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後編

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  そんなある日、
「カイル、夏の休暇はどうするんだ?」
とルーンが僕に言ってきた。
  今は図書館の帰り道で、ルーンと並んで歩いていた僕は、隣のルーンを少し見上げた。
「領地には帰らない。本当に帰るのが大変なんだ。今回はアボット領で過ごす予定」
「アボット…マイクの領地ではないな?」
「そう、昔から僕の一族と関わりのある数少ない領地の方なんだ。昔から懇意にしてくれていて、領地に戻るのが大変だろうから、ぜひこの夏は遊びにおいでと誘ってくださって」
「…行くのか?」
「そのつもりだけど?」
「…行かなきゃ駄目か?」
「学園には残れないからね」
「だったら…俺の所に来ないか?」
「え?行かない」
「おまっ…そういうところだぞ!」
「何が?だって先に約束してるし、向こうも色々と準備してくれているだろうし…」
「準備って言ったって、まだ時間はあるだろう。俺の所に来い」
「なんでだよ。ルーンもそういうところだよ」
「なっ…アボット家は俺も知ってる。また俺の誘いを断るのか?別に俺が誘ったって言えば、相手も何も言ってこないだろう」
 ルーンの名前を出したら、どこの貴族だって文句を言わないだろう。でも今回の休暇期間に、ルーンにお世話になる理由が無い。
 僕の表情を見て、ルーンが少し慌てて言った。
「別にそこに行きたいなら構わない。けれど、前にカイルが興味を持っていた蔵書が俺の家にあるんだ。滞在中に他の本も読んでもらってもいいし…それに父上に領地の視察に同行するよう言われている。一緒に来たら、カイルも良い刺激になるんじゃないか?」
 なるほど、ルーンが僕の得になるよう考えて誘ってくれている。けれど…ルーンには何の得があるんだ?
 僕がまだ納得していないような表情をしているのに気づいて、ルーンは立ち止まって改めて僕を見た。
「せっかく仲良くなったんだし…遊びに来てくれたらいいと思っただけだ。別に強制ではないから、考えていてくれ」
「分かった…」
 ルーンは何だか色々と堪えているような表情をしていたが、再び黙って歩き出した。
 僕は立ち止まったまま後姿を見ながら、以前とは態度が変わったルーンに、少しだけ感心していた。

 夏の休暇が始まり、結局僕は、アボット家へとお邪魔していた。
 ルーンには、休暇の後半に数日だけお邪魔させてもらうことになった。せっかく誘ってくれているし、数日なら行きやすいと思ったのだ。
 正直、上流貴族の家で夏の休暇全てを過ごすなんて…僕には無理過ぎる。
 ルーンにそう伝えたら、少し残念そうにしていたけれど、それでも了解してくれた。

 学校最終日には、ルーンがわざわざ僕の教室にやって来て、
「カイル、約束だぞ。迎えに行くから待ってろ」
とだけ言って去っていった。
 別に約束を破るつもりはないのだが。
 久々に教室で注目を集めてしまった僕は、周りに何か言われる前に、慌てて教室を出ていった。

 休暇に入り、アボット領では気楽に過ごさせてもらった。
 元々数少ない交流のある貴族で、滞在中も互いの領地の近況報告など、色々話しをしては勉強させてもらう事が出来た。
 そしてルーンとの約束の日に、ルーンがわざわざ直接僕を迎えに来たときはとても驚いた。
「カイル、迎えに来たぞ!」
 会った瞬間、嬉しそうに言うルーンを見て、
 あれ、ルーンって他に友達いなかったかな?あ、ジャンがいたな。
 なんて思ってしまった。
 アボットの人達が、ルーンに対して恐縮してしまっていたのが申し訳なかった。

 そして、そのまま迎えに来てくれた馬車に乗ってルーンの領地へ向かう。
 馬車では、互いに夏休みに過ごしたことを話したりして、ゆっくりと道中を進んで行った。
 向かっていたのはルーンの領地の本邸ではなく、避暑地の別荘へと連れて行ってくれた。アボット領からも近くの場所で、もしかしたら、いくつもある避暑地の内のひとつかもしれない。
 とにかく僕は、本邸でなく別荘過ごせると聞いて、心底ほっとしてた。きっとルーンの本邸は、僕にとって豪華すぎて窮屈に決まってる。
 それでも、たどり着いた別荘はシンプルな造りだったが、充分に広くて立派だった。最低限の使用人しか居なくて、ルーンの家族も来ていなかったので、僕とルーンだけで過ごしているかのようだった。
 2人だけで近くの湖で釣りをしたり、部屋で本を読んで過ごしたり、乗馬をしたりと自由にくつろいだ。
 正直、ルーンとこうやってのんびり過ごす事が出来るなんて思ってもみなかった。ルーンは始終ご機嫌だったし、僕が緊張しないよう、家族がいない場所を選んでくれたようだ。
 ルーンに、僕たち2人で過ごすよう気を遣ってくれた事に感謝の気持ちを伝えると、何故か微妙な顔をしていた。
「カイル…前に言ったと思うが、この辺りの領地の視察も兼ねて、明日父上がここにやってくる。どうやら、父上がカイルにも会いたいそうなんだ」
「そうなんだ。失礼のないようにしないといけないね」
「カイルは、父上に会うのが嫌じゃないか?」
「嫌というか…普通なら僕がお会いできるような人じゃないから、緊張はするかな?」
「…俺はどうなんだ?」
「え?緊張するかって?わざわざ夏の休暇を2人で過ごしているのに?」
「そう、なんだけど…そうじゃなくて、2人だけでいて、全く何も思わないのか?」
「まさか休暇まで一緒に過ごせるようになるとは思ってもみなかったよ。そうだな、こんなに素敵な場所で夏を過ごせるなんて、すごく得をした気分だ」
「…楽しんでくれているなら良かった」
 正直、ルーンの父親が僕に会いたいと言っているのが気になった。今までルーンと関わりのない下級階級の僕が、わざわざ別荘にまでお邪魔しているんだ。
 ルーンの父親は、一体何を思っているのだろう?
 
 翌日、ルーンの父親が1人屋敷にやって来た。僕は挨拶にと応接間に通され、ルーンと三人でお茶をした。ルーンも何故か緊張しているようで、いつもよりかしこまっていた。やはり上流貴族にもなると、家族との関わり方も少し違うのだろう。
 ルーンの父親は落ち着いていて、威圧的な感じが無く、けれどもどこか魅力のある人に見えた。これが本当の貴族なんだと思わされる。
 それから近くの町への視察に同行させてもらい、僕は自分の領地と違う町を見て色々と勉強になった。ルーンの父親はよく僕に話しかけてくれて、色々と意見を聞いてくれた。

 そしてその夜、ルーンの父親が僕を書斎に呼んでくれた。
「今日は君と過ごせて良かった。これはこの地の名産の果実酒なんだ。少し味見してもらいたくてね」
「ありがとうございます。いただきます」
 僕はグラスを受け取り、蜜のような液体をゆっくりと飲んだ。柑橘系のさわやかな香りと、甘くとろけるような舌触りがする。
「どうだね?お口に合うかな?」
「はい、とても美味しいです」
「それは良かった。ルーンが友人を招待していると聞いてね。一目会いたいと思って来たんだよ」
「お会いできて光栄です」
「私たちの一族は、生まれた時からホワイト家の者として育ってきた。関わる人も、同じような立場の者ばかりだ」
「…はい」
「だから君のような友人が出来たと聞いて、最初は驚いたよ」
「…」
 なんだか胃が締め付けられるような感覚がある。先ほどの果実酒のせいではないと分かっていた。
 そんな僕の様子を見て、ルーンの父親は、少し表情を崩して言った。
「私は君が友人になってくれて嬉しいよ。これは本心だ。ルーンが君と関わって少し変わったと思う。もちろんいい意味でだ。君は教養があるし、ルーンにとっていい影響になっているのだろう」
「そう言っていただけると嬉しいです…」
「短い学生時代だ、十分に楽しみなさい。そしてその間は、ルーンと良い友人でいて欲しい」
「はい…」
 僕はそのまま部屋を後にして、自分の部屋に戻った。
 なんだか面談してきた気分だ。

 部屋に戻ると、ノックの音が聞こえてきた。
「カイル、入ってもいいか?」
「…どうぞ」
 ルーンが先ほど僕が飲んでいた果実酒の瓶を持って立っている。
「ここの名産品で、良かったら味見しないかと思ったんだが…」
「あぁ、それなら先ほど、君の父上にご馳走になったよ」
「父上が?そうか…」
「そこに立ってないで、こっちに来て座ったら?僕ももう一杯いただくよ」
 僕たちは部屋のテーブルに座って、果実酒を注いだ。
 ルーンも僕も、互いに何も言わない。僕は先ほどルーンの父親との事を思い出していた。
 すると、しばらくしてルーンが口を開いた。
「父上は…何か言っていたか?」
「え?あぁ、短い学生生活を楽しんでと言われたよ」
「それだけか?」
「うん?ルーンの友人として仲良くしてくれとも言われた」
「友人として、か…」
 ルーンは黙って空になったグラスを見ている。
 何だか考え込んでいるルーンを見て、何故か少し不安になった。
「やっぱり僕がここに来たの、まずかったかな?」
「っ、そんなことない!」
 ルーンが急に大きな声を出した。僕はびっくりしてしまう。ルーンはばつ悪そうな顔をして目を逸らす。
「そんなことない。元々俺から誘ったんだし…」
「ありがとう。ここはすごく素敵な場所だし、こんなにのんびり過ごせると思っていなかったから、とても楽しんでるよ」
「そうか、それなら良かった」
「学園を卒業したら、こうやって過ごすこともないだろうし」
「…何故だ?」
「何故って…僕らがこうして一緒に過ごせるのも学生だからだろ」
 卒業したら、本当にルーンと会う事はないだろうと思う。実際、ルーンの父親も、僕がルーンと関わるのは学生の間だけだと分かっている。先ほどはその事を釘指されたのだと思う。元々関わるはずのない者同士が一緒にいるんだ。今こうして過ごしているのも不思議なくらいだ。
「別に、俺もお前も…何も変わらないだろう…」
 カイルが小さく呟いたが、僕は聞こえてなかったかのように、グラスに残った果実酒を飲み干した。
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