箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第013話 潜む悪意

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 一体のスケルトンが死肉を漁る野犬へとゆっくりと近付いていく。奴の注意は完全に野犬へと向いていた。
 それに例え一撃で倒せなくとも、自身と対象およびその他敵性者との位置関係的に乱戦になることはない。

(チャンスだ)

 シュウはその絶好の機会を逃さずターゲットの背後に忍び寄り"奇襲"を仕掛ける。

「フッ!」

 不意打ち時の攻撃にボーナス効果のある技能"奇襲"が発動。スケルトンの白い脳天に振り下ろしの一撃が入り、頭部が粉々に砕かれる。
 スケルトンは糸が切れた人形のように崩れ落ち、その体はバラバラと音を立てて崩れ落ちた。

(確かスケルトンは戦士タイプだったな。戦士タイプが一撃なら骨型アンデッドは一撃か?)

 アンデッドの中には魔術師タイプのワイトや怪力を持つゾンビなどもいる。しかし、戦いから日の浅い今回の戦場ではそれらの魔物が現れる可能性は低い。

(うん、森での経験がかなり活きてるな)

 シュウはつい最近まで狩猟や解体の経験など皆無の素人であった。しかし、彼はこの世界で生きるために森で多くの事を学んだ。

 その中でも特に彼の性質に合致したのが、息を潜めて獲物を狩ることだった。
 自身も気付いていなかった才能の開花──シュウの本質は蜘蛛のような狩猟者だったのである。

 カイルたちが白蛇を使って真正面から潰し、シュウは"奇襲"を以って一体ずつ確実に"浄化"していく。
 その間、軍曹とスフィも順調に戦場の亡骸を片付けていた。ただ、ソフィからはいまだ目ぼしいアンデッドの発見報告はない。

「ソフィ、何も見つからないか?」

 シュウは魔導書を介した念話でソフィに問い掛ける。彼らは魔導書を介すことで、どれだけ離れても仲間同士で会話ができた。

「うーん、自我を持ってるのはいないっぽいねー。まだ日が浅いからそれが当然っちゃ当然なんだけど~」
「日数が経てば自我を持ちやすくなるのか?」

「だいたいそんな感じ。日が経てば大なり小なりアンデッドは命を奪っていく。小動物や虫であろうとね。そうして少しずつ格が上がっていって、やがて自我が生まれる個体も出てくるの。まあ、そうは言っても滅多に現れないらしいけどね」
「なるほどな……よし、もう戻っていいぞ。こっちもそろそろ片付きそうだしな」



 交代で休憩を取りながら"浄化"を続けること数時間──作戦の進捗はおよそ八割ほどに達した。
 残すはデモニア軍の本陣があった付近で、今現在においてデモニア軍の姿は目視では確認されない。

 しかし、シュウは油断しない。命の危険が少しでもあるならば、仕事が完全に終わるまで気を抜かないというのが彼の持論である。

「おいおい……終わりぎわに厄介事はやめてくれよ」

 ただ、得てして事故や厄介事は物事の終わり付近で起こるもの──用心深く、そして念入りに行われていた彼の"探知"に何かが引っ掛かった。

 場所はデモニア本陣跡付近で、その数は六。それらは"隠蔽"こそお粗末だったものの、明らかにコチラを探るような形で潜伏していた。

 相手に気取られないよう慎重に"鑑定"を行う。ソフィの"鑑定"よりLvは低かったが、シュウも"隠蔽"を得意としていない相手であればそれなりに"鑑定"することが可能であった。

 ステータスの詳細は不明。しかし、六人の内五人がデモニアということが判明する。
 そして残りの一人──それが問題であった。

(セリアンか……拘束されている所を見ると人質の線が濃厚だな)

 シュウは姿を消したままその場を離れ、指揮官であるカイルの元へ情報を届けに向かう。

「カイル、気を付けろ。敵本陣跡近くの岩陰にデモニアが五人いる。それとセリアンが一人……拘束されている姿から捕まっている線が濃厚だ」
「何!? クソ……敵影あり! 陣形を維持したまま前方を警戒せよ!」

 カイルは素知らぬ振りで敵を油断させることも考えたが、今の戦力で高度な戦術は無理と即座に判断し部下に警戒態勢の指示を出す。

 居場所がばれたデモニアたちは警戒した動きを見せるかと思いきや、何と不遜な態度で堂々と彼らの前に出てきた。
 それはデモニアがセリアンのことを見下している事の明らかな証明であると言えよう。

 拘束されたセリアンの男は頭に黒い袋を被せられ、両手足を枷で拘束されていた。
 顔は見えていないが他の種族にはない毛におおわれた尻尾がセリアンという事を証明している。

(クソ……嫌な予感しかしねえぞ)
「戦場の"浄化"という汚れ仕事、実にご苦労なことです。いやぁ、おかげでいい具合にアンデッドの数が減りました。これでうまくいきそうです。お疲れのところ大変恐縮ですが、もうしばらく我々の実験にお付き合い願いますよ」

 魔術師の一人が皮肉気に言い放つ。顔はフードを深く被り顔はよく見えないが、口元は悪意に溢れていびつに曲がっていた。

「何? どういうことだ? 捕虜を使った交渉が目的ではないのか?」

 両者の間に緊張感が漂っている中、カイルは冷静に魔術師から情報を引き出そうとする。しかし、デモニアがカイルの言葉に耳を傾けることはなかった。

「人の話を聞いていなかったのですか? 交渉ではなく実験です。これだからおつむの弱い獣人は……ハア、やはり時間の無駄ですね。さっさと始めましょう」

 デモニアが捕虜の頭から袋を取り、宝石のついた首飾りをその首にかけた。
 そして荒廃した大地で怪しげな儀式が始まる──

 怪しげな呪文が紡がれていくと、周囲の空気が歪んで拘束された男を中心に大きな渦へと変化する。
 シュウとセリアンの戦士たはその異質な光景の圧力に呑まれ、混乱を抑え込みながらただ見ていることしかできない。

 五人のデモニアが行ったのは魔法的儀式による魂の集約──その集められた死者とアンデッドの魂は渦の中心へと激流の如く流れ込んでいった。

「ふむ……どうですか?」
「成功のようです。ですがまだコントロールができるまでには至っておりません」

「ふむ、なるほどなるほど……これはアンデットの数にたいしての比率……いや器の強度か? 魔力あるいは心力の強化が必要かもしれん」

 あまりの出来事にシュウたちは呆然と立ち尽くすのみ。敵がそんな状態であるからか、これ幸いとデモニアたちの議論も熱を帯びていく。

「結果は上々といった所ですね。しかし、コントロールできないとなると……アレの処理はどうしましょう?」
「結果だけ持ち帰れば問題ありません。そろそろ動き出しそうですし、後のことは引き続き彼らにお任せするとしましょう」

 十分な結果が得られたと言うデモニアたちは、もう用はないといった様子で空へと舞い上がる。ここでようやくセリアン一同の意識が現実へと戻ってきた。

「っ!? おい、待て! 貴様ら同胞に何をした! 逃がさんぞ!」

 いち早く気持ちを立て直したカイルがデモニアたちを追いかけようとする。
 しかし、そんなカイルに異変に気付いたシュウが待ったをかけた。

「待て! 捕虜の様子がおかしい!」
「ッ何だと!? クソッ!」

 異変は捕虜だった男に起こっていた。茶色だった髪が真っ黒になり、健康的な小麦色をしていた肌も死人のように青白く変化している。

 そして何より、その眼が違っていた。命の危機を警告するような真っ赤な光──そこに宿るのはアンデッド特有の生者に対する殺意であり、容赦なくシュウたちを突き刺してくる。

「ちょっとちょっと! 何がどうなってんの!?」
「ソフィ!? いや、いい所に来た! "鑑定"だ! 急いでアイツを早く"鑑定"してくれ!」
「わ、わかった!」

 今しがた到着したばかりで状況がうまく飲み込めていないソフィも、場の緊張が伝わったのかシュウの言葉にすぐに反応する。

 そして、魔導書に"鑑定"の結果が表示された──

 リカージョン・サージェント

(ヤベえ……この野郎、俺やカイルよりだいぶ強いわ)
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