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激動篇

痛みの奥の子守歌

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真っ暗で酷く冷たい、なにも感じなければ楽なのに。
”行かなくちゃ”……どこへ?

指先一つ動かすのも億劫で、再び目を閉じてじっとしていた。
遠くで呼ぶ声がした気がするが、応えるのが面倒で仕方がない――。

”ドリュアス……ドリュアス……”

お願いだ静かにして――。
心が痛いよ、どうしようもなく惨めで仕方ないんだ。


どろりとした感情の奥で再び声がした、今度はひどく懐かしい歌声だった。

私の坊や――安らかに――雲のように柔らかで、綿毛に包まれ温かく眠れ――
月下の花はひっそり咲いて命を歌う――

夜露は優しく葉を濡らす――やがて昇る陽よ――どうかもう少しゆっくりおいで――
風が柔らかに坊やを起こしにくるまで――


『……メリアーデ?……母様の歌声!?』

”どうしたの、何を怯えているの。私はいつも側にいるじゃない”

『あぁ、母様……そうだね、ずっとここにいてくれた』


母様の手がボクの心に触れた、優しい歌声が憎悪と絶望で麻痺した感情を呼び覚ます。
耳に届く歌声が死の子守歌のように聞こえて、ボクは代替えを覚悟したが、いくら待っても冷たい終わりはやってこない。


『母様、ボクはまだ消えてはいけないの?もう、疲れたよ……すごく眠いんだ。ボクらの存在意義はなんなの、精霊がどんなに人間を愛していても、何度助けても裏切るんだよ。』


人間は母様に面倒ごとを全部押し付けて、契約まで反故にした。いったいこれ以上何をしろと言うの。

”ドリュアス……さっき精霊の戦いで二つの国が消えたわ、大勢の悲しみが聞こえるでしょう。神はきっと苦悶しておられるわ、どうしてかわかる?”

知らない、知りたくない……。
どうしてそこまで神は人間を愛しむの?

”聞いてドリュアス、人間の罪は神の罪。それは不完全な存在に造ってしまった神の贖罪なの、人が愚かなのは愛され過ぎたせいなのよ。そして人間を守り、導くのは精霊の役目なの。神はそのように私達を造られた”



なんという業なの、火の精霊が世を壊した気持ちが少しわかった気がするよ。
ボクはこのまま暗い所で眠っていたい、母様の歌声を聞きながら朽ちても良いんだ。


”そうなの、でもならばこそ。サラマンデルを救えるのは貴方なの”

「どういう意味……?」

ボクはつい母の声に意識を引っ張られて暗がりから出てしまった。
ユラユラと浮かぶ母様が目の前にいて、悲し気な声でさっきの子守歌を歌いだした。

とうとう抵抗する気が削がれて母メリアーデの心と対峙するほかなかった。
「ボクにどうしろと言うの?人間の世界を救う価値がないと思うのは変えないよ」
”あらあら。私の坊やはずいぶん頑固さんに育ったみたい”


母はボクに向かって蔦を伸ばしてきて、ボクをグルグル巻きにして取り込んだ。
精神体同士が融合したのか、母の記憶がボクに流れ込んできて思考を停止させてくる。
まだ未熟のボクではどうにも抗えそうもないが、それなりに抵抗をしてみせる。

そういえば体の方はどうなったんだ。
朦朧としていたが、ズタズタに裂けた自分の身が気になった。どうやらボクは消滅しきれないみたい。
ボクの中に僅かな未練があったことを母は見透かしたように微笑む。


”お願いドリュアス、私が伝えきれていなかった記憶を受け取って頂戴、それからこれを……”


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