青の王国

ウツ。

文字の大きさ
上 下
23 / 36
第3章 隣国へ

劇団公演

しおりを挟む
「それで、話し合いの成果はあったの?アル」
イザベラは尋ねた。
「ああ。二日後、この国に二週間ほど滞在することになった」
「え?!」
イザベラがいつもの冷静さからは想像できない声を出した。
「もちろん大臣にちゃんと許可をもらってからだけどな」
アルは笑って言った。
「クロード大臣、さっきの話し合いの内容をまとめてきてくれる?」
「わかりました。では私はここで失礼します」
エリスに言われてクロード大臣は皆に一礼すると城の方へ歩いて行った。
「クロード大臣いつもより緊張してたみたいだったし、城で書類をまとめてもらってる方が気が楽かな」
エリスはクロード大臣の背中を見ながら呟いた。
「エド、話し合いの内容を確認させて」
イザベラは前を歩いていたアルとエドに合流した。ロゼは自然と後ろをエリスと共に歩く形になった。
「ロゼさん、楽しんでる?」
「はい!とても楽しいです!」
「それは良かった。この先もいろんなお店があるから順に回ろうね」
ロゼがその言葉に返事をしようとした時だった。急に大勢の人が通りに流れてきたのだ。
「わ、急に人が…」
「あー、ちょうど劇団公演が終わったんだな」
「劇団公演?あ、アル!」
急な人の流れについていけず、ロゼたち二人の前を歩いていたアルたちの背中は人並みにもまれていく。
「ロゼさん、こっち」
人並みに紛れそうになったロゼの腕をエリスは掴み、通り横にある一軒の店にロゼを引っ張った。そのおかげでロゼたちは人並みから離れることができた。
「ありがとうございます。エリス王子」
「礼には及ばないよ。公演終了時間はこの通りは避けるべきだったな…」
エリスはそう言って店の窓から通りを見つめた。大勢の人はしばらく引く気配がない。アルたちを探すのは少し待ってからになりそうだった。
「あの、劇団公演って今日は何の作品をやっていたんですか?」
「今日は確かローカル・メイデンさんの孤島のシンデレラだったかな」
「ローカル・メイデンさん…孤島のシンデレラ…?」
「え?もしかしてローカル・メイデンさん知らない?」
エリスは驚いたようにロゼに尋ねた。
「ごめんなさい。そういうのちょっと疎くて…。劇団も小さい頃片手で数えるほどしか見たことなくて」
ロゼは自分から尋ねたのにごめんなさいと軽く頭を下げた。
「いいのいいの、気にしないで。ローカル・メイデンさんっていうのはこの国の天才脚本家でね、この国で公演されるのは大体彼の作品なんだ。彼は悲劇のラブストーリーを書くのが得意な方で、孤島のシンデレラもその中の一作品だよ」
そう言ってエリスは孤島のシンデレラのあらすじを軽く話してくれた。

親に捨てられた少女が偶然国の王子に引き取られ、少女が王子に恋をしていく物語。しかし王子は政略結婚が決まっており、少女は報われない恋に絶望を感じ崖から身を投げる。その後少女が自分のことを好きだったと知った王子は自分の少女に対する恋心に向き合い、後を追うように命を絶つ…。

「悲しいお話ですね…」
ロゼはあらすじを聞いて少し悲しい気持ちになった。
「ローカル・メイデンさんの作品はこんな感じのものが多いね。あらすじだけ聞くとバッドエンドのラブストーリーなんだけど、その作中には気持ちの葛藤とか、複雑な人間関係とか、人に気持ちを伝える大切さが書かれていて引き込まれる人が多いんだ。儚い恋心と残酷な現実感がすごく人を惹きつけるみたい」
「へぇ…。私も見てみたいです」
「たぶんアルの城の書物部屋に何冊か小説があると思うよ。脚本を元に小説化したもの」
「そうなんですか!書物部屋、城内案内してもらった時に見て回ったきりなので今度時間のあるときに探してみます!」
ロゼはスケジュール帳の空いたページに「ローカル・メイデン」と記入した。
そう話しているうちに通りの人はだいぶ減ったようで、ロゼたちは店から出ようとした。その時、背後から声をかける者がいた。
「あら、やっぱりエリス様だわ!お声をかけようか迷っていましたのよ。横の方は?」
声を変えてきたのはこの店の店員らしいエプロンをつけた奥様だった。慌てて入った店で辺りを見ていなかったが、どうやらここはお菓子屋さんらしく、かわいらしい砂糖菓子やクッキーなどが並べられている。
「こんにちは奥さん。急に入ってきて挨拶もしないで失礼しました。この子は隣国のメイド、ロゼさんです」
エリスは奥さんに丁寧に挨拶すると、ロゼを紹介した。
「まあ!隣国の!エリス様と一緒に女の子がいるものだからてっきりお見合いか何かだと…」
「違いますよ。さっきまで隣国の王子たちとも一緒だったんですが、公演を見てた人たちに紛れてはぐれてしまって。それにお見合いだったら城で夜会を開きますよ」
「ですわよね~」
エリスと奥さんは楽しそうに笑った。
「あ、そうだわ!ちょうど今ドーナツが揚がったところですの!よかったら食べていってくださいませんか?ロゼさんも」
「ありがたくいただきます」
「ありがとうございます!」
エリスとロゼは奥さんに案内されて奥の小さなテーブル席に腰掛けた。

「あれ?ロゼとエリスは?」
人並みが引いた後、話し合い報告に必死だったアルたちは初めて背後を振り返った。
「…はぐれたみたいね」
イザベラが呟いた。
「たぶんまだ近くにいると思われます。エリス様たちも探されているでしょうし…」
エドはそう言ってきた道を戻ることを提案した。
アルたちは通りを来た道に沿って歩き出した。その後、お菓子屋さんの横を通ったアルたちに、奥の席に座っていたエリスとロゼが気づくことはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

処理中です...