箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第022話 作成依頼

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 シュウが最初に目指したのは村に一つしかない鍛冶屋だ。鍛冶屋は煙が出るということもあって民家とは離れた場所に位置していた。

「こんちはー」
「らっしゃい! おっ、アンタのことは村長から聞いてるぜ。装備を見て欲しいんだってな?」

 鍛冶屋には二人の男がいた。シュウに声を掛けた中年と地金を重そうに運んでいる若者だ。

(おっさんの方が親方で、若いのがその弟子ってところか?)
「話が早くて助かるわ。それと追加で包丁や鍋みたいな料理道具も作ってくれないか? 野営向きのを一式欲しいんだ」

「おう、それくらいお安い御用だ。それで装備の方は何をどうしたいんだ?」
「まずは剣の手入れだな。それと耐久力重視の短剣が欲しい。そんで軽くて動きやすい防具なんかもだな。あと、できるなら服や靴なんかもあれば嬉しいって感じだ」

 あらかじめ欲しい物は考えていたため、シュウはよどみなく自身の望みを伝える。

「んー、武器はいいんだが、防具は一から作るとかなり時間がかかるな……既存のものを基本に改造していくのがいいかもしれん」
(小さい村の鍛冶屋だし、あんまり難しい注文をつけるのは酷ってもんか)

「ならそんな感じで頼む」
「すまんな。仕事に余裕があれば一から作ることもできたんだが、今の状況じゃあな……」

「わかってるって。ああ、それと必要な材料があれば遠慮なく言ってくれ。素材ならいろいろ持ってるんだ」
「おおそうか! そりゃ腕が鳴るぜ! さっそく持ってる素材を教えてくれ」

 それから三人は採寸やら試着やらを繰り返し、様々な議論を重ねながら案を練り上げていった。



「方向性は見えてきたな。さっそく今から作ってみるぜ。明日以降もここへ来れるか? 量が量だからその都度調整した方が早いと思ってよ」
「ああ、そういうことなら問題ねえよ。そんじゃまた明日来るわ」

「あー、ちょっと待て。確か服と靴が欲しいとも言っていたな。それなら"皮革ひかく加工"のうまい狩人たちのところに行くといい。俺も"皮革加工"は持っちゃいるが、革製品に関してはアイツらの方が上だ。あと普通に着る服なんかは村の女たちに頼むといいぞ。村の女のほとんどは"繊維加工"持ちだからな。素材にはハイド・トラッパーの糸を渡すといい。それだけでもかなりの品ができると思うぜ」
「あー、なら今からちょっと行ってみるか」

 鍛冶屋の親父が不敵に笑う。何かを含んだような表情が少し気になったが、まとまった話を混ぜ返すのも面だったため、あえてシュウはそれを無視することにした。



 シュウが狩人たちの仕事場へ足を運ぶと、日中ということもあり彼らは弓の手入れをしていた。狩りは基本的に日の出や日の入りといった薄暗い時間帯にやるらしい。

「こんちはー」
「ん? アンタは……ああ、噂の魔導書使いか! どうしたんだい? 残念ながら肉はまだ売れないぜ? 村の分を確保するので手いっぱいでね」

「いや、肉じゃなくて皮なんだ。鍛冶屋のおっさんに"皮革加工"ならアンタたちが一番だと言われてな。素材はあるから革の装備をいくつか作って欲しいんだ」
「なるほど、そういうことなら任せときな」

「よろしく頼む」

 鍛冶屋同様、狩人たちもシュウの依頼を快く引き受けてくれたことから、シュウは自分がこの村に受け入れられたんだと改めて実感する。

 まさに望んだ通りの展開──しかし、蜘蛛の糸を見せた途端に狩人たちの目の色が変わった。

「はあ!? アンタそれマジか!? 頼む! 少しでいいからさ! 作る分とは別に俺たちに分けてくれねえか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けって。一体どうしたってんだ?」

 様変わりした狩人たちの気勢に思わずシュウも後退あとずさってしまう。

「アンタ知らないのか!? 蜘蛛型の魔物はただでさえ強いのに、毒はあるわ、警戒心が強いわ、罠を張るわ、気配が読めないわでこの上なく厄介な魔物なんだ。だから蜘蛛の糸は手に入れるのが滅茶苦茶難しい。それを……それをこんな簡単にポンと目の前に出されたら興奮くらいするってもんだろ!?」

 シュウに迫る大の男たち──確かに凄い熱気であった。

(クソ……おっさんの含んだ笑いはこれを意味してたのか。ハア、めんどくせえことになった。まあ、こうなったら仕方ないか。今更引くわけにもいかん)
「わかったわかった。お望み通り分けてやるよ。その代わり、さっきの注文とは別に追加で俺に弓を一丁こしらえて弓の扱いを教えてくれ」

「よっしゃ、交渉成立! そんなことなら朝飯前だぜ! 弓は初めてなら短弓がいいな! よし! さっそく取り掛かるぞ!」

 いきなり弓の製作に取り掛かろうとした狩人たち──その姿にシュウはしばらく呆気に取られて言葉を失ってしまった。

「おい、本題を忘れるんじゃねえぞ」
「へ? ……あ」

 シュウの言葉で本題を思い出した男たちは気恥ずかしそうな顔をする。

(いい歳した野郎がそんな風に笑っても、可愛くも何ともねえけどな)
「へへへ、そうだったな、すまんすまん」

 一度は熱くなった狩人たちも、それ以降は落ち着いてシュウの要望に耳を傾けていた。時折、視線が蜘蛛の糸にいっていたのはご愛嬌である。

「じゃあ、明日の昼過ぎにでもまた来るから」
「おう! こんだけ良い素材で作るんだ。楽しみにしてろよ!」

 狩人たちはシュウが提供した様々な素材のおかげでやる気に満ち溢れていた。



 狩人たちの詰所を出た後、シュウは男たちの熱気にやられた精神を立て直すために少しの時間を要した。

(あの野郎どもの異様なやる気はいったい何なんだ……暑苦しいったらありゃしねえ)
「それで次は村の女たちだもんなぁ……」

(この分だと村の女たちの反応も覚悟しとかねえと……だいたい初対面の女ってだけで苦手なのに)
「あー、気が重い……」

 村の女性が多いと思われる村の中心部へと戻る彼の足取りが行きよりも重いのは誰の目にも明らかであった。
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