鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

※ミズキ※

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「ミズキ・・・やめっ・・・やめてくれ・・・っ・・・」
 先ほどミズキに口付けをされ、しばらくどちらも動かずにいた。けれど、ようやくミズキの口が離れたかと思うと、次は桃太郎の首元へと口を運び、まるで先ほどの鬼の跡を打ち消すかのように、ゆっくりと舐め始めたのだった。
 鬼とは違う、ミズキの柔らかな舌の感触が伝わってくる。桃太郎はミズキを離そうとするが、ミズキを押さえる腕に力が入らない。先ほど鬼に捕まった時といい、自分の非力さに情けなくなってしまう。ミズキの舌は止まる事なく、桃太郎から顔を離そうとしない。なぞるように首から胸、その下へと降りてゆき、そしてそのままゆっくりと咥え始めたのだった。座ったままの桃太郎の元へ顔を埋め、両手で桃太郎が自分から離れないように押さえる。
「・・・うっ、っつ・・・」
 先ほどの鬼の事が思い出される。あの時と同じように、自分の意思とは全く別の感情が湧き上がってくるのが分かる。抵抗や怒りや恥ずかしさとは別に、桃太郎が今まで感じたことのない気持ちが、ミズキが相手だと思うとより強くなっている気がした。
 こんな事をされているのに、何故自分がこんな気持ちになるのか分からない。
 桃太郎は座りながら後ろに手をつき、ただミズキの舌や口の動きを感じ取っていた。桃太郎自身、ミズキにやめて欲しいのか、この感覚をもっと味わいたいのか分からない。段々と思考が止まり、やがてミズキから受ける感触に集中する。
「・・・っ、あっっ・・・っ・・・」
 ずっと高まっていた緊張がある時点を越えた途端、桃太郎の体が震え、ミズキの動きが止まった。
 しばらくそのまま止まっていたミズキが、咥えていた口をゆっくりと離し、起き上がりながら顔を上げ、桃太郎と向かい合って座った。しばらく2人は動かず見つめ合う。
 桃太郎は意識朦朧もうろうとしながらミズキを見ていたが、自分を見つめるミズキが、何を思っているのか読み取ることは出来なかった。ミズキの表情は全く感情がなく、何かを堪えるように口をつぐんだままだった。
 やがてミズキが桃太郎の肩に手を置き、そのまま布団に桃太郎を寝かせる。桃太郎も抵抗する事なく布団に横になった。緊張が放たれてから、もう起きていられないほどの眠気がやって来ている。ミズキは桃太郎に布団を被せ、そっと布団の上に手を添えたかと思うと、そのまま立ち上がり、静かに部屋を出て行った。
 桃太郎の視線はずっとミズキを追っていたが、ミズキが部屋を出ると、そのまますぐ眠りについてしまった。

 ミズキが家の外に出るとそこには吉が立っていて、じっとミズキを見ていた。
 ミズキは吉から目を逸らし、そのまま吉の横を通り過ぎようとする。すると、吉がミズキの腕を掴んだ。
「無視することは無いでしょうに。私はてっきり、朝まで部屋から出て来ないと思っていたんですがね」
「・・・今はお前の顔を見たくない」
「今はですかい?そういや、桃太郎さんが飛び出して行ったのを、止められなかった私を叱らないので?」
「お前のせいだとは思っている・・・思っているが・・・もういい・・・」
「・・・ミズキ、どうしたいんで?何をお考えで?」
「・・・それはこちらの台詞だ。俺は今からこの場を離れる。次はちゃんと桃太郎さんを見守れるんだろうな?」
「へいへい。大丈夫ですよ。お行きなさい」
 そう言って、吉はようやくミズキの腕を離し、ミズキはそのまま行ってしまった。
「本当に、何がしたいんだか・・・お月さんのせいですかね?」
 吉はそう言って玄関前に座り込み、空に浮かぶ大きな月を見つめた。

 次の日、桃太郎が目を覚ますと同時に、ミズキが部屋に入ってきた。
「おはようございます桃太郎さん。体調はいかかですか?」
「・・・大丈夫だ」
 ミズキは桃太郎の返事を聞いて微笑み、朝の支度を始める。しばらくいつも通りのミズキを眺めてじっとしていたが、やがで桃太郎も何も言わず動き始めた。
 昨日の夜の事が、まるで何事もなかったかのように感じられる。ひょっとしたら夢を見ていたのでは無いかとさえ思えてくる。けれど昨日の事は夢では無く、現実にあった事だと桃太郎は分かっていた。そのまま互いに何も言わず朝飯を済ませ、片付けが終わった時に六が部屋に入ってきた。
 桃太郎は六が入って来たのを見た瞬間思わず体が強張り、六から目をそらしてしまっていた。そんな桃太郎の様子に気にする事なく、六は2人に話しかける。
「おはよう2人とも。今日は皆んなで“ゆるしの滝”へ行く。すぐに支度するように」
 六の言葉を聞き、ミズキが悲しそうに目を伏せた。そんなミズキの様子を見て、桃太郎はゆっくりと六に視線を向ける。桃太郎の視線を受け、六はいつものように桃太郎に微笑みかけた。
「桃太郎は初めてだな。“赦しの滝”は“鏡の祠”の、またその先にある。桃太郎がずっと行きたがっていた場所だ。楽しみだろ?」
 そう言って六が再び微笑んだが、桃太郎は何と答えて良いのか分からず、ただ反射的に頷く事しか出来なかった。
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