箱庭の魔導書使い

TARASPA

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第001話 迷惑な来訪者

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 立秋とは名ばかりの暑い週末……一人の男が賃貸アパートの自室を掃除していた。
 掃除を終えた男は手を洗うとすぐに冷蔵庫からテキパキと目的の品々を取り出す。

「エアコンよし。食料よし。アルコールよし。テレビよし」

 指差呼称しさこしょうでしっかりと確認を行い準備が整う。奇跡的に取れた三連休──彼はこの至福の時間を思いっきり引き籠って過ごすつもりだった。

 天気のいい日に外に出るなどもってのほか──自分専用にカスタマイズされたこの部屋こそが至高の空間であり、この世で最も落ち着くパーソナルエリア──というのがこの青年の信条であった。

 友人や彼女なんかと遊ぶのも素晴らしいことだということを否定するつもりはない。ただ、それ以上に彼にとってそれらの事柄が面倒だったというだけだ。

 親しき仲にも礼儀が必要ありという言葉があるように、どんなに親しくとも気をつかうべき部分はある。
 彼は自己中心的でありながらも空気が読めないわけではないため、好んで孤独を選ぶのだった。

「休みの日まで他人に気ぃ遣ってられるかよ。そんな疲れることなんて仕事だけで十分だ。本当、休日に家族サービスできる奴らって凄いわ」
(まあ、今は遊ぶ友人も彼女もいないだけなんだけど!)

「クァ~! 朝っぱらから飲むビールはたまらんぜ!」

 ストレスが炭酸の気泡と共に消えていく気がした。しかし、新たな気泡と共に日頃溜め込んでいる鬱憤も湧いてくる。

「ハァ~……あー、あのクソ上司、マジで死なねえかなー」

 体内のアルコールが増えるにしたがって、男の口から漏れる愚痴も増えていく。

「風俗狂いのクソジジイのクソによるクソのためのクソつまんねえ飲みの誘いを断り続けた結果、付き合いの悪い生意気な奴という烙印を押されたのは仕方ないことだと思う。確かに俺は生意気な若造だ。だがしかし! 俺の方が仕事をさばいているというのに、腰巾着野郎の方が社内評価がいいのだけは納得がいかねえ!」

 彼のとある同期はくだんの上司にうまく取り入ったようで、今ではその上司の腰巾着こしぎんちゃくになっているらしい。

「あの野郎も新婚だろうに……店で性病でももらって離婚しねえかな。ハァ……人間関係もめんどくせえし、転職でもしようかなぁ……」

 その時──突如、彼の部屋が大きく揺れ出した。

「なんだ!? 地震か!?」 

 部屋は二階建てアパートの二階──揺れに足を取られながらも、とっさに彼は脱出用に窓を開けた。

「収まったか?」

 揺れが収まる頃にはすっかり酔いは覚めていた。棚などが倒れることはなかったが、家電は止まり机の上の料理は大惨事──部屋には窓から外の熱い空気が流れ込んでおり、彼の気分は急降下する。
 しかし、そんな彼の心境などはお構いなしに事態はさらに悪化していく。

「えーと……確かこの辺……あっ、見つけた!」

 幼い子供のような声が部屋に響く。それと同時に彼の目の前の空間に亀裂が走った。

「……ほ、本?」

 彼は異常事態に混乱していたが、亀裂の中から何やら分厚い本が現れた事実だけは認識できた。どうやら声の出元はその本らしい。

 彼が訳もわからず呆然としていると、本が独りでに開き中から物語に出てくるような小さな妖精が元気よく飛び出した。
 そしてその妖精は無遠慮に男を観察して、何やら納得したように頷きながら叫ぶ。

「私との相性は……ヤバい完璧じゃん! うん、コイツに決めた!」

 そう言うやいなや、体が見えない力によって青年の体が亀裂に引きずり込まれ始める。

「は? ちょっと!? 待て待て待てぇ~!」

 駄々をこねた子供のようにジタバタと抗ってみたものの、抵抗むなしく彼の体は完全に異空間へと飲み込まれていった。
 主の居なくなった部屋には、散乱した料理と蝉の鳴き声が虚しく響くだけとなる。

 消えた部屋の主──孤高の独身貴族こと風見柊一は突如現れた異世界からの来訪者によって、異世界へと拉致された。
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