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むっつり朴念仁ヒーロー、晶水ノブユキの話
むっつり朴念仁ヒーロー、晶水ノブユキの話①-1
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晶水ノブユキはお人好しである。昔から、困っている人がいると放っておけない性格で、時には損な役回りを押し付けられることもあった。口下手な性格が災いして誤解されることもたまにあるが、彼の優しい性格故に、交友関係こそ狭いものの友人からはそこそこ慕われている方だ。
自分のワガママを貫くよりも、周囲のみんなに笑っていてほしい。そう考えるタイプだった彼は、高校生になっても色恋沙汰に疎く、ヒーローのように皆を平等に大切にして、誰か一人を特別扱いすることなど滅多になかった――のだが。
彼にとって唯一の例外が、高校2年生の頃に知り合い友人となってそろそろ一年近く経つ初恋の相手なのだった。
「なあ……めけ、この服、おかしくないだろうか? アイツにダサいと思われやしないだろうか……?」
『大丈夫だよ、ノブくんによく似合ってると思うな!』
学生寮の自室で、全身を鏡に映しながら、ノブユキは友人の一人である少女――めけ、こと皇子メイコとビデオ通話をしていた。男女どちらなのか曖昧な、ハスキーな美声で、めけ女史は愉快そうに笑っている。
『ふふ、よっぽど楽しみなんだね、週末のデート』
「でっ、デートじゃあない! その、もしそうなったら嬉しいとは思うが……。アイツはそんなつもりもないだろうし、俺が勝手に惚れているだけで、今はまだ友人関係なのだし……!」
ノブユキが浮足立っていたのは、週末、片思い相手と遊ぶ約束をしていたからだった。学外で会うため私服を着ていかねばならず、どんな格好をすればいいかと悩み、ファッションに詳しい友達であるめけに相談の電話をかけていたのだ。
『もう、そんなに好きならいっそ告白しちゃえばいいのに』
「それは……、まだできない。俺が魔法少女である限り、アイツのためだけに時間を使ってやることはできないだろう。そんな中途半端な状態で告白なんて、失礼だ……」
ノブユキは、当然のように自身が魔法少女だと口にした。電話口のめけも驚くことなく、先程よりもいささかしょんぼりとした声が返ってくる。
『……それを言われちゃうと、なんだかボクも申し訳なく感じるよ。そもそもボクが、君と契約しなかったら、ノブくんは魔法少女なんてやらずに済んだのに……』
「めけのせいじゃない。困っているおまえが放っておけなかったのは俺の勝手だし、それに、この世界を守るってことは、アイツの平和を守ることにも繋がるからな。自分の手で守れるものなら、守ってやりたいのは当然だ」
『うん……ごめん、ありがとう、ノブくん。パートナー妖精冥利に尽きるよ』
そう――めけ、あるいは皇子メイコ、と名乗る彼女は、実は人間ではない存在だった。自らが住む光の国が、闇の神の配下たちにより襲われたことで、命からがら人間界に逃げ出してきた妖精の一人。本名をメケレーディアといい、クリスタルの宝石を司る妖精で、ノブユキに力を貸し与えて魔法少女に変身させた存在なのだ。
魔法少女の活動のため、プライベートを犠牲にしがちなノブユキのことを、彼女は心底心配すると同時に罪悪感を抱いていた。
『真面目なのは君のいいところだけど……、ボクは魔法少女活動のために、ノブくん自身のやりたいことを我慢するのは絶対違うと思うんだ! むしろ、ボクの力とか、魔法少女の力とか。少しくらいノブくん自身のために使ったっていいんだよ』
「……それは、ズルだろう。そんなの、アイツが憧れて慕ってくれている『俺』じゃない。俺は、アイツの憧れを裏切らないような、立派なヒーローでいたいんだ」
『もう……カタブツだなあ』
困ったように口を尖らせた彼女へ、ノブユキは苦笑する。
「あまり、気にしないでほしい。なかなか告白できないのは、俺自身にも問題があるからな。その……あいつは、男同士の恋愛をどう思っているかわからないだろう? 先輩としての俺を信頼してくれているだけに、下手に思いを告げて、あいつの心を傷つけるのが恐ろしいんだ」
『……男とか女とか、そんなに大切なコトなの? [[rb:妖精 > ボクたち]]は性別が曖昧だから、よくわからないな』
「俺もあまり、気にしたことはないが……皆がそうというわけでもないようだ。それに、性別に関わらず、恋愛対象ではない相手から言い寄られるのは嫌だろう。俺は図体もでかいから、もしあいつが同じ気持ちじゃなかったら、怖がらせてしまうかもしれない」
『そうなのかなあ……? 話聞いた限りだと、その人も、きっとノブくんのこと大切に思ってくれてそうだけどな』
「友達の好きと、恋人の好きは違うからな。違う好きをぶつけられたら、人間は、怖い気持ちになることもあるんだ」
『そっか……。難しいんだね』
人ではないめけは、人間の恋模様について興味があるらしく、ノブユキの恋路についても真剣に話を聞いて応援している様子だった。宝石から生まれた妖精である彼女らには、性欲という概念がないため、人とは恋愛の形も異なっているらしい。
余計な口を挟んだろうかと落ち込むめけを見て、ノブユキは、ふいに話題を転換する。
「……ああ、そういえば。今週末は、本当に魔法少女としてパトロールをしなくて大丈夫なのか……? あいつに誘われ、嬉しくなってつい予定を快諾してしまったが。もし、それでこの世界の平和が危ぶまれるなら……」
『もう、それは大丈夫だって言ったよね? パトロールはボクと、ノコちゃんの二人でやるからいいんだ。ノブくんは自分のデートに集中してよ!』
「ほ、本当にいいんだな? ノコから、パトロールを増やすべきだってこの前言われたんだが……」
『大丈夫ったら大丈夫! ノコちゃんは心配性なんだよ。それに……ノブくんがデートしてる間、ボクも、ノコちゃんとパトロールって理由でデートできるでしょ? だから、気にしないでいいんだよ』
「そ、そうか、そうなのか……? 俺の方は、まだ、デートではないが……」
『いいから、楽しんでおいでよ。ノコちゃんの説得はボクに任せてさ』
ノコ――阿久津ノコ、あるいは覇王ノコルディウスと名乗っている少女。彼女も、めけと同じく妖精の一人だ。サファイアを司る妖精であり、めけとは恋人同士でもある。楽観的で平和主義なめけとは対照的に、好戦的で、この世界を守るという使命感が強い妖精であるため、人のフリをするのが少しばかり苦手な部分がある。
めけとノコの二人は現在、サファイアの魔法戦士である男の元に身を寄せながら、人間の少女のフリをして学校に通い、闇の神を倒すための情報収集をしているのだった。
『……ノブくん、大変なことに巻き込んじゃったボクが、こんなことを言える資格はないかもだけど……。ボクはお友達として、ノブくんのこと応援してるからね。いつでも力になるから、無理はしちゃ駄目だよ』
「ああ……ありがとう。そう言ってもらえると、心強い」
『週末、楽しめるといいね! もしかしたら、このデートで意識してもらえちゃうかもしれないよ?』
「なっ、からかうな! その……せっかく、[[rb:八雲 > ・・]]が誘ってくれたんだ。素敵な日にできるよう、努力はするが……」
『ふふっ、その意気だよ、ノブくん!』
週末、自分を遊びに誘ってくれた相手――ひっそりと片思いをし続けている男。可愛い後輩である、八雲チアキの名前を出したノブユキの顔は、茹でだこのように真っ赤に染まっていた。
*
ノブユキが、後輩であるチアキを意識し始めたのは、二人で花壇の世話をするようになってすぐのことだ。
元々恋愛には縁がなく、性欲も薄く、自身を淡白な方だとばかり思い込んでいたノブユキだったが――単に恋を知らないだけだったのだとチアキに出会い思い知った。
部活にも所属していないノブユキにとって、自分に懐いてくれる後輩の存在は貴重だった。先輩、先輩と素直に己を慕い、植物のこととなると我を忘れて熱中しがちなノブユキの語りにも嫌な顔一つせず付き合ってくれて、それどころか『先輩って物知りなんですね!』などと褒め称えてくれる彼に、ノブユキはメロメロになっていたのだ。
今まであまり植物に興味が無かったという彼が、ノブユキをきっかけに興味を持って、わざわざ花屋でアルバイトをしようと思ったことにも感動したし、それがノブユキのバイト先だった時には運命を感じた。
一度、『八雲って素直で人懐っこくて可愛いなあ』と意識してからは、チアキの全てが愛しく思えるようになった。むっちりとして丸っこいふくよかボディもぬいぐるみのようで可愛らしいと思うし、真面目でひたむきな性格も好ましい。親しくなってからは、意外にもシャイで人見知りが激しいことも知ったが、それなのにグイグイと距離を詰めてしまったノブユキのことを拒まず受け入れてくれた度量にもたまらなく惹かれていた。
ようするに、一度好きかもな、と思う頃には、チアキの全てを肯定したいくらいにはベタ惚れだったのだ。
だが、なにぶんノブユキは口下手だし表情が顔に出にくいたちで、おまけに恋愛経験は皆無に等しい。その恋慕はチアキにさっぱり伝わっていなかった。いつかは思いを告げるつもりでいるが、その覚悟もできていないし、チアキを傷つける可能性がある以上は自分が卒業するまで待つべきかなとも考えている。
チアキがやたらめったら彼を先輩として持ち上げるので、その期待に応えるべく努力しまくっているのだが、おかげでとうのチアキ自身が「先輩に俺は釣り合わない」などと考えているのにはまったく気づいていない。これは単にチアキが本心を隠すのが上手すぎるせいでもあるので、一概にノブユキの責任とも言えないが。
とにかく、チアキの憧れの正義のヒーローである彼は、単に好きな子の前でめちゃめちゃ格好つけてしまうピュアボーイなのだが――お互いの不器用さが災いして、見事にすれ違っている状態なのだった。
――さて、そんな彼がジェラシィとの思わぬ共闘を終えたあとのこと。変身を解いたノブユキは、真っ先にスマホのメッセージアプリを開き、チアキとのチャット欄を確認する。
『大丈夫か?』
『どこにいるんだ。具合が悪いなら、医務室に運ぶから、教えてくれ』
『俺がなにか、粗相をしてしまったのだろうか。すまない。直せることならなんでも直す。どうか、もう一度、一緒に遊んでほしい』
『すまん、ジャネープが出た。すぐに倒すから待っていてほしい。おまえと一緒に、薔薇園を見たい』
ジャネープ出現前に送ったメッセージにも、その下にある出現直後に送ったメッセージにも既読はついていないが、逸る気持ちを抑えて新たなメッセージを打ち込んでいく。
『ジャネープを倒した。八雲は、怪我をしていないか?』
『無事でいるだろうか。安否だけでも教えてほしい』
『もし元気で、おまえが嫌でないのなら、もう少し一緒に遊園地を見て回りたい。不快でなければ、居場所を教えてほしい』
フリック入力をする指が震えていた。まさかチアキと遊んでいる途中で、パトロール中のノコたちと出くわすとは思っていなかった。ノブユキの片思いを知る妖精二人にからかわれ慌てているうちに、具合が悪いから、と逃げるように立ち去ったチアキの背中が、胸に焼き付いて離れない。
「この前も、八雲は体調を崩したばかりだ。無理をさせてしまったのかもしれない。それか……俺がノコたちと話しているのを見て、疎外感を感じさせてしまったのかもしれない。なんにせよ、俺の落ち度だ……! せっかく二人きりで楽しく過ごしていたのに。もっとあいつを見てやれば……!」
自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていると――数分後。ぽこん、という着信音と共に、チアキからのメッセージが送られてきていた。
『心配かけてすみません、先輩こそ、怪我はないですか? 先輩がやりたいことなら、おれ、なんでも嬉しいです』
『さっき別れたあたりに戻るので、よかったら、閉園まで一緒にいてくれたら嬉しいです』
その、あまりにも控えめでいじらしい答えに胸をときめかせつつ、ノブユキは大急ぎで返信をしていた。
『すぐそちらに向かう。ありがとう』
自分のワガママを貫くよりも、周囲のみんなに笑っていてほしい。そう考えるタイプだった彼は、高校生になっても色恋沙汰に疎く、ヒーローのように皆を平等に大切にして、誰か一人を特別扱いすることなど滅多になかった――のだが。
彼にとって唯一の例外が、高校2年生の頃に知り合い友人となってそろそろ一年近く経つ初恋の相手なのだった。
「なあ……めけ、この服、おかしくないだろうか? アイツにダサいと思われやしないだろうか……?」
『大丈夫だよ、ノブくんによく似合ってると思うな!』
学生寮の自室で、全身を鏡に映しながら、ノブユキは友人の一人である少女――めけ、こと皇子メイコとビデオ通話をしていた。男女どちらなのか曖昧な、ハスキーな美声で、めけ女史は愉快そうに笑っている。
『ふふ、よっぽど楽しみなんだね、週末のデート』
「でっ、デートじゃあない! その、もしそうなったら嬉しいとは思うが……。アイツはそんなつもりもないだろうし、俺が勝手に惚れているだけで、今はまだ友人関係なのだし……!」
ノブユキが浮足立っていたのは、週末、片思い相手と遊ぶ約束をしていたからだった。学外で会うため私服を着ていかねばならず、どんな格好をすればいいかと悩み、ファッションに詳しい友達であるめけに相談の電話をかけていたのだ。
『もう、そんなに好きならいっそ告白しちゃえばいいのに』
「それは……、まだできない。俺が魔法少女である限り、アイツのためだけに時間を使ってやることはできないだろう。そんな中途半端な状態で告白なんて、失礼だ……」
ノブユキは、当然のように自身が魔法少女だと口にした。電話口のめけも驚くことなく、先程よりもいささかしょんぼりとした声が返ってくる。
『……それを言われちゃうと、なんだかボクも申し訳なく感じるよ。そもそもボクが、君と契約しなかったら、ノブくんは魔法少女なんてやらずに済んだのに……』
「めけのせいじゃない。困っているおまえが放っておけなかったのは俺の勝手だし、それに、この世界を守るってことは、アイツの平和を守ることにも繋がるからな。自分の手で守れるものなら、守ってやりたいのは当然だ」
『うん……ごめん、ありがとう、ノブくん。パートナー妖精冥利に尽きるよ』
そう――めけ、あるいは皇子メイコ、と名乗る彼女は、実は人間ではない存在だった。自らが住む光の国が、闇の神の配下たちにより襲われたことで、命からがら人間界に逃げ出してきた妖精の一人。本名をメケレーディアといい、クリスタルの宝石を司る妖精で、ノブユキに力を貸し与えて魔法少女に変身させた存在なのだ。
魔法少女の活動のため、プライベートを犠牲にしがちなノブユキのことを、彼女は心底心配すると同時に罪悪感を抱いていた。
『真面目なのは君のいいところだけど……、ボクは魔法少女活動のために、ノブくん自身のやりたいことを我慢するのは絶対違うと思うんだ! むしろ、ボクの力とか、魔法少女の力とか。少しくらいノブくん自身のために使ったっていいんだよ』
「……それは、ズルだろう。そんなの、アイツが憧れて慕ってくれている『俺』じゃない。俺は、アイツの憧れを裏切らないような、立派なヒーローでいたいんだ」
『もう……カタブツだなあ』
困ったように口を尖らせた彼女へ、ノブユキは苦笑する。
「あまり、気にしないでほしい。なかなか告白できないのは、俺自身にも問題があるからな。その……あいつは、男同士の恋愛をどう思っているかわからないだろう? 先輩としての俺を信頼してくれているだけに、下手に思いを告げて、あいつの心を傷つけるのが恐ろしいんだ」
『……男とか女とか、そんなに大切なコトなの? [[rb:妖精 > ボクたち]]は性別が曖昧だから、よくわからないな』
「俺もあまり、気にしたことはないが……皆がそうというわけでもないようだ。それに、性別に関わらず、恋愛対象ではない相手から言い寄られるのは嫌だろう。俺は図体もでかいから、もしあいつが同じ気持ちじゃなかったら、怖がらせてしまうかもしれない」
『そうなのかなあ……? 話聞いた限りだと、その人も、きっとノブくんのこと大切に思ってくれてそうだけどな』
「友達の好きと、恋人の好きは違うからな。違う好きをぶつけられたら、人間は、怖い気持ちになることもあるんだ」
『そっか……。難しいんだね』
人ではないめけは、人間の恋模様について興味があるらしく、ノブユキの恋路についても真剣に話を聞いて応援している様子だった。宝石から生まれた妖精である彼女らには、性欲という概念がないため、人とは恋愛の形も異なっているらしい。
余計な口を挟んだろうかと落ち込むめけを見て、ノブユキは、ふいに話題を転換する。
「……ああ、そういえば。今週末は、本当に魔法少女としてパトロールをしなくて大丈夫なのか……? あいつに誘われ、嬉しくなってつい予定を快諾してしまったが。もし、それでこの世界の平和が危ぶまれるなら……」
『もう、それは大丈夫だって言ったよね? パトロールはボクと、ノコちゃんの二人でやるからいいんだ。ノブくんは自分のデートに集中してよ!』
「ほ、本当にいいんだな? ノコから、パトロールを増やすべきだってこの前言われたんだが……」
『大丈夫ったら大丈夫! ノコちゃんは心配性なんだよ。それに……ノブくんがデートしてる間、ボクも、ノコちゃんとパトロールって理由でデートできるでしょ? だから、気にしないでいいんだよ』
「そ、そうか、そうなのか……? 俺の方は、まだ、デートではないが……」
『いいから、楽しんでおいでよ。ノコちゃんの説得はボクに任せてさ』
ノコ――阿久津ノコ、あるいは覇王ノコルディウスと名乗っている少女。彼女も、めけと同じく妖精の一人だ。サファイアを司る妖精であり、めけとは恋人同士でもある。楽観的で平和主義なめけとは対照的に、好戦的で、この世界を守るという使命感が強い妖精であるため、人のフリをするのが少しばかり苦手な部分がある。
めけとノコの二人は現在、サファイアの魔法戦士である男の元に身を寄せながら、人間の少女のフリをして学校に通い、闇の神を倒すための情報収集をしているのだった。
『……ノブくん、大変なことに巻き込んじゃったボクが、こんなことを言える資格はないかもだけど……。ボクはお友達として、ノブくんのこと応援してるからね。いつでも力になるから、無理はしちゃ駄目だよ』
「ああ……ありがとう。そう言ってもらえると、心強い」
『週末、楽しめるといいね! もしかしたら、このデートで意識してもらえちゃうかもしれないよ?』
「なっ、からかうな! その……せっかく、[[rb:八雲 > ・・]]が誘ってくれたんだ。素敵な日にできるよう、努力はするが……」
『ふふっ、その意気だよ、ノブくん!』
週末、自分を遊びに誘ってくれた相手――ひっそりと片思いをし続けている男。可愛い後輩である、八雲チアキの名前を出したノブユキの顔は、茹でだこのように真っ赤に染まっていた。
*
ノブユキが、後輩であるチアキを意識し始めたのは、二人で花壇の世話をするようになってすぐのことだ。
元々恋愛には縁がなく、性欲も薄く、自身を淡白な方だとばかり思い込んでいたノブユキだったが――単に恋を知らないだけだったのだとチアキに出会い思い知った。
部活にも所属していないノブユキにとって、自分に懐いてくれる後輩の存在は貴重だった。先輩、先輩と素直に己を慕い、植物のこととなると我を忘れて熱中しがちなノブユキの語りにも嫌な顔一つせず付き合ってくれて、それどころか『先輩って物知りなんですね!』などと褒め称えてくれる彼に、ノブユキはメロメロになっていたのだ。
今まであまり植物に興味が無かったという彼が、ノブユキをきっかけに興味を持って、わざわざ花屋でアルバイトをしようと思ったことにも感動したし、それがノブユキのバイト先だった時には運命を感じた。
一度、『八雲って素直で人懐っこくて可愛いなあ』と意識してからは、チアキの全てが愛しく思えるようになった。むっちりとして丸っこいふくよかボディもぬいぐるみのようで可愛らしいと思うし、真面目でひたむきな性格も好ましい。親しくなってからは、意外にもシャイで人見知りが激しいことも知ったが、それなのにグイグイと距離を詰めてしまったノブユキのことを拒まず受け入れてくれた度量にもたまらなく惹かれていた。
ようするに、一度好きかもな、と思う頃には、チアキの全てを肯定したいくらいにはベタ惚れだったのだ。
だが、なにぶんノブユキは口下手だし表情が顔に出にくいたちで、おまけに恋愛経験は皆無に等しい。その恋慕はチアキにさっぱり伝わっていなかった。いつかは思いを告げるつもりでいるが、その覚悟もできていないし、チアキを傷つける可能性がある以上は自分が卒業するまで待つべきかなとも考えている。
チアキがやたらめったら彼を先輩として持ち上げるので、その期待に応えるべく努力しまくっているのだが、おかげでとうのチアキ自身が「先輩に俺は釣り合わない」などと考えているのにはまったく気づいていない。これは単にチアキが本心を隠すのが上手すぎるせいでもあるので、一概にノブユキの責任とも言えないが。
とにかく、チアキの憧れの正義のヒーローである彼は、単に好きな子の前でめちゃめちゃ格好つけてしまうピュアボーイなのだが――お互いの不器用さが災いして、見事にすれ違っている状態なのだった。
――さて、そんな彼がジェラシィとの思わぬ共闘を終えたあとのこと。変身を解いたノブユキは、真っ先にスマホのメッセージアプリを開き、チアキとのチャット欄を確認する。
『大丈夫か?』
『どこにいるんだ。具合が悪いなら、医務室に運ぶから、教えてくれ』
『俺がなにか、粗相をしてしまったのだろうか。すまない。直せることならなんでも直す。どうか、もう一度、一緒に遊んでほしい』
『すまん、ジャネープが出た。すぐに倒すから待っていてほしい。おまえと一緒に、薔薇園を見たい』
ジャネープ出現前に送ったメッセージにも、その下にある出現直後に送ったメッセージにも既読はついていないが、逸る気持ちを抑えて新たなメッセージを打ち込んでいく。
『ジャネープを倒した。八雲は、怪我をしていないか?』
『無事でいるだろうか。安否だけでも教えてほしい』
『もし元気で、おまえが嫌でないのなら、もう少し一緒に遊園地を見て回りたい。不快でなければ、居場所を教えてほしい』
フリック入力をする指が震えていた。まさかチアキと遊んでいる途中で、パトロール中のノコたちと出くわすとは思っていなかった。ノブユキの片思いを知る妖精二人にからかわれ慌てているうちに、具合が悪いから、と逃げるように立ち去ったチアキの背中が、胸に焼き付いて離れない。
「この前も、八雲は体調を崩したばかりだ。無理をさせてしまったのかもしれない。それか……俺がノコたちと話しているのを見て、疎外感を感じさせてしまったのかもしれない。なんにせよ、俺の落ち度だ……! せっかく二人きりで楽しく過ごしていたのに。もっとあいつを見てやれば……!」
自分の不甲斐なさに唇を噛み締めていると――数分後。ぽこん、という着信音と共に、チアキからのメッセージが送られてきていた。
『心配かけてすみません、先輩こそ、怪我はないですか? 先輩がやりたいことなら、おれ、なんでも嬉しいです』
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