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セインがヒイロの山小屋に匿われて、一週間が経過していた。
この一週間、セインは憎まれ口を叩きながらもヒイロの食事や介護をありがたく享受しており、ヒイロも喜んで彼に尽くしていた。
最初の数日は作りすぎたお粥を始めとした病人食ばかりで、ベッドから出るだけの体力もなかったセインだが、近頃は少しずつだが固形物を食べれるようになり、部屋の中でなら起きて歩き回ることもできるようになっていた。
これをヒイロはいたく喜び、回復記念にパーティーでも開こうかと張り切ったのだが――。
「馬鹿野郎!! ちょっと起き上がれるようになっただけで大袈裟なんだよ!」
「ええっ!? でも、セインの快気祝いだよ……? パーティーしない理由がなくないか!?」
「そもそも二人きりでパーティーもクソもあるかよ! おまえまた、アホみたいに飯作るつもりだろ!? 食べ切れる量ってのを考えろよな!!」
浮かれてパーティーを開こうとするヒイロを、セインは呆れながらも全力で止める。
一週間の共同生活の中で、彼の好きにさせるととんでもないことになるというのを学んだ結果である。
ヒイロも、セイン本人が嫌がるならば無理強いする気はないようで、渋々といった様子で首を縦に振る。
「う、うーん……わかったよ。そんなに言うなら、量は普段通りにする。でも、代わりに、セインの好物作るってのはどうかな!? ほら、そろそろ脂っこいものとか食べても大丈夫だと思うし……」
「……それ、おまえが俺の好物知りたいだけじゃねえの」
「そんなことないよ!? あ、いや、もちろんセインの好きなものは何でも知りたいけど! 僕がセインにできることって、おいしい料理を作るとか、そのくらいしかないから……」
ヒイロの態度に下心は感じられず――さらっと『なんでも知りたい』などと重たいことを言ってはいたが――純粋に、セインを思いやっての言葉なのだろうことは伝わってくる。
だからこそ、セインは返答に困ってしまうのだ。
「好物、ねえ……」
「なんでもいいよ! 一応、一般的な家庭料理ならほぼ、なんでも作れるから……!」
「なんでもって……、主人公は料理も得意ってか? はぁ、これだから万能人間はよ……」
「えっ!? それ褒めてる!? 褒めてくれたんだよな!? ありがとう!!」
「ち、ちげえ!! 貶してんだよ!!」
「え? で、でも、どのへんが……?」
「この……っ、皮肉も通じねえアホ野郎め……!」
口では散々に罵倒をしていたが、セインの表情は柔らかいものだ。呆れ混じりではあるが、それなりにリラックスしている様子である。
本人は絶対に認めないだろうが、ヒイロとのざっくばらんなやり取りは、セインにとっても悪くはないものになっていたのである。
「それで? 好物じゃなくても、何かないのかな、今夜の夕飯のリクエスト!」
「……別に。食い物に好きとか嫌いとか、考えたことねえし……」
「ええっ……!? そ、そんなことあるのかい!?」
「……言っとくが、別に食うに困った経験がある、とかじゃねーぞ。ただ、食事に興味がねえだけで」
驚愕するヒイロに、ばつの悪そうな顔をしながら、セインは語る。
「……ガキの頃から、飯なんて腹が膨れて最低限の栄養が取れりゃいい、みたいな感じだったからな。好きな味とか、好物とか言われても、ピンとこねえんだよ」
セインの――佐出征時の幼少期は、いわゆる『鍵っ子』というやつだった。両親は共働きで帰りも遅く、夕飯というと、冷蔵庫の中の冷え切った食事を一人ぼっちで温めて食べるもので。
おまけに、両親揃って食への興味が薄く、最低限の栄養補給さえできればいいという考え方の持ち主だったものだから、自然と征時もそういう考え方に育っていった。
また、ある程度の歳になってからは、受験戦争で勝ち抜くためにと食事をする間も惜しんで勉強に明け暮れていたので、ますます食事への興味も薄くなったのだ。
(……よくある話だ。わざわざ不幸ぶって他人に話すようなことでもねえ。けど……好物がねえ、とか言うと、空気しらけさせちまうんだよな……。嘘でもいいから、なんか用意しときゃ……、……いや、ヒイロ相手にテキトーな嘘つく意味もねえんだけど……)
どうして自分がヒイロの顔色を伺っているのだとモヤモヤした気分になりながらも、気まずさから、セインは言葉を濁す。
そんな彼を、ヒイロは、優しい眼差しで見つめていた。
「……ねえセイン。好物じゃなくても、なにか思い出の味とか、記憶に残ってる食べ物はないのかい?」
「いや、だから……あんまりメシに興味がなくて……」
「でも、オカユやウメボシは覚えてただろ? ……あんなに美味しそうに食べてくれたんだもん。食事に興味ないってことはないんじゃないかな? セイン自身も、気がついていないだけで」
「っ……!?」
優しい声に、セインの表情に動揺が走る。
(……そんなこと、意識したこともなかった。あれはメシの記憶、っつーより、婆さんとの思い出って感じで……。……言われてみりゃ、婆さんは結構、料理とか好きだったみてえなんだよな)
ヒイロに意表を突かれたのが悔しいのか、むっすりとした顔をしながら、セインは言う。
「……相変わらず、忌々しいくらいのポジティブだな、おまえは」
「えっ!? セインがまた褒めてくれた!?」
「だから褒めてねえ!!」
――征時の祖母は、彼の住む家から数駅隣の町に住んでいた。征時が幼い頃は、一人で留守番できない彼は祖母の家に預けられることが多かったのだが、小学校に上がったくらいでそれも卒業になった。
『おばあちゃんの家で遊んでる暇があるなら勉強しなさい』というのが、母の口癖だった。
祖母と、その娘である征時の母の仲は悪くはないが、どうにも子育てへの姿勢から揉めることが多かったらしい。
母が次第に祖母を遠ざけるようになり、征時が祖母の家に遊びに行くことにさえ、嫌な顔をするようになった。
それでも、月に一度か二月に一度くらいの頻度で祖母の家に訪れることはあったし、征時が体調を崩したときには祖母が看病しに来てくれた。
病気のときに作ってくれたお粥、自分で作っているのだと嬉しげに分けてくれた梅干し、それから、祖母の家に遊びに行くとごちそうしてくれた温かな手料理。
それらの記憶は、今でも征時の心の片隅にしっかりと残っている。
「……あ。からあげ……」
記憶をたどり、ぽつり、とセインが言葉をこぼした。
「カラアゲ?」
「……こ、こっちにある料理なのか、知らねえけど。ガキの頃、うちの婆さんがよく作ってくれたんだよ。……子供はからあげが好きだろう、って」
この世界に果たして唐揚げがあるのか無いのか知らないが、駄目元でそう言ってみれば。ヒイロにも心当たりがあったようである。
「カラアゲって……あれかな、最近王都で流行ってる、フライドチキンの東方風みたいなやつ」
「……え、流行ってんの?」
「よし!! じゃあ、今から王都行って買ってくるね!!」
「は!? い、今から!?」
王都で唐揚げが流行っている、ということにも驚いたが、それ以上にヒイロの行動力あふれる姿のほうがインパクトが大きかった。
ここから王都までは、セインの前世の単位で示すならば数十キロメートルほど離れており、車や電車があるわけでもないこの世界では、そう簡単に行き来できる距離ではないはずなのだ。普通は。
「い、いやいやいや……。おまえ、なんか王都に用事あったの?」
「え? だから、カラアゲを買いに……」
「んなことのためにわざわざ!? こっから王都までどんだけ離れてると思ってんだ!?」
「えっ、でも、転移魔法使えばすぐだよ?」
「こ、これだから万能主人公は……!」
転移魔法、というのはその名の通りの瞬間移動、ゲームで言うところのファストトラベル的な魔法なのだが、これまた使用者は限られている。
原作ゲーム内では、主人公と一部の強キャラのみが使える特殊能力枠に収まっており、この世界においても転移を使えるものはごく一握り。セインが知る限り、これを使える冒険者は、セインとヒイロを除けば原作に出てくるキャラクターのみである。
「たしかにレアな魔法かもしれないけど、使える力は活用しないと損だろ?」
「そ、そこまでして食いたいわけじゃねえし……。そもそも、お、おまえ、いきなり冒険者やめたのに王都に戻って平気なのか……? ほら、その、なんで辞めたんだって恨まれたりとか……」
無駄に思い切りのいいヒイロに呆れつつ、意地を張るのも忘れて素直に心配を口にするも、ヒイロは一切気にした素振りもない。
「うーん……もしかしたら、そういう人もいるかもしれないけど。それとこれとは別っていうか、だからって、僕がやりたいことを我慢する必要はないだろ? 本当なら僕が作ってあげたいけど、さすがに、食べたこともない料理は作れないし……」
「…………」
この一週間で散々理解させられたことだが――ヒイロがセインに向ける愛情は、かなり重い。そして、一度セインのためになにかしよう、と決断した彼は、梃子でも動かない。
セインが呆れるあまりフリーズしているうちに、颯爽と転移を発動させていた。
「ってことで、行ってくるな!! すぐ帰るからゆっくり待っててよ!」
「あ!? お、おい、待てって……! ……行っちまった」
残されたセインは一人、呆れを剥き出しにしてひとりごちる。
「あーあ……バッカじゃねえの。俺のために、わざわざ唐揚げ買いに王都に戻るとか。誰も頼んでねえのにさあ……」
憎まれ口を叩いてこそいるが、彼はそわそわと落ち着かない様子だった。口角が上がりそうになるのを懸命に堪えて、それでも我慢しきれず、にまにまとした笑みを浮かべている。
「……あいつ、そんなに俺のこと好きなのか? 好物で機嫌取ろうって? ……ははっ、まじで馬鹿なヤツ……」
セインに――佐出征時に、損得抜きでここまで尽くしてくれた人間は初めてだった。
セインとして英雄ムーブをしていた頃には、多くの人間が彼に擦り寄り、これでもかとチヤホヤしてくれたわけだが……それらは皆、セインの逮捕と共に彼を見限った。
今のセインはただの罪人だ。チート能力だってヒイロの実力には負けてしまうし、そもそも、弱りきっていて部屋から出るのもやっとなくらいの状態である。
なんの役にも立たない自分に、ヒイロは、ただ『セインだから』という理由で尽くしてくれる。それが『救われた』という勘違いから始まった恋だとしても。
当初はヒイロの献身にある種の罪悪感を抱いていたセインだが、それも、一週間もその生活が続けば慣れてくる。
共に過ごせば過ごすほどヒイロの変人ぶりが明らかになり、『こいつはこういう生き物なんだ』と認識してしまったのもあってか、セインはヒイロの重たい愛情表現に呆れつつも、それを受け流せるようになっていた。
「暇だな。……早く帰って来ねえかな」
――世間ではそれを『絆された』というのだが、天の邪鬼でプライドの高いセインは、断固としてそれを認めないことだろう。
この一週間、セインは憎まれ口を叩きながらもヒイロの食事や介護をありがたく享受しており、ヒイロも喜んで彼に尽くしていた。
最初の数日は作りすぎたお粥を始めとした病人食ばかりで、ベッドから出るだけの体力もなかったセインだが、近頃は少しずつだが固形物を食べれるようになり、部屋の中でなら起きて歩き回ることもできるようになっていた。
これをヒイロはいたく喜び、回復記念にパーティーでも開こうかと張り切ったのだが――。
「馬鹿野郎!! ちょっと起き上がれるようになっただけで大袈裟なんだよ!」
「ええっ!? でも、セインの快気祝いだよ……? パーティーしない理由がなくないか!?」
「そもそも二人きりでパーティーもクソもあるかよ! おまえまた、アホみたいに飯作るつもりだろ!? 食べ切れる量ってのを考えろよな!!」
浮かれてパーティーを開こうとするヒイロを、セインは呆れながらも全力で止める。
一週間の共同生活の中で、彼の好きにさせるととんでもないことになるというのを学んだ結果である。
ヒイロも、セイン本人が嫌がるならば無理強いする気はないようで、渋々といった様子で首を縦に振る。
「う、うーん……わかったよ。そんなに言うなら、量は普段通りにする。でも、代わりに、セインの好物作るってのはどうかな!? ほら、そろそろ脂っこいものとか食べても大丈夫だと思うし……」
「……それ、おまえが俺の好物知りたいだけじゃねえの」
「そんなことないよ!? あ、いや、もちろんセインの好きなものは何でも知りたいけど! 僕がセインにできることって、おいしい料理を作るとか、そのくらいしかないから……」
ヒイロの態度に下心は感じられず――さらっと『なんでも知りたい』などと重たいことを言ってはいたが――純粋に、セインを思いやっての言葉なのだろうことは伝わってくる。
だからこそ、セインは返答に困ってしまうのだ。
「好物、ねえ……」
「なんでもいいよ! 一応、一般的な家庭料理ならほぼ、なんでも作れるから……!」
「なんでもって……、主人公は料理も得意ってか? はぁ、これだから万能人間はよ……」
「えっ!? それ褒めてる!? 褒めてくれたんだよな!? ありがとう!!」
「ち、ちげえ!! 貶してんだよ!!」
「え? で、でも、どのへんが……?」
「この……っ、皮肉も通じねえアホ野郎め……!」
口では散々に罵倒をしていたが、セインの表情は柔らかいものだ。呆れ混じりではあるが、それなりにリラックスしている様子である。
本人は絶対に認めないだろうが、ヒイロとのざっくばらんなやり取りは、セインにとっても悪くはないものになっていたのである。
「それで? 好物じゃなくても、何かないのかな、今夜の夕飯のリクエスト!」
「……別に。食い物に好きとか嫌いとか、考えたことねえし……」
「ええっ……!? そ、そんなことあるのかい!?」
「……言っとくが、別に食うに困った経験がある、とかじゃねーぞ。ただ、食事に興味がねえだけで」
驚愕するヒイロに、ばつの悪そうな顔をしながら、セインは語る。
「……ガキの頃から、飯なんて腹が膨れて最低限の栄養が取れりゃいい、みたいな感じだったからな。好きな味とか、好物とか言われても、ピンとこねえんだよ」
セインの――佐出征時の幼少期は、いわゆる『鍵っ子』というやつだった。両親は共働きで帰りも遅く、夕飯というと、冷蔵庫の中の冷え切った食事を一人ぼっちで温めて食べるもので。
おまけに、両親揃って食への興味が薄く、最低限の栄養補給さえできればいいという考え方の持ち主だったものだから、自然と征時もそういう考え方に育っていった。
また、ある程度の歳になってからは、受験戦争で勝ち抜くためにと食事をする間も惜しんで勉強に明け暮れていたので、ますます食事への興味も薄くなったのだ。
(……よくある話だ。わざわざ不幸ぶって他人に話すようなことでもねえ。けど……好物がねえ、とか言うと、空気しらけさせちまうんだよな……。嘘でもいいから、なんか用意しときゃ……、……いや、ヒイロ相手にテキトーな嘘つく意味もねえんだけど……)
どうして自分がヒイロの顔色を伺っているのだとモヤモヤした気分になりながらも、気まずさから、セインは言葉を濁す。
そんな彼を、ヒイロは、優しい眼差しで見つめていた。
「……ねえセイン。好物じゃなくても、なにか思い出の味とか、記憶に残ってる食べ物はないのかい?」
「いや、だから……あんまりメシに興味がなくて……」
「でも、オカユやウメボシは覚えてただろ? ……あんなに美味しそうに食べてくれたんだもん。食事に興味ないってことはないんじゃないかな? セイン自身も、気がついていないだけで」
「っ……!?」
優しい声に、セインの表情に動揺が走る。
(……そんなこと、意識したこともなかった。あれはメシの記憶、っつーより、婆さんとの思い出って感じで……。……言われてみりゃ、婆さんは結構、料理とか好きだったみてえなんだよな)
ヒイロに意表を突かれたのが悔しいのか、むっすりとした顔をしながら、セインは言う。
「……相変わらず、忌々しいくらいのポジティブだな、おまえは」
「えっ!? セインがまた褒めてくれた!?」
「だから褒めてねえ!!」
――征時の祖母は、彼の住む家から数駅隣の町に住んでいた。征時が幼い頃は、一人で留守番できない彼は祖母の家に預けられることが多かったのだが、小学校に上がったくらいでそれも卒業になった。
『おばあちゃんの家で遊んでる暇があるなら勉強しなさい』というのが、母の口癖だった。
祖母と、その娘である征時の母の仲は悪くはないが、どうにも子育てへの姿勢から揉めることが多かったらしい。
母が次第に祖母を遠ざけるようになり、征時が祖母の家に遊びに行くことにさえ、嫌な顔をするようになった。
それでも、月に一度か二月に一度くらいの頻度で祖母の家に訪れることはあったし、征時が体調を崩したときには祖母が看病しに来てくれた。
病気のときに作ってくれたお粥、自分で作っているのだと嬉しげに分けてくれた梅干し、それから、祖母の家に遊びに行くとごちそうしてくれた温かな手料理。
それらの記憶は、今でも征時の心の片隅にしっかりと残っている。
「……あ。からあげ……」
記憶をたどり、ぽつり、とセインが言葉をこぼした。
「カラアゲ?」
「……こ、こっちにある料理なのか、知らねえけど。ガキの頃、うちの婆さんがよく作ってくれたんだよ。……子供はからあげが好きだろう、って」
この世界に果たして唐揚げがあるのか無いのか知らないが、駄目元でそう言ってみれば。ヒイロにも心当たりがあったようである。
「カラアゲって……あれかな、最近王都で流行ってる、フライドチキンの東方風みたいなやつ」
「……え、流行ってんの?」
「よし!! じゃあ、今から王都行って買ってくるね!!」
「は!? い、今から!?」
王都で唐揚げが流行っている、ということにも驚いたが、それ以上にヒイロの行動力あふれる姿のほうがインパクトが大きかった。
ここから王都までは、セインの前世の単位で示すならば数十キロメートルほど離れており、車や電車があるわけでもないこの世界では、そう簡単に行き来できる距離ではないはずなのだ。普通は。
「い、いやいやいや……。おまえ、なんか王都に用事あったの?」
「え? だから、カラアゲを買いに……」
「んなことのためにわざわざ!? こっから王都までどんだけ離れてると思ってんだ!?」
「えっ、でも、転移魔法使えばすぐだよ?」
「こ、これだから万能主人公は……!」
転移魔法、というのはその名の通りの瞬間移動、ゲームで言うところのファストトラベル的な魔法なのだが、これまた使用者は限られている。
原作ゲーム内では、主人公と一部の強キャラのみが使える特殊能力枠に収まっており、この世界においても転移を使えるものはごく一握り。セインが知る限り、これを使える冒険者は、セインとヒイロを除けば原作に出てくるキャラクターのみである。
「たしかにレアな魔法かもしれないけど、使える力は活用しないと損だろ?」
「そ、そこまでして食いたいわけじゃねえし……。そもそも、お、おまえ、いきなり冒険者やめたのに王都に戻って平気なのか……? ほら、その、なんで辞めたんだって恨まれたりとか……」
無駄に思い切りのいいヒイロに呆れつつ、意地を張るのも忘れて素直に心配を口にするも、ヒイロは一切気にした素振りもない。
「うーん……もしかしたら、そういう人もいるかもしれないけど。それとこれとは別っていうか、だからって、僕がやりたいことを我慢する必要はないだろ? 本当なら僕が作ってあげたいけど、さすがに、食べたこともない料理は作れないし……」
「…………」
この一週間で散々理解させられたことだが――ヒイロがセインに向ける愛情は、かなり重い。そして、一度セインのためになにかしよう、と決断した彼は、梃子でも動かない。
セインが呆れるあまりフリーズしているうちに、颯爽と転移を発動させていた。
「ってことで、行ってくるな!! すぐ帰るからゆっくり待っててよ!」
「あ!? お、おい、待てって……! ……行っちまった」
残されたセインは一人、呆れを剥き出しにしてひとりごちる。
「あーあ……バッカじゃねえの。俺のために、わざわざ唐揚げ買いに王都に戻るとか。誰も頼んでねえのにさあ……」
憎まれ口を叩いてこそいるが、彼はそわそわと落ち着かない様子だった。口角が上がりそうになるのを懸命に堪えて、それでも我慢しきれず、にまにまとした笑みを浮かべている。
「……あいつ、そんなに俺のこと好きなのか? 好物で機嫌取ろうって? ……ははっ、まじで馬鹿なヤツ……」
セインに――佐出征時に、損得抜きでここまで尽くしてくれた人間は初めてだった。
セインとして英雄ムーブをしていた頃には、多くの人間が彼に擦り寄り、これでもかとチヤホヤしてくれたわけだが……それらは皆、セインの逮捕と共に彼を見限った。
今のセインはただの罪人だ。チート能力だってヒイロの実力には負けてしまうし、そもそも、弱りきっていて部屋から出るのもやっとなくらいの状態である。
なんの役にも立たない自分に、ヒイロは、ただ『セインだから』という理由で尽くしてくれる。それが『救われた』という勘違いから始まった恋だとしても。
当初はヒイロの献身にある種の罪悪感を抱いていたセインだが、それも、一週間もその生活が続けば慣れてくる。
共に過ごせば過ごすほどヒイロの変人ぶりが明らかになり、『こいつはこういう生き物なんだ』と認識してしまったのもあってか、セインはヒイロの重たい愛情表現に呆れつつも、それを受け流せるようになっていた。
「暇だな。……早く帰って来ねえかな」
――世間ではそれを『絆された』というのだが、天の邪鬼でプライドの高いセインは、断固としてそれを認めないことだろう。
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