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「ねえ……セージ。君の身に何が起きたのか、聞いてもいいかい? その……さっき、家に知らないヤツの魔力が満ち溢れてて。もし、誰かが君を虐めたんなら、報復してやらないといけないし……」
ヒイロは、不穏な空気を漂わせながら問いかけた。征時がこの姿になってしまったのは、彼の意図せぬところであり、その裏に黒幕がいるのだと確信している様子である。
いつもの征時ならば、彼に落ち着けとツッコミを入れていたところなのだろうが――今は、そんな余裕も見受けられない。
血相を変え、声を震わせながら、ヒイロを止めようと声をかける。
「!? だ、駄目だ……っ、駄目だ、ヒイロ!! あ、あいつには手を出すな!! あ、あんな化け物……敵対したら、お、おまえが、どんな目に合うか……!」
「セージ?」
「っ、ぁ……、でも、あいつ……俺のこと、不幸にする……って。お、俺の記憶覗いてたし、ヒイロのことも気付いてた……。ってことは、ひ、ヒイロの身も危険なのか!? お……俺と、一緒にいるせいで……!?」
征時の脳裏には、邪神への恐怖が深く刻みつけられていた。
相対したあの瞬間、彼は一切の抵抗もできず、ただ目の前の存在に怯え、震えることしかできなかったのだ。ほんの一瞬で力も、姿も奪われ、『セイン』から『征時』へと引き戻されてしまったのだ。
あの恐ろしい存在に勝てるわけがない、と、戦う前から、心を折られてしまっていた。
彼の脳裏によぎるのは、神の邪悪な笑みと悪意に満ちた言葉の数々だ。
『どういうことだ、転生者の小僧? なぜ……貴様は不幸になっていない?』
『……ほうほうほう!! ヒイロ!! あの小童か!!』
『良くない、実に良くないなァ? 物語は、悲劇でなくては面白くない!!』
神は確実に、征時を不幸にするために動いている。そして、その計画を妨害し、征時を救い出したヒイロのことを、個体としてしっかりと認識していた。
神が今後も征時を狙うならば、その障害となるヒイロを、排除しようとするのは当然だろう。
――自分のせいで、あの邪悪な存在にヒイロが目をつけられてしまった。己の身はおろか、彼の身すらも危ういかもしれない。
そのことが、征時を大きく慌てさせた。
「お、落ち着いて、セージ!! 僕なら大丈夫だよ。どんな敵も……たとえ神様や魔王だって、君のためなら、余裕でやっつけられるから!!」
安心させるようにヒイロが言うが、その言葉も、今の征時にとっては心もとなく聞こえる。
「……お、おまえは……神様を見たことないから、そんなこと言えるんだ……。お、俺っ、チート能力があったのに、なんにもできなかった……! た、ただ、ガタガタ震えるしかできなかった!!」
「……神? まさか……君から力を奪ったのは、神の仕業、ってことなの?」
茶化す様子は一切なく、真剣な声で問いかけるヒイロ。
その声に――征時にも、わずかにだが冷静さが戻ってくる。
「し……、信じて、くれるのか……?」
「信じるよ。セージの言う事なら、全て」
「……。わ、わかった……。お、俺の事情、全部……全部、話すよ。多分……おまえのこと、すでに巻き込んじゃってるみたい、だし……」
神の実在、という、荒唐無稽な話を信じてくれたなら。そして、己を信じるとヒイロが言ってくれたなら。彼になら、転生の事実を話してもいいのかもしれない。
そもそも、最初からすべてを話さない限りは、ヒイロも状況がわからないだろうし……恋人であるところの彼を、何も知らない状態で巻き込み続けるのは嫌だった。
気狂いだと思われたらどうしよう、と心の片隅で怯えながらも、征時は、自身がこの世界にやってきてからの経緯を説明する。
ここではない、別の世界で生きて、死んだこと。
あの恐ろしき神によって転生させられ、この世界で『セイン』としての体と力を得たこと。
この世界は、前世で自分が遊んだゲーム――物語に酷似していること。
先程、突如現れた神は『なぜおまえは不幸になっていないのか』と問いかけて、セインとしての姿と力を奪い、彼を『征時』の姿に戻してしまったこと。などを。
「…………それじゃあセージは、ここじゃない別の世界からやってきた……ってこと?」
「あ、ああ……。元の世界ではとっくに、死んじまってるみたいだけど……」
「そっか……。大変だったよね、急に、知らない世界で知らない人に囲まれて……自分の姿や能力まで変わっちゃうなんて……」
心の底から征時をねぎらうような言葉に、彼は、目を丸くする。
「……信じるのか」
「? 言っただろ、セージの話なら全部信じるって!」
「で、でも……その……。この世界がゲーム、とか……。し、正直、疑われても仕方ないって、思ってた……」
「げーむ……要するに、主人公を自分の思うままに動かせる物語本、みたいなことだよね? そして、その主人公は僕か君……」
「し、主人公はおまえだよ、間違いなく……。だ、だって俺、神様から言われたんだ。俺は、ヒイロの当て馬なんだって……」
「でも、僕が主人公なら、君はライバルじゃなくてヒロインでしょ? ……その神様とかいうヤツのこと、あんまり、気にしなくてもいいと思うけどな」
「っ~~!! お、おまえはっ、すぐそーゆーことを……!」
征時自身も、神と相対した際に似たようなことを考えていたのは棚に上げて、ヒイロの言葉に顔を真っ赤にする。自分で思うのと、恋人からド直球の言葉で言われるのとは別らしい。
ヒイロは深く頷き、言葉を続ける。
「……話はわかったよ。とにかく、その神様とやらをぶっ飛ばして、セージに危害を加えないようにしなきゃ、ってことだよね!!」
「お、おい!? 俺の話聞いてたか!? あ……あんなヤバい奴、絶対敵に回しちゃ駄目だ……! お、おまえがいくら主人公でも、あんな化け物に勝てるかどうか……!」
「でも、そいつはセージを不幸にしたい、みたいなこと言ってたんだよね? ……こうして平和に過ごしてるセージを、わざわざ虐めに来るような嫌なやつだもん。放っておくわけにはいかないよ」
「き、気持ちは嬉しいけど!! けどよお……!! だからって、おまえが危ない目に合う必要は……!」
なんとしてでも神に報復したいらしいヒイロと、ヒイロを危険に晒したくない一心の征時。二人の意見がぶつかり合う。
「僕なら大丈夫。……信じて?」
「っ……、し、信じてないわけじゃない……。けど……、し、心配で……」
「えへへ……嬉しいなあ! 君がそこまで心配してくれるなんて!」
「ち、茶化すな!! ま、マジであいつはヤバいんだって……! お、俺っ、おまえが辛い思いするくらいなら、別に……不幸になったって……!」
利己的だった彼らしくもなく、しかし、自尊心の低い彼らしく、征時が自己犠牲を考えれば――すかさず、ヒイロがそれを止める。
「……だめだよ。セージの、君の幸福は、僕の幸福なんだ。君が理不尽に虐げられるなんてこと、許されていいはずがない。……だから、元凶は僕がツブすよ」
そう言う彼の全身からは、気迫に満ちた魔力が渦巻いており、殺気が隠しきれていなかった。
ぞわりと、神に相対したときにも似た悪寒が、征時の背筋に走る。
「……ヒイロ、お、怒ってる……?」
「ああっ、君にじゃないよ!? その、神とかいうクソ野郎に怒ってるだけだから……!」
「く、クソ野郎……」
恐ろしい気配はすぐに霧散してしまったが、ヒイロの怒りは本物らしい。
あまりのことに征時は怯えつつ、ヒイロでも口が悪くなることがあるんだな……と現実逃避をはじめていた。
ヒイロは、その幼いかんばせに整った笑みを浮かべて、小さな子供に言い聞かせるように優しく言う。
「大丈夫……、君を傷つけるヤツは、僕がボコボコにしてあげるから。安心して、僕に任せて?」
(さっきのヒイロ……、神様と同じくらい、ヤバい気配がした……。も、もしかしたら、本当に神様だって倒せるのかも……。……でも、)
すべてを見通すような笑みは神々しく、ヒイロに任せていれば、なにもかも解決するのではないかと言う気さえしてくる。
かつての――ヒイロに拾われる以前、断罪される前の征時だったなら、間違いなく彼にすべてを押し付けて、自分は逃げていたはずだ。本来、佐出征時とはそういう人間だったはずなのだ。
……けれど、今の彼は、ヒイロの愛に触れて、ほだされて、彼に恋してしまった彼は。
「……や、やるなら俺も……、俺も一緒だ!!」
「え!?」
「わ、わかってる!! 俺が、足手まといなのは……。け、けどっ!! そ、そもそも俺の問題なのに、おまえに全部押し付けるとか……なんか違う、と思うし……。そ、そもそも俺たち、恋人だろ!? お、おまえ一人だけ、危ない目に合わせるとか……なんか、ヤなんだよっ!!」
今の征時は――ただ、ヒイロに救われるだけの自分であることを良しとしなかった。恋人として彼に愛されたからには、できるだけ、対等でいたいと思うようになった。
利用したり、されたりするだけの関係ではなく、互いに助け合える存在になりたいと……らしくもなく、そう思っていた。
今の自分にはなんの力もない、戦闘面で言えば役立たずだとわかっている。それでも、ヒイロを一人にしたくない、と思ってしまった。
それは――強いようでどこか極端な……アンバランスな彼を案じる、征時なりの優しさだったのかもしれない。
「も、もちろん、俺がいたって、なんの役にも立たねえだろうけど……。……あ、あのっ、でも!! 頑張るから!! ……たとえば、ええと……、お、おまえが調子乗ったときに、逃げろっていう係……とか……」
とはいえ、実際問題、足手まといになるのはわかっていた。自分でも何を言っているのだろうと、やはり迷惑なだけだろうかと、不安と羞恥がこみ上げてくる。
――無論、それは杞憂でしかないのだが。
「っ~~!! ありがとう、セージ!! そうだよね……僕たち、恋人なんだもんね。君が側にいてくれたら、僕、どんな敵だって倒せる気がするよ!!」
「おまっ……! そーゆーところだぞ!? いいか、危なくなったら逃げるんだからな……!? お、おまえ、調子のると何するかわかんねーんだから……!」
征時の言葉を聞き、ヒイロは、感極まった様子で彼を抱きしめる。はしゃいだ表情はいつもの彼らしいもので、先程の、どこか人間離れした殺気や神々しさは見受けられない。
(……よ、よくわかんねーけど……よかった……。こ、こんな俺でも、ヒイロの役に立てるんだ……)
征時がほっと安堵のため息をついた、次の瞬間である。
「……よしっ! そうと決まればカチコミだね!!」
「……なんて?」
「不安はさっさと取り除かないと!! 幸い、以前ちょっとした縁があってさ! 神に会いに行く方法、っていうのは知ってるんだ!!」
「なんて!?!?」
ヒイロは、いつもどおりの快活な笑顔で、とんでもない提案をしてきたのであった。
ヒイロは、不穏な空気を漂わせながら問いかけた。征時がこの姿になってしまったのは、彼の意図せぬところであり、その裏に黒幕がいるのだと確信している様子である。
いつもの征時ならば、彼に落ち着けとツッコミを入れていたところなのだろうが――今は、そんな余裕も見受けられない。
血相を変え、声を震わせながら、ヒイロを止めようと声をかける。
「!? だ、駄目だ……っ、駄目だ、ヒイロ!! あ、あいつには手を出すな!! あ、あんな化け物……敵対したら、お、おまえが、どんな目に合うか……!」
「セージ?」
「っ、ぁ……、でも、あいつ……俺のこと、不幸にする……って。お、俺の記憶覗いてたし、ヒイロのことも気付いてた……。ってことは、ひ、ヒイロの身も危険なのか!? お……俺と、一緒にいるせいで……!?」
征時の脳裏には、邪神への恐怖が深く刻みつけられていた。
相対したあの瞬間、彼は一切の抵抗もできず、ただ目の前の存在に怯え、震えることしかできなかったのだ。ほんの一瞬で力も、姿も奪われ、『セイン』から『征時』へと引き戻されてしまったのだ。
あの恐ろしい存在に勝てるわけがない、と、戦う前から、心を折られてしまっていた。
彼の脳裏によぎるのは、神の邪悪な笑みと悪意に満ちた言葉の数々だ。
『どういうことだ、転生者の小僧? なぜ……貴様は不幸になっていない?』
『……ほうほうほう!! ヒイロ!! あの小童か!!』
『良くない、実に良くないなァ? 物語は、悲劇でなくては面白くない!!』
神は確実に、征時を不幸にするために動いている。そして、その計画を妨害し、征時を救い出したヒイロのことを、個体としてしっかりと認識していた。
神が今後も征時を狙うならば、その障害となるヒイロを、排除しようとするのは当然だろう。
――自分のせいで、あの邪悪な存在にヒイロが目をつけられてしまった。己の身はおろか、彼の身すらも危ういかもしれない。
そのことが、征時を大きく慌てさせた。
「お、落ち着いて、セージ!! 僕なら大丈夫だよ。どんな敵も……たとえ神様や魔王だって、君のためなら、余裕でやっつけられるから!!」
安心させるようにヒイロが言うが、その言葉も、今の征時にとっては心もとなく聞こえる。
「……お、おまえは……神様を見たことないから、そんなこと言えるんだ……。お、俺っ、チート能力があったのに、なんにもできなかった……! た、ただ、ガタガタ震えるしかできなかった!!」
「……神? まさか……君から力を奪ったのは、神の仕業、ってことなの?」
茶化す様子は一切なく、真剣な声で問いかけるヒイロ。
その声に――征時にも、わずかにだが冷静さが戻ってくる。
「し……、信じて、くれるのか……?」
「信じるよ。セージの言う事なら、全て」
「……。わ、わかった……。お、俺の事情、全部……全部、話すよ。多分……おまえのこと、すでに巻き込んじゃってるみたい、だし……」
神の実在、という、荒唐無稽な話を信じてくれたなら。そして、己を信じるとヒイロが言ってくれたなら。彼になら、転生の事実を話してもいいのかもしれない。
そもそも、最初からすべてを話さない限りは、ヒイロも状況がわからないだろうし……恋人であるところの彼を、何も知らない状態で巻き込み続けるのは嫌だった。
気狂いだと思われたらどうしよう、と心の片隅で怯えながらも、征時は、自身がこの世界にやってきてからの経緯を説明する。
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あの恐ろしき神によって転生させられ、この世界で『セイン』としての体と力を得たこと。
この世界は、前世で自分が遊んだゲーム――物語に酷似していること。
先程、突如現れた神は『なぜおまえは不幸になっていないのか』と問いかけて、セインとしての姿と力を奪い、彼を『征時』の姿に戻してしまったこと。などを。
「…………それじゃあセージは、ここじゃない別の世界からやってきた……ってこと?」
「あ、ああ……。元の世界ではとっくに、死んじまってるみたいだけど……」
「そっか……。大変だったよね、急に、知らない世界で知らない人に囲まれて……自分の姿や能力まで変わっちゃうなんて……」
心の底から征時をねぎらうような言葉に、彼は、目を丸くする。
「……信じるのか」
「? 言っただろ、セージの話なら全部信じるって!」
「で、でも……その……。この世界がゲーム、とか……。し、正直、疑われても仕方ないって、思ってた……」
「げーむ……要するに、主人公を自分の思うままに動かせる物語本、みたいなことだよね? そして、その主人公は僕か君……」
「し、主人公はおまえだよ、間違いなく……。だ、だって俺、神様から言われたんだ。俺は、ヒイロの当て馬なんだって……」
「でも、僕が主人公なら、君はライバルじゃなくてヒロインでしょ? ……その神様とかいうヤツのこと、あんまり、気にしなくてもいいと思うけどな」
「っ~~!! お、おまえはっ、すぐそーゆーことを……!」
征時自身も、神と相対した際に似たようなことを考えていたのは棚に上げて、ヒイロの言葉に顔を真っ赤にする。自分で思うのと、恋人からド直球の言葉で言われるのとは別らしい。
ヒイロは深く頷き、言葉を続ける。
「……話はわかったよ。とにかく、その神様とやらをぶっ飛ばして、セージに危害を加えないようにしなきゃ、ってことだよね!!」
「お、おい!? 俺の話聞いてたか!? あ……あんなヤバい奴、絶対敵に回しちゃ駄目だ……! お、おまえがいくら主人公でも、あんな化け物に勝てるかどうか……!」
「でも、そいつはセージを不幸にしたい、みたいなこと言ってたんだよね? ……こうして平和に過ごしてるセージを、わざわざ虐めに来るような嫌なやつだもん。放っておくわけにはいかないよ」
「き、気持ちは嬉しいけど!! けどよお……!! だからって、おまえが危ない目に合う必要は……!」
なんとしてでも神に報復したいらしいヒイロと、ヒイロを危険に晒したくない一心の征時。二人の意見がぶつかり合う。
「僕なら大丈夫。……信じて?」
「っ……、し、信じてないわけじゃない……。けど……、し、心配で……」
「えへへ……嬉しいなあ! 君がそこまで心配してくれるなんて!」
「ち、茶化すな!! ま、マジであいつはヤバいんだって……! お、俺っ、おまえが辛い思いするくらいなら、別に……不幸になったって……!」
利己的だった彼らしくもなく、しかし、自尊心の低い彼らしく、征時が自己犠牲を考えれば――すかさず、ヒイロがそれを止める。
「……だめだよ。セージの、君の幸福は、僕の幸福なんだ。君が理不尽に虐げられるなんてこと、許されていいはずがない。……だから、元凶は僕がツブすよ」
そう言う彼の全身からは、気迫に満ちた魔力が渦巻いており、殺気が隠しきれていなかった。
ぞわりと、神に相対したときにも似た悪寒が、征時の背筋に走る。
「……ヒイロ、お、怒ってる……?」
「ああっ、君にじゃないよ!? その、神とかいうクソ野郎に怒ってるだけだから……!」
「く、クソ野郎……」
恐ろしい気配はすぐに霧散してしまったが、ヒイロの怒りは本物らしい。
あまりのことに征時は怯えつつ、ヒイロでも口が悪くなることがあるんだな……と現実逃避をはじめていた。
ヒイロは、その幼いかんばせに整った笑みを浮かべて、小さな子供に言い聞かせるように優しく言う。
「大丈夫……、君を傷つけるヤツは、僕がボコボコにしてあげるから。安心して、僕に任せて?」
(さっきのヒイロ……、神様と同じくらい、ヤバい気配がした……。も、もしかしたら、本当に神様だって倒せるのかも……。……でも、)
すべてを見通すような笑みは神々しく、ヒイロに任せていれば、なにもかも解決するのではないかと言う気さえしてくる。
かつての――ヒイロに拾われる以前、断罪される前の征時だったなら、間違いなく彼にすべてを押し付けて、自分は逃げていたはずだ。本来、佐出征時とはそういう人間だったはずなのだ。
……けれど、今の彼は、ヒイロの愛に触れて、ほだされて、彼に恋してしまった彼は。
「……や、やるなら俺も……、俺も一緒だ!!」
「え!?」
「わ、わかってる!! 俺が、足手まといなのは……。け、けどっ!! そ、そもそも俺の問題なのに、おまえに全部押し付けるとか……なんか違う、と思うし……。そ、そもそも俺たち、恋人だろ!? お、おまえ一人だけ、危ない目に合わせるとか……なんか、ヤなんだよっ!!」
今の征時は――ただ、ヒイロに救われるだけの自分であることを良しとしなかった。恋人として彼に愛されたからには、できるだけ、対等でいたいと思うようになった。
利用したり、されたりするだけの関係ではなく、互いに助け合える存在になりたいと……らしくもなく、そう思っていた。
今の自分にはなんの力もない、戦闘面で言えば役立たずだとわかっている。それでも、ヒイロを一人にしたくない、と思ってしまった。
それは――強いようでどこか極端な……アンバランスな彼を案じる、征時なりの優しさだったのかもしれない。
「も、もちろん、俺がいたって、なんの役にも立たねえだろうけど……。……あ、あのっ、でも!! 頑張るから!! ……たとえば、ええと……、お、おまえが調子乗ったときに、逃げろっていう係……とか……」
とはいえ、実際問題、足手まといになるのはわかっていた。自分でも何を言っているのだろうと、やはり迷惑なだけだろうかと、不安と羞恥がこみ上げてくる。
――無論、それは杞憂でしかないのだが。
「っ~~!! ありがとう、セージ!! そうだよね……僕たち、恋人なんだもんね。君が側にいてくれたら、僕、どんな敵だって倒せる気がするよ!!」
「おまっ……! そーゆーところだぞ!? いいか、危なくなったら逃げるんだからな……!? お、おまえ、調子のると何するかわかんねーんだから……!」
征時の言葉を聞き、ヒイロは、感極まった様子で彼を抱きしめる。はしゃいだ表情はいつもの彼らしいもので、先程の、どこか人間離れした殺気や神々しさは見受けられない。
(……よ、よくわかんねーけど……よかった……。こ、こんな俺でも、ヒイロの役に立てるんだ……)
征時がほっと安堵のため息をついた、次の瞬間である。
「……よしっ! そうと決まればカチコミだね!!」
「……なんて?」
「不安はさっさと取り除かないと!! 幸い、以前ちょっとした縁があってさ! 神に会いに行く方法、っていうのは知ってるんだ!!」
「なんて!?!?」
ヒイロは、いつもどおりの快活な笑顔で、とんでもない提案をしてきたのであった。
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