箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第008話 シバの村

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「止まれ! 何者だ!? なんの用があってここに来た!?」

 偽装用の背負い袋を担いだ柊一はセリアンの村を訪れた。そして、第一村人から出合い頭に怒鳴られる。

(まあ、当然そう来るわな)

 彼を制止したのは武装した二人の兵士であった。柊一のこの世界で初の人との交流は槍を突きつけられて始まる──



 村へおもむく数日前──

「住居こそ無事なものの、やはり村の中は負傷兵で溢れ返っており、住民は大人も子供も屋根の下で生活することもままならない状態でした。それに食料をはじめとしたあらゆる物資が不足していることも確認しています」

 柊一は最終確認で秘密裏にセリアンの村を調査してきたワイズから報告を受ける。
 
「そうか……なら狩りの他に木材の切り出しなんかもした方がいいかもな」
「あまり準備が良過ぎるのもどうかと思いますが、まあ、向こうの状況もギリギリですからな。多少の不審さは分かりやすい利益を見せることで有耶無耶うやむやに出来るでしょう」

「別にアタシたち悪いことするわけじゃないしね。というか、お互いの状況をかんがみれば慈善活動に近いよね?」
「慈善は言い過ぎだな。やましくはないけど一応下心ははあるわけだし」

 慈悲の心が全くないとは言わないが、見ず知らずの者のために心を痛めるほど自分が優しい人間だとは思っていない。
 通りすがりに困っている人がいて、自分がその困りごとを解決できる手段を持っていたら、まあ、助けてやってもいいかな程度が柊一の正直な思いだ。もちろんそれも彼にとってめんどくさくない範囲での話である。
 
「それよりもだ。ワイズ、村にはお前の潜入に気付けるような奴は確かにいなかったんだな?」
「はい、それは確かでございます。一人マスターと剣で戦えるほどの兵士がおりましたが、それもあくまで剣だけの話……魔法も使えない生粋の獣人戦士のようでしたから、正面切って敵対しない限り問題はないと思われます」

(まあ、ワイズの"不可視化"と"隠蔽"の性能は凶悪だからな。さすがは自我のある超希少なファントムってところか。今更ながらコイツが味方で本当に良かった)

 この世界でアンデッドは人──というより生きとし生けるものにとって不倶戴天ふぐたいてんの敵である。そして、ファントムの進化前であるレイスもその中に含まれていた。

 だが、唯一レイスだけは生者からあまり強い憎悪を向けられてはいない。それはレイスという魔物が取るに足らない存在であったからだ。

 レイスは基本的にスケルトンにすらなれない弱い魂のなれの果てである。その存在は赤子をも害することすらできない希薄なもの──故にただただそこにフワフワと存在することがほとんどだ。

 そんな中ワイズがレイスからファントムへと進化できたのは、ひとえに自ら望んでレイスへと転生した存在であるからだろう。
 誕生の仕方が異質であるため、その力は通常のレイスとは比べ物にならないほど強く、自我も記憶も完全にしっかりと残っていたのだ。

 そんな実力者が言うことなら間違いない──出会って数日であるにもかかわらず、柊一はワイズに全幅の信頼を置くようになっていた。



「キサマは何者かと聞いている!」

 そう問い詰められる柊一であったが、彼の意識はセリアン特有の獣耳と尻尾に注がれていた。

(できれば犬耳のおっさんより、猫耳ガールがよかったなぁ)

 そんな場にそぐわないことを考えながらも、柊一は門番の警戒を解くために深くかぶっていたフードを脱いで顔を見せた。

「そう怒鳴らないでくれ。俺は旅の魔導書使いで……まあ、見ての通りのヒューマだ。装備品の修復を頼みたかったんだが……」
「現在、我が国はデモニアと戦争をしている。残念ながらそのようなことをする余裕はない!」
(村の状況を考えれば当然の反応だな)

「まあまあ、兵士さん。俺だってタダでとは言っていないんだ。話を聞くくらいしてくれても損はないんじゃないか?」
「魔人どもと関係がないとは言い切れん。そんな怪しい者の話、聞く耳持たん!」
(おーおーかたくなだねぇ)

「いやいやアンタらにとってもかなりのメリットがあるぞ? 見た所、この村もかなり被害を受けているようだし……それに負傷者もいるみたいじゃないか? 俺は食料なんかもそれなりに持ってるし、負傷者の治療もできるぞ? よく考えてくれ。魔人と繋がりがある奴がわざわざそんなことをするか? 悪い話じゃないはずだ。せめてここの指揮官に伺いを立てるくらいしてもいいんじゃねえかな?」

 柊一の提案に門番の二人はヒソヒソと相談を始める。

(よし、手応えアリだ)
「分かった。隊長を呼んでくるから少しここで待っていろ」

 そう言い残し、門番の一人が村の中へ走って行く。

(第一段階クリアだな。さて、ただ待っているのも何だし、少し世間話でもするか)
「戦争をしているのは知ってたけど、ここはもう安全なのか?」
「……」

 問い掛けに反応を示さない門番であったが、柊一がそっと手頃な大きさの干し肉を差し出すと、固かったその口は実にあっさりと緩んでしまった。

「断定は出来ないが……戦いのとうげは過ぎたように思う。しばらくは落ち着いた状態が続くだろうな」
「なるほど……だからこの辺りは兵士の数が少ないのか」

「ああ、本隊は戦線を下げて防衛線を張ることにしたらしい。おかげでこの村は人手も物資も足りていない。余所の一族は今頃、酒や女で英気を養ってる頃だろうさ。俺だって里に残してきた嫁さんを抱きたいのによ」

 ここで相槌あいづちを打つと愚痴が一気に噴き出しそうだったため、柊一は反応を最小限に抑えることにした。
 そして、そうこうしていると──

「余所者に情報をペラペラと喋るな、馬鹿者」
「た、隊長!? 申し訳ありません!」

 口の軽い門番を叱責したのはもう片方の門番が連れて来た指揮官──赤茶色の髪をしており、柊一が想像していた指揮官像よりだいぶ若い男であった。

「お前が魔導書使いとか言っている者だな?」
「ああそうだ。アンタがここの指揮官さん? 言っちゃ悪いとは思うけど、随分若いんだな……もしかしてエリートって奴か?」

 隊長と呼ばれている男が自嘲気味に鼻を鳴らす。

「前隊長も前々隊長も戦死したからな。繰り上げに次ぐ繰り上げでお鉢が回ってきただけだ。それに、そもそもエリートはこんな辺境の村に派遣されたりしない。そんな事よりお前の話に興味がある。まずは黙って付いて来てくれるか?」

 男の言葉に柊一は頷き、兵士数人に囲まれながら村の中へと入って行く。

 案内される途中ざっと村の中を観察してみた柊一であったが、その感想は酷いの一言──ワイズの報告通り建物はそこまで壊れていなかったが、村は負傷した兵士で溢れ返り、村人は大人も子供も屋根のない地べた座り込んでいた。

「酷いもんだろう? 軍は負傷者をこの村に押し付けていったんだ。お偉方に都合があるのもわかるが、この仕打ちはさすがにあんまりだ。おかげて食料は足りないし、元気な者も忙しすぎて看病する側からされる側に回る始末……この悪循環をどうにかしなければ遅かれ早かれここは全滅するだろうな」
「なるほど……そんなピンチに役立つ旅の魔導書使いはどうですかい、旦那?」
「……どうするかは話を聞いてみないことにはわからんな。さあ、中に入れ」

 柊一が案内されたのはこの村で一番大きな建物──その応接室には白髪の老人と数人の兵士がいた。

「掛けてくれ。さて、自己紹介がまだだったな。俺はこの辺りの指揮を任されているカイルだ。そして、こちらはこのシバの村の村長だ。今は一時的に家を使わせてもらっている」
「パーカーじゃ。こんな状況じゃなかったら茶くらい出すんじゃが……申し訳ないのう」
(自己紹介……ここは予定通り風見柊一という本名は伏せておこう)

 風見柊一という日本人の名前がこの世界でどう思われるのか不明であった柊一は、この時より本名を使うことをやめた。そして名乗るのは──

「魔導書使いのシュウだ。事情はわかっている。その気遣いだけで充分だ」

 簡単な自己紹介が互いに済み、話題はさっそく本題へと移る。

「本来なら戦争中に余所者を村に入れることなどありえない。だがさっき話した通りこの切迫した状況ではそうも言ってられないんでな。俺の生まれはこのシバの村……つまり生まれ故郷だ。だから負傷者も村人も見捨てるつもりは毛頭ないんだよ」

 この村がトカゲの尻尾切りという憂き目にあった事は事前の調査で分かっていた。
 だからこそシュウはこの村を選んだのが──

(この隊長さんがこの村出身だとはな……こりゃ村に対する思い入れも相当強そうだ。けどまあ、それはむしろ好都合か? 何が何でも故郷を救いたい……恩を売るにはうってつけじゃねえか)
「それが賢明な判断だと俺が証明してやる。まずは提供できる物資の一覧を見せよう。ワイズ頼む」

 魔導書を開きワイズを"召喚"する。それと同時に兵士たちが抜剣した。

「これは俺のしもべだ。危険はない。だから剣を収めさせてくれないか?」

 シュウがアンデッドであるワイズを出したのはパフォーマンスの意味もあった。俺はこれだけの魔物を使役できるのだぞ、と──そしてそれは見事に成功する。

 この場にいる者のほとんどが肌でファントムの異質さを感じていた。
 唯一わかっていなかったのは村長だけであったが、それはそれで無駄な恐怖を味わわずに済んで幸せだったと言える。

 カイルはしばらくこちらを観察し、疑いながらも大丈夫と判断して部下に剣を収めるよう指示を出した。

「信じてくれて感謝する。さて話を戻そう。これがこちらが提供できる物資だ。足りなければ再度調達してくることも可能だ」

 ワイズがカイルに近付き一枚の紙を彼に手渡す。

「これが本当ならかなり助かるが……これだけのものに見合う報酬はこの村にはないぞ? ハッキリと問おう……お前の目的はなんだ?」
(このカイルとかいう指揮官は、若いが馬鹿じゃなみたいだ。今も俺の一挙一動を監視してやがる)

「……オーケー、降参だ。ハッキリ言うと俺はアンタたちに恩を売っておきたいんだ。俺がこの村の復興に一役買ったあかつきには、この村にしばらくきょを構えることを認めてほしい。今望んでいるのは……まあそんな所だ」

 肝心なことをシュウは話していない。事実、この場のセリアン全員が胡散臭い物を見るような目をしている。
 しかし、シュウはそれでも問題ないと考える。背に腹は代えられない──彼らには選択できる余裕など残っていなかったからだ。

「なぜこの村なんだ? この村以外にも村はいくつかあっただろう?」
「ん? この村を選んだ理由か? んー、強いて言うなら一番割を食っていたからだ。俺は国やお偉いさんに対して盲信的な奴が苦手でね。少なくともこの村の奴らはそうじゃないだろう? いや、そうでなくなったと言うべきか?」

 カイルと村長に変化はなかったが、兵士たちは複雑な表情になっている。

「……信用したわけでない。だが、どうせこのままでは全滅だ。いいだろう。お前が悪い魔導書使いでない事に賭けてみるとしよう」
「交渉成立だな。ああ、一つ付け加えると……案外、悪い奴の方が頼もしいかもしれねえぞ?」
「ハア……お前の性格が良くないということだけはよくわかったよ」

 シュウは悪そうな笑顔で、カイルは溜息をつきながら力強い握手を交わした。

「村長、そういう事になりました。村人たちへの説明はお願いします。お前たちも他の奴らにヒューマの魔導書使いが協力することになったと通達してくれ」
「あいわかった。カイル坊も気を張り詰めすぎて倒れんようにな」

 村長と兵士たちは一足先に説明のために家を出た。残されたのはシュウとカイルの二人だけ──

「善は急げだ。さっそく具体的な話をしよう。まずは……」

 シュウとカイルは相談の末、まずは人手を確保するために、負傷者の治療と空腹を満たすための食事を優先させることにした。

 村長はシュウが提供した肉や野草を村の女たちに渡し、すぐに炊き出しの準備をさせる。そして、もう一つの課題である負傷者の治療は──

「わかっちゃいたけど、これ全部となるとかなり骨だぞ……」

 溢れ返る負傷者を眺めならシュウが嘆く。
 そう──全ての負傷者はシュウたちが面倒を見ることになってしまったのだ。
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