鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

囚われて

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 真っ暗闇の中を、六と抱き合いながら落ちていった。
 一瞬で、けれども永遠のような不思議な感覚がした。
 そして水面に落ちた衝撃と共に、水以外の何かが体にまとわりついているのが分かった。
「吉、早く引っ張るんだ」
「必死にやってますよ! 椿はもうちょっと光る事が出来ないんですかね!?」
「無茶を言わないで欲しい。ほら、六様、桃太郎さん。もう少しですよ」

 暗い滝壺の中、水面に網を巡らせていた3人が、落ちてきた桃太郎と六を引っ張り上げる。
 桃太郎は網を掴みながら六を必死に抱いていた。
 足場のある場所へと上がり、桃太郎はようやく一息ついた。
 そして助けてくれた3人を見る。
「助かった。本当にありがとう」
「まさか滝壺に通じる道があったとは驚きやした。そして滝壺から海へ流れていく水路もあったんですね」
 吉が感心した様子で話す。桃太郎は呼吸を整えながら立ち上がった。
「昔、桃がこの滝から落ちて人の村まで流れ着いたのなら・・・きっと大きな桃が通れるほど、外と繋がる道があると思ったんだ。けれど、この暗闇の中1人では決して助からないだろう。だから皆の助けがあったなら何とかなると・・・賭けに出たんだ」
「いやぁ~上手くいってよかった。これなら再び外に出て鬼に出くわしても、滝から落ちたって事でお咎め無しのはずだ」
「・・・おそらく」
「・・・」
 誰も何も答えず、ただ水の叩きつけられる音だけが響いている。
 今まで実際に滝から落ちて生きて帰って来た者はいなかったのだ。どちらにせよ、鬼ヶ島から出るには必ず鬼と出くわす事になる。理屈では桃太郎と六は干渉されないはずなのだ。
 六は意識があるが、先ほどから全く話そうとしない。
「とにかく・・・ここから出よう」
 そう言って皆で六を支えながら、桃太郎達は外を目指した。

 眩しい光で目が眩む。桃太郎は目を細めながら太陽の光を感じ、そしてじんわりと温もりを感じた。
 無事に外に出る事が出来たのだ。椿達は自分たちがやって来た道を案内し、そしてそのまま海岸へ向かう。
 いつどこで鬼が現れるか分からず、椿もみな周囲に気を配っていたが、どうやら鬼達は近くにいない様だった。
 ゆっくりと桃太郎が辿り着いた海岸の場所へと行くと、そこには来た時のような船が一艘停まっていて、そしてその船の中に、海を見つめて座っている三田がいた。
 桃太郎は皆を離れた所で立ち止まらせ、ゆっくりと三田へと近づいて行った。
 三田は桃太郎が側に来ている事に気づいているはずだが、じっと海の方を眺めている。
 互いに何も言わず、どちらも全く動こうとしなかったが、やがで三田が独り言のように呟いた。
「頭はよく、この海岸に座って海を眺めてた。海を眺めながら考え事をしていると思っていたが・・・どうやら、ずっと誰かを待っていたんだな。この島に誰かがやって来るのを待っていたんだ。実際に桃太郎が来てからは、頭が海岸過ごすことはなかった」
 桃太郎は何も答えず、じっと三田を見つめる。三田も桃太郎の反応を気にする事なく、再び話し始める。
「頭はいつも、ずっと先を見据えていたと思う。俺たちが想像もつかないようなずっと先を。俺は頭に言われるがまま、人間に紛れて色々と動いていたが、どうやら鬼の未来は明るいものでは無いようだった。何となくそう感じていた。理解は出来ないが、そう思っていただけだ。だから俺は次の頭に選ばれたんだ。けれど、俺は何も理解していない。これから理解出来るかも分からない」
 そう言って、三田はゆっくりと桃太郎を見た。桃太郎は相変わらず表情を変えずに、三田を見つめ続けている。
 三田はそんな桃太郎を見てなのか、少し笑っていた。
「頭が鬼の大将を辞めると分かった時、初めて頭が全てを諦めたんだと思った。投げ出したんじゃない、もう全てを辞めようとしたんだ。頭である事を、生きていく事を」
 三田はそう言ってゆっくりと立ち上がり、桃太郎へ近づいて行く。桃太郎はその場から動かず、構える事もなかった。何故か今の桃太郎には三田に対する脅威が全くなかったのだ。もし三田が自分を攻撃しようとも、今の桃太郎にとっては全く問題でない事が分かっていた。
「桃太郎、分かっていると思うが頭がーーー六が求めている事は鬼の繁栄では無い。何が望みなのか分からないが、それを叶える事がお前には出来るのだろうか?」
「私は六の望みを叶えてやる事は出来ない」
 桃太郎がはっきりと言った。その言葉は後ろにいる六にも届いているだろう。けれど桃太郎はそのまま続ける。
「望みを叶えてやる事は出来ないが、望みが叶うよう諦めさせない事が出来る。今の私にはそれが分かる。そして三田、三田も鬼の頭として、これから変わりゆく世の中に鬼を導いて行く事が分かる」
「なぜそのような事を言うんだ」
 三田は桃太郎の言葉を受けて下を向いた。
「三田、どうか私たちを見逃して欲しい。その船で私たちがこの島から離れるのを許してほしい」
「許すも何も、あの滝に落ちた時点でもう鬼ヶ島の者が危害を加えることはない。どちらかと言えば、こちらが関わりたくないと思うほどだ。実際に滝に落ちて生き残ったものなど今までいなかったから、こちらが逆に怯えている有様だ」
 三田が顔を上げて少し笑った。
 桃太郎はじっと三田を見つめ続けていた。
「三田、鬼達はこれから人間とどの様に関わっていくのだろうか?」
「ん?今度の方針が気になるか。桃太郎、まだずっと先だが、鬼が人前で暴れる様な事は無くなる。鬼自体が人前に姿を現さなくなるだろう。鬼が消えるといっているのではない。鬼が人の中に隠れ住むようになるんだ。そうなると・・・ずっと六が・・・色々と準備をしていたんだ」
 三田は初めて、視線を桃太郎の後ろにいる六へとやった。そしてすっと目を細め、そして再び視線を桃太郎へと向ける。
「私はこれからやらなければならない事がたくさんある。なので出来るだけ早くに島から出て行ってほしい」
 そう言って三田は船から降りた。桃太郎は振り返り、視線で皆を呼ぶ。
 誰も何も言わずに船に乗り込んだが、三田と六がすれ違う時、三田が一瞬悲しそうな顔をしたが六は表情を変えずそのまま支えられたまま船へと乗り込んだ。
 静かに船が鬼ヶ島から離れて行く。三田は海岸に立ったまま、ずっと見送っていた。


 誰もいない海岸へと辿り着き、ゆっくり岸へと上がる。本来の姿になった椿は空を飛び、桃太郎は休める所を探して吉と共に周りを見に行った。
「六様、無事に鬼ヶ島を出て、そして桃太郎さんと生きていくことが出来るなんて思いもしませんでしたよ」
「・・・」
 六は何も言わず、桃太郎が歩いて行った方を見ている。六の返事を待つ事なく続ける。
「これからは桃太郎さんと生きて行くんでしょうけれど、どうか私もお側に使わせて下さい。これからもお二人と共に生きていきたいんです」
 笑顔を向けられた六はゆっくりと視線を合わせる。
「生きていく訳ではない。生かされているんだ」
「桃太郎さんが生きる目的を見つけてくれるからですか?」
「そう言う事じゃないんだ・・・おそらく三田も気づいているはずだ。桃太郎に逆らえない。私は本当に三田に殺されようとしていた。もう鬼の頭として生きて行くことを諦めていたんだ。けれど桃太郎が現れて、桃太郎の言葉に体が勝手に動いてしまっていたんだ。これは気持ちの問題ではない。私は今も別に生きていたいとは思っていない、ただ桃太郎がついて来いと言ったからついて来ているだけだ」
「それは・・・」
「桃太郎も自覚しているかもしれない。桃太郎の言葉に従うしかないんだ。これが全ての鬼に対してそうなのか分からないが、今の私は・・・桃太郎の言葉の通りに動いてしまう」
「・・・」
「これから私は、桃太郎の言う事全てに従うだろう。これからどうなっていくのかは分からないが・・・まだ当分死にそうにはない」
 そう言っているうちに、桃太郎が休憩できる場所を見つけたようで、六達を迎えに来ていた。
 ミズキはこちらに近づいてくる桃太郎を見みながら考える。

 あの人は、これから六様をどうするのだろうか?
 ミズキはずっと、六が何かに囚われていると感じていた。そしてそれから救われて欲しいと願っていた。桃太郎なら、六を救ってくれるのではないかと思っていた。実際、鬼ヶ島から六を連れ出すことが出来たのだ。そして今、六は桃太郎に囚われたのではないだろうか?
 もし、六が何ものにも囚われない時が来たのなら、自分は六の側にいる事は出来ないだろう。
 
 ミズキはそっと六に体を寄せて、これから六を囚える存在を見上げる。
 やって来た桃太郎は、六に手を差し出し笑顔で話しかける。
 
「行こう、六。私と共に生きよう」

 六は黙って桃太郎の手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
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