マッシブスピリッツ

★白狐☆

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マッシブスピリッツ

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「もはやこの城には何も無い。忠実なる僕も忠義を尽くすべき主人も」


 ユルリにライトニングの言葉を理解することも受け止めることもできない。ただ、相手がどう動いて自分がどうすれば生き残れるかだけを考えていた。


「貴方では私は殺せない。ただ、私には貴方を救う手立てもない」


「救う?笑わせる。誰が救って見せろと言った!フザケルナッ!」


 ユルリにはまだこの窮地を返すことの出来る手立てを持っていた。しかし、上手くやれる自信も情報も無かった為、どうにか全てをおさめる方法を模索していた。


 ライトニングからの魔術弾の嵐を向けられながら命からがら逃げ惑う。瓦礫の多いことが幸いして逃げる場所と隠れる場所はそこかしこにあった。


「またか、逃げていては何も変わらんぞ」


 ライトニングの言う通りであるが、ユルリには前世の能力継承を受けているとはいえ、元より攻撃系統の魔術はほぼ覚えてはいなかった。


 それは、無意識的に他者を傷つけたく無いと言う深層心理に基づいた意思が存在していた為かもしれない。


 理由はどうあれユルリには相手を殺傷する手立てがなく、魔術障壁による閉じ込めも力量差がなければ出来ない為、今は手詰まりとなっていた。


 逃げるだけの戦いに勝利などない。それはユルリ自身もこの厳しい異世界の旅路において理解はしていたが、やはり攻撃に転じる事に躊躇いがないわけでもなかった。


「どうした?私はまだまだ行けるぞ!魔力切れをどちらが先に起こすかな」


 勿論、ユルリに他ならない。あえての挑発はプレッシャーを与える為に他ならなかったが、いつ魔力切れを起こしてもおかしくは無い状態のユルリだったが、表情が曇る事はなかった。


 何かがおかしい。ただやられに来ただけの獲物である。スパークが横流ししていた情報では大した力も能力も持っておらず、簡単に冒険の書を手に入れられると思っていた。


 しかし、他者に守られ運良く賢者の石を手に入れ、いつの間にか魔術を手に入れていた。未だに目の前に立っている唯一の相手がユルリである。


 ライトニングにとっては不気味な存在に映っていた。そして、実際に何度もユルリには魔力障壁により攻撃をいなされ、防がれていた。


 結果として今目の前で立ち塞がる相手はユルリに他ならない。何度目かも解らぬ程の魔弾の雨を降らし、辺りが魔弾により穴だらけの地面になっていた。


 その攻撃の中。片足を折り傘のように魔力障壁を展開させたまま、衝撃に耐え続けていた。土煙が上がり、逃げ場所を探す為に辺りを見回す。


 未だ止む事のない魔弾の嵐。止めどない攻撃は手を休めることなどなかった。瓦礫の逃げ場所は数あれど少しずつ削れていく為、留まれる場所が皆無であった。


 攻撃魔術は使えない。しかし、変幻自在に扱える魔力障壁を操作する事には長けていた為、そこにかける事にした。


「行ける!だあぁぁぁぁぁっっっ!!」


 突然、逃げの一手からの転換。振り返りざまからユルリは魔力障壁をコの字に曲げると、辺りに転がっていた瓦礫と石を掬い上げ、ライトニングに向かって打ちつけた。


 魔力ではなく実弾による攻撃。魔力障壁をライトニングも展開するが、もとより守りが得意な部類ではなかった事と、不意をついた一撃であった為にかなりの数の飛礫をライトニングに当たった。


「!、、、、、ひぐいぁぁぁあああ!!」


 顔に直撃し頭から血を流しながら倒れたが、ライトニングはすぐさま立ち上がる。ガーゴイルと融合した事で身体が肥大化していた為、飛礫が当たりやすくなってはいたが、痛みにも強くなっていた。


「許さない。絶対に消してやるぞ!!」


 まるで火に油であった。大した傷では無いはずであったが、ライトニングの自尊心を砕くには十分な役割を果たしたのである。


 これはチャンスでもあった。逆上すればまともな思考を排除してしまう。つまり、ユルリが逃げ惑うと思っているはずであり、足元をすくう大きな隙であった。


「、、、、、、、いける」


 魔力には重量の制限はない。つまり、怪力がなくとも大岩を持ち上げ運ぶことも容易いのである。あとはそれをいかに上手く運ぶかであるが、それは操作技術の問題である。


 飛礫を飛ばした魔力障壁と同じものが上空を佇んでいた。それは一度目にライトニングを転倒させた隙に上げておいたものである。影が出来ぬようにかなりの上空まで上げる事になった。


 問題は二つ。落下スピードと落下位置のズレを修正して落とさなければ、ライトニングに当てることは叶わない事。そしてもう一つは、今の魔物化の進んだライトニングがこの一撃で確実に倒せるのかが解らない事である。


 逃げ始めたユルリは、上空にある巨岩の微調整を行いながら、今までのように魔力障壁でライトニングの魔弾の攻撃を弾きながらさらに距離を取る。


 ライトニングが近づく事を諦め、魔弾に攻撃を集中させる為に立ち止まるのを狙い、逃げる素振りを続けるユルリだったが、その時はすぐにやってくる。


 ライトニングの逆上も相まって冷静な判断が出来ないまま、ユルリの予想通り立ち止まった僅かな隙を見逃さなかった。


 息をのみ、叫びたい心を押さえ込みながら魔力を解除する。ライトニングに悟られぬように意識はこちらに向けつつ、落下位置からずれぬ様に立ち回り続けた。


「まだ逃げるか見苦しい!!さっさと、、、、、、、、何だ?」


 風切音が突然鳴り響いたかと思うと、辺りを見回したライトニングだったが、すぐさまそれは間違いだと気づく。辺りが影に包まれ上空を見た時には時すでに遅かった。


「何だアレはっっっっっっっっっ!!?」


 恐怖を感じる間もなく、眼前に迫るは五階建てビルと同等の大きさの岩と瓦礫の集束物であった。それを捉えた時にはすでに地面に叩きつけられ、瓦礫は跳ね返り亀裂と破裂を告げ爆発的な轟音が響き渡った。


 瓦解する瓦礫は、辺りを土煙で覆い尽くす。視界を失い瓦礫の崩れた音が鳴り止むと、辺りに静寂が染み渡った。


 土煙が晴れると、瓦礫の山があるだけで二人の姿が消えていた。ガーゴイルを吸収し、生物らしきものがいなくなり、ただそこに崩れた瓦礫が広がるだけの視界。


ーーーーーーーしかし、静けさを破ったのはライトニングであった。


 瓦礫の中から這い出したライトニングは、腕は一本となり羽根は千切れ、頭の傷が広がった所為か出血も酷く悲壮感漂う表情のまま食いしばる様にしてようやく立ち上がった。


「、、、、、、、あの女ぁ、、、、、、許せねぇ」


 ライトニングは足を引きずりながら歩き出す。辺りは瓦礫だらけの為に歩みは遅く、まるで道に迷っているかのように辺りを見回しながら彷徨い始めた。


 気がつけば日も傾き辺りが暗くなる直前に、突然聞こえてきたのは瓦礫がほんの少し崩れる音だった。何度かそういった音が聞こえたが今回は違った。


「、、、、、、見つけたぞ」


 一見、何も無さそうな瓦礫の山に腕を入れるとユルリの足首を掴んだまま一気に引き上げた。気は失っている様であったが、かろうじて息はあった。


「や、、、、、めて」


 見ればユルリは、あの瓦礫に巻き込まれただけで無く両足を負傷し、出血が酷く意識も何とか繋ぎ止めている状態であり、立ち上がる事はおろか瓦礫から這い出る事も叶わない状態であった。


「泣きを入れるには早すぎるぞ女ぁ!!俺をここまでコケにしやがって!!楽に死ねると思うなよ」


 掴んだ足に力を込めると悲鳴が響き渡る。静かだった辺りはユルリの掠れた悲鳴だけが響いていた。そして、痛みも感じなくなり意識が途切れそうになったその時だった。


「いひゃひゃひゃ、、、、、、あれ?」


 狂った様に笑っていたライトニングは突如声を失う。いきなりの頭の痛みに手を伸ばすとこめかみに突き刺さったナイフを見つけると絶叫を吐き出す。


「アギャャアアァァァァァァあが!ぐぎぃぃぃぃ!」


 悲鳴と共に掴んでいたユルリの足を手放し地面に投げ出され、仰向けに転がったのである。そのまま咳き込むとユルリの口から血飛沫が飛んだ。


「ヒハハハハハハハ、ニセモノがぁ」


 ライトニングを刺した人物をユルリは何とか見ようと首を動かす。そのせいで鼻血が頬を伝っていったが、何が起こったのかも解らないままに、その光景を目の当たりにした。


「ライ、、、、、トニング、、、、、、、、」


 ユルリの目には刺された者と刺した者の両者共に同じ顔が映っていた。つまり目の前には二人のライトニングが争っている姿がそこにあった。


「、、、、、、お、、、、、王よ。何故」


 刺されたライトニングは見る見るうちに顔が溶けたかと思うと、中から見たこともない女性へと変貌を遂げた。しかし、刺した方のやつれた姿のライトニングは気にも留めなかった。


「偽者よ!我になり変わるとは不届千万、裏切り者には粛清を!!」


 振り下ろした錆びついた剣はバーランドの隣にあった岩に突き刺さり、ライトニングは気がふれたまま、高笑いを上げながら再びフラフラと何処かに消えた。


「い、、、嫌だ。まだ死にたく無い。あ」


 バーランドはもはや声を上げることすら叶わない体となった。小刻みに震えるだけの女性は今までの事が全て演技であったのかと思う程、小さくただ息をするだけになってしまった。


「、、、、、、、、い、今ならまだ」


 瀕死の状態であったユルリは、隠し持っていた冒険の書を何とか取り出すと、べっとりと血の手形を作りながら本を抱きしめたままで願いを込めて叫んだ。


「おね、、、、、がいします。、、、、、、この戦いで亡くなった人々を、、、、、、、生き返してください!!」


 輝き始めた冒険の書がんぼうきは世界の理すら捻じ曲げ依頼者の願いを叶える。赤い閃光がほとばしり、一瞬にして辺りを染め上げるとユルリとバーランドを残して死人たちが生き返り始めたのだった。


 光の雨が降り注ぐ。降った箇所から奇跡は始まり、傷つき負傷した傷までも癒やして復活を遂げるまるでソーマの雨である。


 次々と生き返る人々の中からユルリを呼ぶ声が聞こえてきた。何故か懐かしささえ感じたアオとナナの声を聞いてようやく安堵し、途切れ途切れであった意識はとうとう暗転を遂げた。


ーーーーーー次に目を覚ますと、見知らぬ神殿の中であった。


 真っ白な空間には装飾品もなく、広いへやの赤いカーペットの上に横たわっていた。起きあがろうとすると、全身に電気が走る様な痛みを感じた。


「ご主人様!駄目ですよまだ動いては」


 何やら聞いたことのある声が聞こえてきたかと思うと、慌てた様子でアオがユルリに駆け寄って来ていた。


「ここは何処?」


「マッシブスピリッツの内部だそうです。私にもまだよく分かってはいないんですが」


 アオは順を追って説明をしてくれた。どうやらあの後、瀕死のユルリを見つけたナナはアオとユルリの三人だけ、虎の子であった帰還のための魔石を使ってここまで運んでくれたらしい。


 あのまま、地上にいてはユルリの容体は悪くなる一方であったそうだ。しかし、此処マッシブスピリッツには大回復術ならびに復活薬までの医療品を完備していた為、意識を取り戻し起きあがらんとするまでに至ったそうだ。


「なら、ナナにお礼を言わなきゃ。何処にいるの?」


「それが、今は」


 アオの顔が曇る。ナナに何かあったのだと悟るが、アオは話しづらそうにしていた為、ユルリは押し黙っていると扉の向こうから沈黙の最中に話声が聞こえて来た。


「何故駄目なのですか!私の命の恩人でもあります。どうにかならないでしょうか?」


 ナナの声だった。しかし、焦り混じりの声色には必死さが色濃く映っていた。言い争うのではなく懇願する様な雰囲気は強く伝わって来ていた。


「いいえ。これはマッシブスピリッツの意思であり、我々神族においての決定事項である。ゆえに変更は認められない」


 もう一人の声は男の声だった。聞いた事の無い声色の男とナナが一緒に此方にやってくる音が聞こえた。


「目覚めたんですね。良かったです、上手く回復魔術が効いたようですね」


 ナナがそう言い胸を撫で下ろしている隣から、割って入る様に入って来た長髪の男の背には羽根があり、髪と同じ翡翠色した瞳で此方を見ていた。


「貴様がユルリか。話せるなら二、三質問がある」


「それより初対面の人間に対し名も名乗らないのかしら此方では」


「それは失礼。外部の者を招くのは何百年か振りなのでね。私はマッシブスピリッツの代理管理者、サハラと申します」


 意外にも丁寧な口調で答えてくれた。どうやら横柄な態度は無自覚のようで、ユルリも助けてもらった為、しぶしぶではあったが話を了承する。


「では早速だが、貴様は何故この世界にやって来た」


「、、、、、、、来たんじゃない。勝手に連れ込まれたのよ」


「連れ込まれた?一体誰に」


「これよ」


 ユルリは冒険の書を取り出した。ただ、その表紙にあったはずの赤い石を除いてはである。それを見るなりサハラは固まったままで直立し彫像にでもなったかと思うほど動かなくなった。


「これは、あの本か。いやしかし、そもそも何故異世界にコレがあったんだ」


 そんなことを知る由もなかった。ただ、偶然に手に入れた本に連れて来られた異世界で、生死の境を彷徨いながらも何とか此処まで辿り着いただけの話である。


 その後、此方に来てからの出来事を淡々と話し続けた。勿論、一周目の死に戻って来たことを省いてである。


「大体の経緯は理解した。では我らが主人の元へ案内させていただきます」


 サハラは極めて事務的な対応を行いながらユルリ達を案内してくれる。それは親族特有のものであり他意は無い対応であったが、あまり良い感じには感じない。


 効率的かつ平等の観点から能面の様に固まった無表情こそが真の平等と考えているためであったが、この時のユルリには到底理解できるものではなかった。


 移動すると聞き、一同はさっきまで居た場所が王の間だと思っていた。しかし、立派な玉座に見えた物はいわゆる応接間の様な物で実際にはただの客間に過ぎないのだとサハラから移動のおりに説明を受けた。


「此処から人で言うところの二時間程の距離となります。しばしの雑談は自由に行ってください」


 まるで引率の先生の如き定型分を紡いだサハラを先頭に、ユルリ達はこれからどうなるのか等をナナから聞けるだけ聞くことになった。


 マッシブスピリッツ内は神族の聖域であり、仮に辿り着けたとしても入り口はなく、中に入るにはナナの様に転移するほか内部に入ることが出来ないらしい。


 また、ユルリを助けた薬及び大回復魔術は秘術と呼ばれ此処でしか出来なかったらしく、口外はしてはいけないとの事だった。


 雑談も交えつつ、気がつけば目的地の場所までやって来た。サハラの言った通り先ほどとは比べ物にならない巨大で煌びやかな装飾の施された金色の扉が聳えていた。


「ご主人様、これ売って金持ちになれますよ」


「そもそも、どうやって持って帰るのよ」


「恥ずかしいからやめて下さい。マッシブスピリッツのあるじの前なのに」


 いつものやりとりはそこで途絶えた。まるでラジオのスイッチを切ったかの様に無音へと変わる世界は、緊張と全身を駆け巡る痺れによって三人の口を閉ざさざるをえなくしていた。


「では、扉を開きますね」


 門よりも巨大な扉はサハラの魔術によって最も簡単に開けられる事となった。強化魔術の類か重力魔術の類かは分からなかったが、三人には理解すら出来ないほどのレベル差である事だけは理解できていた。


 まるで風にでも押し出されるかの様に、物音一つ立てずに開いた巨大な扉の先には、天窓から差す月光の様に中央部の祭壇にそびえていた白いピラミッドの様な物を照らしていた。


「あそこに行くの?まぁ行けばわかるか」


 ユルリの独り言に誰も反応しないでいた。いや、正確には反応が出来ないでいたと表現する方が正しいかもしれない。


 ユルリ以外の二人には、それが何なのかを理解し圧倒されていた。ナナでさえ実際に会うのは初めてで、どの様な方か聞いてはいたが想像以上の出来事に面食らってしまったのだった。


 突然、白いピラミッドが動き出したかと思うと、ゴムの様にぐにゃりと曲がった様に見え、やがてウロコが現れると巨大な蛇へと変貌を遂げたのだった。


「目覚められた。神は慈悲深い為、我々に見える様に現身して下さっている」


 どうやら本体では無いが、見えてわかる様にしてくれているらしい。物音一つ建てずに建物の中を動き回りながらユルリ達の眼前へとやって来たのだった。


 まるで巨岩が眼前まで音も立てずに迫る様な恐怖を感じながら、尻餅をつくことなく何とか堪えた三人は、とってつけた様な笑顔を顔に張り付けていた。


「は、初めまして藤吉ユルリと申します」


 人間の性が出まくりだったが、他に誤魔化しもできる様な経験値は持ち合わせてはいなかった為、とにかく挨拶だけはしようと腹を括った結果でもあった。


 まるで品定めでもされているかの様にユルリを見回った巨大な蛇は、ゆっくりと離れたかと思うと目の前で発光しながら収縮を始めた。


 一瞬の出来事だった。巨大な蛇は人型に変わり光が消えて、人としてはいささか大柄ではあったが、六枚の翼を持った人の形へと変貌を遂げたのだった。


「我にはまだ名はない。人の子よ、よく此処まで辿り着いた。しかしながら、我々の規則に乗っ取り今から話す二つの処遇しか与えられぬ」


 いきなりの不躾加減であったが、神であれば仕方のない事なのかもしれない。気にはしていなかったが、気になる言葉はあった。


「あの、二つの処遇とは?それに規則の方も」


「一つは我々の法に乗っ取り、この場つまりは聖域への侵入および世界改変の議についての処罰を考えなければならない」


 どうやら、ユルリはこの場所では犯罪者の様に扱われる他ないと言ってきた。ならばと、もう一つの処遇をきいてみる


「もう一つは、貴様をこの世界から追放する。つまりは、元の世界に戻って貰おう」


「そんな事は!、、、、、、、、」


 名もなき神の言葉を遮ったのはアオであった。突然の提案であったが、まさか別れを言い渡されるとは思ってもいなかった様で、青ざめたまま固まっていた。


「まだ、どうするか決められない。少し時間を貰えないでしょうか?」


 ユルリにとって最善手が二択しか無いなどありえない。だが、すぐさま答えを見つけるにはあまりにも急な話であった。


「ならば、この砂が落ち切るまでに決めるが良い」


 ユルリの身長ほどもある巨大な砂時計を運んでくると、名もなき神は霧がかった様になり姿が消えてしまった。


 ユルリ達は話し合った。ユルリ自身は現実世界に興味はもう無かったが、この世界でも生きられないのであれば帰ることも仕方ないと考えていた。


 アオは主人を失い、折角新しい主人となったユルリとは離れたく無いとベソをかきながらも二人に告げた。


 ナナは此処の決まりに従うのは当然であるとは言ってはみたものの、此処での理不尽な事象に懐疑的な意識を持っていることを打ち明けたのだった。


「しかし、人々を冒険の書で生き返し被害を最小限としたのに追放か極刑なんて」


 ナナはやはり気に食わないのか、同族でありながらあまり賛同してはいない様に見えた。その時、アオが閃いた様に言う。


「だったら、魔族に頼みましょう。ご主人様には友好的ですし賢者の石までくれる程ですから」


「ごめん、多分此処からじゃ何も出来ない。マッシブスピリッツは異界にも近いけど、神界にも最も近い場所だから」


 ナナが答えると、しばらく考え込んでいたユルリは二人に自分の思いを話し始めた。


「私は二人が無事ならそれで良い。だって私がどっちの刑に処されても、二人にはまだこの世界の続きを生きていかなければならないでしょ」


「でも、離れたくはありません。やっぱり此処から逃げるしか無いと思います」


「無理だって!そんな事すれば、どのみちこの世界では生きていけなくなるわよ!」


 アオとナナは対立してはいたが、ユルリをどうにか助けたいという気持ちが変わらなかった。ゆえに対立はすれど喧嘩には至らないでいた。


 時間だけが過ぎ去り、約束の時間が迫ってはいたが答えの出ない話し合いは続いてはいたが、砂時計が落ち切る直前には三人は誰も口を開かなくなっていた。


 落ち切りそうな砂時計を見ながら、ユルリだけが立ち上がると二人に語りかけた。


「私の人生だから、自分で決めていいかな」


 二人はその言葉を聞くと、ただ頷く事しかできなかった。どんな結果であろうとユルリの決めた道を見守るしかないのだと、二人は覚悟を決めていた。


 砂時計が弾ける様に消えると、再び名もなき神は陽炎から現れたかのように、揺らぎから現れた。


「では、どうするか聞かせてもらおうか」


「私は、、、、、、、、」
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