完結 虚ろ森の歌姫が恋の歌を唄うまで

音爽(ネソウ)

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噂話に花開く

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茶会の約束を反故にしたカルロからの謝罪は一切なかった。恐らく子爵が彼の将来に見込みなしと判断した為、令嬢へ手紙を出せとも言わなかったに違いない。何もかも無駄になったのだ。
そもそもな話、自らの失態は自身で拭う物である。反省の片鱗さえ見させない彼は誰が見ても立派なクズなのだ。

「近いうちに白紙になると思うの、手続きが面倒なことだわ」
「あらぁ、彼の成績がガタ落ちするのを待たずしてなのね。僥倖ととって良いんじゃない?」
生徒用のカフェで期間限定のケーキをつつきながらボーラが言う。
「そうね、複雑ではあるけど関わることがなくなると思えば気が楽かな。私は相手に期待することは愚かだと身に染みたわ」

「なかなか辛辣……そっか次よ次!私たちはまだ十六歳、花の乙女の青春はこれからよ!」
「青春ねぇ、しばらくは静にいたいわ」
隠居した老婆のようなことを言う友人に「枯れちゃだめ」とボーラは叱ったのだった。


その後、心穏やかに学園生活を送っていた彼女たちだったが、秋の文化祭で歌唱コンコルソが開かれると噂が広まった。

「聞いた?本当らしいのよ!」
「は?いきなりなんの話なのよ、主語をつけてくださいなボーラ様ぁ」
大はしゃぎしている友人を揶揄うようにメルチェラはお道化た言い方で応戦した。
「んもう、反応悪いな~!歌唱コンコルソのことよ、予選は夏に開かれるらしいわ」
「ふ~ん、それが?」

やはり反応が薄いままの友人に大袈裟に嘆くリアクションをするボーラは「なんてこと!」と演技臭い。
「文化祭のコンコルソは王家主催の歌唱コンコルソに通じるらしいの!上位二名の者がその参加資格が与えられるのよ、とても名誉なことだわ」
「名誉ねぇ……学園はここだけではないし、一般からの参加者もいるのでしょ?厳しいんじゃない」
ボーラの話によれば王に最優秀に選ばれた者はお抱えの歌手になり「胡蝶の歌姫」の称号を賜るとのことだ。

「なるほど選考対象は女子のみってことね、でもなんで急に学園予選?」
そんなものは今まで聞いたことが無いとメルチェラは疑問に思うのだ。
「ええ、詳細は定かではないけれど王子殿下が噛んでるらしいの、ひょっとしたら王子妃選びの可能性があると女子たちは盛り上がっているわ」

だがメルチェラは眉唾な話ではないかと興味を示さない。仮に真実だからなんだという感じだ。
「メルは候補に名乗らないの?歌うの好きよね」
「好きだからって得意なわけじゃないわよ、ストレス発散にいいだけだわ」
森林での事をふと思い出した彼女は「あの方は元気でいるかしら」と呟いた。それを耳にしたボーラは瞳を輝かせて食いつく。

「あの方って!?なになに!殿方絡みのお話かしら!聞き捨てならないじゃない!」
「もう……落ち着いてよね」



歌唱コンコルソのことは所詮他人事と思って呑気にしていたメルチェラであった。
ところが一学年代表の一人に図らずも選ばれてしまったのだ。

「ど、どうして!?候補なんて名乗ってないわ!」
狼狽してオロオロするメルチェラにボーラと級友たちがにニッタリと笑って答えた。
「立候補だけが選考対象じゃないのよ~ねぇ、皆様」
「そうですわ!私達連名でメルチェラ様を推しましたの!」
「うんうん、その通り!俺達は応援するからな!」
公爵家の男子生徒まで推薦者だと名乗りを上げたことにメルチェラは愕然とした。

目上の者からの推しでは辞退するのは難しい。
「そ、そんなぁ……自信がないと言ったじゃないの」
「なにを弱気な!せっかくのチャンスよ、それにメルの歌声はとても好きよ!」
歌に関しては、下手の横好きでしかないメルチェラは友人の言葉に頭痛を覚えるのだった。


「とんだことに巻き込まれたわ……」
悩み事に打ちひしがれた彼女は東の森の中にいた。

ストレスの発散を兼ねての事だが、奇しくも参加することになった以上は練習する他ないと腹を決めたのだ。
せめて及第点とはいかずとも悪目立ちしない程度には上達したいと思った。
「う~ん。サビの入りの部分でどうしても音程が外れちゃうのよね……」
先ずは発声練習から始めた彼女は「あーあー」と何度も声を張り上げる。

そして、一番親しんで歌いなれたあの曲を歌いだす。
”荒れ地を行く アナタ 北風が行く手を阻もうと その歩を止めることなかれ”
そして、苦手らしいサビに差し掛かると彼女の声に添うようなメロディが流れて来たではないか。

「ほら、その調子……続けてごらんよ。キミの癖はブレスのタイミングが悪いのさ」
「え、貴方は確かディノさん?」
彼は優しく微笑むと手の平に乗せた小さな箱を大事そうに撫でていた。メロディはそこから流れてくるのだ。

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