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プロローグ

プロローグ/宝石の神話

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 ――むかしむかしのお話です。あるところに、神様たちが住む世界がありました。
 そこには、ふたりの神様がおりました。ひとりは光を司る女神様。もうひとりは闇を司る男の神様です。
 ふたりの神様はとても仲良しで、この世界の真ん中にある綺麗なお城で暮らしています。
 最初、世界は神様たちふたりきりでしたが、それではとても寂しいので、ふたりは不思議な力で召使いを作ることにしました。女神様は光から妖精を生み出し、男の神様は闇から悪魔を生み出しました。神様たちと妖精と悪魔は、みんな仲良く、平和に過ごしておりました。

 神様たちのお仕事は、自分たちの住む世界とは別のところにある、小さな生き物たちの住む世界を見守ることです。小さな生き物の世界は星の数ほどありましたが、その一つ一つはどれも似ているようでちょっとだけ違っていて、神様たちはその全てを平等に愛していました。

 ――しかし、ある日のことです。とある小さな世界を見ていた闇の神様は、「恋愛」というものを知りました。だれか一人だけを特別に愛して、特別に愛される小さな生き物たちを見て、自分もそのような「愛」が欲しいのだと思ってしまったのです。
 そうと気付いた闇の神様は、さっそく、光の女神様に結婚を申し込みました。
「麗しき光の女神、我が半身よ! 我は、あの世界のニンゲンのように、愛というものを味わいたい。我が愛を与え、愛で返してくれる者がいるならば、それは他ならぬおまえが良い。存分に愛してやるから、どうか、我の妻となってはくれまいか」
 熱烈な愛の告白に、光の女神様は、首を横に振りました。
「……いいえ、なりません、闇の神よ。我々の愛は、小さな生き物たち全てに平等に注がれるもの。そうしなくては、小さな生き物たちは光と闇を失い彷徨ってしまいます。ですからわたくしは、貴方ただひとりのモノになることはできません」
「何故だ! 共に生まれ、共に在り、言葉を交わしたこの我よりも、役目の方が大切だと抜かすのか!」
「そうです。わたくしたちは、この役目のために存在する者……己の心に支配されてはならないのです。馬鹿なことはおよしなさい、闇の神……」
 これに怒った闇の神様は、自分の家来である悪魔たちを連れて、お城を出ていってしまいました。そして、地の底に自分たちだけの国を作ると、女神様と妖精たちを襲い始めたのです。
「ええい、何故だ! 何故、我の愛を拒むのだ!! 我のものにならぬのなら、おまえの大切なものを壊してしまうぞ……!」
 こうして、ふたりの神様が争いだしたことで、あまねく世界に昼と夜が生まれたのでした。



 闇の神様に対抗するため、光の女神様は、宝石の光から特別な妖精を生み出しました。
 一人目は、とても勇敢な騎士である、クリスタルの王子。二人目は、自分を信じる強い心を持った、トパーズの歌姫。そして最後に、誇り高いリーダーであるエメラルドの女王。三人は力を合わせて戦い、悪魔たちから女神様を守りました。
「ボクたちに任せて、女神様! 貴女のことを、きっと守り抜いてみせるよ」
「アタイの歌は、勝利をもたらす希望の歌さ。このアタイがいる限り、悪魔なんかにゃ負けねえっての!」
「二人の言うとおりです、だから恐れることなどございません。私たちがいる限り、貴女を、世界の光を守ってみせますわ。どうぞ安心なさってくださいまし、女神様」
「……ええ、そうですね。わたくしは女神として、小さな生き物たちの平穏を守らねばなりません。そうでなくてはならないのです。頼みましたよ、わたくしの愛しい妖精たち……」


 しかし、闇の神様も負けてはいません。美しい宝石を闇の中に沈めると、ふたりの悪魔を生み出しました。
 一人は、みんなの心を惑わして誑かす魔性。もう一人は、戦いを何よりも愛し、災いを招く危険な戦士です。
「我が愛し子よ! 貴様らにはそれぞれルビー、サファイアの名をくれてやろう。我の望みを果たすため、あの女神に闇の力を見せつけてやれ!」
「お任せあれ、偉大なる我が父上。奴らへ悪魔の誘惑を……淫蕩たる地獄を教えてあげるよ♡」
「なれば私は、戦乱の地獄を見せてやるのである。父上、どうぞ見守ってくれ!!」
 闇の神様から名前をもらった二人の悪魔は、地上にある、女神様のお城を襲いに向かいました。


 宝石の妖精と、宝石の悪魔の戦いは長く続きました。しかし、あるとき、クリスタルの王子がサファイアの悪魔に出会い――恋に落ちました。真の愛を知ったサファイアは、闇の神様を裏切って、妖精たちの仲間になりました。サファイアはとても強い力を持っていたので、戦いは、女神様たちが有利になりました。そして、ずる賢い性格だったルビーの悪魔も、闇の神様が負けそうなことを知ると裏切ってしまいました。

「何故だ……何故、貴様らまでもが我に歯向かう!! 我が愛は何故、認められぬ!! こんなにも――こんなにも、おまえが欲しくてたまらぬのに……!」
 呪いの言葉を吐きながら、闇の神様は、光の女神様によって小さな生き物たちの世界の一つに封印されてしまいました。
 女神様がいったい何を思っていたのかは、女神様自身にしかわかりません。けれど――小さな世界に追放される闇の神様を見る目は、とても悲しそうだったそうです。





「……ふむ。それで……今の話を聞いて、俺は、どうすればいい?」
 一連の御伽話を聞いた、学生服姿の青年は、目の前にいる中性的な人物へと問いかける。すらりとした長身と、人形のように整った顔立ちをした長髪の彼――あるいは彼女――は、紫水晶のような瞳を驚きに揺らがせた。
「……信じてくれるのかい? この世界の人たちは、みんな冗談扱いして、ちゃんと聞いてくれなかったのに……」
「君は、本当に困っている目をしていた。なら、俺は君を信じたい。もし今の話が本当なら……妖精の君は、どうして、この世界にやってきたんだ?」
 問いかけられた妖精は、泣きそうな顔で言葉を続ける。
「っ……、実は。闇の神様が封印された世界っていうのが、この世界なんだ。しかも、その封印は解けかかっていて、手下の悪魔たちがボクのいた世界を襲いに来て……。それで……仲間たちはやられてしまって、女神様も力を使いすぎて眠りについてしまった。生き残ったボクと、あと一人の友達とで、直接闇の神様を封印するためにやってきたんだけど……」
「けど?」
「ボクたちだけじゃ、駄目だった。この世界のニンゲンの力を借りなきゃ、封印はできなかったんだ。でもっ、誰も話を信じてくれなくて……! 闇の神様の手下たちは、どんどん力も強くなって……!」
 勇敢な騎士然とした態度が、涙とともにポロポロと崩れていく。溢れる涙を必死に堪えようと震える妖精の姿を見て、青年は、小さく頷くと手を差し伸べた。
「……事情はわかった。その封印っていうのは……俺にも、協力できることだろうか」
「――えっ!?」
 突然の申し出に、信じられないと言いたげに妖精は首を横に振る。
「ど、どうして、そこまでしてくれるの……? 君はボクと初対面じゃないか。力を貸す義理もなければ、そもそも、信じてくれる理由もないのに……!」
 ある意味当然の疑問に対して――青年はきょとんとした顔で問い返す。
「困ってる人を助けるのに、理由が必要か? 俺は……いつだって、みんなに笑っていてほしい。せめて、俺の目の前にいる人は笑顔にしてあげたい。それに……君の話が本当なら、もし闇の神様が目覚めたら大変なことになる。俺の大事な人だって、死んでしまうかもしれないんだろ? なら、他人事じゃあないだろう」
 何事もなさげに言い切る青年は、間違いなく、ヒーローの素質を持っていた。彼の勇気に呼応するように、妖精が胸元にさげたクリスタルのペンダントがキラキラと光り輝いていく。

「っ、この光は……!! ねえ、君、本当に……一緒に戦ってくれるの? ボクのパートナーに、魔法の戦士に……!」
 妖精の問いかけに対して、青年は、自信満々に頷いて――。





 とある辺境の世界に封じられた闇の神の怨念は、時間をかけてゆっくりと力を取り戻した。意識を取り戻してからは、密かに配下である悪魔たちを動かして、光の国を襲撃することにも成功していた。
 力の大半を奪われ、実体を持たない怨霊のようなモノになってなお、彼は諦めていなかった。復活のため、己が封印された世界のイキモノたちから、己と同じ暴力的な愛を抱く存在を見つけ出し、自身の協力者としようと目論んだのだ。


「やぁ――神様。調子はどうだい?」
 とある雑木林の奥にある、立ち入り禁止の沼地にて――。肩まで伸びた白い髪と、エメラルド色の瞳をした、眼鏡姿の美青年は、そこにいる『ナニカ』へと声をかける。
「今日はお礼を言いに来たんだ。あんたのおかげで、僕は最愛のヒトを手に入れられたよ……。この魔法ってヤツ、本当に凄いんだね」
 神様と呼びかけられた相手、沼底に封印された闇の神は、おぞましくも荘厳な声で青年の脳内に直接語りかけた。
『……我が同盟者。我が力を分け与えし、盟友たるヒトの子よ。まずは汝の成功を喜ばしく思う。……然して、首尾は如何ほどか』
「勿論、手筈通りに。あんたを完全に復活させたら、僕のチカラも僕たちの愛も、永遠のものになるんだろう? ちゃんと手駒にできそうな人間も見繕っておいたとも。あとは、力を埋め込んで、僕ら好みにちょっと『弄る』だけさ」
 クスクスと笑う青年に応えるように、底なし沼から、闇色の泥に包まれた何かが浮上してくる。青年が手を伸ばし受け取ったそれらは、小さな宝石の欠片のようだ。色は奇妙に濁り、どす黒い泥で汚れている。
「……これが、あんたが光の国から奪ってきたっていうチカラ?」
『……一部は、な」
「一部?」
『そのほとんどは、忌々しくも愛おしい、我が愛する女の配下の妖精どもより奪った力だ。奴らの力の源たる宝石を、我が闇の魔力で沈め、反転させたエネルギー体である。一つだけ……悪魔の生まれ損なった、我自身が力を注いだ宝石も混じっておるが。どちらにせよ、使い方も出力も大差なかろうよ。どちらも、人間の体に埋め込んでやれば、闇の魔法使いが出来上がるだけなのだからな』
「ふうん……、それって、あんたが僕に[[rb:エメラルド > このチカラ]]を埋め込んだみたいにかい?」
『クク。もっとも、貴様に与えたモノよりも、それらは魔力が弱い石だがな。生み出した魔法使いどもも、我が半身であり、闇を統べる王たる貴様には逆らえぬよ』
「へえ……? 僕の魔法と合わせれば、都合のいい手駒が完成ってわけだ。素晴らしいね」
 青年は、端正な顔を歪に歪めて嘲笑う。
「……まあ、僕は正直あの人さえいればあとはどうでもいいんだけど……あんたの好きな人を手に入れるには、この世界を手に入れなきゃいけないんだろう? なら、まあ、恩はきちんと返さないとねえ。この力が無くなったりしても困るし」
『然り。我らは既に運命共同体よ……汝は既に我が半身。我が泥と溶け合ったその肉体は、既にヒトにありてヒトならず』
「わかってるよ。あんたが蘇れば僕のチカラも強くなる。逆にあんたになにかあれば、僕の身も危ない。僕たちは、生死を含めてリンクしている共同体……そういう認識でいいんだろ」
 青年もまた、闇の神同様に愛する人に裏切られ、絶望を経験した男だった。そして一方的な恋慕に狂い、無理矢理にでも相手を自分のモノにしようとするだけの執着を宿す者でもあった。
 その狂い果てた愛憎を感じ取った闇の神は、彼を己の封じられた沼に導くと、その力の一部と、光の国から奪い取った宝石の力を分け与えた。青年もまた自ら望んでその手を取り、ヒトならざる者へと変質した。今の彼は闇の神の使者……精神こそ青年自身のものだったが、その在り方は闇の神の分身のようなものへと変わっていたのだ。
「心配しなくてもちゃんとやるよ。計画は万全だ。たとえ、あんたの愛しいオヒメサマが邪魔してきたとしても、僕らの願いを妨げることはできないさ」
 彼はくつくつと笑い声を上げ、狂気を宿した瞳で語る。
「僕は、あんたかくれた魔法でこの世界の負の感情を膨れさせ、光の妖精が持つ宝石を奪い、あんたを完全に復活させる。そうしたら――僕の愛したあの人は、もう二度と、僕から離れていったりしないはずだから。どんなものを利用してでも、僕は、僕の愛を貫いてみせる!! ……共に頑張ろうじゃないか、ねえ、神様?」

 おぞましい笑顔に応えるように、闇の神は、その場に雷鳴を轟かせていた――。




 ――こうして、光と闇、それぞれの陣営が動き出す。魔法の力を使い、それぞれの思う『愛』を貫くために。
 何も知らない、恋する青少年たちを、その戦いに巻き込みながら……。

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