完結 虚ろ森の歌姫が恋の歌を唄うまで

音爽(ネソウ)

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愚かなカルロ

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いつまでも横柄な態度でメルチェラに接するカルロは、歌姫に現を抜かしている間に婚約が白紙になったことを知らずにいた。
真実を知る機会はいくらでもあったのだが、両親に呼びつけられる度に小言は聞きたくないと逃げていた。そのような愚行を繰り返すうちに親たちは諦めたのだ。結果、目上の貴族令嬢に非礼な言葉を浴びせ続けることになり高位貴族全体に不興を買っていた。

その影響は学園生活にも静かに及んでいるのだが、まだ彼は気が付かずに過ごしていた。

「あの女は臍を曲げていて面倒この上ないね、嫉妬深いのも困ったものだよ」と昼休憩の時間に食堂で愚痴っているところを度々に目撃されている。だが婚約白紙を知る周囲の反応は冷ややかだ。
「なぁ、お前もそう思うだろう?」
「……その話をふるな、こっちにまで飛び火しては迷惑だ」
「なんだよ!聞いてくれてもいいだろ」

同格らしい級友に話を振ってみたが、けんもほろろという対応で避けられる。その時点で気が付けば救いはあったがカルロは空気が読めないタイプなようだ。

「忠告だカルロ、いつまでリーヴァ様に纏わりつくんだ、相手は目上だぞ」
「はあ?あいつは俺様が我慢して妻にしてやるんだ雑に扱って丁度良いのさ!」
「呆れた……自身のことなのに何も知らないんだな」教える義理もないと判断した同級生は離れていってしまった。


***

そして夏へと季節は変わり、夏季休暇へ突入した。
学園は図書室以外は閉鎖され生徒達は各々自宅にて学習となる。勤勉な者はこの時期にこそ差が生じることを肝に銘じて生活するのだ。油断するものはドンドンと能力の差が開くばかりだ。

その怠惰な後者にカルロも含まれ、碌に教科書すら開かずに面白おかしく暮らしていた。
当然、王都の劇場に例の歌姫が登場する日は必ずチケットを買い求めて通っていた。

「ああなんて素晴らしい人なのだろうロメルダ様……同じ伯爵令嬢でも雲泥の差だよぉ!」
ロメルダ嬢の歌声を聞いてくる度に、歌姫とメルチェラを比較しては貶める発言を繰り返した。耳蛸になった従者らを追いかけてまで聞かせるものだから執事もフットマンもウンザリしていた。

侍女とメイドに至っては女性軽視の発言と取られ睨まれるので、そこは控えていた。元来、気が小さいカルロは強気の相手には自ら距離を置くのだ。
「坊ちゃんの発言とはいえ許し難し!」
「ほんとですね、侍女とはいえ貴族の端くれ悪評を自ら撒くなんて」

従者全体にも悪影響を及ぼすことを危惧したラメウラ子爵は、カルロの学園卒業を待たずして貴族籍から抜くことを決定した。
カルロ不在の家族会議で当主は言う。
「他の兄弟が巻き添えを食う前に切るぞ、異論は認めぬ」
「……わかりましたわ、残念ですが放置しては親戚方にも迷惑が及ぶかと」

ラメウラ夫人は心痛な面持ちで同意する他なかった、いくら可愛い息子でも限界だった。続いて長男、次男が発言する。
「何れ五代目子爵を継ぐ嫡男としてはカルロははた迷惑な存在に過ぎません」
「私も父上の判断を指示します、職場でも僅かに影響が出てますから」
文官として城務めを始めていた次男は職場の風当りが強くなるのは避けたい、閑職に追いやられては死活問題なのだから。

「末っ子だからと甘やかしすぎたな」
「ええ、反省しておりますわ……」

たかが良くある愚痴と思われるかもしれないが、面子を重んじる貴族には看過できないことなのだ。下位貴族に貶されて黙っているほど上位の者は寛大ではないのだ。




「まあ、カルロはいまだに婚約白紙を知らないままでしたの?」
リーヴァ伯爵邸に出向いて謝罪に訪れたラメウラ子爵夫妻は伯爵とメルチェラに深々と頭を下げて事情を話す。

「まことに御迷惑なことをおかけしております、上位貴族連名の抗議文と王からもご叱責の手紙まで届きました。我がラメウラは近く降格処分を受けるでしょう」
「まあ……なんてことに」

当人メルチェラはさほど気にしてはいなかったが、間接的に彼女の名誉は傷つけられているのは事実である。嫉妬に狂い、婚約者の役目を放棄しているなどと嘘を吹聴したカルロの罪は消えない。
「メル、名誉棄損で訴えても良いと思うが」
「え、大袈裟では……」
「いいや、リーヴァ家が貶められたも同然だ。軽く考えてはいけない」
「あ……」
メルチェラは家名の傷と諭されてやっと重大さに気が付いた。曾祖祖父は当時治めていた王の第四王子にあたる人物だからだ。

「王族の名誉……」
「その通りだよメル、私達には王族の血が流れているのだ」
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