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大陸を統べる大国、レサガロコ帝国の若き皇帝・クラッドの後宮に、男の后が入ってきた。
クラッドは絶世の美貌と武勇の才を併せ持つ、強国の皇帝に相応しい、傲慢なまでの強さを持った男である。金髪碧眼で高身長、ほどよく引き締まった体つきの、国中の娘を魅了してやまない美男子だ。
彼の後宮には百人近い妻と愛人がおり、国内貴族のご令嬢のみならず、他国の姫君までもが後宮を彩る華として置かれている。
クラッドは后――正式な妻も愛人もまとめて、後宮にいる女はそう呼ばれた――たちに気まぐれに手を出しては、飽いたら捨てる。圧倒的強者である彼には、その傲慢が許されていた。
そんな中、異例中の異例である『男の后』。
この世界では魔法により、同性間で子をなすことができるため、男同士の婚姻は珍しいものでもなかったが――皇帝クラッドは生粋のノンケで、戯れであっても、男に手を出すことはなかった。そもそも男で妥協しなくても、いくらでも女を選び放題の立場だったからだ。
それがどうして男の后を迎えることになったかと言えば、政治の都合という他にない。
いくら脅しをかけても帝国の傘下に入ろうとしない、男しかいない戦闘部族、コヴィッチ族。彼らが他国と結びつこうとしている、という噂を聞き、そうなる前にコヴィッチ族への支配を進めようとした結果、一人の戦士を皇帝の妻とすることとなったのだ。
妻と言っても人質と同義であったし、帝国側は、コヴィッチの戦士の心をへし折り、帝国に忠誠を誓わせることで、部族そのものをも支配するという侵略者的な考えで動いていた。
そういうわけで、はなから笑いものにされ、傷つけられ、その矜持をへし折られるためだけに、コヴィッチ族の戦士――ケイク・コヴィッチは、皇帝の后となったのである。
ケイクはいかにも戦闘部族の戦士らしい、荒々しく逞しい見た目をした大男だった。
年の頃は四十前後、日に焼けた肌と、長く伸ばした黒髪に黒目の三白眼。鍛え抜かれた肉体はまるで巨木のようなガチムチで、いかつい顔立ちと顎髭も相まって、まるで山賊のような出で立ちの男である。
ケイクが輿入れした初夜。皇帝クラッドは、わざわざ雇った荒くれ者――男に対する強姦罪で捕まっていた罪人である――を引き連れ、彼の元を訪った。
「……へい、これはこれは皇帝陛下。俺としっぽり一夜の夢を……ってなわけじゃあなさそうだが、その、物騒なお連れ様は何者で?」
本来、皇帝と后の褥に他の者が連れ添うことなどありえない。異様な光景を前にしてもケイクは怯まず、むしろ、飄々とした笑みを浮かべていた。
対するクラッドは整った顔を嫌悪に歪め、虫ケラを見るような目でケイクを見下す。
「フン……、下賤な蛮族の分際で生意気な。良いか、貴様なぞ余が相手するまでもない。無法者に純潔を散らされ、救いを求めて泣き叫ぶがいい。……やれ。この蛮族が我が帝国に忠誠を示すまで、好きなだけ甚振ってやるといい」
荒くれ者たちに指示を出すと、クラッドは、興味が尽きたとばかりに部屋をあとにする。
帝国に敵対的な小国の姫を浚い、無理矢理后にしてから、こうして無法者に乱暴させることで心を折る――という手口は、この国ではしょっちゅう行われていることであった。
コヴィッチ族には男しかおらず、部族の中での発言力と戦闘力がイコールのため、このたび攫う対象が屈強山賊系オヤジのケイクになってしまったのは帝国側も大誤算であったが、男好きの性犯罪者をあてがうことでなんとかする算段である。
こうして部屋には、敵国に攫われて孤独な后と、それを狙う悪漢のみが残された――はず、だった。
*
「ふん、まったくおぞましい……。あんな蛮族の、いかつい大男が、仮にも后を名乗るなど」
誰もいない部屋の中。皇帝クラッドは、ぼそりと呟いて眉をひそめる。
「だが……、セラワカ王国が、あの蛮族どもと手を結ぼうとしていると聞く。奴らを手中に収めねば、我が帝国の支配は危ういものになってしまう……」
彼が、ケイクを后として迎え入れたのは、政治の都合にほかならない。
ケイクたちコヴィッチ族は、たった一人でも千を越える兵を蹴散らすほどの力を秘めている戦闘民族である。
他国と交わることもなく、淡々と、己の村で生きてきて、時折他国から夫を娶っていくだけの彼らだったが――このレサガロコ帝国の隣国、セラワカ王国が、コヴィッチ族との政略結婚を考えているという情報を手に入れたのだ。
もしもコヴィッチの力が隣国のものになってしまえば、帝国がこの大陸全土を支配する、という皇帝一族代々の野望は叶わないものとなってしまう。
そうなる前に、コヴィッチの要人を人質に取り、彼らを支配してやろうと――そのために選ばれたのが、彼らの副戦士長、と呼ばれていたケイクであった。
「……まったく、皇帝となってもままならんな。我が帝国の野望のため、望まぬ后を娶り、佞臣どもからの掌返しに怯えて。いっそ……、全てを捨てて、逃げ出せたなら……」
はあ、と大きなため息とともに吐かれた言葉は、皇帝クラッドの本心だった。
彼は幼い頃から、血の繋がった親族や兄弟からの暗殺を切り抜け、生き延びるために皇帝になった。20歳という若さで玉座についてからも、度々、帝位を諦めない者からの暗殺や、権力目当てで媚び諂ってくる連中の処遇に頭を悩まされている。
「……もっと、強き皇帝に、素晴らしき支配者にならなくては。余はレサガロコ帝国の皇帝だ。先祖の悲願を……帝国による大陸統一を成し遂げねば。……そのためだけに、余は、皇帝として生かされているのだから」
そのためにもまずは――あの蛮族の心をへし折り、手懐けることが必要だ。『いつもの』やり方でやっておけば、きっと、うまく行くはずだ。
だってそれは――『正しい行い』で、『先祖代々伝わってきた』由緒正しき振る舞いで、『強き皇帝』の立ち振る舞いのはずなのだから。
そうやって不安になる心に言い聞かせ、クラッドは、ふらりと自室をあとにする。嫌な気持ちを忘れるためにも、今は、誰でもいいから後宮の女を抱きたい気分だった。
クラッドは絶世の美貌と武勇の才を併せ持つ、強国の皇帝に相応しい、傲慢なまでの強さを持った男である。金髪碧眼で高身長、ほどよく引き締まった体つきの、国中の娘を魅了してやまない美男子だ。
彼の後宮には百人近い妻と愛人がおり、国内貴族のご令嬢のみならず、他国の姫君までもが後宮を彩る華として置かれている。
クラッドは后――正式な妻も愛人もまとめて、後宮にいる女はそう呼ばれた――たちに気まぐれに手を出しては、飽いたら捨てる。圧倒的強者である彼には、その傲慢が許されていた。
そんな中、異例中の異例である『男の后』。
この世界では魔法により、同性間で子をなすことができるため、男同士の婚姻は珍しいものでもなかったが――皇帝クラッドは生粋のノンケで、戯れであっても、男に手を出すことはなかった。そもそも男で妥協しなくても、いくらでも女を選び放題の立場だったからだ。
それがどうして男の后を迎えることになったかと言えば、政治の都合という他にない。
いくら脅しをかけても帝国の傘下に入ろうとしない、男しかいない戦闘部族、コヴィッチ族。彼らが他国と結びつこうとしている、という噂を聞き、そうなる前にコヴィッチ族への支配を進めようとした結果、一人の戦士を皇帝の妻とすることとなったのだ。
妻と言っても人質と同義であったし、帝国側は、コヴィッチの戦士の心をへし折り、帝国に忠誠を誓わせることで、部族そのものをも支配するという侵略者的な考えで動いていた。
そういうわけで、はなから笑いものにされ、傷つけられ、その矜持をへし折られるためだけに、コヴィッチ族の戦士――ケイク・コヴィッチは、皇帝の后となったのである。
ケイクはいかにも戦闘部族の戦士らしい、荒々しく逞しい見た目をした大男だった。
年の頃は四十前後、日に焼けた肌と、長く伸ばした黒髪に黒目の三白眼。鍛え抜かれた肉体はまるで巨木のようなガチムチで、いかつい顔立ちと顎髭も相まって、まるで山賊のような出で立ちの男である。
ケイクが輿入れした初夜。皇帝クラッドは、わざわざ雇った荒くれ者――男に対する強姦罪で捕まっていた罪人である――を引き連れ、彼の元を訪った。
「……へい、これはこれは皇帝陛下。俺としっぽり一夜の夢を……ってなわけじゃあなさそうだが、その、物騒なお連れ様は何者で?」
本来、皇帝と后の褥に他の者が連れ添うことなどありえない。異様な光景を前にしてもケイクは怯まず、むしろ、飄々とした笑みを浮かべていた。
対するクラッドは整った顔を嫌悪に歪め、虫ケラを見るような目でケイクを見下す。
「フン……、下賤な蛮族の分際で生意気な。良いか、貴様なぞ余が相手するまでもない。無法者に純潔を散らされ、救いを求めて泣き叫ぶがいい。……やれ。この蛮族が我が帝国に忠誠を示すまで、好きなだけ甚振ってやるといい」
荒くれ者たちに指示を出すと、クラッドは、興味が尽きたとばかりに部屋をあとにする。
帝国に敵対的な小国の姫を浚い、無理矢理后にしてから、こうして無法者に乱暴させることで心を折る――という手口は、この国ではしょっちゅう行われていることであった。
コヴィッチ族には男しかおらず、部族の中での発言力と戦闘力がイコールのため、このたび攫う対象が屈強山賊系オヤジのケイクになってしまったのは帝国側も大誤算であったが、男好きの性犯罪者をあてがうことでなんとかする算段である。
こうして部屋には、敵国に攫われて孤独な后と、それを狙う悪漢のみが残された――はず、だった。
*
「ふん、まったくおぞましい……。あんな蛮族の、いかつい大男が、仮にも后を名乗るなど」
誰もいない部屋の中。皇帝クラッドは、ぼそりと呟いて眉をひそめる。
「だが……、セラワカ王国が、あの蛮族どもと手を結ぼうとしていると聞く。奴らを手中に収めねば、我が帝国の支配は危ういものになってしまう……」
彼が、ケイクを后として迎え入れたのは、政治の都合にほかならない。
ケイクたちコヴィッチ族は、たった一人でも千を越える兵を蹴散らすほどの力を秘めている戦闘民族である。
他国と交わることもなく、淡々と、己の村で生きてきて、時折他国から夫を娶っていくだけの彼らだったが――このレサガロコ帝国の隣国、セラワカ王国が、コヴィッチ族との政略結婚を考えているという情報を手に入れたのだ。
もしもコヴィッチの力が隣国のものになってしまえば、帝国がこの大陸全土を支配する、という皇帝一族代々の野望は叶わないものとなってしまう。
そうなる前に、コヴィッチの要人を人質に取り、彼らを支配してやろうと――そのために選ばれたのが、彼らの副戦士長、と呼ばれていたケイクであった。
「……まったく、皇帝となってもままならんな。我が帝国の野望のため、望まぬ后を娶り、佞臣どもからの掌返しに怯えて。いっそ……、全てを捨てて、逃げ出せたなら……」
はあ、と大きなため息とともに吐かれた言葉は、皇帝クラッドの本心だった。
彼は幼い頃から、血の繋がった親族や兄弟からの暗殺を切り抜け、生き延びるために皇帝になった。20歳という若さで玉座についてからも、度々、帝位を諦めない者からの暗殺や、権力目当てで媚び諂ってくる連中の処遇に頭を悩まされている。
「……もっと、強き皇帝に、素晴らしき支配者にならなくては。余はレサガロコ帝国の皇帝だ。先祖の悲願を……帝国による大陸統一を成し遂げねば。……そのためだけに、余は、皇帝として生かされているのだから」
そのためにもまずは――あの蛮族の心をへし折り、手懐けることが必要だ。『いつもの』やり方でやっておけば、きっと、うまく行くはずだ。
だってそれは――『正しい行い』で、『先祖代々伝わってきた』由緒正しき振る舞いで、『強き皇帝』の立ち振る舞いのはずなのだから。
そうやって不安になる心に言い聞かせ、クラッドは、ふらりと自室をあとにする。嫌な気持ちを忘れるためにも、今は、誰でもいいから後宮の女を抱きたい気分だった。
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