鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

ツル

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 桃太郎はしばらくじっと少女を眺めていた。そしてその場で固まってしまっていた。一方少女の方は、そんな様子の桃太郎を見ながら少し表情が緩んでいた。
「そんな所に立っていないで、こちらに座りましょう」
 そう声を掛けられようやく桃太郎は動き出し、ぎこちなく少女の少し隣へと座った。
 少女は桃太郎の横顔を見ながら微笑んでいるが、桃太郎は目を合わせられずじっと前を見ていた。
「私は“ツル”と言うの。貴方の名は?」
「・・・桃太郎と言う」
「桃太郎?名前に桃が入っているのね。私、桃はとても好きよ」
 そう言って少女は微笑む。
 桃太郎はこの少女がただの人では無いと分かっていたが、警戒する事も出来ずどのように接すれば良いのか分からなかった。
「君は誰なんだ?」
「あら? 先ほどツルと名乗ったはずよ?」
「いや、そうだな・・・。ツル、どうしてここに居るんだ?」
「そうね、どうしてここに居るのかしら?」
「・・・」
 桃太郎は目の前にいる少女をじっと見つめる。
 この場所がどういったものか分からなかったし、いきなり現れた少女が何なのか全く分からない。
 桃太郎はここが特別な場所だと言う事を思い出し、改めてツルと向き合った。
「ツルはこの洞窟にやって来たんだな? 出口が分からなくなったのだろうか?」
「私は気付いたらここにいて、気付いたら桃太郎が居たの。ここは特別な場所なのかしら?」
「特別な場所だと聞いている。ツルは鬼じゃないんだな?」
「鬼? 私は鬼ではないわ・・・そうね、ここは鬼ヶ島だったわね・・・」
 ツルは桃太郎から視線を外した。どこか遠くを見つめ考え事をしているツルを、桃太郎はじっと見守る事しかできなかった。すると突然、ツルが桃太郎に向き直り笑顔で話しかけてきた。
「ねえ、私あなたの話が聞きたいわ。どうしてここへやって来たの?」
 急にツルから質問を受け、桃太郎はたじろいでしまう。
「私は・・・勧められて」
「こんな場所に? 1人で? どうして?」
「私が鬼ヶ島で・・・特にする事もなくなって」
「どうして鬼ヶ島に来たの? 誰に勧められたの? よければ最初から話してちょうだい」
 次々とツルからの質問を受け、桃太郎は呆気に取られながらも初めから全て話す事にした。
 鬼ヶ島へ鬼退治に来た事。鬼に歯が立たず、そのまま鬼の大将と共に暮らしていた事。そして鬼の大将が何処かへ行ってしまった事。鬼の三田に勧められここまでやって来た事。
 ツルは桃太郎の話しを聞きながら優しく相槌を打ち、時折質問をした。
 桃太郎もそんな様子で話を聞くツルに包み隠さずに話し、そしてとうとう、自分は人ではなく鬼ヶ島の桃から生まれたのではないかという事まで話していた。

 どれくらい話していたかは分からない。桃太郎が話し終えた頃は、話し過ぎて疲れていた。ツルは桃太郎が全て話し終えてから何も言わずまた黙ってしまい、何かを考えているようだった。そして突然、ツルは桃太郎に顔を向けた。
「なるほど。六という人物が何を考えているか分からないわね。桃太郎は六を好いているの?」
「鬼だけれど、悪い者では無いと思う」
「そうじゃ無くて、好いているのよね? 結ばれたいのよね?」
「・・・」
 桃太郎はいきなりのツルの質問に混乱する。なぜツルがそのような事を言うのかが分からなかった。
「どうしてこの話の流れでそうなるんだ? 私は何か、余計な事を言ったのだろうか?」
「その方が面白そうだから。そしてそうね、実際とても好いていると思うわ。私こういう話は好きよ。もっと六について聞かせてちょうだい」
 ツルは楽しそうに六について色々と桃太郎に尋ね出した。桃太郎はツルの勢いに押されてか、気がつくと六についても隠さずに話していた。普段どんな様子で過ごしているのか。大将としてどのように振る舞っているのか。
 ツルに話せば話すほど、桃太郎は自分がどんなに六を見て、六の事を考えているのかを改めて感じていた。
 そうして声に出して六の事をツルに話していると、たまらなく六に会いたくなり、自分はただ六の側に居たいだけだと感じた。
 桃太郎の話を聞き終えたツルは真剣な表情で、しかしどこか楽しそうな気持ちを隠しきれていない様子だった。
「直接六を見た訳では無いけれど、六も桃太郎を好いているのか・・・何か特別な思いはあるはずだとは思うのだけれど、何が六の望みなのかしら?」
「六は・・・私を好いているのだろうか?」
「私はそうだと思うわ。けれどあなたの手を振り払ったのは、よほど何か思う事があるようね・・・」
 桃太郎は六に手を振り解かれた事まで話た事を少し後悔した。あの時の事を思い出すと今でも辛くなる。けれど、どうしてツルにここまで全て話てしまったのだろうか?
 気不味そうな桃太郎には気にもせず、ツルは話を続ける。
「桃太郎。次に六が帰って来た時は、六ときちんと話しをするべきね。そしてそれまでに、桃太郎自身がしっかりと六への想いを自覚して、自分を持つ事が大切だと思うわ」
「自分を持つ?」
「そうよ。六と出会ってようやく感情が芽生えたみたいだもの。あなたはもっと自分を大切にしなければいけないの」
「私はーーー」
 なぜツルはこの様な事を言うのだろう? 確かに鬼ヶ島で六と出会って色々な思いをしてきた。村で生きていた頃の自分と、この島に来てからの自分は違う。いや・・・六と出会った事で、自分の中の何かが変わったのだと思う。
 桃太郎は改めて目の前の少女を見つめる。
 ツルは一体何なのだろうか? なぜ私はこの場所で、ツルと出会ったのだろうか?
 するとツルが立ち上がり、桃太郎の手を引く。
「桃太郎、あなたは生まれが人と違うから、自分に対して臆病になっていたの。でも遠慮なんていらない。あなたは自分の好きなように生きていいのよ。私なんて、自分から鬼ヶ島に来ちゃったのよ」
 ツルに手を引かれて立ち上がっていた桃太郎は、驚いた表情で向かい合っているツルを見る。ツルとは手を繋いだままだが、その手は優しく桃太郎の手を握っていた。
 六の話しをしていたのに、どうして急にツルがそんな事を言い始めたのか分からない。
 ツルは桃太郎を優しく見つめ、小さな子供に話すように優しく話し始めた。
「私、どうしても自分の生き方を決められてるのが嫌で、たまたまやってきた鬼に自分を攫ってもらったの。鬼がやって来る少し前に、ある人の元へ嫁ぐ事が決まっていて。その人、とても非道な人で有名だったの。だからその人の元へ行くのがすごく嫌だったの。だから目の前に鬼が現れた時、いっその事、今鬼に攫われても一緒だろうって思っちゃって。すると私を攫ってくれた鬼がとっても優しくって。私、鬼ヶ島に来ていい想いをしたわ。その鬼と結ばれて子どもが欲しいとまで思っていたの。でも、体を壊してしまってそれは叶わなくなったの。でもね・・・」
 そこでツルが握っていた片手を桃太郎の頬に優しく添えた。
「最後にどうしても子どもが欲しくなったの。鬼ヶ島で幸せに暮らしたのよ。相手が人や鬼でも関係ない。私は幸せだったと私を攫ってくれた鬼に伝えたかったの。実際に言ったわ。最後に・・・あなたの子どもが欲しかったと」
 桃太郎は何も言えず、じっとツルを見つめる。ツルは今までで1番優しい表情で桃太郎を見ていた。
「桃太郎、あなたはもう戻らないといけない。でもここに来てくれて良かった。あなたは私に会いに来てくれたのね。どうか自分を怖がらないで、そしてどうか好きな人と結ばれて。その人が六だと良いけれど・・・まあこれから色んな人と出会うだろうし、上手くいかなかったらそれはそれで、次にいきましょう」
 そういってツルは悪戯っぽく笑った。
「私は・・・六がいい」
 やっとの事で、桃太郎は声を出していた。何かツルに言わなければいけない事があるはずなのに、色んな想いが込み上げていて、それ以上話すことが出来なくなっていた。
 ツルは再び優しく桃太郎を見つめる。
「そう、じゃあ頑張ってね。一生懸命生きてね。約束よ」
 そう言うと、ツルはぎゅっと桃太郎を抱きしめた。
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