完結 虚ろ森の歌姫が恋の歌を唄うまで

音爽(ネソウ)

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祭りと歌姫と森での出会い

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「はあ……なんて美しいアリアなんだ」
街の一角に設営されたそこは簡易な青空劇場だ、いま登壇して流行りの歌を歌唱するのはロメルダ・ホネアーン伯爵令嬢だった。小鳥の囀りのような愛らしい歌声に魅了されているカルロ青年はウットリと見つめて骨抜きされていた。
春祭りのこの日は内外から集まった客達でごった返している。

そんな混雑の最中にいる彼だが、雑踏の賑わいも酔っ払いの喧騒も耳に届かないらしい。
だが、彼の連れであるメルチェラは面白くない様子で頬を膨らませてご立腹のようだ。
「ねぇーえ!せっかくの祭りなのにずっと同じ場所ではつまらないわ!この演目は三回目じゃないの」
「煩いなぁ!ロメルダ様の歌声が聞こえないじゃないか!護衛たちと一緒に周ってこいよ!」
「そんな!去年の冬からずっと楽しみにしていたのに……」

歌姫以外に眼中にないらしいカルロは、婚約者の彼女を放置して夢中になっているのだ。その様子を見ていた侍女が諦めて屋台を巡りましょうと慰める。
「……あぁ、祭り限定のジェラートを一緒に食べようって約束してたのよ」
不満タラタラな令嬢は護衛に挟まれながら街中を歩いた。当てもなく歩いていたものだから祭り会場から外れてしまって茫然とする。

「もう気分ではなくなったわ……いつも通りの場所までお願い出来る?ごめんね皆は各々楽しんで」
「畏まりました、でも帰路の護衛は宜しいのですか?」
「うん、平気!私は強いもの、いざとなれば風に乗って飛んじゃうから」

ちょっと勝気な少女は不敵な笑みを浮かべて馬車に乗り込んだ、高位貴族特性の三つの属性魔法を持つ彼女はかなりの手練れである。
一応、伯爵令嬢らしく侍女と護衛を連れているが、従者らが足手纏いになるくらいには強いのだ。

街の喧騒から逃れて到着したのは東の森林だった。
そこは生い茂る木々のせいで昼間も仄暗く、とても静かな場所だった。陽を通さないのでかなり寒く、浮浪者や盗賊も避けるほどだ。
早速到着した彼女は馬車を帰してたった一人で森深くへと入って行く、いつも通りのいつもの場所とはここのことだった。


「カルロの馬鹿!私だって歌えるのに!……そりゃ下手だけどそれなりには聞けるはずよ」
メルチェラは思い切り息を吸うと少し前に流行った旅の歌を唄い出した。ときどき音を外すのか怪しい旋律になりがちだ。それでも歌うと気持ちが晴れやかになり気分が高揚してきて楽しくなるのだ。

調子が出てきた彼女は二番目に突入して、さらに大声で歌いだした。
しかし、そこで誰かが茂る低木を掃って歩く音に気が付いた。

「だ、だれ?」
こんな寂しい所へワザワザ来るのは自分くらいと思って油断していた彼女は、魔法を放つ体制になって警戒した。
「あぁ、歌を中断させて悪かった……まさか先客がいるとは思わなかったんだ」

己以外に森を訪ねる変わり者が他にいたことをメルチェラは大いに驚くのだった。


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