上 下
14 / 26

14

しおりを挟む
「っ……、な、なんで……!? お、お、俺……っ、元に、戻って……!?」

 セインは――征時は、突如として前世の姿に戻ってしまったことに気が付き、半狂乱になっていた。
 おそらくは邪神の仕業であろうことだけは確かだが、それがわかったからと言って、対処できるわけでもないからだ。

 体が重いのも、急に力が抜けたのも、おそらくは『セイン』から『征時』に戻ってしまったせいなのだろう。セインとして与えられた身体能力チートは、もはや、彼の体には残されていないようだった。

「ッ……、そ、そうだ!! 魔法っ!! 俺の、チート魔法は……!?」
 頼みの綱に縋るように、征時は、魔力を練り上げようとする。

「う、渦巻け業火……【ヘルフレイム】!!」
 詠唱をし、魔法を発動させようとしても、何かが起きる様子はない。
「っ、な、なら……切裂け風よ! 【ウインドカッター】!!」
 魔法の種類が悪かったのだろうか、と、先程よりも難易度の低い魔法を唱えるも結果は同じ。征時の声が虚しく響くだけだった。

「嘘だろ!? なんで……っ、【ウインドカッター】!! 【ウインドカッター】!! 【ウインド……】」
 パニックになりながら、何度も何度も魔法を唱えるが、何かが起きる様子はない。
 そうして……征時は気づいてしまったのだ。自分にはもはや、『セイン』として与えられた転生チートなど、欠片も残されていないことに。

「っ……そ、んな……。み、見た目も? 身体も? 魔法も? ……俺のチート、な、無くなっちゃったのか……? っ、嘘だ……!!」
 以前の、ヒイロと共に暮らす前の彼ならば、転生チートで他人から称賛されなくなることを危惧し、嘆いただろう。
 だが、今の彼は犯罪者となり、転生チートに縋ったところで人は簡単に己を見放すのだと身を持って知っている。

 だから、セインが危惧したのはたったひとつ。
 このままでは、本来の『佐出征時』としての自分では、ヒイロの側にいられなくなるかもしれない、ということだけだった。
「ど、ど、どうしよう……。こんなんじゃ……ヒイロの役に立てない……! やっと、やっとヒイロと並べると思ったのに……! あ、あいつに、恩返ししてやれるはずだったのに……!!」

 ヒイロに救われ、絆され、いつしかヒイロを愛するようになっていた征時セインは、ヒイロと対等になりたいと強く願っていた。
 彼に与えられるばかりでなく、彼に、なにかを与えてやれるような自分になりたい。なぜなら、恋人同士なのだから。
 そう思って、慣れない料理や薪割り、農作業だって頑張ったし、共に魔物狩りに出かけられるようにと体を回復させ、鍛錬も怠らなかった。誰かのために、こんなに真面目になったのは、征時として生きた頃を含めても初めてのことだった。

 けれど……そもそもの転生チートを失ってしまえば、征時は、この世界で生きる力もないただの引きこもりニートである。
 これからどうすれば、と不安になる彼の脳裏によぎるのは、先程の邪神の言葉だった。

『本当の貴様を……『佐出征時』を愛する者など、この世のどこにも、存在していないと言うことだ』
『あるべき孤独に戻るがいい!! ……当然よなぁ!? 先に嘘をついたのは、かの男を騙したのは貴様なのだから!!』

 混乱していたとて、その言葉が意味するところを理解できないほど、征時は愚かではない男である。

「……そ、そもそもヒイロは、俺がセインだって気付いてくれるのか……?」

 ヒイロが、彼が愛したのは『セイン・シャーテ』。邪神からの借り物の力で作り上げた、偽物の、ハリボテの存在だ。
 その見た目も、能力も、『セイン』と『征時』はあまりにも違っていて。同一人物とは思えないくらいに、セインとしての己はハイスペックで。悲しくなるほど、本当の自分にはなにもなくて。
 その事実に気付いた征時は、ただ、呆然とするしかない。

(む、無理だ……見た目も、強さも、何もかも違うのに……! 俺がセインだって、証明できるものなんてなにもない!! ……神様の言うとおりだ。俺は、ヒイロに嘘をついてた。だから、あいつから見捨てられたとしても仕方ない。だって、セインとしての俺は全部偽物で……借り物の力でイキってただけ、だから……)

 その場で立ち尽くすセインの目の前に――幸か不幸か。いつものように転移の魔法を使ってきたのだろう。魔物から得た素材を売りに行っていたヒイロが、帰ってきてしまう。

「ただいまー!! ごめんねセイン、遅くなっ……て……?」
「…………ぁ、」

 ヒイロは、目の前にいる不審な男に――『セイン』とは似ても似つかない容姿の、彼の魔力とは程遠い気配をまとわせた男に気づいた途端、敵意を剥き出しにして睨みつける。

「……誰だ?」
「ひっ……!!」
「誰だ、って聞いてるんだよ。……おまえ、どうしてセインの服を着てるんだ? セインを……彼をどこにやった!?」

 姿の見えない『セイン』の身を案じているのだろう。いつもよりも荒々しい口調で、ヒイロは詰問する。
 当然のことながら、姿の違う征時がセインだなどと気付く様子は見受けられない。

(ああ……やっぱり、そうだ……。俺がセインだなんて、信じてもらえるわけがない。だって、『セイン』と本当の俺とは全然違うんだから。俺は、本当の俺は、チートがなければなんの役にも立たないような、使えないヤツなんだから……)
 征時は、心のどこかで期待していた。ヒイロならば、もしかしたら変わり果てた自分が『セイン』だと気づいてくれるのではないかと。そんな都合のいい話があるはずもないのに。

 先に、ヒイロを騙したのは、嘘をついたのは自分なのだ。だから、気付かれなくても、彼から見放されても当然だ。
 そう思いながらも、わずかにショックを受けている自分がいて、それが余計に惨めだった。

 苦しさと罪悪感に苛まれ、征時は、謝罪の言葉を告げながら駆け出していた。

「ご、め……っ、ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!!」
「!? ま、待って……、おまえ、いや……君は……!?」

 後ろでヒイロが呼び止める声がしたが、素直に従ってなどいられなかった。これ以上、彼から敵を見る目で見られるなど耐えられない。それが、たとえ自業自得だとしても。

(ごめん……ごめんなさい、ごめんなさい、ヒイロ……。騙してごめんなさい、嘘ついてごめんなさい……。す、好きになった相手が、俺の嘘セインでごめんなさい……!!)

 庭を抜け、結界を抜け、森へ向かって征時は走る。それが自殺行為なことはわかっていた。けれど、あの場に留まり続けることなどできなくて。
 情けないとわかっていながらも、ただ、逃避するしかできなかったのだ。


 セインとして、ヒイロと共に魔物狩りで通った道のりを、たった一人であてもなく駆ける。
 速度はセインの全力には遠く及ばず、だというのに、息切れが止まらなくて。こんなところでさえ、『セイン』と『征時』のスペック差を痛感してしまう。
(く、苦しい……っ。セインだったときは、あんなに簡単に走れてたのに。身体が……重い……)
 思えば、征時は何年も引きこもりで、不摂生が祟って死んだような男だったのだ。運動神経が最悪でも当然だ。
 なまじ頭はセインだったころの動きを覚えているせいで、余計に、今とのギャップに悲しくなってしまうが……これが、本来の自分なのだ。

 はあはあと息を荒くしながら、征時は、ちらりと後ろを確認する。征時の全力など、ヒイロが軽く走れば追いつけるような速度であろうに、彼が追いついてくる気配はない。
 あれだけ、不審者を見る目で睨みつけてきたのに、深追いしてこないのが不思議だった。
(お、思わず逃げちゃったけど。ヒイロ……追いかけてこないんだな……。み、見逃してくれたのか、それとも……俺みたいなザコには興味ないのかな……)

 ヒイロに何を思われただろうか。考えるだけでも不安になる。もはや、『セイン』でなくなった自分には、彼のことなど無関係なはずなのに。

 ぼんやりと考え事をしていたせいか、いつの間にか征時は、森の中で行き止まりにぶつかってしまったようだ。
 引き返すか、それともこの茂みの中を突っ切るか……と迷っていると。

 がさがさっ!! と、彼の目の前の茂みを揺らす、大きな影が見えて。その次の瞬間には、影は、征時の目の前へと踊りだしていた。
「……あっ、」

 現れたのは――猪魔物イビルボア。先日の狩りの撃ち漏らしであろう、巨大な、猪に似た魔物である。

 セインにとっては片手間で倒せる相手だが……魔法も使えない、体術も駄目、それどころか逃げる速さすら足りない征時では、相対した時点で死を意味する。
 ハッと息を呑んだ征時に向かい、魔物は、いななきを上げて襲いかかってくる。

(ああ……俺、死ぬのかな。せっかく異世界転生したのに。せっかく、恋人だってできたのに。チート全部無くなって……アイツに俺がセインだ、って気づいてすらもらえないで。このまま……無様に、ざまぁされた当て馬らしく、惨めに……)

 己の最期を覚悟して、征時は、ぎゅっと目を閉じる――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました! ※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました! 時間有る時にでも読んでください

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

処理中です...