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新天地篇
壊れて行く国 ゲノーモスは嗤う
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カリュアス国から西の地、エズスト国に入った商団達は日持ちする食糧の買い付けに奔走していた。
「定期で麦50トン?有難いですが、そんなに買われたら自国が冬を越せなくなりますよ」
「そこをなんとか!難あり品でも構わないですから!」
しつこく食い下がる商人に3級品で良ければと一度きり5トンだけ譲ってくれた。
これは本来飼料に使われる質の悪いものだ。
異常過ぎる大量の買い付けに、エズスト側の商売人達に不安が過った。
卸業者の間で「カリュアスは酷い凶作だったのでは」と噂が出回る、そうなると足元を見てくる悪い奴が出てくる。
「悪いがね、今年は種芋の値は2倍なんだ。余所は5倍だぜ?買うなら今しかねぇぞ」
こんな風に悪質な取引が増えて行った。
カリュアスの商人達は焦りだす、このままでは軍資金が尽きてしまうと。
「どうすれば良い、麦5トンと芋1トン程度では焼け石に水だ」
「……なぁ、考えたんだがカリュアスはもう無理じゃないか?」
商人のひとりが生まれた国を捨てる発言をした、賛同する者が多くいた。
「そんなことはできん!俺には家族が待ってる」
「俺も……国は疲弊してるが恋人ができたばかりで」
捨てるに、捨てられない事情を抱える者もいて話し合いは纏まらない。しかし、腹を決める他ないとほぼ全員が覚悟はしていた。
誰だって自分が可愛い、非情だと罵られても戻れば飢餓地獄が待っている。
どう計算しても冬は越せないとわかってしまった。
護衛騎士達も商人らの密談に咎める気になれなかった、自分達だって同じ考えに落ちていたからだ。
家族や友を裏切るのは断腸の思いだが、愚王の政策に嫌気がさしていた。
現実は優しくないのだ。
***
一方、派遣したカリュアス側は帰国予定日より2週間すぎても戻らない事態に焦燥していた。
「商団が帰らないだと!?どういうことだ!」
「申し上げます、国境越えは無事でした。しかし、血の付いた衣服や鎧が発見されており」
「なに!?魔物か盗賊に襲われたのか?」
「いいえ、偽装と思われます。亡骸どころか骨一片見当たりません」
調査に当たっていた騎士団長の言葉はひどいものだった。
裏切りの報せを聞いた愚王は激高し、所かまわず暴れた。
民はやせ細っていても愚王の腹はまだ丸く肥えているが、流石に王家の備蓄も減り底をつきかけている。
暴れて倒れた調度品からゴロゴロと宝石類が飛び出して散った。
愚王はこんな物に最早価値がないことを知り、足蹴にして居室の窓から投げ捨てた。
拳大ほどもあるルビーとサファイヤが今や芋の価値よりない。
耕せばこれくらいのものは直ぐにでてくる。
しかし、芋は出て来ない。
肩を怒らせ追い出したドリアードの事を思い出す。
【化物ドリアードよ!即刻我が国より立ち去れ!】
あの日、高らかに処断した己の台詞を思い出す。あの宣言と契約破棄は英断だと信じていた。
永年、自国に居座る寄生樹を追い出した偉業を、自分の代で成したことを誇りにさえ思った。
「あれは英断だと……宰相も大臣達も言ったではないか!」
再度、腹立ち任せに蹴ったドレッサーから貴金属がドサリと重い音を発して零れる。
愚王は鷲掴むと床に叩きつけガリガリと踏みつけた。
そこへある声が背後からした。
「まぁ、酷いわ。私が齎した富を足蹴にするなんて」
悲し気な声に反して、彼女の紫の目は笑っていた。扇に隠れた口は弧を描いているだろう。
「ごきげんよう、陛下。クスクス」
侮蔑の態度を取り繕う様子も見せずゲノーモスは慇懃無礼に挨拶する。
「ごきげんなわけがなかろう!こんな飢餓状態を黙認するとは其方は悪魔か!」
「あらぁ。貴方が望むまま金銀と宝石を与えてあげたのに、あんまりな言葉ね」
ゲノーモスは懐から葡萄を一房とりだし、皮ごと食んで唇を潤す。
艶々と潤った赤い口が憎らしいと愚王は睨む。
「豊かにしてあげたのに、この国はいつもお腹を減らしてるのね。食いしん坊なのかしら」
小馬鹿にした物言いをするゲノーモスは面白くて堪らないとくつくつと嗤う。
獣のように唸り声をあげて、愚王がゲノーモスの葡萄を奪おうと飛び掛かった。
だがゲノーモスはさっと簡単に往なして、腹ばいになった王の背を踏みつけた。
「なにをする!不敬だぞ!気が触れたか!」
「気が触れたのは貴様だぞカリュアス王。精霊の私を害するとは恐れ知らずの馬鹿か、それとも豪胆な英雄のつもりか?」
急激に冷えた空気に愚王は身震いして悲鳴をあげた。
部屋の床に霜が立ちパリパリと凍っていく、愚王の腹が白く凍って動けなくなった。
「わ、私を殺すのか?」
「はん?貴様如きムシケラを一瞬で屠ってなにが面白い?ジワジワと苦しんで逝くが良い。それが貴様らの贖罪だ」
ゲノーモスの黒い嗤い声が王城に響いた。
「定期で麦50トン?有難いですが、そんなに買われたら自国が冬を越せなくなりますよ」
「そこをなんとか!難あり品でも構わないですから!」
しつこく食い下がる商人に3級品で良ければと一度きり5トンだけ譲ってくれた。
これは本来飼料に使われる質の悪いものだ。
異常過ぎる大量の買い付けに、エズスト側の商売人達に不安が過った。
卸業者の間で「カリュアスは酷い凶作だったのでは」と噂が出回る、そうなると足元を見てくる悪い奴が出てくる。
「悪いがね、今年は種芋の値は2倍なんだ。余所は5倍だぜ?買うなら今しかねぇぞ」
こんな風に悪質な取引が増えて行った。
カリュアスの商人達は焦りだす、このままでは軍資金が尽きてしまうと。
「どうすれば良い、麦5トンと芋1トン程度では焼け石に水だ」
「……なぁ、考えたんだがカリュアスはもう無理じゃないか?」
商人のひとりが生まれた国を捨てる発言をした、賛同する者が多くいた。
「そんなことはできん!俺には家族が待ってる」
「俺も……国は疲弊してるが恋人ができたばかりで」
捨てるに、捨てられない事情を抱える者もいて話し合いは纏まらない。しかし、腹を決める他ないとほぼ全員が覚悟はしていた。
誰だって自分が可愛い、非情だと罵られても戻れば飢餓地獄が待っている。
どう計算しても冬は越せないとわかってしまった。
護衛騎士達も商人らの密談に咎める気になれなかった、自分達だって同じ考えに落ちていたからだ。
家族や友を裏切るのは断腸の思いだが、愚王の政策に嫌気がさしていた。
現実は優しくないのだ。
***
一方、派遣したカリュアス側は帰国予定日より2週間すぎても戻らない事態に焦燥していた。
「商団が帰らないだと!?どういうことだ!」
「申し上げます、国境越えは無事でした。しかし、血の付いた衣服や鎧が発見されており」
「なに!?魔物か盗賊に襲われたのか?」
「いいえ、偽装と思われます。亡骸どころか骨一片見当たりません」
調査に当たっていた騎士団長の言葉はひどいものだった。
裏切りの報せを聞いた愚王は激高し、所かまわず暴れた。
民はやせ細っていても愚王の腹はまだ丸く肥えているが、流石に王家の備蓄も減り底をつきかけている。
暴れて倒れた調度品からゴロゴロと宝石類が飛び出して散った。
愚王はこんな物に最早価値がないことを知り、足蹴にして居室の窓から投げ捨てた。
拳大ほどもあるルビーとサファイヤが今や芋の価値よりない。
耕せばこれくらいのものは直ぐにでてくる。
しかし、芋は出て来ない。
肩を怒らせ追い出したドリアードの事を思い出す。
【化物ドリアードよ!即刻我が国より立ち去れ!】
あの日、高らかに処断した己の台詞を思い出す。あの宣言と契約破棄は英断だと信じていた。
永年、自国に居座る寄生樹を追い出した偉業を、自分の代で成したことを誇りにさえ思った。
「あれは英断だと……宰相も大臣達も言ったではないか!」
再度、腹立ち任せに蹴ったドレッサーから貴金属がドサリと重い音を発して零れる。
愚王は鷲掴むと床に叩きつけガリガリと踏みつけた。
そこへある声が背後からした。
「まぁ、酷いわ。私が齎した富を足蹴にするなんて」
悲し気な声に反して、彼女の紫の目は笑っていた。扇に隠れた口は弧を描いているだろう。
「ごきげんよう、陛下。クスクス」
侮蔑の態度を取り繕う様子も見せずゲノーモスは慇懃無礼に挨拶する。
「ごきげんなわけがなかろう!こんな飢餓状態を黙認するとは其方は悪魔か!」
「あらぁ。貴方が望むまま金銀と宝石を与えてあげたのに、あんまりな言葉ね」
ゲノーモスは懐から葡萄を一房とりだし、皮ごと食んで唇を潤す。
艶々と潤った赤い口が憎らしいと愚王は睨む。
「豊かにしてあげたのに、この国はいつもお腹を減らしてるのね。食いしん坊なのかしら」
小馬鹿にした物言いをするゲノーモスは面白くて堪らないとくつくつと嗤う。
獣のように唸り声をあげて、愚王がゲノーモスの葡萄を奪おうと飛び掛かった。
だがゲノーモスはさっと簡単に往なして、腹ばいになった王の背を踏みつけた。
「なにをする!不敬だぞ!気が触れたか!」
「気が触れたのは貴様だぞカリュアス王。精霊の私を害するとは恐れ知らずの馬鹿か、それとも豪胆な英雄のつもりか?」
急激に冷えた空気に愚王は身震いして悲鳴をあげた。
部屋の床に霜が立ちパリパリと凍っていく、愚王の腹が白く凍って動けなくなった。
「わ、私を殺すのか?」
「はん?貴様如きムシケラを一瞬で屠ってなにが面白い?ジワジワと苦しんで逝くが良い。それが貴様らの贖罪だ」
ゲノーモスの黒い嗤い声が王城に響いた。
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