魔法少女♂とヤンデリオ

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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ストーカー系狂信者、阿神ケイの場合

ストーカー系狂信者、阿神ケイの場合①-1

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 チアキがノブユキとのデートを終えた、翌々日の月曜日のこと。登校してきたばかりのケイは、教室の隅に佇むチアキを見つけると、目を輝かせて駆け寄ってくる。
「よーっす!! オハヨ、八雲!」
「え……、阿神!? な、なんだよ急に……」
「なんだよってヒデェな~、オレらもうダチだろ?」
「……き、教室で絡むなよ……。悪目立ちするだろ」
「へ? なんで?」
「なんでって……」
 きょとんとした様子のケイへ、チアキは、呆れた様子でため息をつく。
「おまえみたいな陽キャと、おれみたいな……地味で根暗な奴がつるんでたら、おかしいだろ。今までも接点無かったし」
「そうかぁ? 気にしすぎじゃね?」
「う……、これだから陽キャは……」
 あっけらかんとして笑うケイは、クラスの中心にいてもおかしくないような典型的な陽キャに見えて、チアキは思いっきり顔をしかめた。それにもケラケラ笑っているあたり、人当たりがいいというか、妙に人懐っこい男である。

「あ、そだ。んなことよりさ~! どうだったんだよ、一昨日!」
「うえぇっ!? ……い、言わなきゃ駄目か?」
「イヤならいいけど……自慢したそーなカオしてるぜ~?」
「ぐっ、それは、その……。……ほっといてくれ。どうせ、教室でするような話でもないし」
 ゲイであることを隠しているチアキは、クラスメイトの前で恋バナをすることはなんとしても避けたかった。そうでなくても、ノブユキへの思いは彼にとってとても特別で大きなもので、他人の耳がある場所で話すなど言語道断だ。
 ケイもその気持ちを悟ったのか、神妙な顔で頷いてみせる。
「……あー。それはたしかにな。そーゆー大事な話は、落ち着いて話せる場所じゃねえと! なぁ、八雲は放課後ヒマか? 例の談話室か、それかオレの部屋来ねえ? じっくり話聞かせてくれよ!」
「おまえ、ほんと押しが強いのな!? ……はあ、仕方ないか。今日はバイトもないし、チケット譲ってもらった礼に、少しだけなら付き合うよ」
「よっしゃ! ほんじゃ、放課後談話室集合な~!」
 グイグイ距離を縮めてくるケイに折れる形で、チアキは首を縦に振った。これ以上、教室内でケイと話して悪目立ちしたくなかったせいもある。

 嵐のように立ち去った彼の背中を眺めつつ、ぼんやりと、チアキは思案する。
(阿神ケイ……。おれとはタイプが違いすぎて、同じクラスなのに、今まであんまり話したことも無かったな。ほんとにアイツもヤンデリオなのか? おれや、先生や、ボスみたいな……『狂った愛情』を抱えている? ちっともそんなふうには見えないけど)
 少なくとも、学校での阿神ケイという少年は、やや軽薄だが明るく社交的な、いわゆる陽キャと呼ばれるタイプの人間に見えた。髪を金に染めて堂々と校則違反をしている不良だが、授業はそこそこ真面目に出ているし、不良っぽいのも服装だけ。友人は多いようだが浅く広くの関係なのか、特定のグループに属している様子もなく、一人で行動していることもわりと多い。
(あいつ、妙に聞き上手なんだよなあ……。こないだはつい、おれと先輩のことをいろいろ喋っちゃったし。よく考えたら、おれはあいつの好きな相手も知らないのに、一方的に知られすぎじゃないか!? ……今日、あいつの部屋に行けば、少しは弱味を握れたりするんだろうか)
 ヤンデリオという組織への警戒心が抜けず、ケイとの距離感を図りかねているチアキは、そんなことを考えた。





 その日の放課後。魔法で隠蔽された、ヤンデリオのアジトと化した談話室で集まった二人は、そのまま学生寮のケイの自室に向かうことにした。部屋に行きたいと告げられた彼は、純粋に友人が来るのを喜んでいる様子だったので、チアキは『弱みを握れるかも』などと考えていたのが申し訳なくなっている。

「お、お邪魔しまーす……」
「おう、いらっしゃい! そのへんテキトーに座れよ。……へへっ、寮の部屋に友達呼んだの初めてだから、なんか照れちまうぜ」
「えっ、意外だな……。おまえ、交友関係広そうなのに」
「そーだなぁ、浅く広く……ってヤツ? クラスの連中とか、世間話くらいはするけど、オレの中身まで知られたくねえしさ」
 ケイの部屋は、彼自身の明るく賑やかな印象とは対象的に物が少なく、嘘くさいほどに殺風景だった。裏表がなさそうに見える彼も、やはりヤンデリオの一員。何かしら隠している部分がある、ということだろうか。
 クッションに腰を下ろしたチアキは、躊躇いがちに問いかける。
「……なんで、おれは良いんだよ? 今までろくに話したこともなかっただろ」
「それは、ほら、ヤンデリオの仲間だし? ……それに、八雲なら、笑わず聞いてくれる気がしたんだよ。オレの……好きな人の話」
 ふいに、ケイの纏う雰囲気が真剣なものになる。へらへらした笑顔を消した彼の表情は、変身中の――[[rb:闇の魔法使い > ファナティック]]としての様子を思い起こさせた。
 はあ、と小さく溜息をつき、チアキは答える。
「……どんな話をする気か知らないけど、おれは、人の恋バナを聞いて笑うほど性格悪くはないぞ。その……おまえのおかげで、この前は、先輩を遊園地に誘えたわけだし……」
 なんやかんや生真面目なところのあるチアキは、ケイから譲られたチケットと、彼の強引なアシストに感謝をしていた。おかげで、愛しのノブユキ先輩と楽しく遊びに行くことができたのだから。
 素直に感謝を告げるとケイが調子に乗りそうなので、あくまで仕方なくというポーズをとりつつ、彼は言う。
「っていうか、おれの恋路だけ筒抜けなの、なんか腹立つし。そっちも暴露しろよ、対等じゃないだろ」
「……! へへっ、そっかあ、そーだよな! ダチなら恋愛相談も対等、だよなっ!?」
「……まだ友達だと認めたつもりはないんだが」
「照れんなって~、このこのっ!」
「うわっ、小突くなって! いいからさっさと話せよ。そしたらおれも……その、一昨日の話、するし……」
「おうっ! オレさ~、こーゆー恋バナ? 男子会? 的なの憧れてたんだよな~!!」
「はいはい、そうかよ……」
 呆れ顔のチアキに対し、ケイはへらへらと笑っている――かと思えば。突然、一転して真剣な顔に戻る。
 わずかに表情を強張らせつつ、彼は口を開いた。
「……オレ、さ。多分、他のやつから見たら、相当無謀で突拍子もない恋をしてるんだ。オレは片思いできてたらそれで満足だし、別に、直接あの人とどうこうなんて高望み、しようとも思わねえけど……でも、それでも。こうして片思いをしていることすらおこがましいんじゃねえかって思うくらい、あの人は、高嶺の花だから」
 声色もいつになく真剣で、思わず、チアキは息を呑んで彼の話を聞いていた。
「八雲は、テレビとか見る方か? 見なくても、ジョリーズ事務所は知ってるよな?」
「え? ジョリーズって……あれだろ、男のアイドルの……」
「そそ。元ジョリーズの、コウヤ様……歌風コウヤ、って聞いたことねえか? オレらの世代じゃ、ちょっと馴染み薄いかもだけど。ジョリーズ時代はトップアイドルで、連ドラの主演とかもばんばんやってて。今は、事務所から独立してシンガーソングライターやってんだけど」
「あ、ああ……そんなに詳しくはないけど。子供の頃、テレビで見たことはあるかも」
 歌風コウヤは、現在45歳の歌手である。ハーフだかクオーターだかとにかく異国の血が混ざっているとかで、東洋系の顔立ちに金髪をした、赤茶けた垂れ目が妙にセクシーな色男であった。
 アイドル時代からモテにモテまくり、ジョリーズ事務所から独立する以前――チアキたちが小学生くらいのころまでは、しょっちゅうスキャンダルでニュースを賑わせていた。その人気もかなりのもので、あまりテレビに関心がないチアキですら、なんとなく曲は聞いたことがあるレベルである。

 なんでまたそんな話を、とまで考えて、チアキは気付く。歌風コウヤについて語るケイの瞳が、なにかに焦がれるような熱を帯びていることに。
「オレが好きなのは……その、コウヤ様なんだ。小学生のときに一目惚れしてからずうっと、オレは、あの人に恋してる。……おまえも、オレを馬鹿だって思うか? プライベートでの面識もない芸能人に惚れて、そのせいで、こんなチカラにまで目覚めちまったオレを――どうかしてるって嘲笑うか?」
 問いかけるケイの声は鋭かった。恐らくはこれまでの人生で、どこかの誰かにそういうことを言われたことがあるのだろう。そもそも相手が同性で、二周り近く年上で、そのうえ芸能人だ。くだらない相手にバレたりしたら、からかいの種にされてしまうのは容易に想像がつく。
(阿神も……チャラそうに見えて、案外、苦労してるのかな)
 ケイへの認識を僅かに改めたチアキは、少しだけ優しい声で返事をする。
「……笑うわけないだろ。いや……ちょっと、びっくりはしたけど。言ったろ、人の恋バナ聞いて笑うほど性格悪くないって」
「八雲……、おまえ、やっぱイイヤツだよなあ!」
「うわやめっ、頭を撫でるな!!」
 しっしっ、と追い払うジェスチャーをした後、チアキは言う。
「……で? 好きな人はわかったけど、他にはないのかよ。恋のエピソード……的なの?」
「えっ!? 八雲ってば、オレとコウヤ様のラブに興味あんの!?」
「いや……こ、このまえ、成り行きで、なんかおまえに恋愛相談みたいになっちゃっただろ。おかげで先輩と遊びに行けたわけだし……そのぶんくらいは、話聞いてもいいかなと……」
 ゴニョゴニョと言葉を濁しているが、要するに、恋愛相談に乗ってくれたことへのお礼がしたいのだ。それを察したケイがニコニコしているのを見て、チアキは、強引に話を振る。
「……そ、そもそも、なんで好きになったんだ?」
「ん~……最初は一目惚れだったんだよなァ。小学生のとき、テレビで、音楽番組で歌うコウヤ様のお姿を初めて見て。その瞬間にわかったんだ。オレは、この人に会うために生まれてきたって」
 語りだしたケイの瞳は、妙に爛々と輝いている。良からぬスイッチが入ってしまったようだった。あまりの気迫に、チアキが若干引き気味なのにも構わずに、彼は続ける。
「あんなに綺麗な人を見たのは初めてだった。あんなに素敵な歌声を初めて聞いた。自分がゲイなんだって気づいたのも、多分、あのとき。気付いたらコウヤ様のことしか考えられねえくらい好きになってて、ファンとして応援しはじめた。まだ小学生だったからバイトもできなくて、小遣いとお年玉貯めてCD買って、ファンクラブ入って、ライブだって行ってたぜ? 毎回プレゼントとファンレター送って、握手会には必ず行ったし……」
 次第に、彼は自分の世界にひたる様子で早口になっていく。チアキは困惑気味に相槌を打つのみ……だったが、高揚した様子のケイの話は、次第におかしな方向に転がっていく。
「あと……オレの知らないコウヤ様を知りたくて、盗聴器とか隠しカメラもプレゼントしたなぁ」
「……ん?」
「それと、GPS仕込んで自宅調べたり。何度かこっそり家の近くまで行って、ポストに直接手紙入れたときはドキドキしたぜ! あ、自己主張強いファンだと思われたくねえからいっつも匿名だけど」
「え、ちょ……阿神? なんて?」
「コウヤ様、引っ越すこと多いからそのたびに自宅探すの大変でさ~! まあ魔法使えるようになってからは、盗聴も盗撮も発信器もぜーんぶ魔法でなんとかなるから困らなくなったんだけどな!」
「待て待て待て!! おま……っ、そ、それ! 犯罪! ストーカー!!」
 立て続けに告げられたストーカー行為の数々に、思わず、チアキは待ったの声をかけていた。
「……うん? まあ確かにそうだけど……しょーがねえだろ好きなんだし。まだオレがやったってバレてねえから法的にもセーフっしょ!」
「アウトだろ何もかも!? っていうか、好きな人が誰かはあんなに勿体つけたくせに、なんで余罪の告白はそんな世間話みたいにするんだよ!? おまえの感覚はどうなってるんだ!?」
「ええ~、このくらい好きならフツーだってえ。八雲も、センパイのバイト先とシフト調べて、被るように調整してバイトしてるって前言ってたろ? 似たようなモンじゃん」
「おれはっ、お、おまえみたいな犯罪レベルのことはしてないからな……!?」
 開き直った様子できょとんとするケイに、自分がおかしいのかと錯覚しそうになるチアキだったが、そんなことはないはずだと己を奮い立たせていた。
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