15 / 24
鬼ヶ島にて
鬼の実
しおりを挟む
あれから数日経ったが、桃太郎の生活は以前と変わらなかった。毎日、六やミズキと稽古をし、島を散策するだけの生活を続けていた。唯一変わった事と言えば、そこに鬼の三田が加わったことぐらいだ。三田はあまり桃太郎達と関わろうとせず、一定の距離を保って桃太郎を見守っていた。
六は桃太郎と一緒にいても、相変わらずのんびりと過ごしているだけで、特に何も変化は無かった。一方桃太郎は、鬼に襲われ赦しの滝へ行ってから、時々何かを考え、塞ぎ込むようになっていた。
そんなある日、部屋で桃太郎が姿勢を正して座り、六に向かい合った。
「六、今日は教えて欲しい事がある」
横になっていた六が、桃太郎へと視線を向け、ゆっくりと起き上がる。
「どうした?そんなに改まって。何が聞きたい?」
「六、私は・・・鬼なのだろうか?」
桃太郎の質問を受け、六は全く表情を変えずに、
「いや、桃太郎は鬼ではない」
とあっさりと答える。
「では教えてくれ、“鬼の実”とは何なのだろうか?」
「どこで鬼の実の事を?」
「あの晩、私を襲ってきた鬼達が、私を鬼の実だと言った」
すると、六は視線を宙に向けしばらく何も言わず黙っていたが、やがてミズキと三田に視線を送ると、部屋にいた2人は黙って出て行った。
2人が出て行ったのを見届けてから、六が再び桃太郎と向かい合った。
「鬼の実の事を教える前に聞きたい。桃太郎、鬼とは何だと思う?」
「えっ?」
いきなりの六の質問に驚く。鬼が何かなど考えた事も無かった。元々、村では人を襲う存在が鬼だと聞いていただけで、それ以外に鬼の事など考えた事もなかった。
「私は、鬼は力強いが・・・人とあまり変わりがない気がしている」
いきなりの質問に驚きながらも、ここで過ごした経験から桃太郎が正直に答える。すると、六は優しく微笑んで桃太郎を見つめた。
「実は鬼が何かなんて、私達にも分からない。人が何であるかなど分からないしね。これは私の考えに過ぎないが、鬼とは人から生まれて来るものだと思う」
「鬼が・・・人から生まれて来る?」
「直接人の腹から生まれる訳じゃない。元々鬼はこの島で自然と現れるものなんだ。気付けば自分が鬼ヶ島にいて、自分が鬼だと知るんだ。まるで島の土から生まれて来たかの様に。そして島から鬼が生まれるのは、人という存在があるからだと思っている」
「そうなのか」
「この島には女がいないだろう?人間のように夫婦となり子供を作らずとも鬼は生まれるんだ。けれど子供を作る必要がなくとも、腹が空くように、鬼も誰かを求める時がある。そんな鬼の本能を無条件で強くさせる人の存在が、“鬼の実”と呼ばれている」
「・・・」
「元々子供を作る必要が無いから、鬼はそんなに相手を求めようとしないが、鬼の実にはどうしても抗えないほどの魅力があるんだ。普段意識していない分、その魅力はとても刺激的だ」
桃太郎は今まで鬼ヶ島に居て、六以外の鬼からどのように思われていたのかと考えた。鬼ヶ島に居る”人“という存在で注目されていると思っていたのだが、どうやらそれだけでは無かったようだ。
そんな事を思っていると、気付けば六が桃太郎のすぐ側まで近づいていた。桃太郎は体が強張り、じっと六を見つめる。六はそのままゆっくりと、自分の手をそっと桃太郎の手の上に添えた。桃太郎は手が重ねられた瞬間思わず体が反応したが、動いたのはそれだけで、それから互いに動かずしばらく見つめ合った状態が続いた。
重ねられている手が熱く感じる。見つめる六の視線から動けず、自分の手をどうすれば良いのか分からない。けれど手を振り払う気は全く無かった。
やがて六がふっと息を吐き、桃太郎から手を離して座り直した。一瞬離れる手を掴みそうになったが、桃太郎は体に力が入り過ぎていたのか、全く反応することが出来なかった。
「桃太郎は鬼の実かもしれないし、鬼の実ではないかもしれない」
「どう言う事だ?」
「鬼の実は、鬼を惹きつける“人”だと言っただろう?気付いているだろうが、桃太郎は“人”では無い。だから鬼の実では無い」
「なっ・・・」
桃太郎は六の言葉を聞き、大きな目眩を起こしたような感覚になる。自分が“人”では無い事を、いきなり六から言われると思わなかった。
「今から話す事は、ほとんど想像でしかない。
昔この島に、あるひとりの女が鬼に攫われやって来た。何処かの城主の姫だったようだ。その女は”鬼の実“であり、当時の鬼の大将は、その女に夢中になっていた。けれどやがて女が亡くなり、この島の桃の木の下に埋められた」
「・・・」
「やがてその桃の木が、一つだけ実をつけた。やがてその実は大きくなり、赤子が入るほどの大きさまでになった」
桃太郎は先ほどから自分の鼓動が大きくなっているのが分かる。自分の鼓動を聞きながら、じっと六の言葉の続きを待つ。
「鬼達は皆、その桃は特別なのだと思った。もちろん当時の大将にとってもだ。きっと亡くなった女の形見にでも思えただろう。女が亡くなってから、大将はすっかり生きる気力を無くなってしまっていた。けれど桃が実ってからは、桃に執着するようになり、やがて皆がその桃を狙っていると思い始め、その桃の木から離れなくなった。そして桃が熟れて来た頃、大将が桃の実をもぎ取り、そのまま担いで走り出した」
「走り出した?」
「そうだ。大将は桃を誰にも触れられたく無かったのだろうし、自分で食べる事も出来なかった。そのまま担いで走り、”鏡の祠“へ向かった」
「・・・っ」
「そしてそのまま”赦しの滝“まで行き、実を担いだまま、崖から飛び降りたんだ」
「・・・桃と共に?」
「そうだ。それから大将と、その大きな桃の行方は分からなくなった。けれどある時、人の村で大きな桃から赤子が生まれたという噂を聞いた」
そこで六は黙り込み、じっと桃太郎を見つめる。桃太郎は口に渇きを感じながらも、必死に声を出す。
「私は、この島の・・・桃の木から生まれたのか?」
「桃太郎の生まれた桃が鬼ヶ島のものだったかは分からないが、それほど大きな桃は他には無いだろうし、可能性は高い。あの滝から落ちて無事に人の所へ流れ着くとは考えにくいが・・・あくまでこれは想像だ。けれど、もしそうだとしたら、桃太郎は鬼の実だった女の生まれ変わりなのかもしれない。となると、桃太郎は鬼の実なのかもしれないと言う訳だ」
突然様々な事を知り、桃太郎は混乱していた。鬼の実の話を聞いたつもりが、自分の出生に関する事かもしれない話だったのだ。
桃太郎はゆっくり息を吐き、再び六と向かい合った。
「六は・・・私が人では無いから、鬼の実ではないと言うんだな?」
「それもあるが・・・桃太郎は自分が鬼の実かどうかそんなに気になるのか?私に襲われるか心配か?」
笑って六が答える。桃太郎はその笑顔を見ながら、少し胸が苦しくなっていた。先ほど六から話を聞いていてもこんな気持ちにはならなかったのに、自分でもどうしてなのか分からない。苦しい思いのまま、桃太郎はゆっくりと話し始めた。
「いや・・・私も自分が人では無いと思っていたし、鬼でない事も理解した。そして鬼の実で無いのも間違いないと思う。鬼は、”鬼の実“の魅力に抗えないものなのだろう?」
「・・・そうだな」
少しづつ桃太郎が六に近づく。そして自分の手を六の手の上に重ねた。今度は六が身構えているのが分かる。笑顔が消え、じっと桃太郎を見つめ返す。
「先ほどもそうだし、今だってそうだ・・・いや、私が鬼ヶ島に来た時からずっとだと思う・・・六は私に魅力されていなし、私の事を好いている訳でも無い・・・六は、私に一体何を求めているんだ?」
最後の方は声が震えていたのだと思う。なぜこの事を言うのに、こんなにも力がいるのだろう?どうして自分は今、泣きそうな気持ちになっているのだろう?
桃太郎の言葉を聞いた六の表情を見て、桃太郎はようやく、六という鬼の本心を垣間見た気がした。
六は桃太郎と一緒にいても、相変わらずのんびりと過ごしているだけで、特に何も変化は無かった。一方桃太郎は、鬼に襲われ赦しの滝へ行ってから、時々何かを考え、塞ぎ込むようになっていた。
そんなある日、部屋で桃太郎が姿勢を正して座り、六に向かい合った。
「六、今日は教えて欲しい事がある」
横になっていた六が、桃太郎へと視線を向け、ゆっくりと起き上がる。
「どうした?そんなに改まって。何が聞きたい?」
「六、私は・・・鬼なのだろうか?」
桃太郎の質問を受け、六は全く表情を変えずに、
「いや、桃太郎は鬼ではない」
とあっさりと答える。
「では教えてくれ、“鬼の実”とは何なのだろうか?」
「どこで鬼の実の事を?」
「あの晩、私を襲ってきた鬼達が、私を鬼の実だと言った」
すると、六は視線を宙に向けしばらく何も言わず黙っていたが、やがてミズキと三田に視線を送ると、部屋にいた2人は黙って出て行った。
2人が出て行ったのを見届けてから、六が再び桃太郎と向かい合った。
「鬼の実の事を教える前に聞きたい。桃太郎、鬼とは何だと思う?」
「えっ?」
いきなりの六の質問に驚く。鬼が何かなど考えた事も無かった。元々、村では人を襲う存在が鬼だと聞いていただけで、それ以外に鬼の事など考えた事もなかった。
「私は、鬼は力強いが・・・人とあまり変わりがない気がしている」
いきなりの質問に驚きながらも、ここで過ごした経験から桃太郎が正直に答える。すると、六は優しく微笑んで桃太郎を見つめた。
「実は鬼が何かなんて、私達にも分からない。人が何であるかなど分からないしね。これは私の考えに過ぎないが、鬼とは人から生まれて来るものだと思う」
「鬼が・・・人から生まれて来る?」
「直接人の腹から生まれる訳じゃない。元々鬼はこの島で自然と現れるものなんだ。気付けば自分が鬼ヶ島にいて、自分が鬼だと知るんだ。まるで島の土から生まれて来たかの様に。そして島から鬼が生まれるのは、人という存在があるからだと思っている」
「そうなのか」
「この島には女がいないだろう?人間のように夫婦となり子供を作らずとも鬼は生まれるんだ。けれど子供を作る必要がなくとも、腹が空くように、鬼も誰かを求める時がある。そんな鬼の本能を無条件で強くさせる人の存在が、“鬼の実”と呼ばれている」
「・・・」
「元々子供を作る必要が無いから、鬼はそんなに相手を求めようとしないが、鬼の実にはどうしても抗えないほどの魅力があるんだ。普段意識していない分、その魅力はとても刺激的だ」
桃太郎は今まで鬼ヶ島に居て、六以外の鬼からどのように思われていたのかと考えた。鬼ヶ島に居る”人“という存在で注目されていると思っていたのだが、どうやらそれだけでは無かったようだ。
そんな事を思っていると、気付けば六が桃太郎のすぐ側まで近づいていた。桃太郎は体が強張り、じっと六を見つめる。六はそのままゆっくりと、自分の手をそっと桃太郎の手の上に添えた。桃太郎は手が重ねられた瞬間思わず体が反応したが、動いたのはそれだけで、それから互いに動かずしばらく見つめ合った状態が続いた。
重ねられている手が熱く感じる。見つめる六の視線から動けず、自分の手をどうすれば良いのか分からない。けれど手を振り払う気は全く無かった。
やがて六がふっと息を吐き、桃太郎から手を離して座り直した。一瞬離れる手を掴みそうになったが、桃太郎は体に力が入り過ぎていたのか、全く反応することが出来なかった。
「桃太郎は鬼の実かもしれないし、鬼の実ではないかもしれない」
「どう言う事だ?」
「鬼の実は、鬼を惹きつける“人”だと言っただろう?気付いているだろうが、桃太郎は“人”では無い。だから鬼の実では無い」
「なっ・・・」
桃太郎は六の言葉を聞き、大きな目眩を起こしたような感覚になる。自分が“人”では無い事を、いきなり六から言われると思わなかった。
「今から話す事は、ほとんど想像でしかない。
昔この島に、あるひとりの女が鬼に攫われやって来た。何処かの城主の姫だったようだ。その女は”鬼の実“であり、当時の鬼の大将は、その女に夢中になっていた。けれどやがて女が亡くなり、この島の桃の木の下に埋められた」
「・・・」
「やがてその桃の木が、一つだけ実をつけた。やがてその実は大きくなり、赤子が入るほどの大きさまでになった」
桃太郎は先ほどから自分の鼓動が大きくなっているのが分かる。自分の鼓動を聞きながら、じっと六の言葉の続きを待つ。
「鬼達は皆、その桃は特別なのだと思った。もちろん当時の大将にとってもだ。きっと亡くなった女の形見にでも思えただろう。女が亡くなってから、大将はすっかり生きる気力を無くなってしまっていた。けれど桃が実ってからは、桃に執着するようになり、やがて皆がその桃を狙っていると思い始め、その桃の木から離れなくなった。そして桃が熟れて来た頃、大将が桃の実をもぎ取り、そのまま担いで走り出した」
「走り出した?」
「そうだ。大将は桃を誰にも触れられたく無かったのだろうし、自分で食べる事も出来なかった。そのまま担いで走り、”鏡の祠“へ向かった」
「・・・っ」
「そしてそのまま”赦しの滝“まで行き、実を担いだまま、崖から飛び降りたんだ」
「・・・桃と共に?」
「そうだ。それから大将と、その大きな桃の行方は分からなくなった。けれどある時、人の村で大きな桃から赤子が生まれたという噂を聞いた」
そこで六は黙り込み、じっと桃太郎を見つめる。桃太郎は口に渇きを感じながらも、必死に声を出す。
「私は、この島の・・・桃の木から生まれたのか?」
「桃太郎の生まれた桃が鬼ヶ島のものだったかは分からないが、それほど大きな桃は他には無いだろうし、可能性は高い。あの滝から落ちて無事に人の所へ流れ着くとは考えにくいが・・・あくまでこれは想像だ。けれど、もしそうだとしたら、桃太郎は鬼の実だった女の生まれ変わりなのかもしれない。となると、桃太郎は鬼の実なのかもしれないと言う訳だ」
突然様々な事を知り、桃太郎は混乱していた。鬼の実の話を聞いたつもりが、自分の出生に関する事かもしれない話だったのだ。
桃太郎はゆっくり息を吐き、再び六と向かい合った。
「六は・・・私が人では無いから、鬼の実ではないと言うんだな?」
「それもあるが・・・桃太郎は自分が鬼の実かどうかそんなに気になるのか?私に襲われるか心配か?」
笑って六が答える。桃太郎はその笑顔を見ながら、少し胸が苦しくなっていた。先ほど六から話を聞いていてもこんな気持ちにはならなかったのに、自分でもどうしてなのか分からない。苦しい思いのまま、桃太郎はゆっくりと話し始めた。
「いや・・・私も自分が人では無いと思っていたし、鬼でない事も理解した。そして鬼の実で無いのも間違いないと思う。鬼は、”鬼の実“の魅力に抗えないものなのだろう?」
「・・・そうだな」
少しづつ桃太郎が六に近づく。そして自分の手を六の手の上に重ねた。今度は六が身構えているのが分かる。笑顔が消え、じっと桃太郎を見つめ返す。
「先ほどもそうだし、今だってそうだ・・・いや、私が鬼ヶ島に来た時からずっとだと思う・・・六は私に魅力されていなし、私の事を好いている訳でも無い・・・六は、私に一体何を求めているんだ?」
最後の方は声が震えていたのだと思う。なぜこの事を言うのに、こんなにも力がいるのだろう?どうして自分は今、泣きそうな気持ちになっているのだろう?
桃太郎の言葉を聞いた六の表情を見て、桃太郎はようやく、六という鬼の本心を垣間見た気がした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる