鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

賭け

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 三田も鬼達も、その場でただ立ち尽くしていた。桃太郎にそんな力があったのかと思えるほど、桃太郎は軽やかに、とても速く駆け出していった。
 もうすでに遠くの方へと行き、小さくなった桃太郎と六の姿を見て、いきなり三田が笑い始めた。
 周りの鬼達は、桃太郎を追いかければいいのか分からず、その場でただ笑い始めた大将を見つめる。やがてひとしきり笑い終えた三田は、ゆっくりと言った。
「ーーー面白い。なるほど、これを望んでいたのか。皆は決して手を出すな。私が始末をつける。興味がある者は付いて来い」
 そう言って、三田は桃太郎が走って行った方向へ歩き始めた。

 桃太郎は鬼ヶ島を駆け抜け、そしてようやく目的の場所へと辿り着いた。そこでようやく六を下ろし、優しく話しかける。
「六、着いた。起き上がれるか」
 六は目を閉じていたが、ゆっくりと目を覚まし、桃太郎を一目見て起き上がった。
「ーーー桃太郎、しばらく見ない間に、どうやらたくましくなったようだ」
「六はしばらく見ない間に、随分と弱くなってしまったんだな。今なら六に勝てるかもしれない」
 六が弱く微笑む。久しぶりに見た六の笑顔に嬉しくなるが、今の状況を思い出しすぐに真剣な表情になる。
「六、聞いてくれ。六が鬼として辛い思いで生きている事を知った。そして私に救いを求めている事も・・・いや、私が六を救うと決心したんだ。遅くなってしまったが・・・まだ六は、私に救いを求めているだろうか?」
 六はじっと桃太郎を見つめ、そしてようやく話し始めた。
「ーーー望みがあるのなら。けれど、私は今まさに三田に殺されようとしている。そしてここは鬼ヶ島だ。どこにも逃げられない・・・この状況で、桃太郎は私を救ってくれるのか?」
「それは、やってみるしかない」
 桃太郎はそう言ってゆっくりと立ち上がり、視線を六から外した。桃太郎が見た先には、遅れてやって来た三田や他の鬼達がいた。三田は黙って桃太郎を見ている。桃太郎は三田に向かって、そして他の鬼達にも聞こえるように大きな声で話し始めた。
「三田。三田は今鬼の大将であり、六は大将では無くなった。それは間違いないな?」
「そうだ。六はもう・・・鬼の大将ではない」
「では、六は自由に生きても良いのではないか?今まで鬼の大将としてずっと働いて来たのだろう?」
「鬼が何処で生きようと、1人で生きようと自由だ。だが・・・1人で生きようとする鬼は滅多にいないがな。群れていた方が効率が良い。もしこの島から離れても、いつかはこの島に戻って来てしまうだろう。これは鬼にしか分からない事だろう」
「自由にして良いのならそれだけで十分だ。六は私と一緒にこの島から出て行く」
「確かに自由にして良いと言ったが、六は鬼の大将をかけた戦いに負けたんだ。そしてそれは、新しい大将に殺される事が決まりなんだ。それに桃太郎、この島から無事に出られると思っているのか?」
 三田は不思議そうに桃太郎を見ていた。桃太郎が何をするにしても、六が助からないのは確かだ。三田も、六に死ぬ覚悟があるのが分かっていた。そして、死ぬ事が六の望みだったと思ったが、今桃太郎が何をしようとしているのかは分からなかった。
 桃太郎はゆっくりと後退し、崖の淵まで辿り着く。後ろには大きな滝が流れていて、以前に来た時と変わらず、その水の勢いは凄まじかった。
 桃太郎の動きを見て、三田はため息をつく。
「まさか、六と無理心中するつもりか・・・。六は一緒に死んでくれる相手を探していたのか?桃太郎、私は悪いようにしない。別に六と一緒に死ななくたっていいだろう。それとも・・・脅しのつもりか?」
 桃太郎は強く三田を見ていた。自分の命と引き換えに六を許してくれなどと思ってはいない。三田が自分の命で六を救ってくれるなど、あり得ないと思っていた。桃太郎は少し離れた所にいる六の方を向いた。そして六の顔を見ながら再び話し始める。
「新しい鬼の大将が、負けた大将を殺すのが決まりなら・・・これも鬼の決まりの1つだろう?六はここで、私とこの滝に落ちるんだ。そしてこの滝に落ちた者は今後干渉される事は無いんだろう?」
「・・・私に殺されるくらいなら、滝に落ちて死ぬと言うんだな?」
 桃太郎は三田の質問に答えず、六に向かって手を伸ばした。
「六・・・私と一緒に来てくれ。私は君の・・・望みでありたい」
 六はゆっくりと、桃太郎へと近付いて行った。三田も他の鬼達も動かずにその様子を眺めている。
 六は桃太郎の手が届かない少し先で立ち止まった。桃太郎はそんな六を見ながら、周りの音が消え、自分の心臓の音だけがはっきりと聞こえた。そして心の底から叫んだ。
「六っ、私と来いっ!!!」
 その瞬間、六は桃太郎の手を掴み、そして桃太郎はその手を引いて、2人一緒に滝へと飛び込んでいった。
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