鬼と桃太郎

そらうみ

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鬼ヶ島にて

見送り

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 桃太郎は鬼ヶ島で何不自由なく過ごしていた。桃太郎の側には六がいて、六がいない時はミズキが居る。桃太郎は六が住んでいる家に寝泊まりし、服も六達と同じものを着て、六達と同じものを食べて過ごした。
 何をすることも無くただ毎日を過ごすだけだった。あまりにもする事が無いので、ある日、桃太郎は六に尋た。
「六、私に稽古をつけてくれないか?」
 家の中で横になっていた六がゆっくりと起き上がり、桃太郎に向かい合った。
「稽古をつけて欲しい?それは、戦闘においての事か?」
「そうだ。六は私より強いだろ?是非とも頼みたい」
 六は桃太郎をじっと見つめる。部屋の隅にはミズキもいたが、今はじっと2人を見つめていた。しばらくして、六が桃太郎へと再び話し始めた。
「桃太郎は私に稽古をつけてもらいたいんだね?強くなりたいのか?」
「あぁ、強くなりたい」
「強くなって、鬼を退治したいのか?」
「いくら私が強くなっても、この島の鬼を退治するのは無理だ。数が多すぎる」
「確かに。桃太郎1人ではいくら強くなったところで、この島中の鬼を倒すのは無理だろう。・・・そうだな、私と桃太郎と・・・ミズキ達が協力してくれたら可能かもしれない」
 六は独り言のように呟いた。桃太郎はじっと六を見つめた。
「六、私は鬼を退治するつもりはない。本心だ。ただ強くなりたい」
 六はしばらく桃太郎を見て、ふっと微笑んだ。
「良いだろう。桃太郎は真面目なんだな」
 そしてそっと桃太郎の耳元へと顔を近づけ、小さく囁いた。
「本気で鬼を退治したくなったら言ってくれ。いつでも力を貸そう」
 そう言って六は立ち上がり、そのまま家を出て何処かへ行ってしまった。部屋には呆然としている桃太郎と、そんな桃太郎を見守るミズキが残された。

 それから桃太郎は、毎日六に稽古をつけてもらっていた。六に用事があり、桃太郎の相手ができない時はミズキが六の代わりをした。人の姿をしているミズキは、動きが素早く瞬発性があり、六に勝らずとも十分な力があった。
 桃太郎は2人に相手をしてもらいながら、自分の実力で鬼ヶ島へ来た事への無謀さを改めて感じ、六の気持ち次第で、鬼ヶ島に着いた時にすぐにでも殺されていたのだと実感した。

 そうして桃太郎は、毎日朝早くから遅くまで体を動かし、時折六やミズキと一緒に島を探索する生活を送っていた。祠へは一度行ったきり近づく事もなく、六も桃太郎も何も言わなくなっていた。相変わらず島を歩いていると、必ず他の鬼達の視線を感じたが、直接桃太郎に関わってくる者はおらず、桃太郎も、六やミズキ達以外に自分から関わろうとはしなかった。

 そんなある日、六がしばらく島を離れなければならないと告げてきた。
「桃太郎、しばらくこの島で私の帰りを待っていて欲しい。出来る限り早く戻ってくる。私がいない間、決してミズキの側を離れないように」
「ミズキは島に残るのか?」
「あぁ、ミズキが側にいない時は、代わりに吉が側にいる。椿はいつでも桃太郎を見守っているから、1人にはならないはずだ」
 吉の名前を聞いて、近くにいたミズキは少し眉をひそめていた。
「私はずっと、誰かに守られているのだな」
「ここは鬼ヶ島だからな」
「私は、他の鬼達から守られているのだろうか?」
「・・・鬼ヶ島ではいつ何が起こるか分からない。人間の世界とは違うんだ」
 そう言って、六は桃太郎に微笑む。
「桃太郎、私が戻ってきたら祠のその先へ案内しよう。どうか私を待っていてくれ」
「・・・分かった」
 桃太郎は六から視線を外し、下を向いて小さく答えた。桃太郎が視線を外した瞬間、先ほどまでの六の微笑みが一瞬で消え、無表情で桃太郎を見つめている事に、桃太郎が気付く事はなかった。

 六が島を出る日、桃太郎もミズキと共に、他の鬼達と一緒に浜辺へ見送りに来ていた。普段、他の鬼達は遠巻きに桃太郎を見ているだけだったので、これほど多くの鬼達を近くで見るのは、初めて鬼ヶ島に来た時以来だった。
 他の鬼達は皆、六の見送りと言っても、桃太郎に視線が集中している。六が船に乗り込む直前、何かを思い出したかのように立ち止まり、桃太郎の元へと引き返して来た。そしてそのまま桃太郎の前で立ち止まり、片手で桃太郎の腰を引き寄せ、もう片方で桃太郎の顔を持ち上げ、そのまま躊躇ためらう事なく唇を合わせた。
「っつ・・・!?」
 桃太郎はいきなりの事に驚いた。初めて六と出会った時に唇を舐められはしたが、こんな風に口を重ねたことはない。次第に六の口付けが深くなっていく。
「っつ・・・うっ・・・っん・・・」
 桃太郎は抵抗し口を離そうとするが、桃太郎を引き寄せる六の力に敵うはずもなく、ただ小さな声が漏れるだけだった。
 しばらくして、ようやく六が桃太郎から顔を離すと、桃太郎は顔を真っ赤にして小さく震えていた。そんな様子を見て、六は笑いながら優しく桃太郎を抱きしめる。
「桃太郎、すぐに戻る・・・体に気をつけて」
 それだけ言うと六は桃太郎から離れ、一度も振り返らずに船へと歩いて行った。船が岸から離れても桃太郎はずっとその場に立ち尽くしていた。ようやく船が見えなくなったところで、桃太郎の側にいたミズキが話しかける。
「桃太郎さん、そろそろ戻りましょう」
 ミズキが促し、桃太郎は顔を真っ赤にしたまま、ふらふらと島の中へと戻っていった。六の見送りに来ていた鬼達は、ずっと桃太郎の様子を見続け、誰1人動こうとしない。そんな中、一緒に見送りに来ていた吉だけが、
「さて、これからどうなることやら」
 と小さく呟き、桃太郎達の後を追いかけて行ったのだった。
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