妖精の橋

そらうみ

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後編

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妖精の国へは、2重の虹が掛かるタイミングでないと入る事が出来ない。
一方、この国で生まれ育った者が、無理に国の境目を越えようとすると・・・消滅してしまうのだ。
本当に跡形もなく消えて無くなる。そして、他人の記憶からも消えてしまうのだ。
導く人に選ばれると、国の外へ出ても存在が消えることはないが、国内の者はみんな、国外に出た者の記憶を一切無くしてしまうのだ。
祖先は国に魔法をかける時、無理に国境を越えると、消滅すると言い残していた。“導く人”にことが、国を出る条件なのだ。
だから、この国の者たちは、自分は誰の記憶にも残らないかもしれないと、どこか頭の片隅で考えながら生きている。
実際、国の外に行くには“導く人”に選ばれないといけないので、その可能性は低い。けれど、皆この国で生まれたものとして、もしかしたら、国の外に出なければいけない時が来るかもしれない。そして誰の記憶にも残らないかもしれないと思っている。だから何か自分の証を残そうと、それぞれが自分の得意な事や、好きな事をするようになった。

そして俺にとってそれは、農作業だった。
家族はきっと、俺が作った芋や他の作物の味を忘れないだろう。
ふとした時に食べた作物の味を思い出し、その作物を作った者が国の外へ出たのだと思うのかもしれない。
実際、国では誰が作ったか分からない、けれども皆の心に残るものがたくさんある。
俺たちはそれを大切にして、それらを残してくれたものが無事に外の世界へと出たと祈るのだ。

そして今俺は思っていた。俺はきっと・・・国の境目で消滅してしまうだろう。
王子は俺を求めていない。王子の立場を思えば、王子にとって俺の存在は意味があるかも知れないが、王子自身が俺の事を愛していないんだ。
ちなみに俺も、今の段階で王子を愛しているかと言われれば、全く何も思っていない。
けれど無事に国境を越えるには、愛されている事が条件だ。俺はきっと消滅して、誰の記憶にも残らないだろう。
この国へ入る時にその者の素質を確かめて、国の外へ出る時には連れて行く者への愛を試される。
城を出た時から覚悟はしていた。家族は俺が城を出ることはないと思っていたに違いない。俺の存在が消えてなくなるかもしれない。けれど、“導く人”に選ばれてしまったら、どうする事もできない。せめて最後は・・・明るく見送ろうとしてくれたのだろう・・・。
母上も、俺が作った芋の味は忘れないと言ってくれた。うん。きっと俺の事を忘れても、美味しい芋を食べて、何かを感じる事があるかもしれない。
もし、俺が選ばれていなければ・・・もし俺じゃなくて姉上が選ばれていたら・・・歌の上手い姉上を王子が気に入ったなら、少しは可能性があったかもしれない。作物を作る俺と、歌の上手い姉上・・・うん・・・姉上だな。
それでも、条件を知らなかった王子が、姉上を国境に着くまでに愛したかは分からない。だとすれば、姉上が消えるよりも、俺が選ばれて良かったのかもしれない。

「どうした?先ほどから黙り込んで」
ずっと考え事をしていた俺は、王子の声で我に帰る。
王子は・・・俺が消えてしまうと知れば、どうするのだろうか?
この王子は責任を感じるだろうか?後味の悪い思いはするかもしれない。
この王子は妖精の力を目当てにしている訳でもなく、国の為に自分の力で働こうとしている訳だし、悪い奴だとは思わない。
うん、俺の事で気に病まれるのは嫌だ。国に戻っても、国民のために頑張るようだし。
俺は、何でもありませんと答え、再び王子の後ろに付いて歩き出した。

しばらくして、国の境目が見えてきた。
森を抜けた道の先に、小さな橋が見える。間違いない、あの橋が国の境だ。
俺たちは森を抜け、橋の前に着くと、俺はそこで立ち止まり、先に橋を渡り始めた王子に後ろから声をかける。
「王子、俺やっぱり国を出ていく事は出来ません」
「どうした?急に」
王子が橋の途中で立ち止まり、後ろを振り返る。
「実を言うと・・・俺たちは、愛する者としか国を出られないのです」
「愛する・・・者?」
「祖先の魔法です。もし愛のない者と国を出ようとすると、俺たちは消滅してしまうのです」
「愛してるなど・・・どうやって判断出来るのだ?」
「正直俺もよく分かりません。とにかく、妖精の俺たちは愛されていないと、国から連れ出されないようになっているのです。王子は俺の事、愛していませんよね?」
「愛してるとは・・・言えないな。逆にこの短期間で愛し合うことなど・・・あるのか?」
「好きになりそうな可能性でも良かったのかも知れませんね。姉上なら可能性があったかもしれないけれど・・・どうしてみんな俺が選ばれたのを止めてくれなかったんだ・・・いや、王子が選んだら止められないのか・・・あー王子がもう少し事情を知ってくれていたらなぁー」
「その・・・すまなかった・・・」
「あ、いえ。とにかく俺はこのまま国へ戻ります。お役に立てず申し訳ありませんでした」
「いや・・・私も、ただ最初に見た君を選んだだけだ。それだけなのに、君に命をかけてくれとは言えない。妖精を連れて帰らなくても、何とかなるだろう。元々ダメ元だったんだ」
「そう言ってくださると助かります。では王子、貴方の国が良くなる事を祈っています」
「あぁ、ありがとう。君も気を付けて」
そう言って俺は王子を見送る。王子は一度振り返り、俺に声をかける。
「昔・・・母上が亡くなる前だが・・・その時母上は、いつもの様に穏やかな表情で俺に大丈夫だと言っていた。本当は、周りの者たちに殺されてしまうことを知っていたのに・・・けれど、最後まで・・・私にはいつものように接してくれていた。母上の最後の姿は、いつもの優しい表情だった・・・。
何故か今の君は、その時の母上と似ている気がする・・・君は無事、ここから帰れるんだろうな?」
「帰れますよ。王子が俺の事を好きなのか、国の境ギリギリまで来て確かめたかっただけです。まあ全然愛されていないのは分かっていましたけれどね」
「私はずっと、母上を守れなかった非力な自分を・・・今も非力な自分を責めている・・・君には関係のない事だな。余計な事を言った。では君も、元気で」
そう言って、王子は再び歩き出す。振り返る事なく、橋を歩き続ける。

王子は勘がいい。導く人に選ばれた者は、導く人の側にいなくてはいけない・・・離れる事も、消滅を意味するのだ。だから俺はこのままだと、国境を越えなくても、消えてしまう・・・。
全く、祖先はなんて魔法をかけたんだ。俺は泣きそうになるのを必死に堪えて、王子と反対方向へ歩き出す。どのタイミングで消滅するか分からないが、王子から少しでも離れ、国へ帰るように見せないといけない。もう王子が振り返ることは無いだろうけれど・・・。
本当は、外の国を見てみたかった。俺の国の者たちは皆夢見ている事だ。愛される者に連れられて、外の世界へ行く事が出来れば・・・それはきっと、とても素晴らしい事なのだろう。
生まれ育った国も好きだけれど、きっと俺たちは本能的に、“導く人”が現れるのを待っているのだ。
けれど・・・俺はもうここで終わるんだ。跡形もなく、誰の記憶に残る事もなく・・・。
本当に、アルト王子はどうして俺を選んだのだろう。姉上が消えてしまうよりはずっと良かったけれど、それでもやっぱり・・・。
俺はその時を今か今かと考えては怯え、手や足が震えているのに気づく。でも歩みを止めることは出来ない。王子に気づかれないよう、俺は・・・このまま・・・。

一歩一歩と震える足を懸命に動かし、ゆっくりと国境の橋から離れ・・・そして・・・森の入り口の手前で・・・次の一歩が止まってしまった。

初めは消える恐怖で、歩みが止まったのかと思った。けれど・・・本当に足が動かないのだ。何か見えない壁にぶつかっている気がする・・・手を出してみると・・・やはり、何か見えない壁が邪魔をしていた。ちょうど森へ入る道の入り口に、見えない壁がある!
え?これって・・・ひょっとして・・・。
すると、何だか呼吸が苦しくなり、力が入らなくなってきた。これは、もしかすると・・・。
俺は振り返り、王子が歩いて行った方へ駆けて行く。
走れば走るほど、王子に近づけば近づくほど、足取りが軽くなり、体に力が戻ってくる。やはりこれは・・・間違いない!
確信した俺は、そのまま思い切って橋を渡り始めた。俺は一度立ち止まり、自分の姿を確認する。そしてそのまま再び駆け出す。速度を落とさず、そしてそのまま立ち止まる事なく、最後まで橋を渡り切った。渡り切ることが、出来た!
俺は思わず笑いながら、そのまま王子の元へと駆けて行く。

「王子、待ってください!」
すると、先を歩いていた王子が振り返り、驚いた表情を浮かべていた。
「なっ、国を出ていいのか?国を出れば、消えてしまうのでは無いのか!?」
俺は王子の側まで来て、荒くなった呼吸を必死に落ち着かせようとする。呼吸が落ち着くと、俺は王子の顔を見て、笑顔で答えた。
「そうです!国を出れば消えてしまうと思っていました・・・でも杞憂でした。俺たち、とっくに国の境を越えていたんです!おそらく森を抜けた場所が・・・橋ではなく、森の入り口が国の境目だったんです!」

俺は生きている事が嬉しくて、少し笑ってしまっていた。
俺は国境を超えていた。何処かで俺たちは、認められていたんだ!
でもどうして祖先は、国境を橋だと言っていたのだろうか?

・・・そうか・・・祖先は・・・妖精は元々、人間を惑わせる事が大好きなんだ。そう言えば、最初に人間と結ばれた妖精も・・・この場所にやってきた人間をからかって・・・そしていつの間にか恋に落ちたんだ!
俺たち、と言うのか俺は、祖先にからかわれたのか!?
酷い話だが・・・何となく・・・その気持ちは分からなくも無い・・・。だって俺にも妖精の血が流れているのだから。
俺は思わず、何処かでからかって笑っているだろう妖精か祖先を思い、やられたと苦笑いする。
そして、国の外に出て、これからの出会う様々な困難に対して、色々と覚悟をしろと言われた気もした。

王子はまだ驚いた表情で、俺に声をかけてきた。
「そう・・・だったのか・・・でも、国に帰らなくても良いのか?」
「良いんです!というか、もう俺は国へは帰れないんです。王子、俺を連れて行ってください。俺、農作物を作るのが得意ですが、ただ作るだけじゃ無いんです。俺の力は、きっと王子の国を豊かにする事ができます」
「そうか・・・うん・・・来てくれると、嬉しい」
「はい・・・ところで王子、俺たちが国を出られる条件、覚えてますか?」
「!? いや・・・私は君を愛してはいない!」
「分かってます。でもきっと王子は、俺を愛してくれるのだと思います。間違いなく祖先は、そこは絶対譲らない条件だったので」
「なっ!?」
「俺は王子と恋愛するのも良いと思ってます。愛してくれない人を追いかけるのは嫌ですが、国を出られたんだ、きっと可能性があるんでしょう。俺、楽しみにしていますね」
俺はニヤリと笑って王子に言った。
「君たち妖精は・・・」
「何ですか?」
「いや・・・何でもない・・・」
「あ!あと俺たちは」
「・・・まだ何かあるのか?」
「“導く人”・・・国の外へ連れ出した人、愛してくれる人から離れると消えてしまうんです。だから、これからは俺の側に居てくださいね」
無事に国の外に出られた俺は嬉しくなり、そしてこれから、王子と共に外の世界を見られる期待で舞い上がっていた。俺は王子の隣に並び、もう一度王子に微笑む。
王子は俺の顔をじっと見ている。そんな王子に俺は話しかける。
「どうしました?」
「いや・・・初めて誰かに、側に居て欲しいと言われた。そうか、君は私の側に居てくれるのか・・・。君が私と共に来てくれるのは嬉しいと思う。側に居ないと消えてしまうのならば、君の側にいよう。・・・愛するかどうかは別だがな」
俺は王子の返事を聞いて笑ってしまった。だって、先ほどから表情は変わらずとも、王子の耳が真っ赤になっているのだ。
なんだか・・・楽しいかもしれない・・・。
俺は初めて、自分の妖精の血がうずうずしているのを感じた。


後の記録で、その時、妖精を連れ帰った王子は国の為に働き、飢饉から国民を救い、やがて豊かで平和な国を治める王となった。
しかし、ずっと王の側に居たとされる妖精の事は、不思議と記録が一つもない。
妖精の記録は無いが、王の事は記録されている。そしてその記録の中で、いくつもの同じ記述が見られていた。

妖精の側にいる王は、何故かいつも耳を赤くしていた、と。
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