鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

少年

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 桃太郎が辿り着いた場所はツルと出会った場所とは違い、一面白い岩に囲まれた空間だった。岩ひとつひとつが光っているようで周りがはっきりと見渡せる。床一面には浅く水が溜まっていて、部屋全体を反射していた。
 ちょうど中央の位置に白い大きな岩があり、そこに1人で腰掛けている人物が居た。桃太郎に背を向けた状態で座っていて、桃太郎に気付いていないのか身動きひとつなかった。
 桃太郎はゆっくりと浅い水の中を歩き、岩に座る人物に近づいて行った。その人物は小柄な子供で、桃太郎が側に来て顔を見ても、視線を変える事なく前を見つめている。
 桃太郎はただ少年の横顔を見つめていた。どれくらい時間が経ったか分からない。やがて少年がゆっくりと桃太郎へと顔を向け話しかけてきた。
「あなたが私の望みの形なのだろうか?」
「ーーー望み、とは?」
「ここに来れば望みが叶えられると思った。あなたが私の望みだと思ったのだが・・・そうででなければ、あなたは何者なのだろうか?」
「私は桃太郎という。この場所に迷い込んで来たんだ。君の望みとは一体何なのだろうか?」
 少年は桃太郎から視線を外し、曲げた膝の上に顔を乗せ静かに言った。
「私は・・・消えたいんだ」
「消えたい?それは・・・死にたいと言う事なのだろうか?」
「違う。死んでも消えはしない。私は・・・もう何度も死んでいるんだ」
「・・・」
 桃太郎は理解が出来ず黙ってしまったが、少年は構わず話し続けた。
「鬼としてこの島で生まれる。そして死ぬと再びこの島で鬼として生まれるんだ」
「全員の鬼がそうなのか?」
 桃太郎が言うと、少年がゆっくりと桃太郎へと視線を合わせた。
「再び鬼として生まれる事に気付いているのは、おそらく私しかいない。他の者も再び鬼として生まれ変わっているのかもしれないが、皆は以前鬼であった記憶など無いという」
 少年は視線を遠くへと向け、何かを眺めているかのように話し続ける。
「最初は鬼として再び生まれても、こんなものなのかとあまり気にせず過ごしていた。けれど、何度も鬼として生まれる度に、段々と憎しみや怒りや悲しみが自分の中に強く芽生えている事が分かった。
 自分だけが何度も記憶を持って生まれて来ているからなのかと思ったが、ただそれだけでは無いのだと分かり始めたんだ。鬼として生まれる事は、様々な負の感情を抱えて生まれて来るものなんだ。それが何度も重なり、もう苦しくて仕方が無いんだ。逃げ出したいが逃げ出せない。死んだらまた苦しみが増えるだけだ。
 もう、終わりにしたいんだ…」
 少年はそう言うと、膝に顔を埋めて黙ってしまった。
 桃太郎はとても理解が追いつかず、何と声を掛ければいいのか分からない。
 少年が言っている事は、本当の事なのだと思う。この少年は、ひとり苦しみを抱えたまま何度も生まれてきていたのだ。
 ふと気付くと、少年は桃太郎をじっと眺めていた。
「本当にあなたは…私の望みでは無いのだろうか?私を、この世から消してくれる存在では無いのだろうか?」
「私は君を消す事は出来ない。私も君と同じで、ただこの場所に逃げ込んできただけなんだ」
「そうかーーーやはりここでも、私の願いは叶わないんだな…」
 そう言って再び桃太郎から視線を外した。桃太郎はその少年の横顔を見ながら、ふとある事に気が付いた。
最初は気のせいだと思っていたのだが、今の話を聞き、桃太郎はある確信へと変わっていっていた。
「君はーーー消えたいと言ったんだな?」
 少年は答える事なく、じっと水面を見つめている。桃太郎が少年の望みを叶える存在で無いと分かったからか、桃太郎に興味を無くしたようだった。けれど桃太郎は構わず話続けた。
「君は消えて無くなりたいと思っている。そして、その願いを叶えるためにこの場所にやって来たんだな。
 ーーー実は私がここに来るのは二度目なんだ」
 すると少し少年に反応があった。
 この島の者達は、この場所はとても神聖な場所だと知っている。そこに入れば出られる確証は無く、ここに二度も足を踏み入れる事はない事だと分かっている。だから桃太郎が二度この場所にやって来ているということは、少年にとって少なからず興味がある事だったのだろう。
「私が一度目ここに来た時は、実際に存在しない人物と出会った。その人はーーー私の望みが現れた形だったのだと思う。ここはとても不思議な場所だと思う。そして今、君の前には私が居る。私は鬼では無いからこの場所に紛れ込んでいるのかも知れない。けれど、私は君を知っているし…何より、私は強く…強く君を求めているんだ」
 気付けば少年は、真っ直ぐに桃太郎を見ていた。その表情にはどんな感情があるのか分からない。けれど、少年の瞳は桃太郎を見ている。桃太郎は今まで体験したことのない緊張と、けれど一方で、とても冷静な気持ちで少年に話しかけていた。
「私は君と違って、何も感じずに生きてきたんだ。どうして生まれてきたのか分からなかった。様々な感情を抱えて生まれてきた君と比べられると、私は楽に見られるかも知れない。けれど、私は消えたいと言うよりも、どうすれば良いのかずっと分からなかったんだ。逃げるという気力さえ無かったんだ。けれど今、この島に来て…ようやく生きてみたいと思えたんだ。それは、君がきっかけなんだ」
 そう言って、桃太郎は少年を強く見つめた。自分が今どんな表情をしているかは分からない。言葉で伝えきれない気持ちが伝わるように祈りながら少年を見つめた。
「消えたいと願っている君に、私のために生きてくれとは言えない。私は君と…一緒に生きたいんだ。君の苦しみを私が消せるとは言えない。けれど、その気持ちが少しでも軽くなるように、私が出来ることなら何だってしたい。ようやくその気持ちになれたんだ。君はずっと…私を待っていてくれてたんだと分かった」
 桃太郎が話終えても、少年は表情を変えずにじっとしていた。そしてようやく話し始めた。
「あなたは私を待っていたという。私はこの島で生まれたし、将来この島の大将になる鬼だと皆んなに言われている。この洞窟から出る事が出来れば、それは確定なんだ。そして私はこの洞窟から戻らないつもりでやって来ていたんだ。あなたは私に、この洞窟から出て生きて欲しいと言っているのか?」
「そうだ。私が再び君の元に現れるまで、生きてほしい」
「鬼の大将になってしまったら、それこそ鬼のために生きなければならないし、身動きが取れなくなる。そんな私を、あなたはどうする事が出来るのだろうか?」
「それは…きっと私が何とかしてみせる。どうなるかは分からないが、どうか私が君のために動く機会をくれないか?」
 じっと桃太郎を見つめた少年は、やがてゆっくりと息を吐きだし、そして言った。
「ーーー分かった。私はこの洞窟から出て何もしない。君が再び現れるまで生きようと思う。私はあなたという存在が、この洞窟が生み出した“私の望み”であると信じようと思う」
「ーーーありがとう」
 桃太郎はやっとの思いで返事をし、そして強張っていた自分の体から力が抜けて行くのを感じた。きっとこの少年は生きてくれる。この島で、私と出会うまでーーー。
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