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鬼ヶ島にて
光へ
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祠の入り口で、三田が1人座っている。
桃太郎が洞窟へと入ってから、三田はずっとここに座り、考え事をしながら毎日を過ごしていた。
この祠へ入るには、鬼にとって大きな意味がある。三田は、鬼ではない桃太郎がこの洞窟から出られるのか分からなかった。けれど、三田にはこれ以外に自分が為すべき事が分からなかった。
頭のいない状況で、ずっと桃太郎と一緒に居て桃太郎に手を出さない事など鬼にとって不可能だ。けれど手を出せば、それは六に殺される事を意味する。
だから桃太郎を祠へやるしか、自分に残された道は無かったのだ。けれどもし桃太郎が祠から戻って来た時は、その時こそ自分に残された道は一つしかないーーー。
頭は、初めからこれが目的だったのだーーー。
そう思いながら小さくため息をついたと同時に、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
三田は覚悟を決めるかのように目を瞑り、ひとつ呼吸をしてからゆっくりと立ち上がった。
桃太郎は、自分が洞窟でひと月程の時を過ごしていることが分かった。
桃太郎が祠から帰って来たことは鬼ヶ島の鬼たちにとって大変な騒ぎとなっていたが、当の本人は知るよしもなく、六の家に帰ってからずっと眠り続けていた。
洞窟を出て三日後。桃太郎は目を覚ますと同時に大きな空腹を感じた。けれどそれ以上にすっきりとした気持ちを感じていた。三田に介抱されながら食事をし、それから数日は体調を整える事に専念した。
三田は桃太郎に洞窟での事を聞こうとはせず、桃太郎も話すつもりもなかった。ようやく体の調子が戻り、桃太郎は三田と稽古を再開しようと願い出た。
久しぶりの稽古の後、三田が桃太郎へ話しかけてきた。
「桃太郎、もうすぐ頭が戻ってくる。先に戻った者が知らせてきた」
「そうか」
桃太郎は答え、静かに考えた。
もう一度、六と話しがしたい。話したところで六とどうなるかは分からない。けれど自分の気持ちを自覚をした今は、とにかく六に自分の気持ちを伝え、その先の事は、またその時考えていこうと思う。
そんな桃太郎を隣で見ていた三田が、続けて言った。
「桃太郎。頭が帰ってきたら、私は頭を殺さなければならない」
「・・・え?」
三田が何を言っているのか分からず、桃太郎は三田を見る。三田は桃太郎を見つめたままで、その表情には何の感情も現れていなかった。
「私は頭を尊敬している。今だってそうだ。けれど私は頭を殺さなくてはならない。そしてーーー私が次の頭になる」
三田が無表情のまま、片手をゆっくりと桃太郎の頬に添えた。その瞬間、桃太郎は自分の体温が下がった感覚を感じ、そのまま動けなくなっていた。頬に添えられた三田の手の感触も分からない。
桃太郎はただ、三田を見つめることしか出来なくなっていた。互いに動かず、ただ見つめ合う。すると、桃太郎は三田の瞳の奥に、何かがあるように感じられた。
その瞳は、三田が人ではなく鬼である事を、鬼が桃太郎を喰らおうとしているのだと伝えていた。
三田は桃太郎が自分の奥底の感情を読み取ったと感じ、もう片方の手を桃太郎の肩に添える。その瞬間、今までの硬直が溶けるかのように、桃太郎の体が反応した。
このままではーーー鬼に喰われる。
桃太郎は月夜に襲われた時の事を思い出し、三田から退いて駆け出していた。
後ろで三田が追いかけてくる気配は感じなかったが、どこに逃げても逃げられないという事は分かっていた。ここは鬼ヶ島だ。どこに行ったって三田に捕まってしまうだろう。そして、今ここで自分を助けてくれる者などいないのだ。
桃太郎はとにかく走り続け、鏡の祠へと向かっていた。唯一逃げ込める場所といえば、そこしか思いつかなかった。
祠の入り口に辿り着くと、そのまま迷わず中へと入っていく。きっと三田は自分がここに居るとすぐに分かるだろう。けれど、明日には六が島に帰ってくる。それまでに逃げ切れれば、六が助けてくれるかもしれない。
六は、もう自分を助けてはくれないのだろうか?けれど、それよりも今は三田が言っていた事が気になっていた。
三田は六を殺すつもりなのだろうか?だとすれば、自分のことよりも、六の身が心配になっていた。
六は強いが、三田も強い。六の本気を知らないが、三田には負けないだろう。けれど、そんなことは三田自身もわかっているはずだ。それでも六を殺そうと考えているなら、三田は六よりも強いのだろうか?
洞窟の脇道に入り、岩の隙間にじっとしていた桃太郎は、ふと足音が聞こえてくるのを感じた。足音は段々と大きくなっている。自分の居場所はすでに見つかっているのかも知れない。
桃太郎はたまらずにその場から駆け出す。どうしても捕まりたくない。もう、六以外に触れられたくない。
六に触れられる前に、誰かに触れられるくらいならーーー。
桃太郎は鏡の祠の右手へと進み、再び暗闇の中へと進んで行った。
暗闇が桃太郎を包んでいた。前に来た時と何だか雰囲気が違っている。前は何も考えずにここへやって来たが、今回は逃げるために来ていた。そのせいなのか、暗闇がとても重く苦しく感じる。三田に追われている恐怖があるからだろうか?
そしていくら進んでも、このまま何処にも辿り着けない気がしていた。ひょっとしたら、この暗闇から一生抜け出せないのかもしれない。
もう一度ツルに会いたかったが、きっとツルに会えたのはあの時だけだと感じる。何度も来るような場所では無いのだ。実際に洞窟に逃げ込んだところで、いつ洞窟から出れば良いのか、洞窟から出られるかも分からない。このままこの洞窟から出られず、死ぬまで一生彷徨い続けて行くのだろうか?
三田に捕まるくらいならと覚悟を決めたはずだが、それでも最後にもう一度だけ、六に会いたかった。
すると暗闇の先に、一筋の光が見えた。桃太郎は何も考えず、ゆっくりと光の方へと進んで行く。この先に誰がいるのか、それとも出口なのか分からない。
「六・・・」
小さく呟きながら、桃太郎は光に包まれていった。
桃太郎が洞窟へと入ってから、三田はずっとここに座り、考え事をしながら毎日を過ごしていた。
この祠へ入るには、鬼にとって大きな意味がある。三田は、鬼ではない桃太郎がこの洞窟から出られるのか分からなかった。けれど、三田にはこれ以外に自分が為すべき事が分からなかった。
頭のいない状況で、ずっと桃太郎と一緒に居て桃太郎に手を出さない事など鬼にとって不可能だ。けれど手を出せば、それは六に殺される事を意味する。
だから桃太郎を祠へやるしか、自分に残された道は無かったのだ。けれどもし桃太郎が祠から戻って来た時は、その時こそ自分に残された道は一つしかないーーー。
頭は、初めからこれが目的だったのだーーー。
そう思いながら小さくため息をついたと同時に、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
三田は覚悟を決めるかのように目を瞑り、ひとつ呼吸をしてからゆっくりと立ち上がった。
桃太郎は、自分が洞窟でひと月程の時を過ごしていることが分かった。
桃太郎が祠から帰って来たことは鬼ヶ島の鬼たちにとって大変な騒ぎとなっていたが、当の本人は知るよしもなく、六の家に帰ってからずっと眠り続けていた。
洞窟を出て三日後。桃太郎は目を覚ますと同時に大きな空腹を感じた。けれどそれ以上にすっきりとした気持ちを感じていた。三田に介抱されながら食事をし、それから数日は体調を整える事に専念した。
三田は桃太郎に洞窟での事を聞こうとはせず、桃太郎も話すつもりもなかった。ようやく体の調子が戻り、桃太郎は三田と稽古を再開しようと願い出た。
久しぶりの稽古の後、三田が桃太郎へ話しかけてきた。
「桃太郎、もうすぐ頭が戻ってくる。先に戻った者が知らせてきた」
「そうか」
桃太郎は答え、静かに考えた。
もう一度、六と話しがしたい。話したところで六とどうなるかは分からない。けれど自分の気持ちを自覚をした今は、とにかく六に自分の気持ちを伝え、その先の事は、またその時考えていこうと思う。
そんな桃太郎を隣で見ていた三田が、続けて言った。
「桃太郎。頭が帰ってきたら、私は頭を殺さなければならない」
「・・・え?」
三田が何を言っているのか分からず、桃太郎は三田を見る。三田は桃太郎を見つめたままで、その表情には何の感情も現れていなかった。
「私は頭を尊敬している。今だってそうだ。けれど私は頭を殺さなくてはならない。そしてーーー私が次の頭になる」
三田が無表情のまま、片手をゆっくりと桃太郎の頬に添えた。その瞬間、桃太郎は自分の体温が下がった感覚を感じ、そのまま動けなくなっていた。頬に添えられた三田の手の感触も分からない。
桃太郎はただ、三田を見つめることしか出来なくなっていた。互いに動かず、ただ見つめ合う。すると、桃太郎は三田の瞳の奥に、何かがあるように感じられた。
その瞳は、三田が人ではなく鬼である事を、鬼が桃太郎を喰らおうとしているのだと伝えていた。
三田は桃太郎が自分の奥底の感情を読み取ったと感じ、もう片方の手を桃太郎の肩に添える。その瞬間、今までの硬直が溶けるかのように、桃太郎の体が反応した。
このままではーーー鬼に喰われる。
桃太郎は月夜に襲われた時の事を思い出し、三田から退いて駆け出していた。
後ろで三田が追いかけてくる気配は感じなかったが、どこに逃げても逃げられないという事は分かっていた。ここは鬼ヶ島だ。どこに行ったって三田に捕まってしまうだろう。そして、今ここで自分を助けてくれる者などいないのだ。
桃太郎はとにかく走り続け、鏡の祠へと向かっていた。唯一逃げ込める場所といえば、そこしか思いつかなかった。
祠の入り口に辿り着くと、そのまま迷わず中へと入っていく。きっと三田は自分がここに居るとすぐに分かるだろう。けれど、明日には六が島に帰ってくる。それまでに逃げ切れれば、六が助けてくれるかもしれない。
六は、もう自分を助けてはくれないのだろうか?けれど、それよりも今は三田が言っていた事が気になっていた。
三田は六を殺すつもりなのだろうか?だとすれば、自分のことよりも、六の身が心配になっていた。
六は強いが、三田も強い。六の本気を知らないが、三田には負けないだろう。けれど、そんなことは三田自身もわかっているはずだ。それでも六を殺そうと考えているなら、三田は六よりも強いのだろうか?
洞窟の脇道に入り、岩の隙間にじっとしていた桃太郎は、ふと足音が聞こえてくるのを感じた。足音は段々と大きくなっている。自分の居場所はすでに見つかっているのかも知れない。
桃太郎はたまらずにその場から駆け出す。どうしても捕まりたくない。もう、六以外に触れられたくない。
六に触れられる前に、誰かに触れられるくらいならーーー。
桃太郎は鏡の祠の右手へと進み、再び暗闇の中へと進んで行った。
暗闇が桃太郎を包んでいた。前に来た時と何だか雰囲気が違っている。前は何も考えずにここへやって来たが、今回は逃げるために来ていた。そのせいなのか、暗闇がとても重く苦しく感じる。三田に追われている恐怖があるからだろうか?
そしていくら進んでも、このまま何処にも辿り着けない気がしていた。ひょっとしたら、この暗闇から一生抜け出せないのかもしれない。
もう一度ツルに会いたかったが、きっとツルに会えたのはあの時だけだと感じる。何度も来るような場所では無いのだ。実際に洞窟に逃げ込んだところで、いつ洞窟から出れば良いのか、洞窟から出られるかも分からない。このままこの洞窟から出られず、死ぬまで一生彷徨い続けて行くのだろうか?
三田に捕まるくらいならと覚悟を決めたはずだが、それでも最後にもう一度だけ、六に会いたかった。
すると暗闇の先に、一筋の光が見えた。桃太郎は何も考えず、ゆっくりと光の方へと進んで行く。この先に誰がいるのか、それとも出口なのか分からない。
「六・・・」
小さく呟きながら、桃太郎は光に包まれていった。
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