完結 虚ろ森の歌姫が恋の歌を唄うまで

音爽(ネソウ)

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コンコルソ

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王家主催のコンコルソの当日。
一般からは六名、三つの学校からは各二名の参加者が出場を決めている。その中でロメルダとカルロのふたりはさも当たり前のように参加していた。
「ふふ、私は歌姫として一般参加でも良かったのだけど、名目上は学園代表として参加させて頂くわ」
「その通りですよね!頑張ってください、我が至宝の歌姫!」
「オーホホホホッ」

一方で、彼女らと関わりたくないと思っているメルチェラは会場の隅にいた。
「あぁ、緊張しちゃう……」
何度目になるか分からない深いため息を繰り返す彼女は身の置き場に困っていた。そんな彼女にも付添人が付いている。
「しっかりねメル、私達が付いてるじゃない!」
「あ、うん……そうなんだけれどね、はぁ~……」

いつもの伴奏ではないことへの不安がメルチェラを疲弊させるようだ、的確な判断の為に城からの伴奏者で決めれられていた。それだけでも不安なのに、この肝心の場にディノが不在であることが大きな要因なのである。
「あぁ、ディノ様……どうか見守ってて」
「ええ~?なんなのディノ様って失礼しちゃうぅ」
「え、いや違うのよ、こられない理由はきいているし、あの」
慌てて弁解するメルチェラに「ぶふっ」と笑うボーラは冗談であるといって背中をパシパシと叩く。

「あ、酷~い!」
「ふふ、調子出てきたじゃない?それでこそ私達の歌姫だわ」
「まあ、ふふっそうね。そうだわ、その通りだわね」
一瞬で緊張から解き放たれた彼女の顔はいつもの飄々としたメルチェラであった。なにが起きても大丈夫な様子をみた級友はその調子でと微笑む。


***


「一般からジュリエ様、どうぞ」
「ひぃ!わ、わかりました」
演技を振る舞うのは本番までわからない、そのようになっているのだ。緊張をほぐす意味もあるのだがこの方法はいかがなものかとメルチェラは頭を傾がずにおれない。
「ふぅ、なるようになるわ……」

「つぎ、ロメルダ・ホアネーン嬢どうぞ」
「……はい、わかりましたわ」
さすがは場数をこなして来た歌姫である、狼狽えることもなく颯爽と出て行った。その姿をメルチェラは我がことのように見守っている。

彼女の歌声は緊張とは無縁の凛々しい声だった、一字一句に込められた歌声は素晴らしい。
歌声はやがて佳境に入り”あぁ 我が心に 咲き綻ぶ 恋の歌を 誰に伝えようか”と聞き覚えがある言葉がやってきた。
「さすがとしか言えない出来ね……」
誰もがその歌声に魅了されて行くのが分かる、メルチェラはふぅとため息を吐いて、他にない素晴らしいものだと思った。

次々と名を呼ばれる歌姫たち、そしていよいよ彼女の名が呼ばれる。
「メルチェラ・リーヴァ嬢、どうぞ」
「はい、いきます」
” この思いを知らぬ かの星よ どうかこの秘めたる心を ”と始めた、誰も聞いたことのないその恋歌は空々しく聞こえた。だが、二巡目に入るや誰かが呟く”かの星よ どうか秘めたる心を”と。その、ざわめきは伝染したかのように広って会場中がひとつになった。

澄みわたるその歌声は王族席にも届き、王と王妃までも魅了した。
「す、素敵……なんて素晴らしいのかしら」
「うむ、まるで其方と出会った頃を思いだすよ」
「まぁ、陛下ったら」

仲睦まじく寄り添い、かつてのふたりの様子を連想させると言い合う。所謂、政略結婚であるはずのふたりであったが互いに惹かれていたことを後に知り、二人はこの縁を大切にしたいと固く誓ったのである。
「なぁ、この曲は誰がが意図したことなのでは?のうベルナディノ」
「はて、そのような事はしりませんが、面白いことで」
何食わぬ顔をするその人物は愉快そうに笑った。



「はぁ緊張したわ……みてこの鳥肌を」
未だに納まらない様子をボーラたちに見せつける、だが、緊張とは無縁であるような振る舞いであったと苦笑する。
「良くいうわ~あんな堂々とした歌姫は初めて見たのよ」
「そ、そんな、そんなはずがないわ」

「まったくよ、私の方が緊張したくらいだわ」
「うん、まさしくだよ。ボクは名を呼ばれたら緊迫でどうにかなりそうだ」
口々にそう返しに来るものだかだからメルチェラは大慌てである、そんなはずがあってたまるものかと。
「ならばもう一度歌ってみなさいよ」
「え、平気かな、うん。平気かも……同じように歌えるわ」
これにはボーラたちは、何が緊張でどうにかなるなどと言ったものだと呆れかえった。

「メルだもんね」
「本当にね……」

本選の結果は休憩を挟んで発表が行われる、よって互いに緊張に孕んだ状態に陥るものだった。歌姫ロメルダもそのひとりであるのには違いはなかった。
「大丈夫ですよ、ロメルダ様は首一つ抜きん出ておられた!」
「え、えぇその通りなのだけど……でも」

顔色が冴えない彼女はブツブツと文句を呟いていた。やはり楽曲が幼過ぎたのではと考えてあれこれと悩ましい事態に取り付けれていた。
「ねぇテーマが些か子供じみていたと思うのよ、やはり学園祭で歌った曲の方が良かったのではと」
「ええ?そんなことはないですよ。確かにメルが違う歌で対抗してくるとは思いませんでしたが」
「……」

今更そんなことを考えたところで、なるようにしかならないのだと歌姫は昏い思想に陥るのだった。


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