鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

※月の下※

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 夜の鬼ヶ島を桃太郎が1人駆けていた。先ほどまで曖昧だった感覚が消え、今では意識がはっきりしている。
 私はあの祠に行く。祠の先にあるものを、確かめなければならない。
 何かに突き動かされるように、桃太郎は駆け出していた。この島に来てから今まで大人しくしていたのが嘘のようだった。走っている夜道は月明かりに照らされ、昼間のようにはっきりと道が見えていた。桃太郎は速度を落とす事なく、ただひたすらに走り続ける。
 早く、早くあの祠へ・・・。
 桃太郎が走っていると、急に目の前が暗くなり、何かにぶつかった。
「っつ・・・」
 桃太郎は後ろへ倒れ込んでしまう。転んだまま顔を上げると、そこには桃太郎を見下ろす、大きな体の鬼がひとり、月明かりに照らされながら立っていた。
「ようやく1人になったな・・・」
「っつ・・・私に、何か、・・・用なのか?」
 先ほどまで走っていたため、桃太郎は息切れ切れに答えると、何処か別の場所から声が聞こえてきた。
「あんたが1人になるのを待っていたんだ」
 茂みから、また別の鬼が現れて答える。
「何・・・っつ!?」
 目の前に立っていた鬼が、いきなり桃太郎の頭を掴み持ち上げる。
「待ちすぎて、どうにかなりそうだ」
「あぁ、早くやってしまおう。犬どもがやってくる前に」
 桃太郎は掴んできた鬼を蹴り飛ばそうとした。けれど茂みから出て来たもうひとりの鬼に、瞬時に後ろから腕を掴まれ、立ったままの状態で体を押さえつけられてしまった。
「離せっ、何をするんだっ!」
 後ろから桃太郎を押さえつけている鬼が、桃太郎の首元へと顔をうずめ、大きく息を吸っていた。
「この匂い・・・間違いない、こいつは“鬼の実”だ」
 桃太郎は2人から逃れようと暴れるが、正面に立った鬼が両手で桃太郎の足を押さえつけ、全く身動きがとれなくなってしまった。
「離せっ!」
 鬼は桃太郎の様子に構う事なく、押さえつけながらも桃太郎の着物の紐へと手を伸ばす。
「なっ!?」
 正面にいる鬼が、服の紐をほどこうと片手を離した瞬間、桃太郎は自由になった片足で蹴り飛ばそうとする。けれど、その瞬間に後ろから押さえつけている鬼が、桃太郎の首筋を舌で舐め始めた。
「っつ!?」
 生暖かい感触に驚き、体が強張り足が止まってしまった。ざらついた鬼の舌の感触が、ゆっくりと桃太郎の首筋を上から下へとっていく。
「やっ・・・やめろっ・・・」
 必死に抵抗しようとするが、思いとは対照に何故か力が抜けていく。そんな桃太郎の様子を見ながら、正面にいる鬼が笑っていた。
「嫌な訳がないだろう?お前は“鬼の実”なんだ。さぁ俺達にも少しくらい、いい思いをさせろ」
 そう言いながら正面にいる鬼は膝をつき、はだけた桃太郎の素肌を舌で舐め始める。
「っつ・・・」
 先ほどから全く体に力が入らず、鬼の力で完全に押さえつけられて身動きが取れない。桃太郎は鬼達に抵抗するすべが無いと分かると、せめて不快な感触をこらえようと唇を噛み、声を押さえた。
 こいつらは一体何がしたいんだ?こんな事に何の意味がある?こいつらは私を、食い殺そうとしているのか?
 桃太郎は首や腹に、舌と共に鬼の牙が擦れる度に、噛み付かれるのではないかと構えた。けれど一向に噛みつく気配は無く、ただひたすらに舌を這わし続けている。
 ずっと声を出さないよう耐えていた桃太郎だったが、鬼が桃太郎のモノをくわえ出した瞬間、驚きで堪えていた声が出てしまった。
「なっ・・・」
 思わず声が出たが、鬼は桃太郎の反応に気にする事なく、執拗しつように舌で舐め続け、さらにはゆっくりと、音を立てながら吸い始めた。
「っつ、いっ、っっつ、ぁあっ・・・」
 これには桃太郎も声を抑える事が出来ず、少しでも鬼の口から逃れようと腰を引こうとする。けれど、目の前にいる鬼は桃太郎の腰に手を回して、自分の口へと押し付けている。背後にいる鬼も桃太郎をしっかり体で押し当てて桃太郎の腰が引けないようにしていた。
「やめっ・・・何をっ、っつ・・・」
 これは先ほどまでの不快な感触と訳が違った。自分の鼓動が早くなり、呼吸が荒くなっているのを感じる。鬼に挟まれながら、このままでは自分がおかしくなってしまうのでは無いかと思う。
 鬼の感触から逃れるかのように、せめて視界だけでもと視線を上にすると、そこには空に浮かぶ大きな丸い月があった。桃太郎はその月を見ながら、何故かは分からない、今自分を押さえつけている鬼達が六ならばと考えてしまった。
 六が・・・今、目の前に六が居たのなら・・・六が私にしていると思えば・・・。
 そう考えると、桃太郎は自分の体温が一気に上がっていくのを感じた。鬼に舐められている所に意識が集中し、自然と口が開き、何かを口走りそうになる。そんな桃太郎の変化を感じて、目の前にいる鬼が一度顔を離し、桃太郎を見上げてニヤッと笑った。
「どうやらお前も気持ちよくなり始めたようだな。ここからが本番だ。早く済ませてしまおう」
 そう言ってゆっくりと立ち上がり、桃太郎へと体を近づけた。桃太郎は滲む視界で鬼を見つめ、目の前の鬼がこれ以上自分に何をしてくるのだろうかと思った瞬間、桃太郎を後ろから押さえつけていた鬼の力が抜け、そのまま桃太郎と共に、仰向けに倒れてしまった。
「あぁ、そうだな。早く済ませてしまおう」
 静かに、けれど低く力のある声が響き渡った。桃太郎は仰向けになりながら声の主へと視線を向けると、そこには六が立っていて、片手が血で滴っていた。その表情には感情が無く、ただ目が鋭く光っている。
「ろ・・・く・・・」
 桃太郎が小さく呟くと、六の後ろから犬の姿をしたミズキが飛び出し、桃太郎の目の前にいた鬼へと飛びかかって行った。鬼の悲鳴と共に、地面へと倒れ込む音がする。足元で鬼の悲鳴と犬の唸り声が聞こえているが、桃太郎は六をずっと見つめていた。すると六が桃太郎の側にしゃがみ込み、桃太郎の着物を整え、そのまま桃太郎を抱き抱えた。
「六・・・私は・・・」
「何も言わなくていい。じっとしていろ」
 感情のない六の声を聞き、桃太郎は六の顔を見る事が出来ず、何も言えなくなってしまった。六が助けてくれたという安堵と、感情のない六の表情を見た不安が、桃太郎の中で混ざり合い、ただ六の腕の中でじっと顔をうずめていた。

 家に着くと六は桃太郎を布団の上へと下ろし、じっと桃太郎の体を隅々まで見回す。
 桃太郎は六の視線に落ち着かず、目を合わせる事が出来なくなっていた。六は確認が終わったのか、やがて何も言わずに立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
「六・・・待ってくれ、私は・・・」
 慌てて桃太郎は六に声をかけた。六は振り返って桃太郎を見たが、その表情にはやはり感情が表れていなかった。
「桃太郎、今はとにかく体を休めるんだ、また明日来る。ミズキ、後は任せた」
 そう言って六が出て行き、代わりに人の姿をしたミズキが部屋に入って来た。ミズキは桃太郎の側に座り、手に持っていた桶を置いた。
「桃太郎さん、今から体を拭きます。服を脱いでくれませんか?」
「ミズキ・・・六が・・・」
「・・・失礼します」
 ミズキは桃太郎の着物をゆっくりと脱がせ、桶の水で濡らした布を絞り、桃太郎の体を拭き始めた。水に何か混ざっているようで、ミズキが布で拭くたびに、甘酸っぱい香りが部屋に広がる。
 桃太郎はミズキに体を拭かれながら、先ほどの出来事が現実にあった事なのか信じられずにいた。そして今も、自分が夢の中にいるような心地がしていた。
「ミズキ・・・私は一体、どうしてしまったんだろう?」
 ミズキは答えず、桃太郎に視線を合わせる事もなく桃太郎の体を拭き続ける。桃太郎はミズキの返答を待つ事なく、独り言のように呟き続ける。
「先ほどの鬼達が・・・私を“鬼の実”だと言っていた。私は鬼の食糧なのだろうか?六は・・・私を殺すつもりなのだろうか?」
 するとミズキの手が止まり、じっと桃太郎の顔を見つめた。
「桃太郎さん。六様はあなたを殺そうとはしていません。夜に六様が島へ帰って来て、私は六様を迎えに行きました。すると六様は私に、黙って付いて来るよう言ったのです。・・・なぜ状況を知っていたのかは分かりませんが、桃太郎さんの所へ、助けに行こうとしたのだと・・・」
 そう言ってミズキは布を置き、床に両手をついて桃太郎に頭を下げた。
「桃太郎さん。今日の事は私に責任があります。桃太郎さんの事を吉に任せた私が悪かったのです。申し訳ありません」
「・・・」
 桃太郎は頭を下げるミズキを見ながら、ある事を考えた。
「別に今日の事はミズキのせいだと思っていない。そして吉のせいでもない。私が勝手に飛び出して行ったんだ、何故か急に・・・。そう言えば、椿はいつも私の側にいる訳では無いんだな?」
 すると、頭を下げているミズキの体が少し反応した。
「椿は・・・いつも桃太郎さんを見守っています。ただ今日は・・・ちょうど六様の迎えに行っていたようで、私に六様のお戻りを知らせに来ていました・・・」
「今日、六が帰ってくるのを知っていたのか?」
「いえ、私も詳しい予定は分かっていませんでした・・・椿から六様のお帰りを知ったのです」
「・・・ミズキ、もう頭を上げてくれないか?」
 桃太郎の言葉が聞こえていないかのように、ミズキは動かず頭を下げ続けている。桃太郎はゆっくりとミズキに体を近づけ、ミズキの肩へ手を置いた。
「ミズキ、頼むから頭を上げてくれ」
「・・・っ、桃太郎さん。私は先ほどの事だけに対して、頭を下げている訳では無いのです」
「どう言うことだ?」
「今から私がする事を・・・どうかお許し下さい」
「ミズキ?」
 ミズキは何も答えず顔を上げた。ミズキは今にも泣き出しそうな顔をしている。けれどその瞳には何か別の感情が、力強い意志がある様に感じられた。
 桃太郎がミズキから視線を逸らす事が出来ずにいると、ミズキがゆっくりと桃太郎へと顔を近づけてきた。そして、そのまま桃太郎の口へと、静かに自分の口を合わせ、どちらとも動かなくなってしまった。
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