ショートショート集

そらうみ

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とある番の勘違い(独自オメガバース設定)

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「君は俺の…運命の番だ!」
「え?違いますよ?」

 俺の即答を聞き、相手が黙り込んだ。
 黙り込んだと言うより、固まっていると言った方が良いかもしれない。会話よりも沈黙が長くなってきているが…もう帰っても良いのだろうか?
 俺は今、目の前に居る人物に呼び出されて校舎裏に来ていたのだが…よし、もう帰ろう。
 俺が戻ろうとすると、慌てて相手が話し始める。

「ちょ、ちょっと待って。いや、君、オメガでしょ?俺と初めて会った時、何にも感じなかった?」
「何も感じてませんし、どこでお会いしたかも覚えていません」
「…」

 相手が再び黙り込む。相手はとても衝撃を受けたような表情をしている。

「えっ?だって会った時のあの感じは…本当に何ともない?」

 しつこいなーと思いながらも、俺は改めて真っ直ぐ相手を見てはっきりと言った。

「あなたとお会いした時、何も感じませんでした。今だって何も感じていませんし、何も思いません。では、失礼します」

 俺はそう言って、呆然と立つ相手を残し、その場を去っていった。



 運命の番は特別だ。本能的に相手が分かるようになっているらしい。それはどうしても抗えないし、本人の気持ち以上に、本能が相手を求めてしまうそうだ。
 だから、俺は運命の相手が現れたのなら、素直に認めて受け入れようと思っている。けれど…先ほどのように、俺を運命の番と勘違いする人が現れるとは思わなかった。
 
 俺を呼び出したのは、ひとつ学年が上の2年の先輩で、確か名前は…田嶋だったかな?
 田嶋先輩言わく、数日前、廊下で俺とすれ違った時にビビビと来たそうで…対して俺は、本当に全く先輩と会った記憶がない。
 入学したばかりで、新しい環境に慣れていないこのメンタルデリケートな時期に、あの先輩は何というストレスを与えてくれたんだ…。
 今も俺の教室では、俺が先輩に呼び出されていたのがバレていて、みんなが遠巻きに俺の様子をうかがっている。けれど、まだいきなり声をかけて話を聞くほど仲が良い訳でもないので…まるで動物園にいる動物のような俺。

「さっき先輩に呼び出されてたんだって?大丈夫だったのか?」

 俺に声をかけてくれたのは、前の席の三河君。じっと静観されるより、誰かが聞いてくれた方が有難い。

「そうなんだ。でも、ちょっとした先輩の勘違いだったみたいで、特に何も無く戻って来れた」
「そうなんだ…まあ何もなくて良かった」
「気にかけてくれてありがとう。それより、次の授業の宿題なんだけど…」

 俺はすでに終わった事だと気にせず、会話を聞いていたクラスのみんなも興味が無くなった様で、いつもの日常に戻り始めていた。



「有村君、居る?」

 次の日、教室にやって来た田嶋先輩の登場により、クラスの時間が一瞬にして止まる。もちろん俺も固まっていた。
 下の学年のクラスまでやって来るなんて…どういう神経しているんだ?
 このままではマズいと思い、俺は先輩のそばに行く。

「何の用ですか?」
「いや、昨日の話の続きをと思って、だって君さーーー」
「ストップ…場所を変えましょう」

 教室の前で話し続けようとする先輩を止め、俺は再び先輩と校舎裏に移動した。



「田嶋先輩、昨日もお話ししましたが、俺は貴方の運命の番じゃないです」
「あ、俺の名前覚えてくれてたんだ。嬉しいなー」

 ニコニコ笑っている先輩。俺の話を聞いてない。

「先輩…何故教室に来たんですか?」
「え?だって連絡先知らないし、なかなか会えそうにないから、会いに来た」
「…迷惑なんですけれど」
「あー別の学年まで行ったら目立つよな?ごめんごめん。それも含めて、今日は連絡先を聞こうと思って」
「どうして俺が先輩と連絡先を交換しなくちゃいけないんですか?」
「え?教室まで会いに行った方が良い?」
「…これって脅しですか?」

 田嶋先輩は嬉しそうに携帯を取り出す。
 本当に会話の出来ない人だな!
 ここで連絡先を交換しないと再び先輩が教室にやって来るかもしれないし、これ以上目立つことをされては困る。
 俺はしぶしぶポケットから携帯を取り出し、田嶋先輩と連絡先を交換した。



 次の日から、先輩から連絡が…来ない。
 いや別に良いんだけれど?あんなに強引に連絡先を聞いて、全くの連絡無しとは思わなかった。連絡先を手に入れたら満足なのか?それが目的だったのか?
 まぁ俺としてはーーー全く問題が無く本当にありがたい。
 俺は今度こそ何事もなかったかのように、普段の日常生活に戻ろうとした。
 


 すると数日経ったのある放課後、田嶋先輩が現れた。校舎の入り口で。そして俺を見つけると、凄く嬉しそうに笑っていた。
 近づいてくる先輩。顔がひきつる俺。

「良かった会えて。久しぶりだな」
「…先輩、俺の事待ってました?」
「待ってた待ってた。この後暇?一緒に帰ろう」
「連絡先を交換した意味は?」
「久々だったからさ、直接話したくて。もしここで会えなかったら連絡する気だった」
 
 俺は何と言って良いのか分からなくなっていた。ここで、何故久々に接触を試みたのかと聞いたら負けな気がする。それにしても…本当にこの人とどう付き合っていけば良いのか分からない。
 すると先輩の後ろを、前の席の三河君が通る。俺に気を使って、視線を合わさないようにしてくれている不自然さが出ていた。その場にいる他の人も、視線を合わせていないのに、俺たちの事を注視しているのが分かった。

「先輩、とにかく移動しましょう」
「うん、一緒に帰ろうか」
 
 あー…ほんとこの人と、どうやって付き合っていこう。



 それから田嶋先輩とは、互いの時間が合った放課後、一緒に帰るか帰らないのかの付き合いとなり、それ以外に会う事はなかった。元々学年も違うし、校内では先輩の事をたまに見かけるだけだ。
 そして一緒に帰ると行っても、お互い乗り換えがある途中の駅までだし、会話の内容も勉強の事とか、最近見たテレビの事などだ。
 何だか…先輩がたまに会う、親戚のお兄ちゃん的な存在に思えてきたぞ。
 今も、先輩と一緒にいても全く何も感じる事なく、たまに一緒に帰るだけで、それ以外の時には、俺は先輩の事を考えることもなかった。



 そんな感じで、先輩との付き合いが続いたある日の通学時。
 朝の通学電車のダイヤが乱れ、いつもの車内がとてつもなく混雑していた。仕方が無いので、俺も満員電車に乗り込んでいたが…ふっとある匂いがした。

 ーーーこれ、アルファの匂いだ…。

 俺は咄嗟に気分が悪くなる。
 俺はアルファの匂いに敏感らしく、アルファの人が近くにいたら大体分かる。そしてアルファの状態によるのだろうが、匂いがきつく感じる時があり、俺はそれがとても辛い。
 他のオメガはどうか知らないが、俺はアルファが近くにいていい思いをした事がない。
 きっと運命の番ならこんな事は無いはずなんだーーーその時、ふと田嶋先輩が脳裏に浮かび、あの人の無害さを有り難く感じた。
 一緒にいても全く何も感じないあの安定感。最近では先輩がアルファなのを忘れてたくらいだ。
 すると電車が揺れ、現実に引き戻される。電車が揺れた事で人の圧迫が強くなり苦しくなる。それに、先ほどからのアルファの匂いが、さらに強く漂ってきた。
 吐きそうなのを必死で堪えながら、俺は慌てて次の駅で降りる事になってしまった。



 学校に着いても体調が優れず、俺は保健室に行き休ませてもらっていた。

「有村君、アルファの匂いが辛いのは大変ね。学校では大丈夫なの?」
 
 保険の先生は俺がオメガなのを知っているし、体調が悪い原因も話していた。

「はい、普段はあんまりアルファに近づかないようにしています。今朝はどうしようもなかったので…学校でもアルファが近くにいる事はないですし」
「そう…でもいつかアルファの人と番になれたら良いわね。症状も軽くなるはずだから」
「こんなにアルファに敏感なら、相性の良い人はすぐに分かると思っているのでーーーいつか出会えたら良いなとは思います」
「そうね、相性の良いアルファとオメガはすぐに分かるみたいなのよね。素敵な人と出会えることを祈ってるわ」

 保健の先生と話していると、いきなり保健室の扉が開いた。

「有村君大丈夫!?」
「あら~?急患かしら~?入室禁止の掛札を見ていなかったのかしら~?」

  保健の先生が素早くドアの前へ向かい、田嶋先輩が部屋に入れない様に立ち塞がった。

「えっ、あっ、すみません…。えっと、有村君が保健室に向かったって聞いて…」
「そうなの、体調が悪くてね。だから面会は駄目なのよ。早く教室に戻りなさい」

 先生は田嶋先輩がアルファだと知っているようで、俺の為に追い返そうとしているようだ。
 俺は先輩に向かって声を掛けた。

「田嶋先輩、俺ならもうだいぶ落ち着いています。もう少し休んだら教室に戻ります」
「そう、なのか…。じゃあまた、連絡する…」

「失礼しました」と声が聞こえて、そのまま先輩は帰って行った。
 先生が俺の所に戻ってきて、様子を伺う。

「だいぶ調子が戻ってきたのね?」
「はい、もう少ししたら教室に戻ります」

 俺は先生の視線を感じながら、ゆっくり目を閉じた。



 後日。
 俺は体調も回復し、普段通りの生活を送っていた。
 保健室で休んだ日から、特に先輩から連絡が来ることもなく…本当に無かったな…するって言ってたよな?別に本当に良いんだけれど…。

 廊下で足を止め、ふと窓の外を眺めると、偶然外に田嶋先輩が歩いているのが見えた。
 じっと見ていると、先輩もこちらに気付いた様でこちらを見て…慌てて目を逸らしてきた…逸らしてきた!?
 そして先輩は急に早足で立ち去って行った。

 ????
 訳が分からん。俺…避けられたのか?
 俺は思わず携帯を取り、先輩にメッセージを送ろうとして…何て送れば良いのか分からなくなり、再びポケットの中へとしまった。
 先輩が俺の事を避けたからって、全く問題が無さすぎてーーーむしろ問題が無くなった。
 なんだか腑に落ちないが、まあいっか、と思いながら教室へと戻っていった。



「え!?そこは逆に気になるところでは???」

 三河君が、俺と先輩の近況を聞いてきたので、正直に答えると何故か驚かれた。

「俺に興味を無くした事が?どうして俺に興味を無くしたんですか?って聞くの?」
「え、だって…そこは有村君が、先輩を無自覚で意識していたと気付くところでは?」
「え?俺、先輩のこと全く意識してなかったんだけれど?何なら、先輩がアルファだって事を忘れていたくらいで…」
「え?有村君、アルファの人とすれ違うだけでも辛そうなのに?」
「…バレてた?」
「あからさまでは無いけれど、ちょっと距離を取ろうとしてるなとは…」
「あーうん、そう。まあでも、田嶋先輩は本当に全くただの先輩であって、それ以上でもそれ以下でもなかったわ」
「ふーん…でもそれって、逆に先輩が特別なのでは?」
「え?」
「無害なんだろ?」
「うん。何も感じないから…」
「だから、アルファが近くにいるだけで駄目なのに、先輩は大丈夫なんだろ?それは先輩が特別だからでは?
 特別だから特別じゃなくて…あれ?分からなくなってきたぞ?」
「…」

 俺はその瞬間、言葉を失った。
 そうだ、運命のアルファがいるのなら、きっと出会ったら分かるものだと思っていた。
 何かは分からないが、静電気みたいな何かを感じるのだと思っていた。決して気持ちが悪くなるとかでは無くて…。
 そう、俺は元々アルファがダメなんだ。匂いが強すぎて、とても一緒には居られない。けれど田嶋先輩には何にも感じなくて…それって…それが特別な事だったんだ。
 何とまあ…分かりにくい!!!

 俺は勢いよく立ち上がり、教室を飛び出して行った。

「え?どうした有村君!?トイレ!?」

 三河君には後で説明すると思いながら、とにかく俺は先輩に会いたくて、急いで駆け出していった。



 そして今、俺は校舎裏に田嶋先輩と2人で居る。
 先輩を呼び出したのは俺で、先輩は何だか気まずそうな様子だった。
 俺はそんな先輩をまっすぐに見つめて話し始める。

「先輩は俺の、運命の番でした」
「…えっ!?そうなの?」

 …あれ?

「あれ?先輩俺に、運命の番だって言ってませんでしたか?えっ…あれは嘘?」
「いや、思ってる!今でも思っているけれど…だって有村君、全く俺に興味も何の反応も示さなかったよね!?」
「はい、だって何の興味も反応もなかったからです」
「ーーーうん。だから、俺は君が運命の番だって確信してたんだけれど、ちょっと自信が揺らいで…。それに有村君は本当にアルファが苦手なんだろ?この前体調崩した理由を聞いたから、ひょっとしたら、俺と一緒にいて辛い時があったんじゃないかなって、思ってしまって…」

 視線を落とす先輩。どうやら先輩が俺の事を避けていたのは、俺の体調を気遣ってのことだったようだ。

「田嶋先輩、俺は先輩といて全く何も感じないんです。体調が悪くなった事なんてないし、先輩がアルファだって事を忘れる時だってあったほどです」
「それは良かった…のか?」

 何とも微妙な表情をしている先輩。俺は先輩に構わず話し続ける。

「俺にとって、アルファはそばにいるだけで辛い存在なんです。今まで出会ってきたアルファ全てがそうでした。 けれど…先輩は違うんです。そばにいる事が出来るんです。
 俺、運命の番になる特別なアルファって、出会ったら分かりやすい反応があるのかなって思っていたんですけれど、俺の場合は何もない、無害な先輩が唯一特別なアルファなんです。
 だから…俺にとって田嶋先輩が、運命の番なんだと思います」

 俺の言葉を聞いて、先輩の表情が真剣になっていった。そして、何も言わずゆっくりと俺に近づいてくる。
 俺の目の前に立った先輩は、俺の肩に手を置いて、ゆっくりと顔を近づけてきた。
 
 そして、俺はーーー。

 素早く両手で、接近してきた先輩の口を押さえる。

 しばらくどちらも動かなかったが、先輩の口が、俺の手のひらの中でモゴモゴし始めた。
 俺はくすぐったくなり、両手を離した。先輩も俺の肩に置いた手を下ろして、俺と向き合う。

「…有村君、俺たちは運命の番なんだろ?今、俺の口を塞いだのは…照れたりとかじゃ無いよね?君、今ものすごく真顔だね?」
「はい、照れていませんね」
「…どうして止められたのかな?」
「え?だって言ってるじゃないですか。俺、先輩と一緒にいて気持ち悪くないけれど、ただそれだけなんです」
「…ちょっと待って。運命の番は…君にとってどういう解釈?」
「一緒にいても気持ち悪くならないアルファであって、今はそれ以上は無いですね」
「俺の事…好きじゃないの?」
「え?俺、先輩の事好きになってませんよ?」
「…ちょっと待って泣きそう」

 先輩はその場にしゃがみ込み、頭を下げた。
 俺は年上を泣かしてしまったのかと思い、先輩の前にしゃがみ込んで肩に手を置いた。

「先輩、俺にとって先輩は…俺に運命の番がいるなら先輩だろうなっていう存在なんです。
 それはほぼ間違いないと思うんですけれど…でもまだ好きとかでは無いんですよね。でもおそらく、運命の番になる人なら…好きになるんだろうなって思っています」
「…別に嫌われてもないけれど…スタートラインって事なんだね」
 下を向いたまま先輩が答える。
「そうですね。失礼ですけれど、他のアルファがマイナスなら、先輩は…ゼロですね」
「ゼロ…そっか、ゼロか…」
「はい。先輩が俺の事を気遣ってくれていたのが分かって、ちょっとプラスになって、先ほど先輩に迫られて…プラスマイナスゼロになりました」
「プラスマイナスのゼロなんだね…」
 
 すると、先輩の肩に置いていた手から微かな振動を感じた。
 顔を上げた先輩が、笑っている。

「…っ、うん…これから改めてよろしく。運命の番に好かれるよう頑張ろっと」

 そう言って先輩はゆっくりと立ち上がり、しゃがんだままの俺に手を差し伸べた。
 俺は先輩が差し出した手を取って立ち上がる。

「久々に一緒に帰ろっか。そして今日は…この前の快気祝いという事で、アイスを奢ってあげよう」
「先輩…プラスになりました」
「え?アイスで?」

 先輩が再び笑った。

 俺はそんな先輩の笑った顔を見ながらーーーもう少しプラスを足しておいた。
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