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セイン・シャーテは転生者である。前世の名前を佐出征時と言って、就活に失敗して引きこもりのニートとなった、冴えないゲームオタクの青年であった。
ヒキニートになって十年経ったある日、征時は、日頃の不摂生が祟って突然死した。しかし、彼の人生はこれで終わりではなかった。
死後の世界、とでも言うべき場所で神を名乗る存在に邂逅した征時は、彼がやり込んでいたロールプレイングゲーム――『聖剣ロマンシア』そっくりの世界に、『主人公』として転生することとなる。
『聖剣ロマンシア』は、魔物が跋扈するファンタジー世界で、冒険者となった主人公が旅をして、やがては魔物の親玉である魔王を倒す物語である。
主人公は、旅の最中に数多の仲間と出会う。プレイヤーはその中からお気に入りのキャラクターを選び、自分だけのパーティーを組んで戦うのが売りの作品であった。
魔王を倒すまでのメインストーリーは一本道のシナリオだが、登場キャラクターごとに様々なサブシナリオがあり、誰と魔王討伐に挑むかによって微妙にセリフが変わったりもする。
このゲームの重度のオタクであり、とくに仲間にできる美少女キャラクターたちを偏愛していた征時は、この転生に狂喜乱舞した。
なにせ、男らしく筋肉質な体と整った顔立ち、誰もが羨む身体能力、ファンタジー世界ではお決まりの魔法の才能。そういった『転生チート』を与えられ、今までの自分とは違う理想の自分……『セイン・シャーテ』として、自分が大好きなゲームの世界に主人公として転生したのだ。
『セイン』は、金髪碧眼で爽やかかつ甘いマスクをしたイケメンだ。しかも、冒険者らしく体も鍛えられたマッチョで、佐出征時とは真逆の、女子にモテモテ間違い無しのイケメンなのである。
うまくいけば、原作のヒロインたちと特別な仲になれるかもしれない。原作のサブシナリオのひとつに、選んだ異性キャラクターと朝チュンしてしまう恋愛イベントも存在していた。転生チート主人公なら、原作にはなかった、ヒロイン全員と夜を共にする展開だって起こせるかも。
そんな期待に浮かれながら、征時……もといセイン・シャーテは異世界を満喫する。
……彼に『転生チート』を与えた神が、残忍で非情な、人の心を弄ぶ邪神であるとも気づかずに。
『セイン・シャーテ』がこの世界に発生したとき、彼は25歳ということになっていた。征時の享年は29歳であったし、『セイン』としての体は征時が転生した瞬間に生み出されたものであったので、あくまで『そういう設定』でしかないが。
ともかく異世界に舞い降りたセインは、原作ゲームの主人公がそうであったように、一人で彷徨っていたところを魔物の群れに襲われ、それを撃退したことで、人々から注目されていく。
この世界には魔物が存在しており、それを倒す冒険者という職業がヒーローのように思われていた。原作主人公は、冒険者として活動する中で名を挙げて、やがて魔物の親玉である『魔王』を討伐し、国の英雄となってハッピーエンドを迎えるのだ。
セインも原作をなぞり、主人公として完璧なエンディングを迎えるつもりでいた。『聖剣ロマンシア』は一本道のシナリオで、エンディング分岐もないゲームだった。
主人公に転生し、原作通りにイベントをこなすだけで、自分には英雄としてチヤホヤされる未来が待っているのだと思うと、セインは笑いが止まらなかった。
(転生チート最高かよ!! ちょっと剣振るだけで魔物はワンパンだし、周りの連中はチヤホヤしてくれるし!! こ、これなら、女だって選り取り見取りだ……! ぜ、前世の俺とは違うんだっ! 今の俺は、あんな、惨めで情けない俺じゃない!! だって、チート主人公様なんだから!!)
転生チートと原作知識のおかげで、セインは一気に英雄への道を駆け上っていく。周囲はセインのカリスマ――それだって、転生チートによる借り物なのだが――に惹かれ、彼を手放しで褒め称える。
元々卑屈で、根暗で、それでいながら称賛に飢えていたセインが、有頂天になるのはあっという間だった。
『やっぱりセインは頼りになるわね!』
『セイン様は、わたくしの希望ですわ……』
『へへっ、やるねえセイン! それでこそアタイの認めた男さ!』
原作におけるヒロイン――主人公の仲間である美少女たちに褒めちぎられ、内心では(転生ハーレムキター!!)などと舞い上がりつつも、格好つけた笑顔でセインは答える。
『ははっ、よしてくれよ! 俺はただ、みんなの笑顔が見たくて頑張ってるだけさ!』
セインは、表面上だけは、清廉潔白な主人公を演じていた。そうすることでチヤホヤされるのが楽しかったからだ。
けれど内心では、自分の冒険者仲間たちをランク付けし、美少女ばかりを優遇したり、原作で性能の低かった者を見下したりと、この世界で生身で生きている彼らを単なるゲームキャラのように扱っていた。
(やっぱ転生チートといえばハーレムだよな~! あの女剣士、性能はゴミカスだけどおっぱいデカいし、ハーレム要員としてキープしとくか……もっと有能なキャラと入れ替えるか悩むなぁ。男剣士はスキル強いけど、野郎がいてもつまんないし。目指せ、俺だけの最強ハーレムパーティー! なーんちゃって!!)
幸か不幸か、セインの身勝手でクズな本性は、仮初のカリスマ性により誤魔化されていた。メッキが剥がれだしたのは、セインの目の前に、原作にはない展開が――『主人公』であるはずのセインと並ぶ実力を持ち、同じような活躍をしてみせる、ライバル冒険者が現れたときのことである。
その冒険者――ヒイロは、奇しくもセインの設定と似たような生い立ちをしていた。
天涯孤独で、当てもなく一人旅をする中、その実力を見初められて冒険者デビュー。全国各地で人々を救い、いずれは魔物の親玉――魔王さえ倒すのでは、と囁かれる実力。
おまけに容姿も整っていて、溌剌とした印象の、少年っぽい顔立ちのイケメンだ。赤髪とオレンジの瞳、それに小柄な体つきはどことなく少年漫画の主人公っぽさもあり、セイン曰くの『モブ』とは思えぬ存在感がある。
ヒイロがパーティーメンバーとして引き連れているのは、セインの知る『原作主人公』が、物語後半で仲間にできるようになるはずのキャラクターたちだった。
(ま、まさか……こいつも転生者なのか!? 俺から主人公の座を奪おうとしてる!? そんなことさせるかよっ、原作にいねえモブキャラの分際で……!!)
セインはヒイロに対抗意識を燃やし、何度も、彼を陥れようと画策した。偶然を装い怪我を負わせようと企んだり、彼の悪評を流したり。けれど、どれもこれもうまく行かず……むしろセインの評判を下げるばかりであった。
おまけに、直接対面したヒイロはどこまでも素直で熱血な好青年で――その飾らない愚直さを目の当たりにすると、自分を偽ってチヤホヤされているセインは、なんとも居心地の悪い気持ちになるのであった。
『やっと会えた……! 君、セイン・シャーテだろ!? 僕、君に憧れてるんだ!』
『そ、それはどうも……。おまえが、あのヒイロ……』
『僕のこと知ってるのか!? 嬉しいなあ、君に知ってもらえてたなんて!! ……実はさ、僕、君に憧れて冒険者になったんだよ。あの……少しは君に、追いつけてるかな……?』
(ッ……!! なんなんだよこのモブキャラ!! 当てつけか!? 俺の狙ってた強キャラをパーティーに入れて……本来俺のモノなはずのキャラを奪っておいて!! なにが、『追いつけてるかな』だよ!!)
セインの疑いに反して、ヒイロは転生者でもなんでもない、そして原作に登場するネームドキャラでもない……この世界に普通に生きる人間だった。
ヒイロは裏表のない実直な性格の好青年で、セインに憎まれていることにも気がつかず、彼を純粋に慕っていた。そのことが、余計にセインを苛立たせた。
焦りから、セインは少しずつゲスな本性を隠せなくなっていき……仮初の人望さえも失ってしまう。
最初に、彼のもとから離れていったのは民衆だった。原作で名前の挙がることもない、一般市民たちのことを、セインはモブキャラ扱いして粗雑に扱っていた。
例えば、民衆が魔物に襲われていても、『モブキャラが死んでもストーリー進行に関係ねえからいっか』と気づかなかったふりをして見殺しにしたり。一般市民から助けを求められても、『金にならねえサブクエストやるなんざ時間のムダだし』と依頼を受けなかったり。
もちろん、パーティーメンバーから嫌われないためのそれっぽい言い訳は用意していたが……本物の英雄気質であるヒイロという比較対象が現れてしまったことで、その粗末な言い訳も、徐々に通じなくなっていった。
転生チートによる魅了に近いカリスマ性を損なわせるほどに、彼の本性は身勝手なクズだった。
いつしか世間から持て囃されるのは――原作の『主人公』の立場にいるのは、セインではなく、ヒイロとなっていく。
そのことに焦れば焦るほど、セインは本性を隠せなくなっていった。当初は取り繕い、主人公としての演技をしていたパーティーメンバーの前でさえ、本性を露わにしてしまう。
『どうしたの? 最近のセイン、なんだか変だよ……?』
『卑怯な手段でライバルを貶めるなど、セイン様らしくありませんわ……』
『……見損なったよ。アンタ、そんな情けない男だったのかい?』
怪訝な眼差しを向けてくるパーティーメンバーたち。以前までは、自分をチヤホヤしてくれるハーレムメンバーだったはずの彼女らに、セインは怒りを向けてしまう。
『……うるさい、うるさいうるさいうるさい!! おまえらは黙って俺に従って、俺をチヤホヤしてればいいんだよ……! ゲームキャラの分際で、プレイヤー様に逆らうのか!?』
ついカッとなり、本音を溢してしまった発言は、今までセインが取り繕ってきた『理想の主人公』らしからぬ物言いで。
パーティーメンバーたちから、心底軽蔑したような視線が向けられる。
『っ……、あ、い、いや、今のは……違っ……』
取り繕っても手遅れで、彼女たちは、セインのパーティーを抜けることを決断する。転生チートにより得たはずの地位が崩れ去るのはあっという間だった。
『待って……お、俺を、捨てないで……!! 俺のこと好きだって言ってくれただろ!? なんで……なんでだよっ!! こんなのおかしいだろ!? 俺は転生チート主人公のはずなのに!!』
……ここで、自分の行いを見つめ直して反省し、やり直そうとしたのなら、彼にもまだ救いはあったのだろう。
しかしセインは、佐出征時という人間は、どこまでも身勝手で他責思考のクズだった。自分は悪くないはずだと思い込み、ひたすらに、目の前の現実から逃避する。
『……そうだ、ヒイロ……。あいつが現れてからおかしくなったんだ。あいつが俺から、主人公の座を奪ったんだ……! あ、あ、あいつさえ消せば! きっと! 何もかも元通りになれる!! 俺は……主人公様だぞ、チート転生者なんだぞ……!! モブキャラなんかに、負けていいわけないんだ……!!』
――そうして。セインは、ヒイロを殺害しようとならず者を雇い、襲撃するも、返り討ちにされて。殺人未遂の罪や、ついでに明らかになった冒険者時代に市民を見殺しにしてきた罪などにより……法廷で裁かれているところ、なのであった。
「被告人セイン・シャーテは、冒険者に課せられた『市民を守る義務』を果たすことなく、敵前逃亡を繰り返した。さらには冒険者ヒイロへ理不尽な逆恨みをし、彼を殺害しようと企み、犯罪組織と結託した大罪人である。……被告人、申し開きはないか!!」
「あ……、ぁ、ち、ちがっ……、俺は……、こんな、はずじゃ……」
もはやセインに逃げ場はなく、言い逃れひとつできない状況だった。そこまで追い詰められてはじめて――セインは、己の状況を、客観視するに至ったのだ。
(……あれ? これじゃあ、俺って、まるで……『ざまぁされる悪役』みたいじゃないか……?)
ずっと、自分はこの世界の主人公だと思ってきた。だからこそ何をしても許されるという驕りがあったし、周囲の人間は皆NPCで、主人公である自分に華を添えるためだけの存在だと信じ込んでいた。
しかし――こうして、追い詰められるさまは、主人公というよりも悪役だ。
彼が前世で読んできたラノベでもよくある展開だった。転生チートに頼りきりの、主人公気取りのクズ転生者が、チートなんてなくとも最強な本物の主人公にボロ負けして、無様にざまぁされる展開だ。
この世界のベースとなったゲーム、佐出征時がこよなく愛していた『聖剣ロマンシア』の主人公には、デフォルトネームが存在しない。
見た目も名前も好きにカスタムできる設定で――つまりは、主人公がどんな人間なのか、ということは、プレイヤーである征時にすらわからなくて。
ここにきて、彼はようやく気づいてしまったのだ。なにも、『主人公』は自分でなくてもいい。いやむしろ、異世界から転生してきた自分は異物で……最初からこの世界に生まれ落ちた存在であるヒイロこそ、本来の、『この世界の主人公』たるキャラクターだったのではないのかと。
(お、お、俺って、主人公じゃ、なくて? これだとまるで……『主人公気取りの負け犬転生者』? そ、そそそ、そんなはずないっ、そんな、だって俺、神様にだって、認められて……!!)
救いを求めるように神に祈っても、邪神は、なにも答えない。セインという男は、邪神が暇つぶしに選んだ観察対象、弄ばれるだけのオモチャでしかなかったからだ。
かつてセインを褒め称えていた民衆も、彼を頼りにしていた元仲間も、今ではセインをゴミを見るような目で見下している。
自分の味方などどこにもないのだ、と悟ったセインは――絶望から、無様に顔を青ざめさせる。
(い、い、嫌だぁあ……!! お、俺っ、俺はっ、ざまぁされたくない!! こんなの違う!! こんなはずじゃない、俺、俺は……!!)
セインの視線の先にいるのは、この世界の『真の主人公』であろうヒイロの姿だ。彼は、原作ゲームで強キャラと呼ばれていた人物たちをパーティーメンバーとして引き連れ、判決をくだされるセインを見つめている。
殺されかけたというのに、セインを案じる様子で傷ついた表情を浮かべているあたりは、さすが善良な真主人公様といったところか。
裁判官は冷淡な声で、セインに課せられた刑罰を告げる。
「……以上の罪により、被告人・セインは冒険者資格、並びに市民権を剥奪し、国外追放の刑に処す!! ……連れて行け!!」
「ヒッ……!?」
市民権の剥奪、とはつまり、犯罪奴隷に落とされるということである。そしてこの国における国外追放とは――魔物が跋扈する大地に着の身着のままで置き去りにする、という、事実上の死刑に近い刑罰だ。
万が一、逃げ延びて他国に辿り着くことがあっても、犯罪奴隷としての焼印を刻み込まれてしまうので、新天地でやり直すことすら許されない。
こうなってはセインに成すすべなどなく、彼はただ、このまま奴隷として無様に死ぬほかにどうしようもなくなってしまうのだ。
抵抗する気力すら失ったセインは、あっさりと奴隷となった印である焼印を押されて、国外追放されてしまった。
食事も抜きで、衰弱しきった状態で、魔物の多く生息する危険な土地に置き去りにされた彼は、『こんなはずじゃなかった』と思いながら意識を飛ばす。
最後まで、自分の何が悪かったかにも気が付かないままに。
――これが、ヒイロを主人公とする英雄譚で、セインは使い捨ての悪役でしかなかったならば。セインを転生させた邪神が思い描いた筋書き通りに進んだならば。
ここでセインの命は途切れてしまったことだろう。
だがしかし、これは、一つの恋の物語である。邪神すら想定していないイレギュラーが、一人の青年の恋心が、セインの運命を大きく変えることとなるのであった。
ヒキニートになって十年経ったある日、征時は、日頃の不摂生が祟って突然死した。しかし、彼の人生はこれで終わりではなかった。
死後の世界、とでも言うべき場所で神を名乗る存在に邂逅した征時は、彼がやり込んでいたロールプレイングゲーム――『聖剣ロマンシア』そっくりの世界に、『主人公』として転生することとなる。
『聖剣ロマンシア』は、魔物が跋扈するファンタジー世界で、冒険者となった主人公が旅をして、やがては魔物の親玉である魔王を倒す物語である。
主人公は、旅の最中に数多の仲間と出会う。プレイヤーはその中からお気に入りのキャラクターを選び、自分だけのパーティーを組んで戦うのが売りの作品であった。
魔王を倒すまでのメインストーリーは一本道のシナリオだが、登場キャラクターごとに様々なサブシナリオがあり、誰と魔王討伐に挑むかによって微妙にセリフが変わったりもする。
このゲームの重度のオタクであり、とくに仲間にできる美少女キャラクターたちを偏愛していた征時は、この転生に狂喜乱舞した。
なにせ、男らしく筋肉質な体と整った顔立ち、誰もが羨む身体能力、ファンタジー世界ではお決まりの魔法の才能。そういった『転生チート』を与えられ、今までの自分とは違う理想の自分……『セイン・シャーテ』として、自分が大好きなゲームの世界に主人公として転生したのだ。
『セイン』は、金髪碧眼で爽やかかつ甘いマスクをしたイケメンだ。しかも、冒険者らしく体も鍛えられたマッチョで、佐出征時とは真逆の、女子にモテモテ間違い無しのイケメンなのである。
うまくいけば、原作のヒロインたちと特別な仲になれるかもしれない。原作のサブシナリオのひとつに、選んだ異性キャラクターと朝チュンしてしまう恋愛イベントも存在していた。転生チート主人公なら、原作にはなかった、ヒロイン全員と夜を共にする展開だって起こせるかも。
そんな期待に浮かれながら、征時……もといセイン・シャーテは異世界を満喫する。
……彼に『転生チート』を与えた神が、残忍で非情な、人の心を弄ぶ邪神であるとも気づかずに。
『セイン・シャーテ』がこの世界に発生したとき、彼は25歳ということになっていた。征時の享年は29歳であったし、『セイン』としての体は征時が転生した瞬間に生み出されたものであったので、あくまで『そういう設定』でしかないが。
ともかく異世界に舞い降りたセインは、原作ゲームの主人公がそうであったように、一人で彷徨っていたところを魔物の群れに襲われ、それを撃退したことで、人々から注目されていく。
この世界には魔物が存在しており、それを倒す冒険者という職業がヒーローのように思われていた。原作主人公は、冒険者として活動する中で名を挙げて、やがて魔物の親玉である『魔王』を討伐し、国の英雄となってハッピーエンドを迎えるのだ。
セインも原作をなぞり、主人公として完璧なエンディングを迎えるつもりでいた。『聖剣ロマンシア』は一本道のシナリオで、エンディング分岐もないゲームだった。
主人公に転生し、原作通りにイベントをこなすだけで、自分には英雄としてチヤホヤされる未来が待っているのだと思うと、セインは笑いが止まらなかった。
(転生チート最高かよ!! ちょっと剣振るだけで魔物はワンパンだし、周りの連中はチヤホヤしてくれるし!! こ、これなら、女だって選り取り見取りだ……! ぜ、前世の俺とは違うんだっ! 今の俺は、あんな、惨めで情けない俺じゃない!! だって、チート主人公様なんだから!!)
転生チートと原作知識のおかげで、セインは一気に英雄への道を駆け上っていく。周囲はセインのカリスマ――それだって、転生チートによる借り物なのだが――に惹かれ、彼を手放しで褒め称える。
元々卑屈で、根暗で、それでいながら称賛に飢えていたセインが、有頂天になるのはあっという間だった。
『やっぱりセインは頼りになるわね!』
『セイン様は、わたくしの希望ですわ……』
『へへっ、やるねえセイン! それでこそアタイの認めた男さ!』
原作におけるヒロイン――主人公の仲間である美少女たちに褒めちぎられ、内心では(転生ハーレムキター!!)などと舞い上がりつつも、格好つけた笑顔でセインは答える。
『ははっ、よしてくれよ! 俺はただ、みんなの笑顔が見たくて頑張ってるだけさ!』
セインは、表面上だけは、清廉潔白な主人公を演じていた。そうすることでチヤホヤされるのが楽しかったからだ。
けれど内心では、自分の冒険者仲間たちをランク付けし、美少女ばかりを優遇したり、原作で性能の低かった者を見下したりと、この世界で生身で生きている彼らを単なるゲームキャラのように扱っていた。
(やっぱ転生チートといえばハーレムだよな~! あの女剣士、性能はゴミカスだけどおっぱいデカいし、ハーレム要員としてキープしとくか……もっと有能なキャラと入れ替えるか悩むなぁ。男剣士はスキル強いけど、野郎がいてもつまんないし。目指せ、俺だけの最強ハーレムパーティー! なーんちゃって!!)
幸か不幸か、セインの身勝手でクズな本性は、仮初のカリスマ性により誤魔化されていた。メッキが剥がれだしたのは、セインの目の前に、原作にはない展開が――『主人公』であるはずのセインと並ぶ実力を持ち、同じような活躍をしてみせる、ライバル冒険者が現れたときのことである。
その冒険者――ヒイロは、奇しくもセインの設定と似たような生い立ちをしていた。
天涯孤独で、当てもなく一人旅をする中、その実力を見初められて冒険者デビュー。全国各地で人々を救い、いずれは魔物の親玉――魔王さえ倒すのでは、と囁かれる実力。
おまけに容姿も整っていて、溌剌とした印象の、少年っぽい顔立ちのイケメンだ。赤髪とオレンジの瞳、それに小柄な体つきはどことなく少年漫画の主人公っぽさもあり、セイン曰くの『モブ』とは思えぬ存在感がある。
ヒイロがパーティーメンバーとして引き連れているのは、セインの知る『原作主人公』が、物語後半で仲間にできるようになるはずのキャラクターたちだった。
(ま、まさか……こいつも転生者なのか!? 俺から主人公の座を奪おうとしてる!? そんなことさせるかよっ、原作にいねえモブキャラの分際で……!!)
セインはヒイロに対抗意識を燃やし、何度も、彼を陥れようと画策した。偶然を装い怪我を負わせようと企んだり、彼の悪評を流したり。けれど、どれもこれもうまく行かず……むしろセインの評判を下げるばかりであった。
おまけに、直接対面したヒイロはどこまでも素直で熱血な好青年で――その飾らない愚直さを目の当たりにすると、自分を偽ってチヤホヤされているセインは、なんとも居心地の悪い気持ちになるのであった。
『やっと会えた……! 君、セイン・シャーテだろ!? 僕、君に憧れてるんだ!』
『そ、それはどうも……。おまえが、あのヒイロ……』
『僕のこと知ってるのか!? 嬉しいなあ、君に知ってもらえてたなんて!! ……実はさ、僕、君に憧れて冒険者になったんだよ。あの……少しは君に、追いつけてるかな……?』
(ッ……!! なんなんだよこのモブキャラ!! 当てつけか!? 俺の狙ってた強キャラをパーティーに入れて……本来俺のモノなはずのキャラを奪っておいて!! なにが、『追いつけてるかな』だよ!!)
セインの疑いに反して、ヒイロは転生者でもなんでもない、そして原作に登場するネームドキャラでもない……この世界に普通に生きる人間だった。
ヒイロは裏表のない実直な性格の好青年で、セインに憎まれていることにも気がつかず、彼を純粋に慕っていた。そのことが、余計にセインを苛立たせた。
焦りから、セインは少しずつゲスな本性を隠せなくなっていき……仮初の人望さえも失ってしまう。
最初に、彼のもとから離れていったのは民衆だった。原作で名前の挙がることもない、一般市民たちのことを、セインはモブキャラ扱いして粗雑に扱っていた。
例えば、民衆が魔物に襲われていても、『モブキャラが死んでもストーリー進行に関係ねえからいっか』と気づかなかったふりをして見殺しにしたり。一般市民から助けを求められても、『金にならねえサブクエストやるなんざ時間のムダだし』と依頼を受けなかったり。
もちろん、パーティーメンバーから嫌われないためのそれっぽい言い訳は用意していたが……本物の英雄気質であるヒイロという比較対象が現れてしまったことで、その粗末な言い訳も、徐々に通じなくなっていった。
転生チートによる魅了に近いカリスマ性を損なわせるほどに、彼の本性は身勝手なクズだった。
いつしか世間から持て囃されるのは――原作の『主人公』の立場にいるのは、セインではなく、ヒイロとなっていく。
そのことに焦れば焦るほど、セインは本性を隠せなくなっていった。当初は取り繕い、主人公としての演技をしていたパーティーメンバーの前でさえ、本性を露わにしてしまう。
『どうしたの? 最近のセイン、なんだか変だよ……?』
『卑怯な手段でライバルを貶めるなど、セイン様らしくありませんわ……』
『……見損なったよ。アンタ、そんな情けない男だったのかい?』
怪訝な眼差しを向けてくるパーティーメンバーたち。以前までは、自分をチヤホヤしてくれるハーレムメンバーだったはずの彼女らに、セインは怒りを向けてしまう。
『……うるさい、うるさいうるさいうるさい!! おまえらは黙って俺に従って、俺をチヤホヤしてればいいんだよ……! ゲームキャラの分際で、プレイヤー様に逆らうのか!?』
ついカッとなり、本音を溢してしまった発言は、今までセインが取り繕ってきた『理想の主人公』らしからぬ物言いで。
パーティーメンバーたちから、心底軽蔑したような視線が向けられる。
『っ……、あ、い、いや、今のは……違っ……』
取り繕っても手遅れで、彼女たちは、セインのパーティーを抜けることを決断する。転生チートにより得たはずの地位が崩れ去るのはあっという間だった。
『待って……お、俺を、捨てないで……!! 俺のこと好きだって言ってくれただろ!? なんで……なんでだよっ!! こんなのおかしいだろ!? 俺は転生チート主人公のはずなのに!!』
……ここで、自分の行いを見つめ直して反省し、やり直そうとしたのなら、彼にもまだ救いはあったのだろう。
しかしセインは、佐出征時という人間は、どこまでも身勝手で他責思考のクズだった。自分は悪くないはずだと思い込み、ひたすらに、目の前の現実から逃避する。
『……そうだ、ヒイロ……。あいつが現れてからおかしくなったんだ。あいつが俺から、主人公の座を奪ったんだ……! あ、あ、あいつさえ消せば! きっと! 何もかも元通りになれる!! 俺は……主人公様だぞ、チート転生者なんだぞ……!! モブキャラなんかに、負けていいわけないんだ……!!』
――そうして。セインは、ヒイロを殺害しようとならず者を雇い、襲撃するも、返り討ちにされて。殺人未遂の罪や、ついでに明らかになった冒険者時代に市民を見殺しにしてきた罪などにより……法廷で裁かれているところ、なのであった。
「被告人セイン・シャーテは、冒険者に課せられた『市民を守る義務』を果たすことなく、敵前逃亡を繰り返した。さらには冒険者ヒイロへ理不尽な逆恨みをし、彼を殺害しようと企み、犯罪組織と結託した大罪人である。……被告人、申し開きはないか!!」
「あ……、ぁ、ち、ちがっ……、俺は……、こんな、はずじゃ……」
もはやセインに逃げ場はなく、言い逃れひとつできない状況だった。そこまで追い詰められてはじめて――セインは、己の状況を、客観視するに至ったのだ。
(……あれ? これじゃあ、俺って、まるで……『ざまぁされる悪役』みたいじゃないか……?)
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しかし――こうして、追い詰められるさまは、主人公というよりも悪役だ。
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見た目も名前も好きにカスタムできる設定で――つまりは、主人公がどんな人間なのか、ということは、プレイヤーである征時にすらわからなくて。
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かつてセインを褒め称えていた民衆も、彼を頼りにしていた元仲間も、今ではセインをゴミを見るような目で見下している。
自分の味方などどこにもないのだ、と悟ったセインは――絶望から、無様に顔を青ざめさせる。
(い、い、嫌だぁあ……!! お、俺っ、俺はっ、ざまぁされたくない!! こんなの違う!! こんなはずじゃない、俺、俺は……!!)
セインの視線の先にいるのは、この世界の『真の主人公』であろうヒイロの姿だ。彼は、原作ゲームで強キャラと呼ばれていた人物たちをパーティーメンバーとして引き連れ、判決をくだされるセインを見つめている。
殺されかけたというのに、セインを案じる様子で傷ついた表情を浮かべているあたりは、さすが善良な真主人公様といったところか。
裁判官は冷淡な声で、セインに課せられた刑罰を告げる。
「……以上の罪により、被告人・セインは冒険者資格、並びに市民権を剥奪し、国外追放の刑に処す!! ……連れて行け!!」
「ヒッ……!?」
市民権の剥奪、とはつまり、犯罪奴隷に落とされるということである。そしてこの国における国外追放とは――魔物が跋扈する大地に着の身着のままで置き去りにする、という、事実上の死刑に近い刑罰だ。
万が一、逃げ延びて他国に辿り着くことがあっても、犯罪奴隷としての焼印を刻み込まれてしまうので、新天地でやり直すことすら許されない。
こうなってはセインに成すすべなどなく、彼はただ、このまま奴隷として無様に死ぬほかにどうしようもなくなってしまうのだ。
抵抗する気力すら失ったセインは、あっさりと奴隷となった印である焼印を押されて、国外追放されてしまった。
食事も抜きで、衰弱しきった状態で、魔物の多く生息する危険な土地に置き去りにされた彼は、『こんなはずじゃなかった』と思いながら意識を飛ばす。
最後まで、自分の何が悪かったかにも気が付かないままに。
――これが、ヒイロを主人公とする英雄譚で、セインは使い捨ての悪役でしかなかったならば。セインを転生させた邪神が思い描いた筋書き通りに進んだならば。
ここでセインの命は途切れてしまったことだろう。
だがしかし、これは、一つの恋の物語である。邪神すら想定していないイレギュラーが、一人の青年の恋心が、セインの運命を大きく変えることとなるのであった。
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勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。
しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!?
たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。
悪役師匠は手がかかる! 魔王城は今日もワチャワチャです
柿家猫緒
BL
――北の森にある古城には恐ろしい魔王とその手下たちが住んでいる――……なんて噂は真っ赤なウソ!
城はオンボロだけど、住んでいるのはコミュ障で美形の大魔法使いソーンと、僕ピッケを始めとした7人の弟子たちなんだから。そりゃ師匠は生活能力皆無で手がかかるし、なんやかんやあって半魔になっちゃったし、弟子たちは竜人とかエルフとかホムンクルスとか多種多様だけど、でも僕たちみんな仲よしで悪者じゃないよ。だから勇者様、討伐しないで!
これは、異世界に転生した僕が師匠を魔王にさせないために奮闘する物語。それから、居場所を失くした子どもたちがゆっくり家族になっていく日々の記録。
※ワチャワチャ幸せコメディです。全年齢向け。※師匠と弟(弟子)たちに愛され主人公。※主人公8歳~15歳まで成長するのでのんびり見守ってください。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
お願い先輩、死なないで ‐こじらせリーマン、転生したらアルファになった後輩に愛される‐
にっきょ
BL
サラリーマン、岸尾春人は車に轢かれて後輩の佐久間諒と「第二の性」のある異世界に転生する。
冒険者として登録し、働き始める二人。
……だったが、異世界でもやっぱり無能は無能!
後輩である佐久間の方がちやほやされるので何か嫌!
そう思って逃げ出したけど一人で生きるのもままならない岸尾!
先輩の言うこと以外聞きたくないα×自意識こじらせ系無能Ω
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
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