、愛する先輩が自分を気にかけてくれることが嬉しくないはずもない。一緒に食事を取らないかとか、休日に遊びにいかないかとか、そういう誘いをされてしまえば断るという選択肢は彼に無かった。
「べ、別にそういう、やましいことはないからな!? 先輩は優しいからおれなんかにも構ってくれるだけで……。そりゃ、この前の遊園地以降、学校でも話しかけてくれることも増えたけど……!」
「やっぱイイ雰囲気じゃん!? それぜってーセンパイもおまえのこと気になってんだって!」
「馬鹿言うなよ!? こ、こんなキモデブのおれのこと、先輩が好きになるわけないじゃんか……」
「またまたぁ。話しかけられて嬉しいくせに~!」
「う、うるさいな!? おまえこそ……最近妙に機嫌いい割に付き合い悪くなったけど、なんかあったんじゃないのか。前よりストーカー悪化してるだろ?」
 恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、話題を変えようとチアキは言う。ちょっとした仕返しのつもりだったが、ケイから返ってきたのはだらしのないニヤケ面だった。
「えっ!? それはそのぉ、へへ、えへへ~。ナイショに決まってんだろ!!」
「……やっぱり何かはあったんだな? なんでもいいけど、通報されるようなことだけはするなよ……」
「しねえよ!? そのへんはもう……フッフフ……いろんな意味でバッチリだかんなっ!!」
 お調子者だが『コウヤ様』命な狂信者であるケイは、きっちりと彼の言いつけを守り、自身がセフレになったことも、ストーカー行為が公認されたことも隠していた。
 とはいえ、浮かれていることは目に見えて明らかで、チアキにも『何か良いことがあったんだろうな』くらいには思われていたが、まさかイケオジ芸能人なコウヤが、ストーカー行為を公認するようなアホだとは思いつきもしないだろう。

 二人の話題は次第に、ヤンデリオの――ボスやタイチの行動への疑問から、互いの恋バナへと移行していった。
 ――このときの彼らは知らなかったのである。この平穏が、嵐の前の静けさであることを。

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