鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

別れ

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 六は何も言わずにじっとしている。
 桃太郎は、今自分がどんなに情けない顔をしているのかと思った。なぜこんなに自分が必死になっているのかも分からない。今まで他人にどう思われようと気にした事など無かったのに。
 六は出会った頃から自分に全く関心が無かったのだ。関心が無いのに、まるで自分に好意を寄せているような行動をしているのが不思議だった。2人でいる時は、決して自分に触れようともしない。けれど、皆がいる時は見せつけるように触れてくる。
 先ほど六が手を重ねて来たのも、六が桃太郎に魅了されているのか確かめる為だったのだろう。けれど六は桃太郎から手を離した。その事を思い出すだけで胸が苦しくなる。
 六は自分に関心が無い・・・いや、自分に対して何の感情も持っていないのだ。今まで村の者から冷たい視線を受けてきても平気だったのに、何も思われない事がこんなにも辛いとは思わなかった。
 けれど・・・六の瞳はいつも真剣に桃太郎を見ていた。自分に何かを求めている。それも心の底から強く。唯一自分が六から感じるのは、この瞳の奥の強い思いだった。けれどその意味が分からず、それが何かずっと気になっていた。
 六の態度と、不自然なほどの触れ合いと、そしていつも何かを求めている瞳。桃太郎は鬼ヶ島に来てからずっとその意味が知りたくて、今まで六の側にいたようなものだった。
 そしてようやく今、六にその事を聞こうとしていた。

 桃太郎は、無意識に重ねた六の手を強く握りしめていたようだが、六はゆっくりと桃太郎の手を解き、立ち上がって部屋を出て行こうとした。桃太郎はただ六を見つめることしか出来ない。そして六が部屋の扉に手をかけながらそっと呟いた。
「私は何も求めていない」
 そう言って静かに部屋を出て行った。1人取り残された桃太郎はその場でうずくまり、六に重ねていた自分の手を強く握りしめた。

 あれから六は桃太郎と一緒にいても距離を取るようになっていた。桃太郎の稽古の相手も、ミズキと三田がするようになり、六が桃太郎に触れる事は無くなっていた。桃太郎も六を見ようともせず、何も言わなかった。
 そんなある日、六が皆に話があると声をかけてきた。
「2日後に私は鬼ヶ島を離れる。今度の帰りはふた月後だ。ミズキ、私について来てくれ。三田、留守番を頼む」
 六の言葉を聞いてミズキは驚いた表情をし、そしてすぐに心配そうな顔をした。三田は黙って視線を下にしたまま何か考えているようで、桃太郎は六の話を聞きながら、久しぶりに六の顔をまっすぐ見ていた。
 桃太郎は六の顔を見ながら、以前に六を島から見送った時の事を思い出していた。あの時、六が自分に口付けをした時の事を思い出しながら、今の六は自分に同じ事をするのだろうかと考え、今の六は自分と距離を取っている現状に胸が痛くなっていた。

 六が島を出る日、前回と同じように島の鬼達が集まり、六の見送りをする。
 桃太郎も前と同じ様に見送りに来ていたが、六が自分に対してどう行動するのかだけが気になっていた。
 船が出る前、六は前回と同じように桃太郎の側へとやって来た。桃太郎が六を見上げると、そこには優しく見つめる六がいる。けれど、その表情が作られたものだと言う事が桃太郎にははっきりと分かってしまった。
 桃太郎がただ六を見つめていると、六はゆっくりと桃太郎を抱きしめる。六の体温を感じながらも、桃太郎はじっと動く事が出来なかった。
 六が今自分を抱きしめるのは、一体何のためだ?
 すると六が桃太郎から離れる瞬間、耳元で小さく呟いた。
「さよならだ、桃太郎」
「え?」
 桃太郎は離れていく六をただ見つめる。ただの別れの言葉のはずなのに、それはまるで永遠の別れの言葉の様に聞こえた。
 六はその後1度も振り返る事なく船へと向かう。桃太郎はこのまま六と会えなくなる予感を感じながらも、どうすれば良いのか分からず、その場でただ見送る事しか出来なかった。
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