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新天地篇

壊れて行く国 パンの実と暴動(残酷描写あり)

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アントン一家は荒んでいく国の傍らで細々と生きながらえていた。
偶然発見したパンの木はポコポコと適度にパンを実らせて彼等の腹を満たしてくれていた。

「水は汚いけど煮だせばなんとかなるわね」
「あぁ、俺達にはこれがあるからな!」

さきほど収獲したばかりの丸い実を愛おしそうに撫でるアントン。
相変わらずドリュアスの屋敷跡地に居座る彼等は太々しい。

どういうわけかこの敷地だけが他より清浄な土地のままだった。
痩せた土地であるのは同じなのだが屋敷跡だけは草が生えているし、パンの木は枯れなかった。


ドリアードの巣という認識のこの屋敷周辺は、国民から忌み嫌われていたので立ち寄る人間はほとんどいない。
これも幸いして、アントン一家は残滓の恵みを独占していた。

国が滅んでも生き残ったものが勝ちなのだ、そうアントンは言い訳して誰にも分け与えずに過ごしている。
「この実は不思議だよね、採ってもすぐ生るんだもん」
焼きたてのパンをモソモソと食む娘のビビ、鼻水をじゅるると啜りながら木を眺める。

「美味しいけれど飽きるわね、ジャムかバターが欲しいわ」
「果実でも生ればな、アイツはよく蔦から林檎を捥いでいたな」
「は!バケモノの話をしないで、食欲が失せるわ!」

ドリュアスの恩恵を貰っておいて憎まれ口を叩くヘレである、相変わらず性根が腐っていた。
少しは感謝しろとアントンは腹のうちで思ったが喧嘩になるので抑えている。

「美味しい林檎なーれ!まーるい桃なーれ!」
ビビが朽ちた屋敷を撫でて呪いするように繰り返す。

「はは、ビビはいつまでも天使だな」
「アナタ、少しは成長しないとこの子の為にならないわ」
飢え苦しむ他の人々のことをよそに夫婦は呑気な会話をしている。ほんの数キロ先で死人が出ているのも知らずに。

「林檎なー……あれ?小さい赤い実がなってるよ。父さん」
「なに?パンの形かけじゃないのか」

アントンは訝しんで木を見る、屋敷の残骸下の低木を目を細めて見分する。
高さ90センチ程度の木は影に育っているので潜るようにしないと見えない。

残骸下を這うように進むと赤い実に漸く辿りついた、指先に触れたそれはツルリとした赤い林檎だった。
パンの木に不自然な蔦が纏わりついていた、なんと林檎は蔦から実っていたのだ。
プチリと捥ぐと甘い香気が微かにした。

歓喜したアントンは素早く這い出てきて家族で順番に齧って楽しんだ。
「甘いものがこんなに美味しいなんて」
「おいしーい!もっと食べたい」
「はは、ビビは緑の手を持っているのか?」

そういうアントンにヘレは嫌そうな顔をする、ドリアードを連想するような言い方に腹を立てたのだ。
「いいえ、この子は神に愛されてるのよ。化物と関係ないわ!」
「おいおい緑の手はそういう意味じゃないぞ」

噛み合わない会話をする夫婦をよそにビビはまた木に呪いをした「美味しいイチジクなーれ!」

***

果実が実るようになって数日、貧しいながらも飢えずに生きるアントン一家は周囲の変化に失念していた。
どこからともなく漂って来るパンの香に、周辺の人々が気付き始めていたのだ。
耐えがたい飢えの苦しみは人々から理性を奪い狂暴化させた。


いつものように庭先でパンの実を蒸し焼きにしているヘレとアントン。
そして屋敷の残骸下でお呪いをするビビ。


焼きあがったパンを傾いたテーブルの上に置いて切り分けていた時だった。
屋敷周辺を囲む朽ちかけの塀がバキバキと壊される音がした。

「な、なんだ!誰だ何者がきた!ここは俺達の家だぞ!」
細い角材を手にアントンが家族の前に立ち塞がる、どこからやってきたのか襤褸を纏った人々が数十人集まっていた。

「ひっ!ひぃ!なにこの人たち!アントン、なんとかして!」

ヘレが飢えて理性が飛び、正気を失った民衆に恐れ慄いた。みんな目がギラギラと獣ような光を放っている。
アントンは必死に追い払おうと抗うが多勢に無勢である、あっという間に蹂躙されてしまった。

襲いかかる人々は咆え猛り一家を蹴散らしパンに飛びついた。
怒号が飛び交い、蹴り上げ殴り合い我先にと食糧を求めた。モミクチャになった民達は気が触れたように暴れまわった。

「やめろぉ!それは俺達のパンだ!」
「やめてぇ!木が枯れてしまうわ!ビビ!ビビはどこ!?」

奪い合いは激しくまるで戦争のようだった、組んず解れつ血が飛び散ろうと腕足が折れようとも誰も彼もやめようとはしない。
生きる為にそこに群がった、ただそれだけ。彼等は捕食して生きながらえるという本能のまま暴れまくった。
飢え苦しむ、国中の飢餓鬼の怨嗟がそこに渦巻いていたかのように。

アントンは殴り倒され失神し、ヘレも同様に殴られ倒れていた。
まだ小さなビビは大勢に踏みつけられて無惨な姿になった。


アントン夫婦が意識を取り戻し、気が付いた時には屋敷は跡形もなく粉々にされていた。
完全な更地になり果てたそこは当然木も草も生えていない。踏みつけた暴徒らの無数の足跡だけがそこにあった。

変わりはてた娘のビビの亡骸を抱きしめ妻のヘレは発狂した。終わりない慟哭は声が枯れても続いた。
アントン一家のつかの間の団らんの地は悲惨な爪痕を残した。

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