鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

赤い実

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 六が鬼ヶ島を離れてから、桃太郎はずっと上の空になっていた。ミズキとの稽古も身が入らず、今も組手をしていたミズキにあっさりと打ち負かされた所だった。
「桃太郎さん、集中できていませんね。六様が気になりますか?」
 桃太郎はミズキに言われて考え込んでしまう。
 私は今、六の事を考えていたのか・・・。確かに、ここ最近はずっと六の事を考えている気がする。六が何を考えているのか分からず、六の言動の意味が分からないからだ。冗談なのか、この間は私が鬼退治する時は協力すると言ってきたり・・・急に皆の前で口を合わせてきたり・・・。
 桃太郎は六が口付けをしてきた時の事を思い出し、思わず顔が赤くなった。そんな桃太郎を見て、ミズキが優しく微笑む。
「桃太郎さんが六様を好いてくれて嬉しく思います。少し休憩にしましょうか」
 そう言ってミズキはその場を離れようとする。桃太郎はミズキが言った事に驚いていた。
「ミズキ、私は六を好いている訳ではない」
 歩き始めたミズキは振り返り、驚いた表情で桃太郎を見た。
「そうだったのですか?てっきり桃太郎さんが六様を思い出し、今も顔をあからめているのだと思い・・・」
「あの状況が恥ずかしかったんだ。大勢の前で、あんな風に・・・。私はそういった事に慣れていないから・・・」
 桃太郎の語尾が小さくなる。ミズキはそうですか、とだけ言い先に戻って行く。桃太郎はそんなミズキの背中を見ながら考えた。
 私は今まで、村の者達から恐れや軽蔑の目を向けられて生きていた。唯一私を育ててくれたお爺さんとお婆さんが、私に好意を向けてくれていたと思う。ただ・・・六は違う。六が私を見ているのは、私が今まで受けてきたどの視線とも違う・・・あれが何なのか、六が何を思っているのか分からないのだ。
「桃太郎さん、大丈夫ですか?」
 後を追ってこない桃太郎に気付き、ミズキが立ち止まり振り返って声をかける。
「・・・大丈夫だ」
 桃太郎はようやく考えを止め、ゆっくりとミズキの元へと歩き出した。

 それからも六は戻らず、数日が経過していた。桃太郎は日に日に稽古に身が入らなくなっていた。
 ミズキに言われたからなのか、今まで以上に六の事を思い出し、気が付けば六の事を考えていた。ミズキはそんな桃太郎の様子を見て優しく微笑んでいたが、桃太郎は自分の考えを上手く説明する事も出来ず、何故か自分に対して微笑むミズキに何も言えずにいた。

 ある日ミズキが桃太郎の側を離れ、代わりにいる吉が桃太郎へと話しかけてきた。
「桃太郎さん、最近どうやら上の空のようですが、六様の事をお考えで?」
「吉も・・・私が六の事を考えていると思うのか?」
「まぁ、そんな感じに見えますがね、違うんですかい?」
「違うと言ったら嘘になるが・・・自分でも何を考えているのか上手く説明できないんだ」
「さいで。まぁ桃太郎さんも、鬼ヶ島でこれといってやる事がないですしね。六様が居なくて寂しいんですかい?」
「・・・」
 桃太郎は、吉と話しながら視線を逸らした。そうだ・・・今私の側には六が居ない。すぐに帰ってくると言っていたが、一向に帰る気配もない。別に大人しく六の言う事を聞く必要もないのだ。桃太郎は六のことを振り払うかのように、ある決心をした。
「吉、私は鬼ヶ島に来て落ち着いてしまっていたが、やりたい事があったのを思い出した。きっと何もせずにいたから、少し上の空になってしまっていたのかもしれない」
「さいですか。まぁそんな桃太郎さんに、今日は贈り物を持って来たんですぜ」
 吉はそう言って、懐から手のひらに乗るくらいの、小さな赤い果実を一つ取り出した。
「満月の夜に食べると、滋養が付くと言われていやす。ちょうど今晩が満月だ。桃太郎さん、夜にでも月を見ながら召し上がってくだせい。それまでは懐に置いてもらって、大事に取っといて下さいよ。なにせ貴重なものなんですからね」
 桃太郎は吉から果実を受け取った。食べる事が大好きな吉がくれたのだ、きっと今の自分はよほど気が抜けていて、吉なりに心配してくれたんだろう。
 桃太郎は素直に礼を言い、今晩にでも食べると約束して、その実を受け取った。

 夜、桃太郎は家の外へ出て、庭から月を見上げた。雲一つなく、いつもよりも大きな丸い月がそこにあった。そして手には、昼間吉がくれた赤い実がある。気のせいなのか、実の香りが強くなっている気がする。桃太郎はそっと実を顔に近づけ、その匂いを嗅ぎ、そしてゆっくりと小さくかじってみた。
 齧ると甘酸っぱい香りが口に広がり、飲み込む時には口の中で実が弾けたような感触があった。ゆっくりと実の味を噛み締めていると、遠くの方から吉の声が聞こえてくる。
「桃太郎さん、本当に食べてくれたんですね」
 ゆっくりと吉が桃太郎に近づいてくる。桃太郎は吉を見ながら、昼間の事を思い出していた。
 ミズキも吉も、私が六の事を考えているようだと言っていたな。
 桃太郎はなんだかぼうっとしながら吉を見ていた。吉はそんな桃太郎に気づかず、桃太郎の側へとやってきて、隣に腰を下ろした。
「先ほどミズキに急用ができやして、今晩は私がこのまま桃太郎さんの側におりやす。・・・?桃太郎さん、ぼうっと突っ立っていないで座ったらどうです?そんな真剣に月を見ながら食べなくても良いんですぜ?」
 そう言って吉が桃太郎を見上げるが、桃太郎には吉の言葉が全く届いていなかった。先ほどから吉を見ているのに、何故か六の事を思い出していた。
 六は私に、この島の鬼退治をして欲しいのだろうか?同じ鬼達なのに?力の無い私をからかっているのか?六は・・・何故私に口付けをしたのだ?六は私の事をどう思っているのだ?私に何をしたいのだ?・・・そうだ・・・六は、私に・・・。
 桃太郎は吉を見下ろしながら六の事を考えていたが、考えすぎてからか、何故か吉が六に見え始めていた。
 六はきっと・・・ならば私は・・・私だって・・・。
 桃太郎はいきなりしゃがみ込み、隣に座り込んでいる六へと顔を近づけた。
「?桃太郎さ・・・」
 いきなり桃太郎に顔を近づけられ驚いた吉だが、そのまま桃太郎に口を塞がれて固まってしまった。
「・・・っつ!?」
 吉は驚き動けずにいたが、桃太郎は構わず吉に迫っていく。
「・・・っふっ・・・っ・・・桃太郎さん・・・私は六様ではありやせんっ・・・吉です!」
 驚き固まっていた吉が、ようやく慌てて桃太郎を自分から引き離す。
「っつ、どうしたっていうんですかい?しっかりしてくだせい!あの実のせいですかね!?あれはその・・・実は・・・」
 吉が何か言おうとしていると、先ほどまで吉に迫っていた桃太郎がいきなり立ち上がり、吉に背を向けて庭の外へと走り出して行った。
 吉はそんな桃太郎を止める事なくその場で見送り、足元に落ちているかじられた赤い実に視線を移した。そして先ほどまで重なっていた自分の唇を、そこにあるか確認するかのように指で触れながら小さく呟いた。
「あーあ・・・私のせいじゃありやせんぜ。一体何がしたいんだか・・・」
 吉はそのまま月を見上げ、そのままその場でひっくり返ってしまった。
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