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借金六万五千ウロドですが何か?

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「あの!その姿も素敵だと思います」


 突然のギルド受付嬢からの告白。しかし、ジルにとってはそれも、まるで〝お宅のわんちゃん可愛いですね〝と言われている様なものにしか聞こえなかった。


 ジルは今、人間の姿になっていた。短くなった銀髪には、切れ長の瞳とシャープで中性的な顔立ちがあり、見る者を男女問わずに立ち止まらせる程の美形であり魔性を帯びている様であった。


 唯一、残念な点があるとすれば獣人の宿命である猫耳ならぬ狼耳と尻尾がある事だけで、他の部分は毛が抜け落ち人の形をなしていた。


「ありがとうございます。魔力が無くなるとこうなるらしいので」


 端的に答えると、いつもの様に採取クエストを受けてギルドを出る。この体の変化はジークに書簡で聞き、珍しい症例ではあったが多分間違いないだろうと返ってきた。


 ギルドを出るとボークのみならず、カラットも立ち塞がっていた。特にカラットはこの姿になってからは四六時中離れようとしない始末である。


「あの、クエストしごとに行くので着いてこないで頂けると助かるのですが」


「いーや!」


 何度もこのやり取りを繰り返しては、半ば仕方なくクエストに着いてくるのが、今の日常になりつつあった。


 カラットが外に出て動き回れる様になったことは喜ばしい事であったが正直、迷惑な一面があった為に手放しでは喜べなかった。


「お嬢もこう言ってますし」


 ボークはジルだけでなく、何故かカラットの舎弟がすでに板についていた。どうやら、カラットがいた方がジルか逃げにくいと理解しての行動であるようだ。


 ちなみに、ボークは猫耳禁止令が出された為、今はウサ耳をつけて玉の様な尻尾を装備していた。見るからに危ない奴である。


「わかった。今日もボークが面倒みろよ」


 渋々ではあったが、いつもの様に採取クエストを受け三人で街の外にでるのであった。天候にも恵まれ、採取クエストにはもってこいの日であった。


 あの日から飛竜はやって来ていない。街の周りには聖水が撒かれ魔物を遠ざけるのが一般的であったが、範囲を広げ今は採取クエスト周辺まで散布されている為、今はかなり安全な場所となっていた。


「で、お前もついてくるわけか」


 カラットのふわふわした玉のような帽子に話しかけたジルだった。しかし、帽子からは大きな目が二つ開くと〝ぴぃ〝と元気よく鳴く鳥らしき生き物が返事をした。


 卵から生まれた玉の様な生き物は、カラットの頭の上がお気に入りの様で、普段からカラットにだけ何故か懐いていた。


 全員で結局採取クエストに向かう事になったが何度かすでに経験していた為、ジルももはや何も言わなかった。


 特にカラットは、あの飛竜が強襲して来た日から人が変わったように外交的になり、性格まで明るくなっていた。


「勿論だよね、ロクちゃん」


 カラットの頭の上にいる珍獣はロクと名付けられ、今やこのパーティのマスコットとなりつつあり、街に戻れば寄せ集めバラエティパーティと呼ばれる程に知名度はあった。


 飛竜襲来の折からカラット達がついてくるに至るまで、あの街での知名度は鰻上りであり有名人になりつつあった。故に下手な輩は絡んで来なくなり、何かあっても〝あのパーティだから〝と言う何故か黙認の対象ともなっていた。


 周りの環境の変化と共に、カラットの容態が良くなってきた為、居心地の良い場所へと変わっていた。


 採取クエストを手短に終わらせる。必要最低限の分を採取すると、手を振り帰る合図を皆に送る。いつもであれば他の素材を探しに行くところであったが、最近はカラットがいる為すぐに街に引き返すのも常となっていた。


「ねぇジル?何でもっと銀色ヨモギ採らなかったの?」


「これだけ有れば十分な量だよ。いつも通りの100ウロド分だ」


「だって、沢山生えてるから全部取っちゃえば良いのに。ロクちゃん入れて四人で探せば倍はすぐ採れるのに」


「沢山採ったら明日の分も減るし、他の駆け出し冒険者達の分もなくなるだろ?」


「すぐ生えると思うけど」


「かもね。別に生活出来れば取り敢えずは良いんだよ」


「兄貴の言うとおりっす。流石です」


 そんな会話をしながら昼を過ぎた頃にギルドに戻っていた。報酬を貰い三人でギルド内に併設されている酒場に向かい席についた。


「昼だからビールは無いよ」


「わかってるよ。毎日言わなくても」


 着席をするなり、カウンターからどっしりとした体格の女性がやって来ると、いつものやり取りと共に注文をとってくれた。


 山のように並ぶ食事に会話など不要と食らいついた三人と一匹は、労働の後の空腹を満たすために一心不乱に出てきた食事を片付けた。


 毎度の事であり周りの冒険者達も同じようなものであった為、いわゆる作法に近い慣わしでもあった。


「よう、有名人さん。実は折いって話があるんだが」


 食事が終わるのを見計らっていたかの様に現れた女性冒険者は、双剣を腰にぶら下げながら石楠花色した長い髪を揺らしながら三人の目の前にやってきた。


「えっ?嫌です」


「そうか、やってくれるか。流石はこの辺りでは右に出る者無しと言われた、、、、、、、え?」


「だから、嫌です」


「え?」


「え?」


「ええっ!断るの!此処は引き受けてくれる流れでしょ!」


「だって面倒そうだし」


 ジルの一言を聞いて、女性冒険者は振り返り話が違うとジェスチャーで受付嬢に伝えているのが見えた。どうやら二人はグルらしい。


 何となく不憫に思えた為、しかたなく話しだけは聞いてあげようかと思い、椅子に座らせると飲み物だけ注文した。
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