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第006話 特殊個体
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体重の乗った剣先がグレート・ベアの無防備な頭頂部に突き刺さり、魔物の目と口が大きく開く。
奇襲を受けた熊型の魔物は、目の前のご馳走にありつく寸前でその命を散らした。
「お見事です」
「この生き物を殺すって感覚にもだいぶ慣れたな」
ワイズが自身の主を称賛し、柊一が血と脳漿で汚れた剣を慣れた手つきで拭う。
「まったくマスターの適応力には驚かされます。この数日で私から得た"不可視化"を使いこなし、更には"隠蔽"や"奇襲"といった技能までも習得してしまわれるのですから」
「まあ、固有技能のおかげだな。"共鳴"に"適者生存"……確かにこの力がなけりゃ、こんな簡単に狩りなんて出来なかったろうよ」
"共鳴"に次ぐ柊一の固有技能"適者生存"──その効果は、一言で表すなら適応力が飛躍的に上昇するというものであった。
その詳細は環境や境遇に即した能力への経験値が多くなり、それが継続されればされるほど、または危機であればあるほど効果が上がるという効果である。
そして本人は気付いていないが、その効果は所有者の精神の強さにも影響を与えていた。
「まあ、それはいいとして……」
汚れの落ちた剣を鞘に納める柊一の視線が、熊の食事という運命から逃れた三匹のご馳走もとい狼たちへと向かう。
「コイツらはどうしようか?」
彼の視線の先には傷を負った三匹の子狼の姿があった。灰色の二匹は威嚇するように唸り、真っ白な一匹は静かに柊一のことを見つめている。
「ふむふむ、アレは"風魔法"を得意とするガスティー・ウルフですな。あの大きさはまだ半人前といったところでしょうか。となれば……成体と行動していないというのは違和感がありますね。ふむ、おそらく何らかの理由で群れからはぐれてしまったのではないでしょうか?」
「見ただけでよくそこまで分かるな」
「いえいえ、ガスティー・ウルフはよく狩人たちが飼っている魔物なので、この程度の知識はそこまで珍しいものではないですよ」
「ほう、狩人がねぇ……」
ワイズの言葉から柊一の脳裏に人と共に狩りをする猟犬の姿が浮かんだ。
そして、それと同時に柊一の脳内では戦力や食費といったメリットとデメリットの計算が高速で行われる。
「おい、そこの狼ども」
柊一が声を掛けると灰色の二匹の唸りが更に大きくなる。
しかし、柊一はそんな威嚇にも一切動じない。この場においては自分たちの方が圧倒的に強者だからだ。
「お前らに帰る場所はあるのか? それに親はどうした?」
『うるせえ、人間!』
『食い物がなくなった! 仲間もいなくなった! 人間のせいだ!』
(おいおい、警戒されるのはわかってたけど、人間ピンポイントで嫌われてるとは思わなかったな)
「まあ、落ち着けって。人間のせいで仲間と食い物がなくなったってのはどういうことだ?」
『『うるせえ!』』
(こりゃ駄目だな。あの二匹は興奮して話どころじゃねえ)
柊一も気まぐれに声を掛けただけだ。そう無理に勧誘することもないと、淡白に手を引こうとしたその時──
『人間、私たちの言葉、分かる?』
三匹の中で唯一静かにしていた白い狼が立ち上がって柊一に話しかけてきた。
「ん? ああ、分かるぞ。お前は俺と話をする気があるのか?」
『『姉ちゃん!? 何で!?』』
『うるさい』
柊一と話そうとした白狼に対して、灰色の二匹が抗議の声を上げたが、白狼はそれを一喝して封じる。
「姉ちゃんってことはあの灰色の二匹は弟なのか……言われてみれば白い奴は二匹より一回り大きいか?」
「そのようですね。それと、もしかしたらあの白い個体は少し特殊なのかもしれません。ガスティー・ウルフは単純で好戦的な性格が多いのですが、あの個体は非常に大人しいですし、毛の色も珍しい純白です。これはもしや……」
ワイズの意味ありげな言動が気になったが、ひとまず柊一は目の前の白い狼に集中することにする。
「どうやらお前は俺と話をする気があるみたいだな。ならもう一回聞くぞ。帰る場所はあるのか? それと仲間はいるのか?」
『帰る場所、ない。仲間、もういない』
「そうか……なら一つ提案がある。俺の仲間にならねえか?」
お互い少ない言葉でこれ以上ないシンプルなやり取り──しばらく一人と一匹は互いの目を見つめ合う。
『人間、聞きたい。お前、大きな戦い、関係あるか?』
「大きな戦い……ああ、ソフィが言ってた獣人と魔人がってやつか。それなら俺は関係ねえな。俺はこの辺で狩りしかやってねえ」
『そう……なら私たち、人間の仲間になる』
『『えーっ!?』』
「弟たちが驚いてるぞ」
『大丈夫。弟たち、大きな戦い、臆病になってるだけ』
(臆病になったのは大きな戦いが原因? 遠い場所のことじゃねえし、少し話を聞いておいた方がいいかもな)
「よければその臆病になった原因ってのを教えてもらえるか?」
『……後でいいか? 今は少し、休みたい』
狼たちは痩せ細っている上、熊に襲われていた疲れもあったのだろう。フラフラと今にも倒れこみそうなほどの疲労が見て取れた。
「おお、そりゃそうだな。分かった。なら俺たちの拠点で休んだらいい。ええと……ああもう、色々めんどくせえから早速お前らに名前付けるわ。そんで魔導書の中に入っとけ」
早く休ませてやろうと決めた柊一の行動は早かった。
白い狼にユキ、灰色の狼にタローとジローと名付け、半ば強引に魔導書へと押し込んで休ませることにしたのである。
「どれどれ……」
柊一が魔導書で三匹の状態を確認してみると、見た目以上に衰弱していたことがわかった。
(三匹ともかなり強がってたみてぇだな。まあ、確かに野生の獣は簡単に弱みを見せる訳にはいかんよな。それと……)
「ユキは"凍魔法"を使えるのか」
「ほほう……やはりユキさんは特殊個体でしたか」
柊一からもたらされた情報に今まで静かに熟考していたワイズが反応を示す。
「その言い方は察しがついてた事か? それに何だ、その特殊個体ってのは……」
「人間と同じように魔物の中にも周りよりも突出して強かったり、異質な力を持っていたりする個体がたまにいるのです。その個体のことを一般的に特殊個体と呼ぶのですが、ユキさんは見た目や気性が通常とは大幅に違ったため、その可能性が高いと思っておりました」
「へぇ~、所謂レアって奴か。レアな魔物はレアな能力を持つことが多い……つまりは」
「マスターの"共鳴"に持って来いということになりますね」
(ワイズの言いたい事が分かったぞ。通常の方法では得られない力も特殊個体と"共鳴"の組み合わせなら可能になるって事か)
「まあ、言ってもレアだからな。今回は偶々でそう簡単に見つかりはしないだろ」
「だからこそ見つけた際は積極的に勧誘すべきでしょうな。フフフ、時には多少強引な手を使うこともアリかと……」
「悪い顔になってんぞ。まあ、あんま過激な事はすんなよ。敵が多くなるとそれだけ面倒も増えるからな」
柊一は拠点に戻ると仕留めた熊の"解体"を始めた。魔導書の"異空間収納"に納められていた熊はまだ死にたてホヤホヤでまだ血も固まっていない。
柊一は熊の"解体"などした経験はなかったが、その経験不足はソフィやワイズの力を借りて補っている。
そしてその間、新たなに仲間になった狼姉弟はダリアの"木魔法"による治療を受けていた。
「お前ら、それが終わったらすぐ飯食いたいか?」
『『食いたい!』』
柊一の言葉にすぐさま反応したのはタローとジローだ。
出会った当初は反抗的であった二匹であるが、寝床に治療に食事まで用意されては素直にならざるを得なかった。
「よし、なら食わせてやるから大人しく待ってろ。そして俺のことはボスと呼べ。返事はイエス、ボスだ」
『『イエス、ボス!』』
二匹は背筋をピンと伸ばしたお座りをしながら、元気いっぱいの返事をする。
その様子を見ていた姉を含む周囲の者たちは、全員「この兄弟、馬鹿だなー」という感想を抱いたが、それは馬鹿な子ほど可愛いといった好意的なものばかりだった。
熊の"解体"はスフィが血や内臓の食用に適さない部分を"分解"で処理し、柊一がブッチャーナイフでバラしていく。
脂の乗った部分は鍋にして、筋肉質な部分は焼肉にするのが柊一の予定であった。
「そうだ、ユキ。話すなら今が丁度いいだろ。さっき俺が聞いたこと、お前らと例の大きな戦いの関係について教えてくれ」
柊一の問いに今まではしゃいでいたタローとジローが少し大人しくなったが、ユキは相変わらずクールなまま淡々と何があったかを語り始める──
ユキの言葉からわかったのは至極単純なこと──人が戦争を起こし、戦地の生態系を乱したというよくある話であった。
戦いの余波で元々森に棲む魔物たちの生息域、ひいては生息数に大きな変化があり、ユキたちのような上位捕食者たちの食い扶持が大幅に減ったのだ。
そして、ユキたちの親や仲間たちはその少ない食い扶持を他の魔物たちと取り合って争い、その多くが倒れていったということだった。
「よく聞く話じゃあるけど、実際に巻き込まれた方はたまったもんじゃないな。戦争なんてめんどくせえ事の極地だってのに、まったくよくやるよ」
「アタシは興味ないからよく知らな~い」
「私もくだらないことには関わらないようにしてきたので、あまり戦争については……」
(確かにうちの連中からは戦争なんてもんは連想できねえな。ただ近場での出来事だ。情報が少ないってのはちょっと不安が残る……)
「あんまり気は進まねえけど、ちょっと情報を集めてみるか。まずはそうだな……仲間を増やすのも兼ねて、ユキたちみたいに切羽詰まってる奴を探そう」
(弱ってる所に手を差し伸べてやりゃ勧誘なんかも上手くいきやすいだろうしな)
「なるほど、弱った相手に付け込んでタロジロみたいにおバカワイイ配下を量産するんだね!」
「おバカワイイは求めてねえよ。さて、そんじゃ話はここまでだ」
いいタイミングで熊の"解体"が終わり、柊一はいよいよ肉を焼く準備に移る。
部屋に焼けた肉の匂いが広がり始めると、一時的に大人しくなっていた二つの尻尾に加え、白い尻尾もブンブンと元気を取り戻していた。
それから数日後──柊一は宣言通り、目ぼしい魔物を見つけながら着々と配下を増やしていった。
山猫型の魔物クリープ・リンクスの幼子を三匹
鳥型の魔物ウィズダム・クレストを一匹
蜘蛛型のハイド・トラッパーを一匹
事情はどの魔物も似たようなもので、狼姉弟と同じように獣人と魔人の戦いの余波で何かしらの被害を受けたという者たちばかり。
他にも候補はいたが、柊一は能力や性格、希少性や飼育コストなどからこの五匹を厳選した。
ただ、山猫の三匹に関しては見た目の愛嬌に負けたというだけであったが、柊一は最後までそれを認めようとはしなかった。
奇襲を受けた熊型の魔物は、目の前のご馳走にありつく寸前でその命を散らした。
「お見事です」
「この生き物を殺すって感覚にもだいぶ慣れたな」
ワイズが自身の主を称賛し、柊一が血と脳漿で汚れた剣を慣れた手つきで拭う。
「まったくマスターの適応力には驚かされます。この数日で私から得た"不可視化"を使いこなし、更には"隠蔽"や"奇襲"といった技能までも習得してしまわれるのですから」
「まあ、固有技能のおかげだな。"共鳴"に"適者生存"……確かにこの力がなけりゃ、こんな簡単に狩りなんて出来なかったろうよ」
"共鳴"に次ぐ柊一の固有技能"適者生存"──その効果は、一言で表すなら適応力が飛躍的に上昇するというものであった。
その詳細は環境や境遇に即した能力への経験値が多くなり、それが継続されればされるほど、または危機であればあるほど効果が上がるという効果である。
そして本人は気付いていないが、その効果は所有者の精神の強さにも影響を与えていた。
「まあ、それはいいとして……」
汚れの落ちた剣を鞘に納める柊一の視線が、熊の食事という運命から逃れた三匹のご馳走もとい狼たちへと向かう。
「コイツらはどうしようか?」
彼の視線の先には傷を負った三匹の子狼の姿があった。灰色の二匹は威嚇するように唸り、真っ白な一匹は静かに柊一のことを見つめている。
「ふむふむ、アレは"風魔法"を得意とするガスティー・ウルフですな。あの大きさはまだ半人前といったところでしょうか。となれば……成体と行動していないというのは違和感がありますね。ふむ、おそらく何らかの理由で群れからはぐれてしまったのではないでしょうか?」
「見ただけでよくそこまで分かるな」
「いえいえ、ガスティー・ウルフはよく狩人たちが飼っている魔物なので、この程度の知識はそこまで珍しいものではないですよ」
「ほう、狩人がねぇ……」
ワイズの言葉から柊一の脳裏に人と共に狩りをする猟犬の姿が浮かんだ。
そして、それと同時に柊一の脳内では戦力や食費といったメリットとデメリットの計算が高速で行われる。
「おい、そこの狼ども」
柊一が声を掛けると灰色の二匹の唸りが更に大きくなる。
しかし、柊一はそんな威嚇にも一切動じない。この場においては自分たちの方が圧倒的に強者だからだ。
「お前らに帰る場所はあるのか? それに親はどうした?」
『うるせえ、人間!』
『食い物がなくなった! 仲間もいなくなった! 人間のせいだ!』
(おいおい、警戒されるのはわかってたけど、人間ピンポイントで嫌われてるとは思わなかったな)
「まあ、落ち着けって。人間のせいで仲間と食い物がなくなったってのはどういうことだ?」
『『うるせえ!』』
(こりゃ駄目だな。あの二匹は興奮して話どころじゃねえ)
柊一も気まぐれに声を掛けただけだ。そう無理に勧誘することもないと、淡白に手を引こうとしたその時──
『人間、私たちの言葉、分かる?』
三匹の中で唯一静かにしていた白い狼が立ち上がって柊一に話しかけてきた。
「ん? ああ、分かるぞ。お前は俺と話をする気があるのか?」
『『姉ちゃん!? 何で!?』』
『うるさい』
柊一と話そうとした白狼に対して、灰色の二匹が抗議の声を上げたが、白狼はそれを一喝して封じる。
「姉ちゃんってことはあの灰色の二匹は弟なのか……言われてみれば白い奴は二匹より一回り大きいか?」
「そのようですね。それと、もしかしたらあの白い個体は少し特殊なのかもしれません。ガスティー・ウルフは単純で好戦的な性格が多いのですが、あの個体は非常に大人しいですし、毛の色も珍しい純白です。これはもしや……」
ワイズの意味ありげな言動が気になったが、ひとまず柊一は目の前の白い狼に集中することにする。
「どうやらお前は俺と話をする気があるみたいだな。ならもう一回聞くぞ。帰る場所はあるのか? それと仲間はいるのか?」
『帰る場所、ない。仲間、もういない』
「そうか……なら一つ提案がある。俺の仲間にならねえか?」
お互い少ない言葉でこれ以上ないシンプルなやり取り──しばらく一人と一匹は互いの目を見つめ合う。
『人間、聞きたい。お前、大きな戦い、関係あるか?』
「大きな戦い……ああ、ソフィが言ってた獣人と魔人がってやつか。それなら俺は関係ねえな。俺はこの辺で狩りしかやってねえ」
『そう……なら私たち、人間の仲間になる』
『『えーっ!?』』
「弟たちが驚いてるぞ」
『大丈夫。弟たち、大きな戦い、臆病になってるだけ』
(臆病になったのは大きな戦いが原因? 遠い場所のことじゃねえし、少し話を聞いておいた方がいいかもな)
「よければその臆病になった原因ってのを教えてもらえるか?」
『……後でいいか? 今は少し、休みたい』
狼たちは痩せ細っている上、熊に襲われていた疲れもあったのだろう。フラフラと今にも倒れこみそうなほどの疲労が見て取れた。
「おお、そりゃそうだな。分かった。なら俺たちの拠点で休んだらいい。ええと……ああもう、色々めんどくせえから早速お前らに名前付けるわ。そんで魔導書の中に入っとけ」
早く休ませてやろうと決めた柊一の行動は早かった。
白い狼にユキ、灰色の狼にタローとジローと名付け、半ば強引に魔導書へと押し込んで休ませることにしたのである。
「どれどれ……」
柊一が魔導書で三匹の状態を確認してみると、見た目以上に衰弱していたことがわかった。
(三匹ともかなり強がってたみてぇだな。まあ、確かに野生の獣は簡単に弱みを見せる訳にはいかんよな。それと……)
「ユキは"凍魔法"を使えるのか」
「ほほう……やはりユキさんは特殊個体でしたか」
柊一からもたらされた情報に今まで静かに熟考していたワイズが反応を示す。
「その言い方は察しがついてた事か? それに何だ、その特殊個体ってのは……」
「人間と同じように魔物の中にも周りよりも突出して強かったり、異質な力を持っていたりする個体がたまにいるのです。その個体のことを一般的に特殊個体と呼ぶのですが、ユキさんは見た目や気性が通常とは大幅に違ったため、その可能性が高いと思っておりました」
「へぇ~、所謂レアって奴か。レアな魔物はレアな能力を持つことが多い……つまりは」
「マスターの"共鳴"に持って来いということになりますね」
(ワイズの言いたい事が分かったぞ。通常の方法では得られない力も特殊個体と"共鳴"の組み合わせなら可能になるって事か)
「まあ、言ってもレアだからな。今回は偶々でそう簡単に見つかりはしないだろ」
「だからこそ見つけた際は積極的に勧誘すべきでしょうな。フフフ、時には多少強引な手を使うこともアリかと……」
「悪い顔になってんぞ。まあ、あんま過激な事はすんなよ。敵が多くなるとそれだけ面倒も増えるからな」
柊一は拠点に戻ると仕留めた熊の"解体"を始めた。魔導書の"異空間収納"に納められていた熊はまだ死にたてホヤホヤでまだ血も固まっていない。
柊一は熊の"解体"などした経験はなかったが、その経験不足はソフィやワイズの力を借りて補っている。
そしてその間、新たなに仲間になった狼姉弟はダリアの"木魔法"による治療を受けていた。
「お前ら、それが終わったらすぐ飯食いたいか?」
『『食いたい!』』
柊一の言葉にすぐさま反応したのはタローとジローだ。
出会った当初は反抗的であった二匹であるが、寝床に治療に食事まで用意されては素直にならざるを得なかった。
「よし、なら食わせてやるから大人しく待ってろ。そして俺のことはボスと呼べ。返事はイエス、ボスだ」
『『イエス、ボス!』』
二匹は背筋をピンと伸ばしたお座りをしながら、元気いっぱいの返事をする。
その様子を見ていた姉を含む周囲の者たちは、全員「この兄弟、馬鹿だなー」という感想を抱いたが、それは馬鹿な子ほど可愛いといった好意的なものばかりだった。
熊の"解体"はスフィが血や内臓の食用に適さない部分を"分解"で処理し、柊一がブッチャーナイフでバラしていく。
脂の乗った部分は鍋にして、筋肉質な部分は焼肉にするのが柊一の予定であった。
「そうだ、ユキ。話すなら今が丁度いいだろ。さっき俺が聞いたこと、お前らと例の大きな戦いの関係について教えてくれ」
柊一の問いに今まではしゃいでいたタローとジローが少し大人しくなったが、ユキは相変わらずクールなまま淡々と何があったかを語り始める──
ユキの言葉からわかったのは至極単純なこと──人が戦争を起こし、戦地の生態系を乱したというよくある話であった。
戦いの余波で元々森に棲む魔物たちの生息域、ひいては生息数に大きな変化があり、ユキたちのような上位捕食者たちの食い扶持が大幅に減ったのだ。
そして、ユキたちの親や仲間たちはその少ない食い扶持を他の魔物たちと取り合って争い、その多くが倒れていったということだった。
「よく聞く話じゃあるけど、実際に巻き込まれた方はたまったもんじゃないな。戦争なんてめんどくせえ事の極地だってのに、まったくよくやるよ」
「アタシは興味ないからよく知らな~い」
「私もくだらないことには関わらないようにしてきたので、あまり戦争については……」
(確かにうちの連中からは戦争なんてもんは連想できねえな。ただ近場での出来事だ。情報が少ないってのはちょっと不安が残る……)
「あんまり気は進まねえけど、ちょっと情報を集めてみるか。まずはそうだな……仲間を増やすのも兼ねて、ユキたちみたいに切羽詰まってる奴を探そう」
(弱ってる所に手を差し伸べてやりゃ勧誘なんかも上手くいきやすいだろうしな)
「なるほど、弱った相手に付け込んでタロジロみたいにおバカワイイ配下を量産するんだね!」
「おバカワイイは求めてねえよ。さて、そんじゃ話はここまでだ」
いいタイミングで熊の"解体"が終わり、柊一はいよいよ肉を焼く準備に移る。
部屋に焼けた肉の匂いが広がり始めると、一時的に大人しくなっていた二つの尻尾に加え、白い尻尾もブンブンと元気を取り戻していた。
それから数日後──柊一は宣言通り、目ぼしい魔物を見つけながら着々と配下を増やしていった。
山猫型の魔物クリープ・リンクスの幼子を三匹
鳥型の魔物ウィズダム・クレストを一匹
蜘蛛型のハイド・トラッパーを一匹
事情はどの魔物も似たようなもので、狼姉弟と同じように獣人と魔人の戦いの余波で何かしらの被害を受けたという者たちばかり。
他にも候補はいたが、柊一は能力や性格、希少性や飼育コストなどからこの五匹を厳選した。
ただ、山猫の三匹に関しては見た目の愛嬌に負けたというだけであったが、柊一は最後までそれを認めようとはしなかった。
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