ざまぁされた小悪党の俺が、主人公様と過ごす溺愛スローライフ!?

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」

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「ヒイロ!? おまっ、買い出しは……」
「結界に揺らぎを感じたから、すっ飛んできたんだよ!! セイン、大丈夫!? マジカにひどいこと言われたり、いじめられたりしてないよね!?」

 ヒイロは、驚いた様子のセインに駆け寄って、あれやこれやと心配の声を上げている。マジカたちの存在はほとんど眼中にないようだ。

「ちょっと! なんであたしが名指しなの!?」
「まあ……マジカちゃんだもんねえ」
「マジカ殿でござるからなぁ……」
「あんたらは黙ってて!」
 名指しでの難癖にマジカは抗議の声を上げる……が、仲間たちには苦笑でスルーされた。


 そして――マジカの抗議に返すように、ヒイロが彼女を睨みつける。
 途端、辺りの気温が下がったかのような錯覚を、セインは感じた。

「……僕に会いに来るのは、めんどくさいけど……まあ、許すとして。なんで、許可なくここに入ったの? 僕の許可もなくセインに会って話すって、どういうつもり?」
 淡々とした調子で、低い声で、ヒイロはマジカたちを問い詰める。
 言葉の上では問いかけの形をとっていたものの、回答を求める気もないのだろう。ゾッとするほどの威圧感と、じりじりと肌を焦がすような魔力を放ちながら、彼は続ける。

「もしも……、セインに余計なこと吹き込んだり、セインと僕を引き離そうとしてるなら……。いくら元仲間の君たちでも、許すわけにはいかないんだけど……?」

 マジカは魔力にあてられ、答えられない。
 リョウとシノブも同じようで、ただ、喉から乾いた音を漏らしてその場に立ち尽くすだけ。

 小さく舌打ちをしたヒイロが、腕を振り上げ、なにか魔法を使おうとする――そのとき。

「……ま、待て……っ、ヒイロ!!」

 震える声を絞り出して、セインが、ヒイロを呼び止めた。

「き、今日のところは勘弁してやれよ。わざわざおまえに会いに来てくれたんだぜ? マジカ……さん、が可哀想だろ」
「…………セインは、僕よりマジカたちの方が大事? もしかして……僕を置いて、皆のとこに行きたいの……?」
 ヒイロの放つ魔力と威圧感がわずかに和らぐ。
 相手がセインだからだろう、問いかける声に先程までの厳しさは微塵もなかったが、代わりに、その声はわずかに震えていた。

 ヒイロの言葉に、セインは、露骨に嫌そうな顔をして即答する。

「はぁ!? んなわけねえだろ!? そ、そんなの……っ、それだけは、絶対ありえねえ……!!」
 そう言って――ヒイロに一歩近づき、その手を取って、語りかける。

「……ほ、ほんとは、マジカたちといるほうが、ヒイロのためになるってわかってる。お、俺なんかといるより、よほど釣り合ってて、正しいって……。……けどっ!! おまえの隣は、お、お、俺じゃなきゃ、嫌だ……!」
「…………え?」
「やだ……、おまえを、盗られたくねえ……。ほ、ほ、ほかの、誰にも……!」
 やけっぱち、といった様子で、セインがヒイロに抱きついた。
 逞しい腕がヒイロの体を包み込む。伝わる温もりと彼の鼓動。鼻孔をくすぐる、彼の香り。
 突然の想い人からの抱擁に、ヒイロは目を見開いて――呆けた顔でつぶやいた。

「……どうしよう、マジカ、リョウ、シノブ。僕……めちゃめちゃ都合のいい夢を見てるみたいなんだけど」
「はいはい、夢じゃないわよ! しゃんとしろ!!」
 惚気としか言いようがない絵面に大きなため息をつき、マジカは言う。

「はぁあ……、あたしたち、お邪魔虫みたいだから一旦帰るわね。次はちゃんとアポとって訪問するわ」
「お邪魔してごめんねえ。……ヒイロくん、セインさんと仲良くね~」
「お幸せに、というやつでござるな!! さらば!」
「え!? あ、ちょっ……、三人とも!?」

 馬に蹴られてはたまらない、とでも言いたげな様子で、マジカたち三人はそそくさと転移で立ち去っていく。
 あとに残されたのは、呆気にとられた様子でおろおろするヒイロと、恥をかなぐり捨てて彼に抱きつくセインのみである。


「……ど、どうしたの、セイン……? 今日はずいぶん、素直だけど……?」
 困惑しながらもヒイロが問いかければ、セインは、ぎゅ~っ、と腕に込める力を強くする。

 甘えるような行動とは裏腹の小さな声で、彼は答えた。
「…………マジカが」
「うん?」
「あ、あの女が……急に、ここに来て。おまえのこと、す、好きなんじゃないかって思って。俺より、ああいう子のほうが、おまえのヒロインには相応しいって思って。……けど……、誰にも、譲りたくなくて……」

 セイン自身、自分で自分の感情を理解しきれていなかったから、だろう。紡ぐ言葉はしどろもどろで、決して上手な説明とは言えなかった。それでも懸命に、自身の心を言葉にしようと、彼なりの誠実さで口を動かす。

「……す、きだ……、すき、だ、ヒイロ……。お、おまえが、他のやつに笑うとこ、見たくねえ……。お、俺っ、何でもするから……お、おまえに釣り合うようになる、から……! だから……っ、お、俺だけっ、俺だけ見てろ……! ほ、ほ、他のやつなんか、絶対……絶対見るな……!」
「っ……、セイン……!?」
「お、お、お、おまえの……せいだ……。お、おまえがっ、俺のこと、好きなんて言うから!! 俺なんかに、優しくするから!! ……責任取れよぉ、馬鹿野郎……!!」

 こんなにも――感情をかき乱されたのは初めてだった。

 前世の頃は、ニートになってからは他人との関わりなど断っていたし、それ以前だって成績を上げることにばかり打ち込んで、友人らしい友人などいない人生だった。
 セインになってからは、周囲に人を侍らせてチヤホヤされるチート転生者生活を送っていたけれど、常に『セイン・シャーテ』という理想の主人公を演じてきた。セインが得た人望はすべて、ハリボテだった。
 セインは、佐出征時は初めて、ありのままの自分を強く愛してくれる人を知った。愛されたいと思ってしまった。他人に独占欲を向けてしまった。

 男同士だということなど考えられないほどに、セインはヒイロに絆され、そして、その愛を求めてしまっていたのだ。


 顔を真っ赤にして、必死になって愛の言葉を紡ぐセイン。ヒイロは突然の展開に、目を見開いて呆けている。

「……な、なんとか言えよ……ばか……。っ、そ、それとも、あれかよ! い、い、今更……嘘だった、とか言うのか? あんなに、お、俺のこと、好き好き言ってまとわりついてたのに……?」
「ご、ごめんっ、セイン!! 違うんだ!! こんな……、こんな、幸せなことが……僕にとって都合のいい展開があっていいのかなって、信じられなくて……」
 セインに愛を疑われて、ようやく、ヒイロは返事をするだけの思考を取り戻したようである。
 あたふたと慌てながら弁明をして――そして、不安げな眼差しで、言葉を続ける。

「……ねえセイン、本当に、無理してない? 前にも言ったけど……、僕は君に嫌われてたとしたって、君を守り続けるよ。誓約魔法で誓ったっていい。だから……、もし、少しでも僕に気を遣ってるなら、それは……」
「は!? な、な、なんなんだよおまえ……!! せっかく俺がっ、す、すき……とか言ってやってるのに! 嬉しくねえのかよ!?」
「も、もちろん嬉しいけど!! でも……、僕の気持ちが、セインの重荷になるくらいなら……それは……!」
「ッ~~!! ごちゃごちゃめんどくせえ野郎だな!?」

 まるで、愛を返されることに怯えているかのような様子に、とうとうセインもしびれを切らした。

 ガッ、と勢いよくヒイロの肩を掴むと、そのまま、勢い任せに顔と顔を近づけて……ちゅっ、と。勢いに反した、そっと触れるような優しさで、ヒイロの唇を奪ったのであった。

「ッ……!? え、あ……、え……っ!? い、いまっ、セイン……っ、なに、して……!?」
「……っ、これで……、わかったかよ……!? そ、そもそも! おまえみたいなキショイ奴に、同情だの罪悪感だので気軽に好きなんて言うわけねーだろ……!! か、覚悟くらいできてるっつーの……!! こっ……これ、俺の、ファーストキスだかんな!? せ、責任、取れよな……!?」

 そう言うセインの顔は、耳まで真っ赤になっている。衝動任せの行動だったが、後悔する気持ちは湧いてこなかった。
 ただ……自分でもらしくないことをしている自覚はあるようで、よくよく見れば、その体は羞恥で震えている。


 半ばやけっぱちのようなものとはいえ、セインの覚悟と、大胆な愛の告白を見せつけられて。ヒイロはその瞳から、ぽろぽろと大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。

「!? ちょ、おま……っ!? な、なんで泣くんだよ……!」
「っ……、ご、ごめ……っ、僕……、嬉しく、て……!!」
「はあ!? ば、ばか……泣くなよこのくらいで!!」

 ぐすぐすと子供のように泣きじゃくりながら、ヒイロは問う。

「セイン……っ、ねえ、セイン。本当に? 本当に僕でいいの? 僕のこと……本当に、好きになってくれたのか……?」
「……う、疑り深いヤツだな……。ま、マジだよ、大マジだ!! そ、そもそも、先に好きだのなんだの言い出したのはおまえだろ!?」
「ぐすっ……、そ、そうだけど!! まさか……両思いになれるなんて、思ってもみなかったから……!」
「お、おまえの中の俺、どんだけ冷血漢なの……?」

 まさか、あれだけアピールをしておいて、両思いになるつもりはなかったのだろうか。独特すぎるヒイロの恋愛観に、セインは大きなため息をついた。

「……こんだけ毎日、好き好き言われてさぁ? お、俺のために色々してくれて……。ど、どこの健気ヒロインだよ、っつーか。これで好きにならねえ方が無理っつーか……」
「それは……僕がただ、セインを好きで、セインの役に立ちたいっていう下心だよ……?」
「で、でも、おまえ……、ほ、ほんとの俺がこんなんだって知っても、見捨てない、だろ? ……そんな頭おかしいヤツ、おまえが初めてだから……」
「っ、ふふ……、なにそれ……。頭おかしいって、酷いなぁ……」
「う、うるせー!! 実際おまえはどうかしてるだろ!?」

 いつものような軽口さえ、今は、どこか甘酸っぱく感じられた。
 思いを言葉にする気恥ずかしさを感じつつも、セインは言う。

「……な、なあ、ヒイロ。十年経っても……俺が犯罪奴隷じゃなくなっても。お、おまえのそばにいて、いいか……? ……俺っ、お、おまえに釣り合うように頑張るから……!」

 セインの必死の告白に、ヒイロは、くしゃりとした泣き笑いで返す。

「それはこっちのセリフだよ!! 僕、君にふさわしい人で在り続けられるよう、頑張るね!!」
「は!? お、おまえはそれ以上やる気出さなくていいだろ……! た、ただでさえ完璧主人公なんだからっ!!」
「え!? でも、セインを世界一幸せにするには全然足りないよ!?」
「どこを目指してんだよおまえはさぁ……!?」

 涙を浮かべつつも笑うヒイロは、普段通りの、無邪気に愛を振りまく大型犬のようだった。
 相変わらずの暴走ぶりに呆れつつ、その愛を心地よく思いながら、セインは返す。

「……よ、余計なことしなくても……俺は、おまえがいたら、幸せだっつーの。……多分!! 多分な!! ち、調子乗んなよ!?」
「……うんっ!! ありがとう、僕も愛してるよ、セイン!!」
「ッ~~!!」

 声にならない声が、山小屋の中に響き渡る。

 しかし、これまでと違うのは――セインの腕がヒイロの体を強く抱きしめ、自分のモノだと主張するかのように腕の中に押し込めていたことだろう。
 口では素直になれないセインだが、体は、我慢ができなくなってしまうようである。

 腕の中にすっぽりと抱きとめられたヒイロは、嬉し涙を流しながらも、幸福そうに微笑んでいた。
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