完結 虚ろ森の歌姫が恋の歌を唄うまで

音爽(ネソウ)

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恋の歌が唄えない

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森での再会を果たしたメルチェラは年上の青年ディノと頻繁に会うようになった。コンコルソの立候補に選ばれて悩んでいることを打ち明けたところ、彼が練習を見てくれると申し出てきたからだ。
彼はピアニストを目指していたらしい、だが今は怪我を理由に諦めているのだと聞く。気の毒に思うメルチェラだったが腱が切れていてはどうにもならない。

「作曲が出来るから音楽から離れたわけじゃない、こう見えて耳は肥えているからな指導はできるよ」
「あ、ありがとうございます!御迷惑でなければ是非!」
選考会までのレッスンを依頼した彼女は謝礼はいかほど支払うか尋ねたが、趣味の範疇だからと謝礼金は断られた。

「良いんだよ、人の為に役に立てるのは嬉しい。そして、キミの夢の手伝いが出来るのは名誉なことさ」
「夢なんて大袈裟ですよ、才能ないですもの」
歌姫は選ばれた一握りの者の職業である、例え才能があったとしても支援者を得なければ活動も難しい。それが理由でも彼女は自己評価が低すぎるとディノ青年は思う。

「支援者を気にしているのなら私がなろう、作曲家と歌姫。とても良い組み合わせじゃないか?」
「ええ!?宜しいんですか?駆け出しですらないのに」
「キミの歌声に惚れたんだ、遠慮しないでくれ。そのかわりレッスンは厳しく行くよ、優勝以外は許されない」
「ひえ」

こうして正式に契約を交わした彼女は毎日森へ通うことになったのである。

***


ある日の放課後。
いつものように裏庭の片隅に来て空を駆ける準備をしていたメルチェラの元に厄介な者が声を掛けて来た。
「やあ、メルひさしぶりだね」
「な……カル…、いいえラメウラ様何用でしょうか。急いでおります」
他人行儀な返答をするメルチェラに対して訝しい顔をするカルロは「まだ茶会の事で臍を曲げているのか」と呆れた。

「ロメルダ嬢が劇場で歌うって聞いたら行くしかないだろう!なんて心が狭い女だ」
「あら、今更そんなこと気にしてませんよ。何日経っていると思って?」
「ならばその素っ気ない態度はなんだというんだ、俺がせっかく」
「せっかくなんですか?いつも素っ気ない態度だったのはそちらの方だわ。歌姫を追うのが好きなら勝手にどうぞ」
「な!?」

てっきり嫉妬されて喚かれると思っていた愚かなカルロは肩透かしを食らって瞠目する。
「なんで怒らないんだよ、可笑しいぞメル」
「気安く愛称で呼ばないで、サヨナラ」
飛び去ろうとする彼女にカルロは話の途中だと咆えて引き止める、面倒と思った彼女は上空から見下ろして「用件は手短にどうぞ」と返した。

「お前は身の程も知らずに歌唱コンコルソに参加表明したらしいな!恐れ知らずも大概だ、恥を掻く前に辞退じろよ俺が迷惑だ!どうせ結果はロメルダ様の完全勝利なんだ、選考会など不要なのに学園は馬鹿揃いなのさ」
「はあ?なぜ貴方に影響が及ぶのよ……話はそれだけなら無駄な時間だった」
メルチェラは侮蔑の視線をカルロに浴びせてから森へと飛び立った。

「あ!コラッ!婚約者の忠告を無視するな!なんて我儘なんだ!降りてこい、この跳ねっ返りのじゃじゃ馬!」
彼のワーワー喚く声は後方から流れてきたが彼女が振り返ることはなかった。



森へ到着して早速と歌う彼女だったが、荒れた気分が声に出てしまいディノに注意を受ける。
「感情のまま歌っては駄目だ、聞き手までイライラしてくるぞ。キミは人に感動を与えたいのだろう?」
「ごめんなさい、出掛けに人に絡まれて荒れてしまったの」
悄気る彼女に子細を尋ねるディノである、メルチェラは理由を告白するのに躊躇い項垂れてしまう。

「言い難いことだったかな……無神経だったね、ごめんよ」
「いいのです、いつまでも引き摺るのもどうかと思うし、愚痴になりますが聞いてください」
話して晴れる事ならばとディノは聞く体制になって木の根元に座った。

理由を粗方聞いた彼はしばし思案してから、旅の歌から恋の歌へ選曲を変えた方が良いと提案される。
「で、でも私は……恋の歌は辛いんです……大好きな人の心がどんどん離れて行くのを感じた時は目の前が真っ暗になりました」
やや涙声になって胸中を吐露したメルチェラだ。しかし、ディノの言葉は慰めではなかった。

「そんなヤツの思い出なんて捨てちゃえば良いだろう、傷ついてまで愛する価値があったのかい?」
「え」
ディノ青年のピシャリとした発言を聞いて目から鱗のメルチェラであった。

「あら、確かに……あんなクズ男の為になど私は荒む必要はないのだわ」
「うん、その通りだよ。キミはキミらしく生きて気持ち良く歌えば良い、それが歌姫だよ」

ディノの言葉はとても的を射ていて、清々しいものだ。わだかまりが霧散した彼女の心はとても晴れ晴れとした。

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