青の王国

ウツ。

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第1章 出会い

覚悟

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「…にしてもよく見つけたよなぁ、あの森の中」
「歩いた辺りが道になってたから楽勝だったぜ」

ロゼは騒がしい声で目を覚ました。あの時頭を殴られたのか後頭部がズキズキと痛む。立ち上がろうとしてロゼは手足が粗縄で縛られているのに気づく。口も声が出せないようさるぐつわをされていた。
横には大きな樽や木箱。ロゼは壁にもたれかかるようにして座らされていた。痛む頭でロゼは状況を確認しようと辺りを見渡した。

(ここは、船内…?)

木でできた壁や床。揺れていることからもここが船の中であることは安易に想像できた。そして外からは賑やかな男たちの声が響いている。
「これで俺たちは大儲けだなぁ!しばらくは人攫いや盗みも休憩が出来るってもんよ!」
(大儲け…?人攫い…?)
ロゼはその二つの単語でここは人身売買を目的とした盗賊たちの船だと理解した。
(私売られちゃうの?…どうにかして逃げないと!)
ロゼは手足を縛っている粗縄をどうにか外せないかともがいてみた。しかしその縄はきつく縛られていて簡単には外れそうになかった。せめて腕だけでもと思い動かしてみるが、腕に傷がいくばかりでその縄はビクともしなかった。
ロゼは静かに涙をこぼした。抵抗を諦めると今までの思い出が蘇ってくる。あの静かで平穏な日々。そしてまだ悪い夢でも見ているんじゃないかと思えるようなあの惨劇。

このまま自分は誰かに売り飛ばされて一生を終えるんだ。
あのサンドイッチ…食べたかったな…。

ロゼは泣きながらそっと目を閉じた。

その時だった。
急に外が騒がしくなり、争い合う音が聞こえてきたのだ。
「お前ら、商品を取られるんじゃねえ!こいつらを追いかえせ!」
「…!」
ロゼは声を上げようと必死でもがいた。助けが来たのだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
剣を交える音、誰かの叫び声、倒れていく音。全てが一斉に耳に流れ込んできた。
「くそっ!何なんだあいつらは!子分が手足も出せやしねぇ」
そう呟きながら一人の男が戸を開けロゼの前にやってきた。それは両親を殺したあの男であった。
ロゼはその男を強く睨み返した。
「何だよ。あの連中はお前の差し金か?それとも高価に売れると思って奪いにきた連中か。どっちにしろ受け渡す気はねぇ。奪われるくらいなら親の後を追わせてやる!」
男はそう言うと持っていた大剣を振りかざした。
ロゼは一切目を逸らさなかった。それが唯一できるロゼの抵抗だった。

しかしその大剣は振り下ろされることはなかった。
「女の子に大剣とは失礼にもほどがあるな」
代わりに聞こえてきたのは青年の声だった。
青年は男に柄での一撃を加えると蹴り飛ばして床へ伏せさせた。
「アル、外は全員衛兵たちが捕獲したわ」
「了解」
アルと呼ばれた青年はロゼにゆっくり近づくと縛っていた粗縄を器用に剣で切り、さるぐつわも外してくれた。
「あ…あの…ありが…」
「無理して喋らなくていいって。怖かっただろ。もう大丈夫だから安心しろ」
ロゼは安堵に涙をこぼした。青年は何も言わず、ただ頭を撫でてくれた。

「船はあとどれくらいで港に着く?」
「まだしばらくはかかると思われます」
アルは衛兵の返答に頷くとロゼに手を差し伸べた。
「落ち着いたか?立てるなら少し外の空気でも吸いに行こう。その方がこの暗い部屋にいるよりずっといい」
ロゼは涙を拭って頷くとアルの手を取った。

外には綺麗な海が広がっていた。地平線を眺めているとさっきまでの出来事が嘘のように思えてくる。
「災難だったな。盗賊に連れ去られるなんて」
「…」
ロゼは押し黙った。アルは言ってはいけないことを言った気がしたのか慌てて話題を変えた。
「そ、それにしても綺麗な目と髪を持っているな。俺一瞬見とれちゃったよ」
ロゼはその一言に自分の髪を眺めた。

青い髪。青い瞳。このせいで両親は…。

ロゼは床に落ちていた盗賊が使っていたと思われる小刀を手に取った。

そして自らの三つ編みを切り裂いた。

「お、おま…何して…!」
アルが止めるよりも早く、ロゼの二つの三つ編みは綺麗に切り取られていた。短くなった髪が風になびく。
ロゼはその切り取った三つ編みを海へ放り投げた。
その行動にはアルだけでなく船に乗っていた全員が驚いていた。
「あーあ…綺麗な髪だったのに…。俺悪い事言っちゃったかな…」
ロゼは落ち込むアルに笑って答えた。
「ううん。これは私の覚悟。アル…さん?ありがとう私を助けてくれて」
「アルでいいよ。君、名前は?」
「ロゼです」
「そうか。ロゼ、君は強いんだな」
アルはロゼの笑顔につられて笑った。
「アルは剣士なの?」
「あー俺?俺は…そう、剣士だよ」
「そっか。優しい剣士さんなんだね」
「どうしてそう思うんだい?」
「だってあの男を倒した時も柄を使っていたし、それに他の人たちも一切殺していない」
興味本位で聞いたアルだったが、ロゼの観察力に度肝を抜かれた。あの恐怖の中、その直後もここまで冷静に状況判断ができるのかと驚いたのだ。

「もうすぐ港に着きますよー!」
衛兵の声にロゼは見えてきた港街に目を移した。よく父が買い出しをしていた市場のある街だ。
ロゼは覚悟を決めていた。この船を降りたらまっすぐ家へ向かう。両親の葬儀を行って、それから先は一人で生きていかなければならない。

もう泣かない。何があっても。

この時のロゼはこの後見ることになる現実を知る由もなかった。
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